異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
1,043 / 1,264
空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

48.貴方を失うくらいなら1

しおりを挟む
 
 
「ツカサ君!」

 バン、と背後で大きな音がして、いくつかの足音が近付いて来る。
 背後に人の気配を感じたが、俺は振り返る事無くクロッコ……いや、ギアルギンを睨み付けた。

「おい、なんだこれは。どういうことだ?」
「ツカサが何故こんな場所に居る」

 ブラックとクロウの声が、いつもより低い。きっと怒っているんだろうけど、こうやって駆け付けてくれた事を思うと心強くて、その声も俺をふるい立たせてくれる。
 しかし、怒りを向けられた張本人は笑みを崩すくともなく、ただ笑っていた。

 何事も無いような顔をして再び書類に目を通し始めるエメロードさんの隣で。

「まあいい。仮に私が貴方の言うという存在だったとしましょう。その事を証明できる“何か”は有るんですか?」

 その名前を聞いた瞬間、背後の二人が体勢を変えた音が聞こえた。
 たったの一言だけで、全てを理解したのかも知れない。
 だけど、相手との問答は俺にしか出来ない。頭の良い二人なら上手い回答が出来たかも知れないが、俺では完全に力不足だ。でも、それでもやるしかなかった。

「ドービエル爺ちゃんにお前を会せる。爺ちゃんはお前の髪の毛の色と、ニオイを知っている。それに、プレイン共和国にお前の正体を知る者はもういないけど、お前が運んだ物の記録は、さっき言ったリュビー財団の共犯者たちがつけていた帳簿に残ってるだろう。たぶらかされた馬鹿な奴でも、商人は商人だ。上を誤魔化すための帳尻合わせをするために裏帳簿とか作ってたりするからな」
「おや、それでも私をその“悪魔”とやらだと断定できる証拠にはならないのでは? 君の見間違いという事も有るし、帳簿では人の形は見えない。それに獣人ごときの鼻で我々の存在を証明できるとは思えませんねえ」
「貴様ッ、父上の鼻を愚弄するのか!!」

 クロウが獣のうなりのようにのどを震わせながら怒声を放つ。
 しかしクロッコとエメロードさんは少しも怯える事は無く、エメロードさんは先程と同じようにペンを紙に走らせていた。

「私の存在を証明できる物は何も無い。それでもまだ、私を悪魔とののしりますか」

 教会のステンドグラスのような縦に長いめ込み窓から光が差す。
 その強い日差しに陰が掛かり、対峙している二人の表情が暗く染まった。

「…………真実を知ることが、幸福に繋がるとは限らない」

 呟いた一言に、クロッコは目を細めて反応した。
 俺は握り締めていたこぶしをなんとか解き、その中にあった物を指で取り直す。
 そうして、二人に見せつけた。

「こんな高価そうなもの、そうそう誰かに渡さないよな? 型番とかは無いとしても、誰がどんな奴に渡したかって事くらいは分かるはずだ。例えそれがお前じゃなくて“ギアルギン”に渡った物だとしても……繋がりは、出来てしまうんじゃないのか」

 エメロードさんは、このバッジを「思っているよりも重要なものだ」と言った。
 その真意は俺には分からない。だけど、もしこれがギアルギンの正体を掴む物だとするなら、その尻尾を踏む手掛かりになるはずだ。

 例えこれを奪われようが、リュビー財団が壊滅しない限りその情報は手に入る。
 ギアルギンがここに居るという事は、少なくとももう一人の共犯者であろうレッドは別の場所に居て、この事を想定して既に動いている可能性もあるが……それでも、リュビー財団に危害を加える事は出来ないはずだ。

 彼にも立場と言うものがある。皇帝の庇護を頂く存在をぶち壊すという事は、戦争を意味するのだ。国家対個人ではあまりにも分が悪すぎるだろう。
 オーデルの武力は、あなどって良いものじゃない。それに今は妖精達とも手を組もうとしている。騒ぎを起こせば圧倒的に不利なのはギアルギン達でしかなかった。

 …………だけど……それを、エメロードさんが教えてくれたのは何故だ……?

「……諦めなさい、クロッコ。これでもう終わりよ」

 エメロードさんが、ペンを置く。
 そうして、小さく溜息を吐くと机にひじを乗せて手を組んだ。
 まるで、彼女こそが何もかもを諦めたかのように。

「証拠を突きつけられても居ないのに?」
「貴方、人族を侮り過ぎていたわね。……彼らにも“知恵”はあるのよ。古の叡智えいちではなく生まれたばかりの稚拙ちせつな思い付きだとしても……それは、やがて叡智ともなる。エネが持って来た情報と合わせれば、貴方の疑惑はより黒くなることでしょう。……わたくしが貴方のことを明かせば、もっと悪い事態になるわね」
「おや、陛下がそのようなことをおっしゃってよろしいので?」

 今窮地きゅうちに立たされているとはとても思えない態度で、クロッコはエメロードさんを見下ろす。けれど、彼女はクロッコの方を向かずに視線を落として返した。

「覚悟は出来ているわ。……わたくしには、もう、何も無いもの。ここで貴方に始末をされようが、構わない」

 始末、って。

 思わず口を開いたと同時、横から凄い速さで何かが駆け抜け――
 気付けば、目の前にラセットが居た。

「クロッコ貴様ァアアッ!!」

 地面を蹴って跳び上がり、ラセットが細身の剣を振り上げる。
 そのままクロッコに斬りかかろうとした所で、相手が剣の軌道を読んでいたように手で軽く刀身をいなし、エメロードさんから距離を取った。

「ラセット……!?」

 驚くエメロードさんを無視して、ラセットはクロッコに向き直る。

「これ以上、姫に近付いたら……同族であろうがお前を斬る……!!」

 それは、同じ種族であれば家族同然に扱う神族にとっては、最悪の決別の言葉だ。
 だがクロッコは、含みのある薄笑いを浮かべながら、わざとらしく小首を傾げて肩をすくめて見せた。

「おやおや、そう簡単に同族を裏切って良いんですか?」
「それはこちらの台詞だ!! 貴様、ずっと俺達をたばかって……!!」
「謀る? 冗談はやめてほしいですねぇ。貴方達が気付けなかっただけでしょう? 全く……愚かな臣下ばかりで本当に神兵が聞いて呆れますよ」
「貴、様ァ……!」

 クロッコの横顔に怒りを浮き上がらせた青筋が見える。
 それほど激昂しているのだと思った瞬間。

「馬鹿なんですか? 貴方達。策でも無ければこんな場所に敵を呼び込む訳がないと判るでしょうに」

 クロッコが人差し指と中指を合わせ、腕を上げる。
 と。

「――――!!」

 クロッコが居る位置と反対側の天井から、光る“何か”が凄いスピードでエメロードさんに向かって放たれた。

「あぐっ……!!」
「姫!?」

 エメロードさんの控えめな叫び声に、ラセットが振り向く。
 そして手を伸ばそうとした刹那、窓からまぶしいくらいに差し込んでいた光が一気に強くなり――――窓が割れて、その場にガラスが散らばった。

「――――~~!!」
「ラセット! エメロードさん!!」

 俺達が駆け付けるより先に白い霧が一気に窓から流れ込んでくる。
 駆け寄ろうとしたが、周囲が霧に閉ざされていては何が起こるか解らなくて、迂闊うかつに動けない。

「ど、どうしよう、エメロードさんが!」
「ツカサ、まかせろ!」

 どん、と背後から音がして、何かが一気に生えたような「ぶわっ」という大きな音が聞こえてくる。何が起こったのかと思ったら、一気に周囲の霧が動き始めた。
 背後を振り向くと、ある一点に霧が吸いこまれていく。
 そうして、あまりにも強い暴風が、吸いこまれた場所の一点から噴き出された風が部屋の空気を一気に巻き込み、霧と一緒に窓の方へと一気に出て行った。

「うわ……!! す、すご……」
「むぅ、狭い部屋で良かったぞ」

 クロウの声が聞こえてもう一度振り向くと、そこには二本の角を生やした大きな熊がいた。そうか、本気モードのクロウだったからこんな事が出来たんだな。

「ありがとクロウ!」
「あっ、ツカサ君!」

 部屋の中がハッキリと見えるようになった事で、再びエメロードさんとラセットのいる場所を見つける事が出来た。矢も楯も止まらず俺はそこに近付く。
 だが、執務机の向こう側に居たエメロードさんは――あの時のように地面に倒れ、鮮やかな血に染まっていた。

「つ、ツカサ、どうしようツカサ……!!」

 ラセットが酷く慌てている。俺もその動揺に呑まれそうになったが、感情をぐっとこらえて二人に近付いた。エメロードさんはラセットに抱えられて荒い息を繰り返しているが、意識ははっきりしているようだ。
 しかし、目は段々とうつろになっていて、早く治療しなければいけない事が知れた。

 患部は……背中、包丁程の幅が広く太いナイフで背中を突き刺されている。
 これは、ヘタにぬいてしまったらエメロードさんが危ない。

「くっ……」

 今の俺は曜術が使えない。相手に大地の気を送る事が出来ない。
 彼女を癒すには、王宮を出る必要がある。

「クロウ! 頼む、俺達を王宮の外に連れて行って……いや、シアンさんのところに連れて行ってくれ!」
「ウヌ!? わ、わかった、しかしこの格好では部屋から出られんぞ」
「ああもう面倒臭いな!ちょっとどいて!」

 ブラックがこちらに近寄って来て、ガラスが散らばる窓の前に立つ。
 すると、宝剣・ヴリトラを抜き――――壁を、斬った。

「え……!?」

 まさか、斬れるのか!?
 思わず俺達が驚いた目の前で……壁が、ガラガラと崩れた。

「ツカサ君、早く乗って! 僕は横から付いて行くから!」

 ブラックが自分の足にラピッドをかける。
 それを見て頷くと、俺はラセットと一緒にエメロードさんを慎重にクロウの大きな背中に乗せて、自分も乗った。

「女王陛下とオレの毛をしっかり掴んでいるんだぞ」

 俺達は強く頷いて、エメロードさんを絶対に離すまいと彼女の手足とクロウの熊の毛皮を強く掴んだ。












 
しおりを挟む
感想 1,344

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...