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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
34.侵食の夜1
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「…………しょんべん」
なんともしょうもない事を言いつつ、目を擦りながら起き上がる。
既に周囲は灯りも無く、とても暗い。けれども、カーテンの向こう側から月の光が差し込んで来ているからか、家具の陰影や形ははっきりと見えていた。
空の上だから、月も滅多に雲に隠れる事が無いんだよな……。
今更ながらに空の上の国だという事を実感するが、しかし王宮に籠りきりの状態ではココが空なんだか地上なんだかって感じなんだけども。
……いや、そんな事はどうでもよくて。とりあえずトイレだ。
しかし「安全のために」とわざわざブラック達と一緒に寝たのだから、一人で行くのはダメだよな……さすがに……。
パーティーの中で一番弱いのは俺なんだから、一人で出歩いてバカをやらかすより二人のどちらかについて来て貰う方が安全だ。迷惑をかけるが仕方がない。
せめて眠りの浅い方に頼めないかと思い、ブラックが寝ていた右側を見てみると。
「……あれ?」
寝惚けた声が落ちる右側には、何故かブラックの姿が無かった。
シーツはシワが寄っているし、触ってみると微妙に温かいから、寝ていた事は確かだと思うのだが……部屋を見回してみても姿が無い。
もしかしてブラックもトイレかな。もしくは夜食でも食べてたり?
こうなると、探しに行くにしろクロウを起こさないと駄目だな。
左を振り返ると、クロウは安らかに目を閉じて気持ちよさそうに鼾をかいていた。
獣人らしく……と言ったらなんかアレだが、腕を振り上げて豪快な寝姿をしている所からして、きっと熟睡しているのだろう。起こすのは忍びないなあ。
「うーん……」
それにしても、子供みたいな寝相だ。
口をぽかんと開けてわんぱくポーズでぐーすか寝ているオッサンなんて、そうそう見ないぞ。ブラックは結構寝相が良い……というか、俺を抱き枕にする程度でこうもアクティブな動きはしていなかったが、クロウは熟睡するとこうなるんだろうか。
前に何度か寝た時は、そんなこと気にもしてなかったんだけどなあ。
疲れてないと元気が有り余って寝相も元気になっちゃうんだろうか。
まあ、どっちにしろ……なんていうか……可愛くなくも、ない。
…………オッサンの寝相に可愛いと言っていいのかどうかは深刻な問題だが。
「いや、それはどうでも良くて……とにかく起こすか」
とりあえず声をかけてユサユサと揺さぶってみる。
しかしクロウの熟睡具合は結構なもので、ウウムと唸るが中々起きてくれない。
「なあ、クロウ起きて。お願いだから」
「ん゛ん~……? なんら、つか、ふぁ……」
目をしょぼしょぼとさせながら、クロウは欠伸をする。
まだはっきり覚醒していないのか、熊耳が緩慢に動いていた。
……か、可愛いとか思わないんだからな。
「クロウ、申し訳ないんだけど厠について来てくれないか? 俺一人じゃ何か遭った時に対応できないかも知れないし……」
そういうと、クロウは寝転がったままでむにゃむにゃと目を擦りながら、何を思ったのかあんぐりと口を開けて見せた。
「尿ならオレが飲んでやる……口の中に入れろ……」
「ばーっ!! ばか!! クロウばかっ!!」
「いだ」
いだっ、じゃねーよ! 馬鹿っ、馬鹿バカバカアホ!
おおお思わず頭を叩いちまったじゃねーか!
お前いくらなんでもそこまでアブノーマルなのは駄目だろ!
なんでさらっととんでもない事言っちゃってんの!?
「バカなこと言ってにゃいでトイレ! 付いて来てってば!」
「ツカサ、にゃい」
「にゃんでもワンでもいいから早く! 興奮して漏れたらお前のせいだからな!!」
俺が漏れたらお前も道連れなんだぞ、とんでもないことになるんだからな!
もう破れかぶれでアホな事を言いながらクロウをグイグイ引っ張ると、やっと頭がハッキリしてきたのか、クロウは頭を掻きつつベッドから降りてくれた。
まったく、トイレに行くのも一苦労だよ。
やっとこさ眠そうなクロウを起こして部屋を出ると、俺達は一階のトイレに向かうべく薄暗い廊下を歩き始めた。
はーまったく、なんで真夜中にこんなにエキサイトしなきゃいかんのか……。早く済ませてしまおうと思いつつ歩いていると、不意にクロウが鼻を動かして少し俺の前に出た。
「ム……ブラックのニオイだ」
「えっ、ブラックどっかに居るの?」
「見に行くか? しかしツカサは尿が……」
「こ、こっそり見てすぐに行けば大丈夫!」
ていうか尿っていうな尿って。
いつも思うんだがクロウは表現が直接的過ぎる。
オッサンだから違和感ないけど、イケメンが「尿を出しに行こうぜ!」とか言ってたら百年の恋も冷めるぞ絶対に。尿はやめろ。
「あそこだ」
「はぇっ、あ、確かになんか光が漏れてる」
変な事を考えながらクロウについて廊下を歩いて行くと、階段を過ぎて二部屋ほど先のドアからうっすら光が漏れているのが見えた。
どうやら鍵はかかっていないらしい。ブラックにしては不用心だな。
俺とクロウは顔を見合わせたが、そっと近付いて音を立てないようにドアをほんのちょっとだけ開けて中を覗いてみた。
「…………?」
こちらに背を向けて、ブラックが何かモゾモゾしている。
ふと気が付いて“視て”みると、ブラックの体の周りには白い光がちかちかと舞っているのが見えた。これは……金の曜術を使ってるのかな?
なんだか一生懸命頑張ってるみたいだけど……もしかして、俺にも見せてくれると言っていた「お楽しみに」の奴を作ってるんだろうか。
ブラックの邪魔をしないようにとそっとドアから離れると、俺とクロウは話し声が聞こえないように一階へと降りた。
「ブラックは何を作っているんだろうな」
不思議そうに首を傾げるクロウに、俺も笑いながら首を振る。
「分かんない。でも、俺達に気付かないくらい一生懸命作ってたな」
大きな背中を丸めてちまちまと腕を動かしていた姿を思い出して、何だかおかしくなってついつい笑ってしまう。しかしクロウは何か納得いかないようで、むすっとして眉を少し潜めていた。
「自分が『一緒に寝る』と言ったのに、その約束を放り出して作業をしているなんて、オスとしてどうかと思うぞ」
「あー……まあ、そりゃそうだけど……でもさ、俺を残していったのはクロウの事を信頼してたからかもしれないぞ? じゃなけりゃ黙って部屋を出ないだろうし……」
何の気なしにそう言うと、クロウは眉を上げて少し目を見開く。
そして、嬉しそうに熊の耳をぴこぴこと動かしながら鼻息を噴いた。
「ム……そうか。オレは信頼されているのか」
なんだか喜んでるみたいだ。やっぱクロウも頼られるのは嬉しいんだな。
そりゃそうだよな、俺達は奇妙な関係だけど仲間には違いないんだし、ブラックだって口では色々言うけどクロウの力やひたむきさは認めてるんだ。
クロウもそれを知っているから、頼られるのが嬉しいんだろう。
「ツカサも嬉しいか?」
ニヤニヤしているのを気付かれてしまったのか、クロウは小首を傾げて俺をじっと見つめて来る。
まあその通りだったので、俺は素直に頷いてやった。
「うん。二人が仲良く……っていうか、信頼し合ってるのは嬉しいかな」
たまには素直に言っても良いだろう。
クロウを見上げながらそう言うと、相手は目を瞬かせて熊耳を小さく動かした。
「ツカサ」
クロウがゆっくりと俺を抱き締めて来る。
月の光が差し込んでくる廊下だからか、袖なしのシャツを着ているクロウの腕に陰が掛かっていつもより筋肉の起伏が見える。
その腕が背中に回されるのをじっと見てしまって、気付けば俺は捕らわれていた。
「く、クロウ、あの」
「ツカサの人族の番がブラックで良かった。普通の男ではこうは行かない」
「それはまあ……確かに……」
ブラックは、俺を一生離さないと言ってくれるぐらいには執着してくれてるけど、それでいてクロウみたいな存在を許しているってのも不思議だと思う。
だけど、俺はブラックとクロウが似た者同士だって知っている。
性格も考え方も違うけど、でも、抱えている物や価値観は似ているんだ。だから、色んな問題が起きても今まで離れずにやって来れたんだろう。
こればかりは、他の奴じゃ無理だよな。
……まあでも、ラスターとかアドニスとかでも、クロウの孤独やブラックの辛さは解ってくれると思うんだけどな……。グリモアの男連中も結構ブラックと似たような所が無いわけでもないし……。
「ツカサ」
「ん、ああ、何でもない。それよりクロウ、俺トイ……厠に行きたいんだけども」
「やはり行かないと駄目か。俺が飲」
「だからそれやめーって! とにかく早く行こうっ、もう離して」
「ムゥ……帰る時は抱えて良いか」
「良いから頼む離せっ、腹を押し付けられるとヤバい!」
抱き着いて来るのは良いんだけど、密着して腹部を圧迫されると尿意がヤバい。
俺は膀胱の逞しさには自信があるが腹筋は逞しくないんだ。
終わったらだっこでもなんでもするからと懇願すると、やっとクロウは離してくれた。なんでこう俺とオッサン達は酷い体格差があるんだろうな……。
二人が百八十くらいあるから卑怯なんだ、と自分の身長を棚上げしつつ、俺は早足でトイレに向かい、外にクロウを待たせてやっと用を足す事が出来た。
……うん、いや、一緒に入っても良かったんだけど、クロウからは何かヨコシマな気配を感じたからな。念には念を入れてだ。
「はー……」
「終わったか」
「お騒がせしました」
いや本当だよね。ションベン行くのに何バタバタしてんだか。
改めて起こしてしまったクロウに礼を言うと、クロウは気にするなと首を振った。
「気にするな。メスを守るのはオスの務めだ」
「ん゛ん゛ん゛……と、とにかく戻ろう……寝れる時に寝とかないとな……」
何とも言えない事をサラッと言うクロウを何とか流して帰ろうとすると、クロウが俺の前に立ちはだかって両手を広げて来る。
「ん」
「…………」
そういや抱っこして良いとか何とか言いましたね、俺。
……まあ、いいけども……。
「これで良い?」
「うむ」
素直に腕の中に入ると、クロウは嬉しそうに荒い鼻息をフンフンと吹きながら、俺の腕を自分の首に回させて腕で俺の尻を支えた。
お姫様抱っこと言うよりは、子供を腕に座らせていると言う感じだろうか。
まあこれなら恥ずかしくないかも。でも、これ嬉しいかなあ……。
「いつも思うんだけど、俺なんか抱っこして楽しい……?」
至近距離のイケおじな横顔に思わず問いかけてしまうと、クロウは何だか不機嫌な雰囲気になって俺をじっと見つめた。
「なんか、じゃない。ツカサでなければ楽しくないし、オレはツカサ以外をこうして抱きたいと思わない。ツカサが好きだから、抱き締めたいほど魅力的だから、いつも肌が触れ合うほど近い場所に居たくなるんだ。卑下をやりすぎるのは感心しない」
「う……ご、ごめんなさい……」
俺自身を卑下したことでクロウが怒るなんて、変な感じだ。
でも、クロウはそれが嫌だったみたいなので素直に謝っておいた。
……しかし自分を卑下しないって難しいよな。日本人からしたら体に染み込んでる習慣みたいなもんだからな……。
それに、クロウとブラックが言う「俺の魅力」ってのが、俺には全然解らないし。
俺は別に可愛いくもイケメンでもないってのは、俺の世界ではすでに証明されてる事なんだがな……。この世界の美醜の判断は本当に解らん。
本当に異世界と言うのは不思議な所だ、と改めて思っていると、廊下を煌々と照らしていた月明かりが薄らと和らいできた。
かなりの高度を進んでいるのに、雲が出て来たのだろうか。
そう思って、玄関ホールに差し掛かった時にふと窓の外を見ると。
「――――――ッ!!」
月の光に明るく照らされているはずの庭園には……光を霧散させるほどの白い霧が、波のように蠢き広がっていた。
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