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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
37.見えない思惑
しおりを挟む「アイツは元々シアンについてた奴で、最初は僕とシアンの伝令係だったんだ。でもさあ、あの通りニヤニヤ笑っていつも僕のこと見下してきて、ネチネチネチネチ色々遠回しに見下したような事を言ってきやがって、気分が悪いったらなかったよ。……本当に嫌な奴ってのはああいう奴のこと言うんだと再認識したくらいさ」
温かい麦茶を淹れて、三人で茶を啜っている途中にブラックがそう切り出す。
何が気に入らないのかと思いながらモヤモヤして茶を淹れていたので、やっとこさ話してくれて嬉しいは嬉しかったが、しかし切り出した一言が俺には疑問だった。
クロッコさんはいつも微笑んでいる感じの穏やか美形お兄さんだけど、でも見下すような目をしてたかな。俺は何も感じなかったんだけど。
イマイチ実感できなくて首を傾げると、ブラックは俺の考えている事を読み取ったのか「ツカサ君は本当にチョロいなあ」と言いながら再び茶を啜った。
「見下してるかどうかなんて、目を見れば一瞬で判るじゃないか。……僕は元々神族には嫌われてるしあの目をされるのも慣れてるけどね、あいつはそれ以上と言うか、人をゴミでも見るような目で見てきやがるんだ。不快でしょうがなかったよ」
「そんなに……」
そんな風には見えなかったけど、と俺は思うのだが、しかし俺には判らない事でもブラックには判るという事は多々ある訳で、そう言うのならそれは確かなんだろう。コイツは基本的に人に興味は無いけど、悪意は敏感だからな……。
だけど、そんな風に仲の悪い人に伝令係として接触しなきゃ行けなかったなんて、ブラックも中々つらかったろうなあ……。
「お前は神族とそんなに仲が悪かったのか」
俺と同じ感想を言うクロウに、ブラックはギロリと睨み付けながら目を細める。
「ここじゃお前も似たようなモンだけどな。神族ってのは基本的に地上の種族全てを見下してるけど、特に見下してるのは獣人族だ。モンスターの血が入ってるからな。神族はモンスターを人族以上に嫌うんだ。……まあ、それが元々“神サマにとっての敵だったから”って理由があったのは知らなかったけど」
なるほど、確かに言われてみればそうだ。
モンスターは、古代の黒曜の使者が文明神・アスカーに対抗するために作り出した存在で、神のしもべ……神兵として戦っていたエルフ神族からすれば完全に敵だ。
その感覚が残っているのだとしたら、モンスターを嫌って当たり前だ。恐らく「魔」を感知出来たり嫌がったりするのは、その頃の名残なのかもしれない。
で、そのモンスターとの混血である獣人族となれば、厭うのも仕方がないだろう。
大っぴらに貶したりしない所は立派だが、しかしそうは言ってもさっきの苦々しい顔を見せられるといい気はしないな。
俺はそもそも黒曜の使者だから厭われるのは仕方がないけど、ブラックは別に何も悪い事なんてしてないし、クロウだって獣人ってだけじゃん。何でそんな風になるんだろうか。ブラックの過去に何かあるのかな。
……でも、ブラックは話してくれないだろうしなあ……。
思わず考えてしまうと、クロウが憤慨して鼻息を荒々しく噴き出す。
「獣人族を嫌がるのか。馬鹿らしい。純粋な力で勝負しない臆病者は、すぐに種族で判断する。そんな臆病者と同じだなんて、神族の事を見損なったぞ」
「まあ、王宮で生きてる奴は平和にぬくぬく暮らしてた奴らなんだろうし、外の知識なんて無くても良いって奴らばっかりだろうからね」
オツムが弱くても仕方がない、と呆れたように肩を軽く竦めブラックは茶を飲む。
うーん……でも、エーリカさんはクロウにも普通に接していたし、外の事を知っている神族は種族で人を判断しないんだと思いたいんだけどな……。
だってほら、エメロードさんは獣人族も乞食も相手にするって言ってたし、それに俺らのシアンさんだって……。
「そう言えば、シアンさん……てか世界協定は獣人族を手伝いにしてたな……」
「え、なにそれ」
初耳なんだけど、とブラックは眉を上げるのを見て、俺はしまったと口を覆う。
やべえ、誰にも言うなって口止めされてたんだ。何で喋っちゃったんだ俺は。
慌てて取り繕おうとするが、しかし時すでに遅し。
両側からオッサンに熱い視線で見つめられて、冷え冷えになってしまった俺は白状せざるを得なくなってしまった。
オーデル皇国の首都・ノーヴェポーチカでエセ関西弁を使う猿族の獣人ベルカさんと出会った事と、そこで世界協定に協力して調べ物をしているって事を。
……一応、クロウには言わないでって言われた事は必死に死守したけどな!
しかし勢いで言ってしまったが、よくよく考えるとシアンさんの部下として動いているかどうかは解らないよな……。
あの時俺は「シアンさんが獣人の難民たちを働けるように取り計らったから、きっと彼女の手助けでベルカさんが動いてるんだ」と思っていたけど、実際はどうなのか解らない。でも、なんとなく、シアンさんの手伝いなんだと思ってしまったんだよなぁ……ああ、言わなきゃよかった……。
しかし、俺の予想は案外間違っていなかったようで、ブラック達もそう思ったのか、ふむと声を漏らしながら顎を擦っていた。
「まあ確かに、それならシアンしかいないだろうね。世界協定は基本的に人族の大陸に存在する国の奴らしか使わないから、もし獣人を操っている奴がいるならシアンに間違いないだろう。何をしていたかは気になるけど……情報収集でも任せていたんだろう。獣人族は斥候に向いてるからね」
「うむ。水麗候は獣人だからと見下したりはしなかった。正しい知識が有る神族は、それなりの礼儀を知っているという事だな」
クロウが「礼儀を知っている」というと何だか妙な感じだが、考えてみればクロウは高貴な一族っぽいので、まあそう思うのも仕方がないのか。
しかし獣人族の高貴なオッサンに貴族っぽい振る舞いが出来る元ノーブルな感じがするオッサンて、庶民の俺の肩身が狭いな。しかも片方はマナーとかを弁えてるクセしてわざと悪ぶった態度をとるから困る。ノーブルな振る舞いどこ行った。
まあ嫌な奴にこびへつらいたくないってのは俺も分かるけど、大人がそれで良いんだろうか……いいのかな、良いんだろうな、ブラックだし……。
「とにかく……俺達はあんまり出歩かない方がいいんだよな。エネさんを捜しに行きたいけど、バリーウッドさん達が捜してるから駄目って言われそうだし……」
「大体、なんであの女は僕達をここに閉じ込めたんだ。守るためとか言ってたけど、絶対に良からぬ事を考えてるに違いないよ。どうせまた約束させるとか、約束を反故にするとかさあ」
まったくとんでもない売女だよ、などと、女性には絶対言うなと本に書かれていた単語をさらっと口にしてしまう恐れを知らぬブラックに、クロウも深々と頷く。
二人の中ではエメロードさんの株がストップ安になってしまっているようだが、しかし俺はその評価に少し納得がいかなかった。
「なあブラック……お前さ、前に『彼女は約束を守るだろう』とか言ってたじゃん? なのに、エメロードさんはそれを破って約束に更に約束を重ねてきたじゃん、それは何かおかしいと思わない?」
「そりゃあの女が僕が考えているより見下げ果てた女だったってだけだろ」
「いや、そうじゃなくて……何か意味が有るんだとしたら、どう思うって話だよ」
俺が彼女を買いかぶり過ぎているだけなのか、それとも二人のエメロードさんへの評価が低すぎるのかは解らないが、しかし偏った見かたをしていては真実が見えてこない場合もあるじゃないか。
ここは嫌悪や贔屓を別にして改めて考えてみる事も必要ではなかろうか。
彼女が「あと三日で」と言うのは、多分なにか意味が有るのだろうから。
そんな俺の提案に、ブラックはぶすくれた顔をしながらも、一応は考えてくれる気になったのか、腕を組んでウウムと唸った。
「もし最初の僕の見立てが正しかったんだとしたら……僕達をここに連れて来なきゃ行けない事態になって、無理矢理約束を捻じ曲げる必要があったって事かなあ」
「それって何だと思う?」
「うーん……。どうしてもここに僕達を来させる必要があった、とか……? でも、今回僕達が来た事で得られたものって言ったら、シアン達の過去やツカサ君が知った事実くらいしかないんじゃないのかなぁ……。どれも必要だとは思えないけど」
確かにそうだよな。俺達には必要な情報だったけど、犯人探しを行うにはノイズが多すぎる。これならカスタリアで地べたを這いずってた方が集中出来ただろう。
それはエメロードさんも解っていたはずなのに、どうしてディルムへ連れて来たんだろうか。犯人を捜すなら、現場の近くに居るのが一番いいのに。
よく解らず、俺とブラックは同じようなポーズで腕を組んで首を傾げてしまったが、唯一クロウだけは目をしぱしぱと瞬かせて小首をかしげた。
「必要じゃない、じゃなくて、必要だったのではないか?」
「え?」
どういう意味だと二人してクロウの方を向くと、相手は熊耳を軽く動かす。
「ここで得られる情報の全てが、犯人を予想するために必要だったのではないか? だから、あの女王も放っておいた。臣下達を一喝すればすぐに叶った『真宮に監禁』も、敢えて強く言わずにこの時まで待っていたのではないか? だとするなら、よく解らんこの唐突さも納得がいくのだが」
「でも……俺が知った事と犯人と、どう繋がるんだ……?」
縋るように見つめると、クロウは橙色の瞳でじっと俺を見つめ返した。
そうして、瞬きをすると、一言口を開いた。
「それは解らん」
「~~~~~っ!!」
思わずずっこけて椅子からズリ落ちてしまったが、いや、まあ、そうだよね。
それが分かんないから俺達も話してたんだもんね……。
「こ、このクソ熊、人が真剣に聞いてりゃ……!」
さすがのブラックも我慢出来ずにずっこけてしまったのか、テーブルに肘をつき、わなわなと起き上がる。
しかしクロウは涼しい顔で、ふんすと鼻息を噴いた。
「オレはほとんど話を知らんのだ。それ以上は知らんし考えつかん」
「く、クロウったら……。まあそこまで言われると潔い感じでいいけども……」
「む。そうか」
褒められたと受け取ったのか、クロウはそわそわと耳を動かす。
これは撫でて欲しいという合図だ。
まあ確かに逆転の発想で気付かされたし、褒められる案件だよなこれは。
立ち上がって素直に頭を撫でると、クロウは満足げに目を細めた。
「ツカサ君ソイツに甘すぎ!!」
「でも俺達的には逆転の発想だったじゃん。褒めるべきだろ」
「うむ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
そこはブラックも否定できないのか、悔しげに下唇を噛んで言い淀む。
本当に仕草が子供っぽいにもほどがあるが、まあ頭を撫でて欲しがるクロウも傍目から見れば相当ヤバいので、ここは引き分けと言う所だろう。
「しかし、全部必要な事だったとして……エメロードさんはそれで誰を見つけて欲しかったんだろう……」
何か、引っかかるんだけど……いまいちよく見えてこない。
だけど、俺はその違和感を見つけなきゃ行けないんだろう。残りの三日で。
それを思うと何だか体が一気に重くなったような気がしたが、重くなろうとも俺達は犯人を見つけなければならないんだ。
今からどう動けばいいかも判らないまま。
「はぁ……本当面倒臭いことになっちゃったなあ……」
ブラックがぼやくが、今回ばかりはそれに頷かずにはいられなかった。
→
※すみません気分が落ち込んでてとても遅れました…
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