異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

  そこに在ると気付かなければ3

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「あれ……二人部屋なの?」

 入ってすぐに気付いたのは、部屋の左右に取りつけられている二台のベッドだ。
 てっきりラセット一人だけの部屋だと思っていたのに、まさかルームシェアだったとは……しかし、これ誰のベッドだろう。もしかして……クロッコさん?

 よく見たら、ラセットの部屋は横長になっていて左右に家具が配置されている。
 で、それぞれ真ん中で区切って、自分の持ち物や家具を置いてるみたいだけど……うーん、なんかバイト先の先輩の大学寮みたいだな。
 ラセットは左側を使ってるのか、そちらから椅子を出してきた。

「そこの二人は椅子に座れ。ツカサは私のベッドに座っても良い」
「おいなんだそれ」
「椅子が人数分ないんだ。文句を言うな。あとお前らはベッドに座らせたくない」
「なにをぉお……」
「どっ、どーどー! ブラック落ち着け!」

 ラセットの忌憚きたんない意見にブラックは人を殺しそうな顔で拳を振り上げようとしたが、それを俺が必死に抑えて二人を無理矢理座らせた。
 入れてくれたんだから文句は言うな。頼むから大人しくしてくれ。

「なんというか……お前も大変だな」
「解って頂けて光栄です……」
「で、用事と言うのはなんだ」

 問いかけるラセットに、ブラックは行儀の悪いオヤジそのままで椅子にどっかりと座りながら、がら悪く「あーあー」と声を出した。

「用ってもう解ってんだろ? 今更勿体もったいぶって白々しいったらありゃしない」
「こらブラック!」
「だってそうじゃないか。コイツも何か隠してるんだろ?」

 そうでなければ、迷宮の主がコイツに話を聞けという訳が無いし、そもそも、女王が話をさせる事を許可するはずもない。
 何を隠しているか早く話せ、と言わんばかりに睨むブラックに、ラセットは嫌そうな顔をしながらも、まだボサついている髪をがしがしと掻き回した。

「ツカサ、こいつは何を言ってるんだ……。頼むから説明してくれないか」
「う、うん……」

 ラセットの様子を見ていると、なんだか本当に解ってないみたいだ。
 ……ということは、犯人は知らないって事なのかな……?
 いや、仮にラセットが知っている事が有るとしても、これじゃ押しかけただけなんだから、どんな用事か分かるはずもないよな。
 けれども……どう問いかけたら良いんだろう……?

 犯人の事を知っていますかとか言っても絶対話してくれないだろうし、そもそも、ラセットがそういう情報を知っているかどうかは解らない。
 でも、だからと言って知らないワケじゃないかも知れないし……うーん、どう説明したもんかな……。もしラセットが何か知っていたとしても、素直に話してくれるのかって問題も有るよなあ……どこから斬り込んだもんか。

 つーか、どういう質問をしたらいいんだ?
 漠然としすぎてて俺達もどう言ったらいいのやら……。

 とはいえ、ライムライトさんが手がかりだと教えてくれたんだから、ここはやはり全部話して相手の反応を見るしかない。
 てなわけで、俺は「ライムライトさんから話を聞けと言われた」と正直に明かし、ラセットに何か知らないか問いかけた。

「ライムライト様が私に……?」
「うん……でも、ラセットが何を知っているのかも、何を聞いていいのかすらも俺達は解らないんだ。だから……関係ありそうなことを全部話してくれないかな」

 そう言うと、相手は困ったように顔を歪めてあごに手を当てた。

「ううむ……しかし、本当に申し訳ないのだが、私も事件の事は知らんのだ。現場に居たとはいえ、私は姫の隣に居て何も出来なかった。どこから刃が飛んで来たのかも解らなかったしな……」
「では、別の情報なのではないか。事件とは直接関係がない情報でも、繋げれば何らかの光明が見えて来る事も有るからな」

 クロウの言葉に、ラセットは納得したように軽く頷く。
 そうして数秒考え、ゆっくりと顔を上げた。

「私が知っている事は……女王陛下の事だけだ。ライムライト様が女王陛下とシアン様の幼い頃の姿を見せた上で私を指名したのなら……きっと、私に求めているのは、陛下が“聖母になってから”の情報なのだと思う」
「聖母になってから……」

 それって……シアンさんの息子が死んでしまった後の話だよな。
 そう言えば、あの場所でライムライトさんが見せてくれた映像は、それ以前の物だった。いわば、エメロードさんとシアンさんの関係が壊れた瞬間までの事を、彼は教えてくれたって感じだな。

 でも、その過去の中には、エメロードさんが首を切られるような理由は映っていなかった。だとすれば、彼女を襲った理由はそれ以降の記憶に存在するはずだ。
 その推測が正しいとすれば、ラセットの言っている事は正解なんだろうけど……。

「詳しく話して……くれる……?」

 エメロードさんの過去を話すと言うのは、彼女の従者としてずっと付き添って来たラセットにとっては、酷く辛い事なのではないだろうか。
 彼女にずっと恋をしているなら、尚更なおさら

 でも、ラセットはそんな俺の心配を振り切るように、軽く頷いた。

「話そう。それがお前達の助けになるのなら」
「女王陛下を裏切る事になってもいいのか?」

 ブラックの冷たい言葉に、ラセットは少し眼差しを昏くしたが、それでも今の言葉を撤回する事は無かった。

「…………今から話す事は、お前達の胸の中にだけ収めておいてくれ。そう約束してくれるのなら、私は全てを話そう」

 俺達は、その言葉に頷いた。
 決してこの事は悪用しないと誓って。

 ――――そこからのラセットの話は、実に淡々としたものだった。
 愛する存在を失ったエメロードさんは、三日三晩部屋にこもって泣き続けたと言う。その悲しみは誰にも癒せる事は無く、ラセットもただ部屋の前で待つしかなかった。
 しかし、涙はいつか枯れるものだ。やがて外に出て来たエメロードさんは、今までの悲しみが嘘のように、静かに微笑みながら現れたと言う。……だがそれは、彼女の中で何かが大きく変化してしまった事を意味していた。

 エメロードさんはその時から盛んに下界の人族達と交流するようになり、そうして今のような「来る物拒まず」の聖母と呼ばれる素地を作って行ったらしいのだが……その原因は、やはり大事な人を失ったからだったのだろうか。

 ラセットはエメロードさんのヤケにも思える行動に酷く心を痛めていたが、その事を知っていたから、何も言えなかったんだそうだ。……まあ、そりゃ、そうだよな。
 好きな人でなくとも、そんなの痛々しくて見ていられないよ。

 エメロードさんの「聖母」たる所以ゆえんは、元々の性格が分けへだてないものからだと俺は思っていたが、恋人と死別した話を聞くと何とも重苦しくなってくる。
 つまり……彼女の女としての研鑽けんさんは、自傷行為にも似た他人への献身によるものだったということか。

 それを考えると……なんというか……俺も彼女とお願い出来たらいいのになあとか素直に思えなくなってしまう。だって、エメロードさんとえっちするって事は、彼女の悲しみを利用してえっちするってことで……そういう悲しいのはちょっと……。

 ……ゴホン。閑話休題。
 とにかく、そうやってエメロードさんは大陸の人間達の相手をするようになり、様々な男達と関係を持って、神族であるにもかかわらず広い交友関係を築いた。
 だが、自分の体を使って取り込んだ人族との関係というものに、当然拒否感を抱く神族達も居るわけで。それを非難……いや、いさめる者もあらわれはじめた。

 だけど、エメロードさんはその言葉に耳を貸さなかったと言う。
 それは彼女にとっての「自由が欲しい」という反抗だったのかも知れない。
 エメロードさんは、自傷行為のような性行為によって、結果的に“自由のような物”を手に入れてしまっていた。今までずっと誰かに決められた一本道を歩かされていた彼女にとって、聖母としての行為は最後の自由だったんだろう。

 そんな時期に、ディルムに“とある集団”がやって来た。
 それが、若い頃のブラックが所属していた冒険者のパーティーだったらしい。
 何の目的で来たのかはブラックに誤魔化されてしまったが、しかしそこに現れた昔のイケメンなブラックを見たエメロードさんは一目ぼれしてしまったらしいのだ。

 前にラセットが、当時のエメロードさんが言った「あの人は、自由な私をきっと連れて来てくれる。私の“わたし”を、認めてくれる。私と同じ場所を見て、隣を歩いてくれる」という言葉を教えてくれたが、そこから考えると……自由を手に入れようともがいていた当時の彼女にとって、誰にも縛られず自由気ままで他人を寄せ付けないブラックは、理想の姿に見えたんだろうな。

 それに、ブラックはきっとエメロードさんを特別扱いしなかったんだ。
 だから彼女はブラックのそのブレない心に惹かれたに違いない。
 ……今はだらしないオッサンだけど、昔は結構クール系だったみたいだし……。

「ふーん。何かよく分かんないけど、迷惑な話だなあ」
「ぶ、ブラック!」

 何が迷惑だっ、傍若無人時代のお前を素直に好いてくれた人に失礼だろ!

 慌てて謝らせようとするが、しかしラセットは「構わない」と首を振った。

「下劣な人族に女王陛下の繊細な御心をおもんぱかれと言う方が無理なのだ。お前が解ってくれればそれでいい」
「おい、いい度胸してんなコイツ」
「それで、続きは」

 クロウナイス。
 ブラックの怒鳴り声をさえぎり続きをうながしたクロウに、ラセットは少し困ったような顔をした。

「それ以降となると……正直、あまり変わりがないと言うか……ああ、そうだ。あの男……クロッコが数年前から、姫……陛下と仲良くなり、最近従者になったとか……そういう些細ささいな変化ぐらいしかないな」
「えっ、クロッコさんってそんな最近の付き合いなんですか?」
「ああ。そこの不潔男も知っているだろうが、あいつは元々シアン様側の者で、下地げちを調査し走り回る仕事をしていた。シアン様がグリモアに選ばれてからは、連絡係としてディルムや他の場所に向かう事も多かったがな。それゆえ、女王陛下が下地へと降りる際は、従者の一人として付き従う事もあった」

 へー……俺はブラックとの連絡係だって事しか知らなかったけど、色々な連絡係を任されていたってことは、かなり優秀な人だったんだろうな。
 でも、そんな人がどうしてエメロードさんの従者になったんだろう。

「そんな人が、どうしてエメロードさんの従者に……?」

 そう問いかけると、ラセットは何故か急に不機嫌そうな表情になった。

「……正直、私もどういう事なのか解らない。だが、陛下が決めた事だ。私にはそれに異を唱える権限など無い。……だが……」
「だが……?」
「私は、あいつのことを……信用出来ない」

 それ、前もそんなこと言ってたよな。
 でもどうして信用出来ないんだろう。

「ラセット、どうしてそう思うんだ?」
「…………己の主をコロコロと変える軽薄さが気に入らん。それにあいつは……自分の“特技”をずっと隠しているんだ。誰も、あの男の能力を見た事が無い。それが……なんだかよく判らないが、信用出来ないんだ」

 確かに……仲間にすら話してくれないなんて、ちょっとおかしいよな……。
 でもクロッコさんはちゃんと仕事をしてる訳だし、ラセットの事はちゃんと身内だって思ってる訳で、そこを考えると悪い人じゃなさそうではあるんだけどな。
 ……悪い人じゃない、と、思うんだけど……。

「なに、要するにアイツが怪しいってことか?」
「ムゥ……確かに胡散臭くはあるが」

 俺が色々考えている間に、オッサン達は簡単にまとめてしまう。
 いや確かにその通りなんだけど……こう、もうちょっと、信用とかは……。
 でも、ブラックもあの人の事嫌いだからなあ……。

 しかし証拠もないし、そもそもクロッコさんが犯人だって話でもないのに、あの人の事をグチグチ言うってのはちょっと不健全な気がする。
 この話の流れだと、まるで犯人だって言ってるみたいに思える訳だし。

 ラセットも別に怪しいか言ってる訳じゃなく、事実を話してるだけなんだよな。
 そもそもこれは「犯人捜し」には関係のない情報なんだ。エメロードさんの事件に関連があると決めつけるのは、時期尚早だろう。

 しかし、オッサン達はそうは思っていないようで。

「んじゃちょっと私物あさってみる?」
「そうだな。清廉潔白な者なら見られて困るものなどなかろう」
「えっ、ええ!?」

 驚く俺に構わず、ブラック達は椅子から立ち上がってクロッコさんの方のスペースにずんずんと歩いて行く。ヤバい、これはマジだ。
 いくらなんでも勝手に漁ると言うのはマナー違反だろう。
 俺とラセットは慌ててブラック達を止めようとするが、しかしオッサンどもは俺達の事などまったく気にせず、クロッコさんの棚や机などを漁り始めた。

「目ぼしい物は見当たらんな」
「うーん、それが逆に怪しいんだよなー。隠し戸とかも無さそうだしなー」
「ちょっ、ちょっと、マジでやめろって!」
「おい、さすがに人の私物を漁るのは……」

 やめろと二人を引っ張ろうとするが、全然手が止まらない。
 机の引き出しを開けたり棚を粗探しするブラックは、どうみてもコソ泥のオッサンだ。クロウもクロウで床に這いつくばってベッドの下を見たりしている。
 ああもう掃除しに入って来たお母さんみたいな事をしやがって。

 これじゃまるきり不審者だよ、と、諫めようとした所で……クロウが声を出した。

「ウム? なんだこれは」

 ベッドの下に手を伸ばし、かなり奥まで手を伸ばし何かを取ろうとしている。
 やがて目当ての物を掴んだのか、クロウは体を戻してその場に座り込んだ。

「なになに?」
「ク、クロウ……」

 興味津々で近寄ってくるブラックの横で、俺も恐る恐るクロウの手を見やる。
 クロウは何かを掴んだまま手をぎゅうっと握りしめていたが、やがてゆっくりと指を解いて手を開いた。……と、そこに、在ったのは。

「…………え?」

 てのひらの上に乗っていた物。それは……――

 何かの形を模した、小さなバッジだった。













※まただいぶ遅れてしまいました…すみません_| ̄|○
 
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