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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
41.意識とは曖昧なもの
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体がふわふわする。
と思ったら、少し硬い所に落っこちたみたいで、俺はわずかな振動に顔を歪めた。
背中と尻がちょっとだけ痛い。でもそこまで気にするような衝撃でも無くて、俺は何が起こったのだろうかと薄ら目を開いた。
「…………あれ……」
頬に、冷たい風が当たる。
髪が動いて、息を吸えば新鮮でひんやりとした空気が肺に入って来た。
……なんか変だな。体の両側がスースーする。確か俺は、今夜もデカいオッサンに挟まれて寝苦しい夜を過ごしていたはずなんだが。
どういうことだと思いながらも目を開けると。
「……ん………………ん……? あれ……」
天井が見えない。真っ暗だ。……っていうかこれ星?
あれっ、星が見えるんだけど。なんでか星が見えるんだけど。
「ほし……」
驚きたい、のに、なんか凄くだるい。
ここどこだろう。星が凄く綺麗に見えるけど、もしかして真宮の外かな。
でも周囲を見ようにも頭を動かすのが面倒なくらいにだるい。
何でこんな場所に居るのか分からないけど、ここに居たら風邪を引く。というか、俺一人でこんな場所にいたら危ないにもほどがないか。
ブラック達にも心配させるし、早く部屋に戻らないと。
段々焦って来たのに、頭が怠いせいなのか体が言う事を効かない。起き上がろうと頑張ってみるんだけど、手すらゆっくりとしか動かせなくて。
「う……」
一生懸命力を籠めて、両手を地面につき起き上がろうとする。と……
「っ……」
急に体に力が入って、体がゆっくりと動く。
これだけダルいなら途中で力が抜けるかもしれないと思ったのだが、不思議と真っ直ぐに立ち上がる事が出来て、俺は目を瞬かせた。
これは、なんだろう。寝起きで、こんなにすんなり行くものだろうか。
不思議でどうしようもなかったけど、それでも動けたならもう良い。さっさと部屋に戻って寝てしまおうと思い、踵を返そうとする。
だが、体が動かない。なんだか頭がぼんやりしてて、帰ろうと思っているのに俺はその場にぼーっと突っ立ってるだけで、何も出来ない。
それが変だとは思ってるんだけど……その事に焦る事すら出来なくて。
どうしよう。もしかして俺、夢でも見てるんじゃないのか。
……ああ、そうか。夢を見てるのか。だからこんなに体が動かないんだな。
でもリアルな夢だな……。風は感じるし星は見えるし……ああでも、良く考えたら何だか視界がボヤけてて、夢だと言われれば確かに夢かもしれない。
不意に手で頬を触ってみようとすると、緩慢な動きだけど思う通りに動いた。
さっきのは自分の体が夢だと認識していなかったから重かったんだろうか。まあ、どうでもいいや。考えてみればエーリカさん達をだしぬいてこんな所に来れるはずがないんだし、それならやっぱり夢に違いないよな。
「ふあ……。戻ろ……」
夢の中だけど、やっぱ一人で出歩くってのはちょっとな。
これが明晰夢って奴なら、ベッドからブラック達を蹴っ飛ばしてぐっすりと眠ってやろう。自分の夢でまで暑苦しい感じで寝たくない。
そんな事を思いながら、重い足取りで真宮へ戻ろうとすると。
「――――――」
「…………?」
誰かに、名前を呼ばれたような気がする。
振り返ると、ぼやけた視界に誰かが立っているのが見えた。
誰だろう。なんか……ええと……どうしよう、髪の色と大まかな形しか解んないんだけど。俺の明晰夢ってこんなに適当なの。酷すぎない。
「ツカサ」
ああ、俺の名前だ。
声は聞こえていないはずなのに、相手の口が動いたのも何を言われたかも分かる。
夢ってのは不思議なもんで、音なんて無くても相手の言葉も鳥の鳴き声すらも頭で理解してしまうんだよな。普段はそんなこと全く気にしないで夢を見てるけど、意識がある状態で夢を見るとこんな事も感じ取れるんだな。
「ツカサ、おいで」
ふらふらと体が動く。ベッドに戻ろうと思ってたのに、相手の方へ近付いて行く。
あれ。どうしたんだろう。
まあでも、俺の名前を呼んでるんだから、知ってる奴か。
でもブラックじゃないのかな。ブラックはいつも「ツカサ君」だもんな。
ぼんやりした頭で不思議に思いながらも、風景に滲んだ相手に近付く。
すると、大柄な赤髪の相手は確かに男である事が解って、俺は首を傾げた。
あれ……やっぱりブラック……?
「ツカサ」
そういえばこの音の感じは、ブラックのような気もする。
でも、呼び捨てされるなんて不思議な感じだ。
なんだかまるで、親に名前を呼ばれてるみたいな感覚がする。
「ツカサ、愛してる」
相手が近付いて来て、俺を抱き締める。
……あったかい。でも、夢だとにおいも解らないのかな。
こんなに暖かいのに、現実じゃないから心音もにおいも声もしないなんて……。
「ツカサ」
でも、ドキドキする。
ブラックに呼び捨てされるなんて初めてで、なんか、その……ラスターみたいに傲慢な感じがするっていうか、いつもと違うからドキドキするっていうか……。
へ、変なの。
俺別に呼び捨てにして欲しいなんて思ったこと無いのに。
でも、こんな夢を見てるって事は……俺って、呼び捨てにして貰いたいのかな。
まあ今まで親しい奴からは呼び捨てだったりあだ名で呼ばれてたりしたから、何かブラックだけ特別な感じで余計に意識しちまうっていうか……。
…………本心では、こうして欲しいのかな。
有無を言わせないくらいに男らしく呼び捨てで呼ばれて、強く抱き締められたい……とか、らしくない事を思っちゃってるのか、俺は。
うう……にわかに信じがたい……でも、これ俺の夢だし……。
「愛してる……」
「っ……」
俺、こ、こんなに何度も「愛してる」って言って欲しいの?
なにそれ、恥ずかし過ぎない。何それナニソレなにそれ!
そ、そりゃ俺はその、ブラックにぎゅって抱き締められるのは嫌じゃないし、そうして貰えると落ち着いたりするから、夢でも抱き締められるってのは、男としてはどうかと思うけどまあ望んだって仕方のない事だ。
でも呼び捨てで延々と愛してる愛してるって、それじゃ俺がそう言う事を言われたがってるみたいじゃないか!
わーっ違う違う違うっ!
今以上にスキスキ言われたいって、俺はどんだけ強欲なんだよ!
もう充分過ぎるくらい言われてるじゃんっ、なんで今更!
それともなに、俺もこのくらい愛してるって言いたいってのの表れなの?
ああもう誰か夢占い出来る人連れて来てくれよぉおお!
「愛してる……」
は、恥ずかしくなってきた。もう耐えらんない。
これでブラックの顔を見上げた時に、イケメンスマイルでもされてた日にゃあ、俺がブラックにそう言う風にして欲しいって願ってる事になっちまう。
そんなの嫌だ。俺はそんな高望みするような勘違い野郎じゃなかったはずだ。
何より今のままのブラックでじゅうぶん……って何考えてんだ俺は!
ああもう限界だ、体は全然怠いままなのに、何かヘンな所だけカッカしてる。早く目を覚ましてマヌケ面で寝てるブラックでも見て落ち着こう。
俺の夢の中のブラックは何か違う、なんか理想を追い求めすぎてる気がする。
……いや、そもそも俺、ブラックに呼び捨てされたいとか思ってないからね!?
「ぶ……ぶ、ら……っく……」
離してくれ、と言おうと思って、必死にだらけた口を動かそうとする。
夢の中だから当然声は出ないし、俺もちゃんと発音できたか解らない。
だけど、俺を抱きとめていたブラックはひくりと腕を動かして硬直した。
「…………?」
なんだろう。どうしたのかな。
そう思って、相手の顔を見上げようとすると。
「っ、ぁ……――――」
ブラックの背後から急に風が吹いて来て、思わず目を瞑る。
すると、背中越しに何か明るい緑色がチラリと見えたような気がして――――
「………………あぇ……」
変な声を出して、唐突に目が開く。
今さっきまで視界も思考も何も無かったのに、急に目の前に豪華な天井が見えて、俺は一瞬何が起こったのか解らずボーッとしてしまった。
これは……ああ、そうだ、現実だ。変な夢から覚めたんだ。
でも、何の夢だっけ。おかしいな、なんか凄い恥ずかしい夢だった気がするのに、目が覚めた瞬間に忘れてしまったようだ。
………変だな。何かすっごい自分が恥ずかしかったような気がするんだが。
「うぅ~……つかしゃくぅう……」
「グゥウ……」
左右からオッサンの寝言と唸り声が聞こえてくる。
寝起きでこの野太い立体音響は勘弁して欲しいと思ったが、しかし左右にブラックとクロウが居る事に何故かとてもホッとしてしまって、俺はやっと息を吐いた。
「……今日から三日か……」
呟いて、少し掠れていながらもはっきりと声が出た事に息を吐く。
ゆっくりと起き上がってブラックを見ると、そこにはやっぱり涎を垂らしながら気持ち良さそうに眠っているオッサンがいて。
クロウも、人間とは思えないほどの獣の喉声を出してはいるが、とても安らかに眠っていた。いつも思うんだけど、もしかしてこれってイビキなんだろうか。
イビキって体に悪いって言うし、矯正させた方が良いんだろうかと思っていると、横で転がっていたブラックが不意に起き上がって来た。
「んんん……つかさくん起きたのぉ……」
リボンを解いた赤髪をボサボサにしたまま、ブラックは目を擦る。
ヒゲも伸びっ放しだし、仕草は子供なのに見た目はオッサンそのものだ。
……そうそう。これだよな、ブラックって……。
「…………うん。……うん?」
「ツカサくん……? らに……?」
「あー……うん、なんでもない……それより起きたら髪ちゃんとして……」
寝癖がついたまま髪を結ぶなよと手櫛でブラックの髪の毛を梳いてやる。
ブラックはそれに気持ちよさそうに目を閉じていたが、再びベッドにぼすんと倒れ込んでしまった。まあ、昨日は号泣してたし疲れても仕方ないか……。
エーリカさん達も呼びにこないから、きっとまだ寝てても良い時間なんだろう。
でも、俺はそろそろ起きなくちゃならない。どうせ起きて来たブラックとクロウは俺に髪を結べとせがむから、その前に自分の支度をしておかねばならないのだ。
無意識に俺の服を掴んで来ようとするオッサン二人を苦心して剥がし、俺は時間が来るまでにしっかりと身支度を整え、後から起きて来たオッサン達の支度を手伝うと朝の戦いへと出発した。
朝の戦いというのは、もちろん朝食の事だ。
真宮での食事の時間は女王陛下であるエメロードさんを基準としているので、俺達もそれに必ず同席しなければならない。
俺達は「お客様」である以上、この場所のルールに従わねばならないのだ。
しかし、今日はそれがとても辛い。
何故なら俺達は昨日とんでもない事をしてたわけで、それをエメロードさんに聞かれてしまっているかも知れないわけで……。
あああぁ……本当にもう考えるだけでヤバい。
どうしよう、昨日の事を指摘されたら俺はもう何も言えないぞ。
いや、ブラックの名前に関しては「なんだそんな事くらい!」て言ってやる覚悟は出来てるけど、その後が問題じゃん。拒めなくて変な声だしちゃってたじゃん俺。
ここは男と女が結婚するのが普通の世界、ホモはお呼びじゃない。
なによりエメロードさんはブラックが好きな訳で……あああぁあ……。
「どうしました、なんだかお疲れみたいですが……」
ろくでもない事に悩む俺に、優しいエーリカさんは心配そうに声をかけてくれる。
ああ、ごめんなさい。エーリカさんに心配して貰えるような男じゃないんです俺。
思わず頭を抱えてしまいそうになる俺に、彼女は気遣うように両手を組んだ。
「今朝は御三方だけの食事になりますから、どうか楽になさってください」
「え……あ、あの、エメロードさんは……」
「とある方との会談とのことで、朝すぐに真宮から出立なさいました。後の諸々は、私が全て仰せつかっておりますのでご安心くださいね」
よ、良かった。ということは、朝一番で追及される事は無くなったんだな。
思わずホッとすると、ブラックは訝しげに片眉を寄せた。
「朝一番で会談? 随分と異例だな」
そんなもんなのか。
よく判らなくてエーリカさんを見ると、彼女も困ったように頬に手を当てていた。
「その……実際の所、詳しい予定はラセットとクロッコしか把握しておりませんので、私達給仕にはそこのところはよく判らないのです……」
クロッコさんが居ないのも、エメロードさんについてったからなのか。
うーん……エネさんが居なくなったすぐ後に、誰かとの会談。
何か怪しい気がしないでもないけど、そういうのって前々から予定が決まっている事だろうしな……。
色々と気にはなったが、真宮から出る許可を得ていない俺達には探りようもない。
仕方なく、とりあえずは朝食を摂ることにした。
→
※ちょと遅れてしまいました_| ̄|○
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