異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

39.名に刻む軌跡を

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※キリ良いところまでと思ったらまた遅れて…_| ̄|○ゴメナサイ…







 
 
「ツカサ君、何か言われた?」

 ぬいぐるみのように抱き抱えられたまま移動する最中、そう問われてのどが詰まる。

 どうしよう。話して良いのかな。
 ちょっとだけ、ブラックが言いたくなかった事を聞いてしまいましたって。
 でもそれってブラックを傷付けることにならないかな……。

 言いたくなくてずっと黙っていた事だったのに、それをよりにもよってブラックが嫌っているクロッコさんにバラされたんだ。かなりの屈辱と言えるかもしれない。
 だけど……だからって、言わなくていいってのも、違うよな……。

 ブラックが言いたくない事だったってのは、俺にも解る。でも、それを伝えられた俺がブラックに遠慮して“言われた事を隠す”というのは、少し変だ。
 言わなかったら、すぐに言われるよりもずっと傷付くんじゃないだろうか。
 俺だって「早く言ってくれよ」みたいに思う事は何度もあったし……いや、そんな軽い問題じゃないんだけど、しかし結局そう言う事なんだよな。

 言わなきゃ、ブラックがもっと傷付く。
 そもそも……その……俺とブラックって、その、なんだ。恋人、だし、俺と一緒に居るって言ってくれたんだし、それに……ブラックだって「いつか話そう」と思ってくれていた。俺に絶対話したくないって訳じゃないんだと思う。
 だったら……。

「…………ブラック。二人だけで、話がしたい」

 いつかは話さなきゃ行けないこと。だけど、今は誰かに聞かれたくない事のはず。
 そう思ってブラックを見上げると、相手は少し顔を引き締めて頷いた。

「なあ、メイド。誰にも聞かれない二人きりで話せる場所はないか?」

 俺を抱えたままで背後を振り返るブラックに、必死で付いて来ていたエーリカさんは虚を突かれたのか慌てて立ち止まり、少し悩む。
 それを不思議そうにクロウが見ていたが、エーリカさんはその視線にも気付かず困ったように顔を上げた。

「残念ですが、真宮しんぐうは女王陛下の部屋以外は神のご加護が働いていますので……秘密の相談事をするのには、向いていないと思います。あの、お部屋にあるお風呂場ではいけませんか? 狭いし長話をするのには向いてないかも知れませんが、外から聞き耳を立てられる事くらいは防げると思います」
「風呂場だと聞かれないのか」
「それは……。もしかすると、女王陛下には伝わってしまうかも知れません。なにせ、給仕である私達にも、この真宮の機能は詳しくは教えられていませんので」

 その言葉に、ブラックはいぶかしげに眉根を寄せた。

「知らないと言うのに、聞かれるかもしれないってのは解るのか」

 あ、そうだよな。
 真宮の機能を詳しく知らないなら、推定する発言だって危険なはずだ。
 それならもういっそ「ヒソヒソ話を出来る場所なんて真宮にはありません!」とハッキリ言ってしまったほうが楽だろう。
 なのに、今みたいに言葉をにごしてるって事は、エーリカさんには推測できるだけの情報があるってことだ。でも、詳しく知ってるかどうかは解らないかも……。

 エーリカさんの答えは如何いかにと視線を向ける俺達に、彼女は少し迷うような素振りを見せたが、小さく溜息を吐いた。

「恐らく、この会話も陛下は聞いていらっしゃると思いますので、お話しますが……この真宮は女王陛下の御身をお守りするため、宮全体に“伝え風”という神のご加護を掛けられていて、陛下は真宮にある部屋全てで行われる会話を知る事が出来るのです。……これは、私とラセットしか知らないことです。ですから、単純に人目を気にするのならば、部屋の中に作ってある風呂場のような空間が良いかと思いまして……」

 何だかよく判らないが……全ての部屋にエメロードさん専用の盗聴器が付いてるということかな。エーリカさんの様子からすると、廊下もその範囲なのだろう。
 まあでも仕方がない事だよな。王様っていつ暗殺されるか解らないし、こんな平和な島でも侵入者が入って来ないとも限らないんだ。警戒できるならその方が良い。

「なるほどね、あいつにはどうやっても聞かれるって事か。……ツカサ君、話しても大丈夫な話なの?」
「う、うん。多分……エメロードさんは知ってるんじゃないかな」

 エルフ神族はブラックを毛嫌いしている。
 それはつまり、ブラックの名前の意味を知っているからだ。
 だとすれば当然エメロードさんも知っている訳で、それを話す程度なら彼女に聞かれたってどうという事は無いだろう。問題は、ブラックが傷付かないかどうかだし。

 そう思って返すと、ブラックは頷いて再び歩き出した。

 思ったよりもすぐに部屋について、クロウはそのまま部屋で待つように言う。
 クロウは今はまだ自分が聞いてはいけない話だと思ったのか、それに関して文句は言わなかった。いつも思うけど、理解してくれて本当にありがたい。
 クロウの心の広さに感謝しつつ、俺とブラックは三畳あるかないかの狭い風呂場にこもり、とりあえず俺は風呂椅子に、ブラックは猫足バスタブのふちに腰を下ろした。
 ……足が長いブラックは、椅子に座ると邪魔だからな。

「それで……話って?」

 早速聞いて来た相手に、俺は一瞬口をつぐみそうになったが……しかし、もう隠す事なんて何も無いんだと改めて自分を叱咤しったして、ブラックを見上げた。

「さっき、クロッコさんからさ……ほんの少し、さわりだけ聞いちまったんだ……。お前が、なんで神族の人から遠巻きに見られてるのかって」

 その言葉を聞いたと同時、ブラックは目を見開いて固まる。
 思っても見ない事を言われたと言わんばかりの態度だったが、しかしそれで全てが解ったのか、真剣な表情で俺の顔をうかがって来た。

「それって…………僕の……名前の、ことかい」

 探るような、どこか自信なさげな言葉。
 やはりブラックにとっては触れられたくなかった事なんだと思いつつも、俺は素直に頷いた。それ以外に、今の俺が出来る事は無かったから。

「全部は聞いてない。だけど、クロッコさんは……その……お前の名前が、もう意味が忘れ去られた……言葉であって、その……」
「……ツカサ君は優しいね……。でも、ハッキリ言っていいよ。僕の名前が“忌み名”だって、あのクソ野郎にバラされたんだろう?」
「ブラック……」

 無意識に俯いていた顔を上げて、ブラックを見やる。
 傷付いているのかと不安になったが、しかし相手は何とも言えない表情をして、俺の事をじっと見つめていた。

「……忌み名って、分かる? ……解らなくても、悪い意味だって事は分かるか」
「…………うん」

 明確な意味は解らないけど、褒めてるって事は絶対にないと思う。
 だって、クロッコさんが俺にこの事を教えようとした時の顔は……怖かったから。

「そうだよね。……うん、本当はね、言わなきゃいけなかったんだけど……でもさ、やっぱり、僕……ちょっと、勇気が出なくてさ」
「ブラック……」

 名前を呼ぶと、ブラックは少し気弱な顔で笑った。

「あはは……ツカサ君に色々言っといて、いざ自分のコトってなると、嫌われるのが怖いからって隠したりしちゃってるんだよね……」

 軽蔑したかな。
 弱気な声を出すブラックにこっちが耐え切れなくなって、俺は目の前のブラックのひざを手で優しくつかんだ。少し驚く相手に、俺は首を横に振る。

「俺が良いって言ったんだ。今更だよ」
「ツカサ君……」

 膝を掴んだ手に、ブラックの大きな手が覆い被さって来る。
 その大人らしくなく震える手に、俺は思い切って手をひるがえし掴んで見せた。思わず驚くブラックに少し頬が熱くなったけど、でも今はそうして安心させてやりたくて、俺はじりじりと焼けそうになる顔をこらえながら、ぎこちなく口を笑わせてみせた。

「話して。俺……ブラックの口から、知りたい」
「ふぁ……っ」
「教えられるなら、アンタからが良いんだ」

 だけど、それを知ったとしても、俺はこの手を離そうとは思えない。
 ブラックに何か“ある”ことは知っている。だけど、それが何だって言うんだ。
 過去に罪を犯していたとしても、正体が俺のような存在だとしても、たとえいずれは敵になるかも知れないのだとしても……それでも俺は、ブラックと一緒に居たい。
 ずっとブラックと一緒にいる事を、選んだんだ。

 ……だから、何を聞いたって後悔なんてしない。離れようなんて思わない。
 俺は、ブラックの恋人だ。アンタを守るって決めたんだ。
 情けないし弱いし、「好き」って言葉すら口に出せないし、全然強くもないけど、でも……アンタの事を一番大好きだって事は、誰にも負けない。
 ずっと、本当はずっと前から思ってたんだ。

 例えアンタが好きになっちゃいけない存在だったとしても、嫌いになれないって。
 人殺しだったとしても……『きっと理由があったんだろう』って盲目的に擁護してしまうかも知れないくらい、アンタのことが大事だって。

 そんな風にずっと思ってたんだから、今更だよな。
 本当に、いまさらなんだよ。

「ブラック、話して」

 しっかりと握った手から、ブラックの震えが伝わってくる。
 怖いんだろう。言い出せないんだろう。辛いんだろう。充分よく判った。でも、俺は、絶対にブラックの事を「好き」以外の感情に落としたりしない。
 だって、俺とブラックの間には、今まで積み重ねてきたものがあるんだから。

 ――――そんな俺の強い感情を感じ取ったのか、ブラックは体を震わせて、潤んだ目を丸々と見開くと……情けない顔をして、風呂場の床に膝をついた。
 そうして、手を繋いだまま俺に抱き着いて、肩口に顔を埋めて来る。

「つかさくん……ぅ、うぅ……」

 また泣いてるのか。
 でも、ブラックにとっては深刻な問題だもんな。
 俺には背中を軽く叩いてやる事しか出来ないけど、安心して欲しい。
 しばらくそうやって、広くて腕が回しきれない背中を叩いたり撫でたりしていると、やっと少しだけ落ち着いたのか、ブラックは鼻をすすりながら首にぴったりと顔を押し付けて来て、俺のほおを赤い髪でくすぐって来た。

「落ち着いた?」
「ん゛……」

 ずび、と鼻が鳴っているのがちょっと気になるけど、まあ拭けば済むし……。

 そのままブラックが話しだすのを待っていると、相手はぽつりと語り出した。

「……僕の一族と、神族には、何故だかよく判らないけど……古いしきたりで、古代で使われていたっていう言語にある“色名”を付ける決まりが有るんだ」
「色名って……だいだい色とか藍色とかの色の名前?」
「うん。レッド、シアン……他にもまだいるかは解らないけど、でもこの二人は色の名前。それだけは、僕でも知ってる。……そんな風に、色の名前を与えるんだって。僕はそのへんの事は知らされなかったから、詳しくは解らないけど……僕とシアンの一族にとっては、その“色名”は大事な意味を持つんだって」

 色の名前を付ける事が、大事な意味を持つ……。
 なんだろう。色には言霊ことだまと同じく、色霊しきだま……つまり、力があるって漫画とかでよく見るけど、そういう所から来てるんだろうか。
 確かに言われてみれば、シアンさんやレッドは色のイメージに合っている気がしないでもない。……ああ、そうだ。だから俺は最初ブラックと出会った時に「変だな」と思ったんだっけ。

 だって、ブラックはこんなに綺麗な赤い髪と、凄く引き込まれる宝石みたいな菫色すみれいろの目を持っているのに、名前が「ブラック」なんだもん。
 黒色って高貴だったり落ち着いたイメージで使われるけど、それをこんな鮮やかな色味をした子に名付けるなんて、普通はしないだろう。だから、引っかかってはいたんだけど……もしかして、ブラックって名前にもまた意味が有るんだろうか。
 それが、忌み名に繋がってるのか。

 俺の予想を肯定するように、ブラックは抱きしめてくる腕をぎゅっと強張らせる。安心させるように背中を撫でると、ブラックは少し息を吐いて俺の首筋を湿らせた。

「…………みんな、意味を持つ名前だ。力を籠める意味を持った、名前だ。だけど、僕は……僕の、名前だけは…………そうじゃ、ないんだ」

 苦しそうにそう呟いて、そうしてブラックは震えるのどで息を吸う。
 そうして……やっと、言葉を吐き出した。



「僕の、名前……ブラックと言う、名前は……一族の中では“使ってはいけない名前”で、普通の子供には“絶対に付けてはいけない名前”……――

 【滅ぶべき化物バケモノ】を意味する……呪われた存在に、つける……名前……なんだ」



 ――――滅ぶべき、ばけもの……?
 …………は……?

 待って。ちょっと待ってよ。
 なにそれ。じゃあ、ブラックの両親は、ブラックの一族は、ブラックにそんな酷い名前を平気で付けたって事?

「僕の“ブラック”という名前は、その“色名”を知ってる古い知識を持つ奴にとっては忌むべき名前だ。……分かりやすく言えば、殺人鬼って名前がついてるみたいなものかな……。その名を持つだけで、解る奴には僕が生きていてはいけない存在だと理解されてしまう。そう名付けられるだけのバケモノだって……」

 ブラック、と、呼んでやりたかった。
 だけど、今その名前を呼んでいいのだろうか。
 ブラックは自分の名前に対してネガティブな思いを抱いている。それを俺に正直に吐き出してくれているんだ。それなのに、名前を呼んでいいのだろうか。

 ブラックにとって、自分の名前は「お前は化け物だ」と言われているに等しい。
 そうか、だからエルフ神族の人達は、ブラックの事をあんな風な嫌悪するような顔で見ていたんだ。それを今知ったのに、名前を気軽に呼んで良いんだろうか。

 もっと言うべき事が有るんじゃないか。
 俺に抱き着いて泣きそうな声を出しているブラックに、言うべき事。
 一番大事な奴に、言うべきことは…………――

「…………俺と、同じだ」
「……え……?」

 震える声が、少し動く。
 柔らかい赤髪が頬をくすぐってむずがゆくなったけど、俺はブラックの背中に手を当てたまま、言葉を続けた。

「だって俺も、この世界じゃ“黒”曜の使者なんだぜ。神様にとっては災厄の象徴で、殺されるべき存在で、誰かを殺さなきゃ行けない……世界を壊す、存在だ。ほとんどの人がその言葉の意味を知らないけど、俺は……この世界の、厄介者やっかいものなんだ」
「そっ、そんな、そんなことないよ!!」

 勢いよく俺の肩から離れて、ブラックは真正面から俺の言葉を否定する。
 目は子供みたいに潤んでいて、鼻の下まで濡れているのに、それでも鼻水を必死にすすりながら俺の言葉を首を振って「違う」と言った。

「ツカサ君はっ、ツカサくんは、ぼっ、僕の……僕のっ大事、な……っ。大事な……一番、大事な、ツカサくんだも……っ、そんな、名前……ッ」

 必死に、俺の名前の意味を否定しようとしてくれる。
 そんなブラックが愛おしくて仕方なくて、俺は無精ひげだらけの顔を手で包み、涙で濡れている頬を優しくなぞった。

「俺も、ブラックの名前が……好き、だよ」
「……ぁ……っ」
「どんな意味が有ったって、俺にとってのブラックの名前は、格好良くて、頼りになって強くて、何度も呼びたくなる……大好きな、名前だよ」

 恥ずかしいけど、でも、どうしても好きだと伝えたかった。
 どんな意味が込められていようが、元は恐ろしい意味であろうが、俺にとってその名前は良い存在を現す名前でしかない。
 俺にとっての「ブラック」は、アンタ以外の意味はないんだ。

「っ、かさ、ぐ……っ、うっ、ぅぐっ、う、ひっぐ、ぅっ……うぅう……っ!」
「それにさ、俺、一番最初に言ったじゃん。アンタの名前は格好良い意味でいっぱいだって。俺には、それ以上でもそれ以下でもないんだ。つーか、誰の名前にだって、悪い意味が隠されてるかも知れないんだぜ? そんなん一々気にしてらんないよ」

 そう。俺の名前にだって、悪い意味が有るのかも知れない。
 漢字の意味が良くたって、その漢字の成りたちが陰惨で落ちこんでしまう人がいるくらいなんだ。誰の名前にだって、悪い部分と良い部分がある。
 黒曜の使者である俺の使命にも、相反するものが存在しているように。

「つか、しゃ、く……」

 ずびずびと鼻水を垂らして、嗚咽おえつでしゃくりあげている子供みたいな目の前の中年に、思わず苦笑が湧く。だけどそれはちっとも嫌じゃなくて、俺はブラックの目元の涙を優しく拭ってやると、赤い髪を優しくいた。

「だからさ、もういっそ、あんな古臭い奴らの事なんてもう放って置こうぜ。どうせ意味を知ってる奴なんて少数派なんだ。ここに来なけりゃ二度と会う事も無い。それに、俺とブラックが今までやって来た事を考えたら、馬鹿みたいな因習を引き摺っている奴より、アンタに感謝してるって人の方が絶対多くなってるはずだよ。アンタが良い意味に変えてるんだからさ。自分の名前を」
「ぼく、が……僕の、名前を……?」

 思っても見なかったと言わんばかりに目を丸くするブラックに、頷く。
 そう。俺達が今までやって来た事は、無駄じゃない。
 ブラックを擁護してくれる人なんて、たくさんいるよ。それだけ長い旅を、俺達は続けて来たんだ。俺やシアンさんだけじゃない。俺達と出会った人達全員が、お前を悪人じゃない、化け物じゃないって言ってくれるはずだ。

 それだけのことを、アンタもしてきたんだよ。
 だからもう、泣かなくていいんだ。

「まだ、不安?」

 問いかけると、ブラックは俺を縋るように見つめる。
 その視線に、俺は一瞬少し躊躇ためらってしまったが……今更後には引けないのだと決心して、こっ恥ずかしい事を言おうと、決めた。
 それが一番いいことだって、思ったから。

「……じゃあさ、俺が今、アンタの名前の意味を変えてやるよ」
「え……意味、を……?」

 菫色すみれいろの宝石みたいな目をしばたたかせる、情けない顔の中年。
 そんな相手に、自分史上もっとも似合わない事を言おうとしているのだと思うと、顔がまた痛いくらいに熱くなってくるような気がしたけど、それでも止められない。
 俺はぎこちなく頷くと、熱で霞みそうになる目をブラックへと向けて、告げた。


「ブラックっていう名前の意味は…………――

 俺の……大好きな人、って……意味。

 ……誰が何と言おうと……俺は、そう思い続ける。絶対に」


 他人に決められた意味なら、俺が決めたって良いはずだ。
 もう既に失われかけていた意味を追って何になる。その名前を頂いたブラックは、今はもうその名前に見合わない、人間らしい奴になったんだ。
 化け物なんかじゃない。俺の恋人になったんだよ。

 だったら、昔の意味なんていらない。
 俺にとって、この世界の「ブラック」という名前は……たった一人だけの、名前。
 この世界でたった一人の恋人の……大好きな人の名前。それ以上の意味なんて、何も無い。だから、これでいいんだ。

 …………でも、やっぱりちょっと……キザっていうか、は、恥ずかしいかな。

 鼻で笑われたらどうしよう、なんて思って、思わず目を逸らそうとすると。

「う゛あ゛ぁあうううう!」

 名前を呼ばれたような、泣き声だったような、微妙な叫び声がして、俺は風呂椅子から思いきり押し出されて地面に押し付けられていた。

「づがじゃぐっ、う゛っ、う゛ぁぁっ、ああぁああ……!!」

 こ、この野郎、思いっきり押し出しやがったな。
 背中を少し打ってしまってじんじんと痛み出したが……しかし、号泣して俺の胸に縋りついている情けないオッサンを見ていると、なんだか引き剥がす気も失せてしまって、背中を撫でてやるしかない。

 俺の言った事は、少しでもブラックの気を晴らせただろうか。
 ブラックは、自分の名前を少しでも好きになってくれただろうか。
 不安にならないでも無かったけど……。

「ぼぐっ、う゛っ、うぅ゛っ、つがじゃぐんのにな゛るっ、な゛るぅうう……!」

 だだをこねるようにそう言いながら俺を抱き締めるブラックを見て、そう言った事は間違ってなかったのだと確信し、何故か俺まで泣きたくなってしまった。











 
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