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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
29.静けさとは次に来る嵐の報せ
しおりを挟む昇るたびに、金属の梯子がカツンカツンと鳴る。
恐らくこの梯子もかなり昔の物だと思うのだが、しかしサビもないし、そもそも傷一つなくて新品みたいで、とてもじゃないが一目見ただけではこの梯子が遥か昔の遺物だと見分ける事は出来ない。
この世界には「魔」と言う物があって、それが物を腐らせたり錆びつかせたりする原因になっているらしいが、もしかしてその「魔」が無いから物が腐らないのかな?
でも、さすがに物が腐ったりしないとおかしな事になるよな。やっぱこの凌天閣に何らかの術が掛かっていて、そのお蔭で劣化しないって方が正しいんだろうか。
そう言えば、誰かが「魔素」とか言ってた気がするけど、魔と魔素って何かが違ったりするんだろうか。だから劣化しないとか……は流石にないかなあ。
うーむ、俺には情報が無いから全く判らん。
何か情報が有れば、はっきりするんだけどなぁ……この先に何か資料っぽいモノがあったりしないかな。
「にしても……何か長くない……?」
ここが最上階のはずなのに、なんだか梯子が長い気がする。
天井部分に部屋が有るんだとしても、この距離じゃあもう二階を越えてないか?
そう思って上を向くと、少し先に光が漏れて蓋の形がくっきり現われている天井が見えてきた。二階よりもちょっと高いな……三階くらい?
となると、この凌天閣は実際は十五階ぐらいあるのでは……いや、人の体感なんてアテにならないんだし、これは俺が勘違いしているだけかも知れない。
とにかく、先に進んでみよう。
「よっ……と」
それほど苦も無く蓋を開いて、目的の場所であろう本当の最上階に体を上げる。
と、上体を乗り上げた床が飴色に光る木の板で作られているのが解って、ここが外ではなく室内の中なのだと察する。
落ちないように気を付けて匍匐前進するかのように這い上がると、途端に真新しい木材の香りが鼻をくすぐった。
新築っぽい……ええいもう何から何まで真新しくて混乱する。
異世界でだって古い家が有ったって良いじゃないかっ、なんで新築風で残すんだよファンタジー感薄れちゃうじゃないか!
「くそっ、アスカーはどんだけ綺麗好きなんだ」
何だかもう逆に朽ちさせたろかと思うくらいに新築感が強い部屋に立つと、やっと全景が見渡せた。ううむ、やっぱり部屋になっていたか。
部屋は円形で、大きさとしては塔の直径の半分くらいだろうか。だいたい一般的なワンルームくらいの広さだ。でも壁は煉瓦のままで、壁にくっつけてある机以外は他に家具など無い。とても殺風景な部屋だった。
一応壁を調べてみたんだけど、何も仕掛けは無いようだ。
……とは言え、神様以外には反応しないギミックとか有りそうなので、本当に何も無いって断定はできないけど。
「となると……やっぱこの机だけか……」
別に変な物が有った訳でもないし……そこはちょっと安心かな……。
いやでも、何も無くて良かったなんて事は無い。あのメモが確かでなければ、俺がここに来た意味は無い。本当は何か有った方が良いんだ。良いんだけど……。
「…………やだなぁ」
本音を言えば、何も見つからない方が良かった。
だって、正直言うと知りたくないんだ。
知らなくちゃいけない事は解ってるけど、知りたくない。
もうこれ以上苦しむのも、重要な事を知って隠し事が増えるのもウンザリなんだ。
……この世界に落ちて来た時から……いや、ブラックと出会った時から、普通のチート能力者みたいに自由に世界を旅する事なんて出来ないってのは解ってたけど、でも……俺は、ブラックと楽しい旅がしたかったよ。
好きな人と旅をする理由が、こんなに薄暗い物だなんてつらい。
黒曜の使者とか神様とか関係が無ければよかったのに。使命なんて無くて、ただ、ブラックと偶然に出会えていたら…………――
「……そんなの、たらればにしかならないよな……」
過去にあった事を覆す事なんて出来ない。
この世界の神様がそう出来なかったのなら、俺達にも出来ないのだ。
だから、ブラックは俺を討伐する為に俺と出会った。俺も、黒曜の使者としてこの地に転移する事になった。こうして、行く先々で自分の使命を思い起こさせるような事に出遭わなければならなくなったのだ。
……あの夢の中で「定めは無い」なんて言ってたけど、これが定めじゃないと言うのなら、俺はどうしてここに居るんだろう。
本当に定めが無いのなら、俺は黒曜の使者としてこんな事をしなくてもいいのに。
「はぁ……自分で来といてなんだかな……」
気分転換で落ち着いたはずなのに、今度は落ちこんでしまうとは情けない。
こんなんじゃ駄目なんだよな。今は、情報が有るなら知っておかなきゃいけない。少なくともあのメモは俺に有益な情報を授けてくれる。前のメモだってそうだった。
だから、見なくちゃいけないんだ。
“黒曜の使者の助けになるように”と記してくれた、メモの主のためにも。
――俺は深呼吸をして再び己を律すると、恐る恐る机に近付いた。
一見何の変哲もない机だが……触ったら何か罠とか発動しないだろうな。
出来るだけ体を離して手だけを伸ばすというマヌケなポーズを取りながら、俺は机と椅子をチョンチョンと触ってみる。どうやら触るだけで発動する罠は無いようだ。
念のため、似たような体勢で机の引き出しをわずかに引き出して見るが、こちらも罠は仕掛けられていないようだった。……本当に安全なのかな?
マヌケなポーズをやめて普通に机に近付き、一番広い引き出しを引いてみる。
と、そこには真新しい暗赤色の表紙の本が置いてあった。
他の引き出しも開けてみたが、他は羽ペンだとかインク壺だとかの文具しか入っておらず、他に目ぼしい物は何もない。となると……あのメモが言っていたのはこの本の事なのだろうか。本……本か……嫌な予感しかしないな。
本の内容に振り回されるのは何度目だろうと思ったが、この世界は神から人間まで筆まめみたいなので、こう言う物に驚かされるのは仕方がないのだろう。
……ああでも読みたくねぇなあ……。
「くそっ、覚悟を決めろ俺……! ええい、南無三!!」
グダグダしてたら余計に踏ん切りがつかなくなる。
迷うよりとにかく行けよ、と自分を奮い立たせて、俺は本を開いた。
「ッ……! …………なんだ、ピカーっと光ったりはしないのか」
そういや【ロールプレイングゲーム】もナリは普通の本だったよな。
……普通の本だったから、油断しても居たんだけど。
ゆっくりとページをめくり、題名が無い事を確認する。
題名が無い本なんて初めてだなと思って表紙代わりの白紙を捲ると。
「あ…………」
文字……この、文字って……――――
「日本語、だ」
変な文字もない、ちゃんと俺が読める、日本語。
一目見た文章は俺が想像していた物よりも随分硬くて、大人の言葉みたいな感情も何も無い冷静なものに思えた。
だけど、何かの物語のような物ではない。
数ページを読んで、俺はこの本がどんな意味を持つ者なのかようやく理解した。
これは、日記なんだ。それも恐らくは……文明神、アスカーの……。
「…………なんで、日本語なんだよ」
どうして、異世界の神が日本語で日記を書く必要がある?
なんで俺が読めるような現代の文字が使われてるんだ。
おかしいじゃないか。なんでどいつもこいつも、急に日本語を使い出すんだよ。
異世界の神なら異世界の文字を使うのが当然なんじゃないのか。
日本の事を知ってたって、日記くらいは故郷の文字を使うものなんじゃないのか。
なのにどうしてこいつは、こいつらは、日本語なんだ。
どうして……どうして…………!!
「…………ッ」
怖い。見たくない。こんなもの、知りたくない。
それでも、俺は見なければいけないんだ。
……俺が役割を持ってこの異世界に飛ばされてきたなら、その役割を果たすために“黒曜の使者”という能力を持たされてしまったなら……その役割を…………
果たさなければ……ならない。
「………………」
震える手が、ページをめくる。
俺には判らない年月を記された端的な文章の羅列は、どのまとまりも必ずある一言から始まっていた。
――――凌天閣からの観測。本日も、異常なし。
我が前には、未だ“不倶戴天の敵”現れず。
→
※明日は二話連続更新
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