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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
57.赤き猛りの狂想1
しおりを挟む「レッ、ド……」
思わず言葉を零すが、今目の前にあるものが信じられない。
暗い、どこかの部屋のような場所。冷たくて硬い土の床が体に痛い。暖かい明かりが灯っていて、柔らかいベッドが在った別荘の部屋とはまるで違う。起き上がった俺の目の前にいるのは、今まで俺の傍に居てくれたブラックとクロウじゃない。
黒いフードを取り払って、紫色を含んだ銀髪を靡かせている長耳の男と……今まで散々「会いたくない」と思っていた若い男が、俺を見下ろしていた。
「――――ッ……!」
逃げなきゃ。逃げなきゃ早く逃げなきゃ。
慌てて起き上がろうとするけど、でも、足が上手く立たない。
膝が勝手に震えて、俺はそのまま尻餅をついてしまった。
「ツカサ、落ち着け。いきなり移動させられて驚いただろうが、これは……」
何か言いながらレッドが近付いて来ようとするが、俺は伸びて来る相手の手に触れられたくなくて、思わず後退る。
そんな俺の態度に、レッドの背後に居たクロッコがせせら笑った。
「はは、そんな事を言わなくたって【支配】してやれば済む話でしょう?」
支配。
あの時俺にやったように、また俺を支配しようと言うのか。
思わず眉間に皺を寄せた俺に、レッドは動揺したような動きを見せた。
「ちっ、違う、そんな事はしない! 俺はただ、お前と話を……」
「ッ……!」
外からの光に照らされたレッドの顔は、目を見開き俺の事を凝視している。
その顔が怖くて、俺は思わず顔を歪めてしまった。
「ほら、怖がられているじゃないですか。諦めてさっさと支配した方が良いですよ」
「煩い……ッ、お前は黙っていろ!!」
背後のクロッコに向けて怒鳴った声も、今の俺には自分に向けられたもののように思えて、思わず体が強張ってしまう。そのくらい、今の状況が怖かった。
どうしてここに連れて来られたんだろう。何をされるんだろう。
拉致されたという事は、なんらかの目的があるはずだ。
俺を拉致して何かをさせたいのか、それともブラックに復讐したいのか。【支配】を発動して連れていけという事は、俺をまた【機械】にでも入れるつもりなのか。
相手の目的が、解らない。
どうしてこんな場所に飛ばされたのかも……。
「――――っ」
そうだ、俺、クロッコの野郎からハンカチを貰って……もしかしてあれが……?!
「ツカサ、すまなかった、落ち着いてくれ……何もしない、酷い事はさせないから」
そう言いながら、レッドはまた俺に近付いて来ようとする。
でも相変わらず顔は強張っていて、俺には怖い以外の何物でもない。今すぐにでも隙をついて逃げ出したかったけど、この状態じゃどうにも出来なかった。
どうしよう。どうしたら…………。
思わず、胸元を握って……あるものが手の内に入ったのを感じ、俺は息を呑んだ。
「ッ…………」
――――そうだ。
俺には、大事な物が在る。ここにその証がある。
怖がる必要なんてない。だって、一人じゃないじゃないか。
このまま怖がっているだけじゃ、何も変わらない。レッドに呑まれて何も出来ずにガタガタ震えてるなんて、男らしくない。俺は決めたじゃないか。ブラックと一緒に居たい、守りたいって。だったら、こんな事で怯えるなんて恥ずべき事じゃないか。
怖がって良いのは女性と守られる奴だけだ。俺はそうじゃない。守る側なんだ。
この指輪をくれたブラックを守りたい。このままレッドに支配されてしまったら、ブラックへの復讐を見過ごすことになる可能性がある。だから、絶対にここで恐怖に負けちゃいけないんだ。
頑張れ俺。握った手の中にはブラックがくれた物がある。これが俺のお守りだ。
だから、絶対に負けない。逃げる為に死ぬまで足掻いてやる。
俺一人だって出来る、ただ守られてるだけじゃない。俺だって守るんだ。
「……な……んで……」
「え……」
「なん、で……俺を、ここに……移送した」
自分の声が震えているのが解る。情けないくらいに体は怯えているが、俺の気合は体をどうにか動かしてるみたいで、なんとか平静さを保ってくれていた。
そんな俺に、レッドは驚いたように目を見開くと、また一歩近付いてきた。
「ツカサ……そうか、お前はギアルギンの正体を知っていたんだったな……。だが、安心しろ。今回は、お前を傷付ける事は無い」
「どうして連れて来たって、訊いてる」
ヘタに安心させようとするな。吐き気がする。
そんなおためごかしよりも、目的を話せ。
少し冷静になって相手を睨み付けると、レッドは言葉を詰まらせたかのようにぐっと顔を引き締めたが、しかし特にクロッコの制止も無く独断で答えて来た。
「今回は……お前を迎えに来た」
「…………は……?」
迎えにって、なに。
俺はレッドに待たされても居ないし、レッドとどこかに行く予定も無いんだが。
なのに、何でそんな事を言うんだ?
「何を言ってるのか解らない」と顔に出してしまった俺に気付いたのか、レッドは慌てたように一瞬動揺して、必死に表情を抑えながら目を合わせて来る。
何だか心の中が嫌な物でモヤモヤして、顔を逸らしてしまいたかったけど、背けてしまえどうなるか解らない。俺は指輪を強く握り締める事で自分を鼓舞した。
なんとか、目的を聞くんだ。そして隙をついて逃げ出す。
冷静になった今なら解る。俺にはまだ逃げるチャンスがあるんだ。
だってここは、まだ浮島のどこかなんだから。
……何も、希望的観測でそう言っているワケじゃない。俺には、ここが“ディルムのどこか”だという確信があった。その最たる証拠が、外の状況だ。
さっきから外の光が漏れて来るが、その色や間隔は明らかに月光とは違う。まるで俺の世界のネオンサインのように鮮やかだったんだ。この世界では、そんな光源など滅多にない。何より、俺にはこの光の当たり方に覚えがあった。凌天閣で、同じ光を見ていたんだよ。
だから俺は、ここはまだ“鉱石の流星”が降り注いでいるディルムのどこかだと確信できたんだ。
ここがディルムのどこかなら、逃げ出す事さえ出来ればブラックの所に帰れる。
希望はあるんだ。なら、諦める訳には行かない。
「……俺を迎えに来て、どうするつもりだ。また機械にでも組み込むのか?」
「そ、そうじゃない! 俺は、ただ……」
「おやおや、人の好意を無碍にするなんて随分と偉い御身分になったものですね」
「黙れ! 人を簡単に裏切る事を何とも思ってない奴が他人を語るな!!」
「体調はすこぶるよろしいようで。なら、このまま移動しても大丈夫ですね」
こいつ、人の話を聞いていない。
いや、そうじゃない。クロッコは、人の事なんて心底どうでも良いと思ってるんだ。俺の事なんてきっとアリかゴミかという認識でしかないんだろう。だから、何を言おうがあんな風に涼しい顔をしてるんだ。
最初から俺を人間だとは思っていない。そんな奴だから、俺をあんな風に傷付けて平気で【機械】に取り込もうとしたんだろうな。……そんな外道が、素直にレッドの望みを叶えるために協力するもんかな。
もしかして、他に目的があるんじゃないのか。何か考えているから、この状況で俺を攫う計画に協力しているのでは。そう考える方が、すんなり納得がいきそうだ。
それに、仮にレッドが何もしないつもりでも、コイツは絶対に「何もしない」訳じゃないだろう。それだけの事をこの男はやって来たんだ。
レッドに他意は無く、俺の言葉に慌てている。
それなのにクロッコは冷静に俺達を見てニヤニヤしているんだ。
ということは、俺を捕えようとした本当の理由はクロッコが握っているはず。
なんとかしてそれを炙り出さないと……。
逃げるにしても、相手の本気具合で逃げる手段を考えなきゃ行けないし、もう少し情報を得ない事には“何故ここにレッドがいるのか”という疑問も解けない。
……そう、おかしいんだ。
俺を攫うだけなら、レッドをここに来させる必要はない。移送という恐ろしい力があるクロッコ一人でも俺を連れ出せたはずだ。
なのに、クロッコは態々ここにレッドを連れて来た。
レッドを彼の一族の領域で待機させておけば、自分ともう一人の人間を一度に移送出来るクロッコなら、俺を連れて簡単に島の外へと脱出できただろうに。
どうしてレッドを連れて来て、あんな事をしたのか。
そこに理由があるとしたら……野放しにしては置けなかった。
「お前は、何がしたい」
レッドではなく、クロッコを睨む。
そんな俺に対してクロッコは面白そうに目を細めていたが――――人を嘲るように口端をにやりと歪めた。
「神のご意思……と言ったら、貴方は私を殺しますか?」
…………神の、意思……?
なんだ、それ。どういう事だ。
「ギアルギンもう良いだろう、とにかくまずはツカサを安全な場所に……」
「ああ、そうでしたね。他のグリモアに追いつかれる前に、準備をしなければ。少し時間が掛かりますので、その間は頼みましたよ」
「ああ、解った」
時間が掛かるということは、移送で俺を連れ去るつもりではないのか?
よく解らないが、とにかく……レッドだけならどうにか出来るかも知れない。
クロッコが部屋から出て行くのを見つめながら、俺は唾を飲み込んだ。
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追記:3.21
忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。
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