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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
26.真実を知りたいのなら
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シアンさんと話をした後、俺はラセットに頼んで王宮の図書館……というか書庫に案内して貰った。
本当はシアンさんと一緒に居たかったけど、入り浸って何か変な事をしてるんじゃないかと疑われたら元も子もない。
なので、話をしたら早々に切り上げて場所を移動したのである。
ちょっと薄情に思えるかもしれないけど、これは仕方のない事だ。
ラセットやアイスローズさん達は人族の俺達に対しても優しいけど、他の神族達は人族の事を下に下に見ている感じだからな。今以上に不信感を煽るような事をしたら、どうなるか解らない。だから、こうする他なかったのである。
さっきの見張りの奴らだって、俺達を見下すような視線を向けて来たし、これで迂闊な事して付け入る隙を与えたら、王宮から出て行けとか言われかねないからな。出来るだけ大人しくしているのが賢明って奴だろう。
だって、今の俺達にはその不信感を拭い去るように動くことなど出来ないし、出来るような立場になったとしても、王宮の人達と仲良くなるにはかなりの時間が掛かるだろうからな。普通のエルフは、そう確信できるくらいに人族に対して辛辣なんだ。
でも、エルフ神族を嫌ってるからそう思うって訳じゃないぞ。
自分の中に根付いた認識ってのは、すぐに変える事なんて普通は出来ないからな。ラセットですら、未だに人族の住む大陸を「下地」とか呼んでるんだし、俺への認識を改めた彼でもあのレベルなんだから、今すぐってのは無理な話だろう。
まあ情けない話だとは思うけど……ここは相手のホームなんだから考えなしに行動するのも危険だし、彼らの認識に憤慨したって仕方がない。
そもそも、人族を見下している土地だと知っていて踏み込んだのは俺達なんだ。それで一々怒っている方が格好悪いと言う物なのだ。
だから、色々考えていても仕方がない。それより、ラセットやバリーウッドさんみたいに、俺達を心配してくれる人にひっついて、極力接触する人数を減らした方が建設的な行動ってもんだろう。
そもそも俺達がやらなければならない事は、大多数のエルフ達には関係が無い事だ。向こうが近寄って欲しくないのなら、俺達も近寄らずにいる方が良いだろう。
聞き込みが必要になるかも知れないが、その時はその時考えれば良い。
そんなワケで、俺達は書庫に連れて来て貰い、それぞれに興味をそそられる本を探しているのだが。
「…………一番下、か……」
そう言いながら見渡すのは、教室二つ分ほどのそこそこ広い部屋。
書庫と言う言葉通り本棚がぎっしりとつまった部屋は、俺の世界によくある古本屋みたいな感じでちょっと親近感を感じてしまう。
ココの世界の図書館って国立だったり王立だったりするせいなのか、デカい建物で西洋風っていうか、とにかくこじんまりした施設じゃない所ばっかりなので、こういう風にぎちっと詰まった図書館とかは珍しいんだよな~。
まあそんくらい本が貴重って事なんだろうけど、それを考えると、日本中どこにでも図書館が有る日本ってどんだけ本が作られててどんだけ本が好きなのか。
まあ図書館って勉強しに行ったり出来るし食堂あるし、便利っちゃ便利だけどさ。
でも静かに刷るってのがネックだよなあ。俺なんか絶対音出しちゃうからなあ。
……って、そんな事を考えている場合じゃない。
とにかく今はキュウマの石碑にあった「王宮の書庫、一番下の本」というヒントに従って、何かを探さねばならないのだが……一番下って、どこだ。
ここには本棚が結構あって探しにくいぞ。しかも一番下って、下の段全部を探すハメになるワケだし、絶対時間かかるんじゃないのか。
「…………はあ、まあ、地道に探していくしかないか……」
本棚が並んでいるとはいえ、そこまで量が有るわけではない。
一冊一冊確認していくのは骨ではあるが、ブラックやクロウに話して一緒に下の段だけを探すのも異様な光景でちょっといただけない。
まあ、一応話しておくべきだとは思うんだけど、何かショックな事が書かれていたらと思うと、なんか二人には言えないんだよな……。
とにかく一度確認してからじゃないと話せない。あの文字だって、ただ単にメモしただけの関係ない言葉なのかも知れないし。
「とりあえず探さなきゃな……」
左端から始めよう。
というわけで、俺は早速端から順に書庫の本を漁り始めたのだが。
「…………どうしよう、二列目からもう文字が解らん……」
一列目の本棚は俺が知っている文字で綴られた物ばかりだったのだが、二列目になると全く知らない文字で書かれていて俺にはお手上げだ。
ラセットは「人族の本を貯蔵して置く場所」としか言わなかったが、俺達がいた大陸のものだけではない言語の本も収集しているんだろうか。
よくわからんが、気にしていても仕方がない。とにかくすべて確かめなければ。
そう思いながら、俺は書庫の半数の本棚を制覇したのだが……右に行くにつれてどんどん言語が解らなくなるわ明らかに本が古くなるわで、本の中身を確認するのも大変になって来たぞ。てかこれ、もしかして右の一番奥の本とかに挟まってたりするんじゃないのか。
こういうのって、だいたい「あまり動かさない本」に何かあったりするし……。
「…………」
右の一番端の本棚を調べてみるか。
そう思い、俺はラセットがこちらを気にしていないのを確認すると、コソコソと右端の奥にある本棚に近付いた。
……うん、やっぱりここ一番古い感じのにおいがする。
父さんに連れて行って貰った古本屋と同じニオイだ。
今一度周囲を振り返って誰も居ない事を確認すると、俺は部屋の角にぴたりと寄り添っている本棚の前で跪き、一番下の棚の本を端から抜き取った。
この本が、一番奥にある本棚の一番下の隅っこにある本だ。
「……ホコリ……は無いな」
部屋の管理がきちんとしているのか、それとも部屋を綺麗に保つ魔法でも掛かっているのか、かなり古そうな本なのにあまり劣化したような感じはしない。
……そういえば、この世界は「魔」という人間にとって害のある要素が近付く事で、物が腐ったり劣化したりするって言ってたよな。
そんで、モンスターも「魔」によって力を付けたりするんだっけ。
「魔」というものが居つけないから、結果的にモンスターも存在出来ないし、召喚珠も機能できないって事なんだろうか。
俺としては簡単な原理で分かりやすくてありがたいけど、なんか実感湧かないな。
こういうのはマーサ爺ちゃんが居れば詳しく説明して貰えたんだろうけど……今は考えていても仕方ないよな。とりあえず、何かないか読んでみるか。
考えて、俺は少しざらついた本の表紙を開いた。
透ける薄紙をめくり、ぼやけていた本の題名をしっかりと見る。と……――
「え…………」
そこには、考えても居ない文字列が一行記されていた。
「…………」
指でなぞる、荒い紙質の中表紙。
たった一言書かれた題名は、こうだ。
『第貳試驗型丗界諸々覺書 』
この世界の文字ではない。滲んだ、古い、見た事のあるような文字だった。
「これ……第、型……界……書……って……ここは、日本語だよな……」
……ヤバい。それ以外の文字がまったく解らない。
諸々とかというのは解るんだけど、これ、漢字だよな?
まったく解らないけど、でもこれが感じだって事は俺にも解る。というか、既知感があるんだ。もしかしたら婆ちゃんの家で同じような感じを見た事が有るかも知れない。
だとしたら……これも、恐らくは日本語だよな……?
しかも、とても、古い……。
「…………どういうことだ……?」
なんか、変だ。
いままでの「日本語が出て来た」感じとは違う。
こんなの見た事が無い。この世界では知らない。
なんだか怖くなって、手が本を閉じそうになるが、だからと言って探る事をやめる訳にはいかない。手が震えないように必死で抑えながら、俺は頁をめくった。
「…………知ってる……でもこれ、なんだろう……読めない……」
また、この感覚だ。
文字は理解出来る。俺が知っている文字だと解る。これが日本語だって、理解している。なのに……読めない。
読もうとすると、思考が霞んで途端に理解出来る物の意味が解らなくなる。
これは、アタラクシア遺跡の図書館で感じた時の感覚と一緒だ。
“俺が読めないように、なにかが邪魔をしている”ということなのか。
「……そういえば、あの場所には【ロールプレイングゲーム】があった。……という事は、あの場所には“神様のご加護”が有ってもおかしくないよな」
だったら、俺が今陥っている状態も、神様が何かの理由で邪魔をしているという事になる。……でもそれは、俺が黒曜の使者だからなのか、それとも「この本を読むに値しない存在」だからなのか判別がつかない。
しかし、一つだけ分かる事が有った。
この世界には……俺が生まれるより前から、日本人がやって来ていたって事だ。
「…………こういう時にキュウマみたいな奴が居たら、何が書かれているのか教えて貰えたのかな……」
この文字は、さすがにブラックでも解読できないだろう。
だって、この世界の文字じゃないんだから。
……それを思うと何故か寒気がしたが、頭を振って、俺はなんとか石碑の文字が指す何かを見つけられないかとページをパラパラめくった。
もしかしたら、ここの本にもメモが挟んであるかも知れない。
そのメモなら、きっと俺でも読む事が出来るはずだ。
「……あっ」
ページをパラパラとめくって、真ん中を少し過ぎる。と、唐突に、あるページが大きく開いて、俺は思わず手を止めた。
文字が詰め込まれたページに、数枚の紙がしおりのようにして差し込まれている。
その紙に見覚えが有って、俺はおそるおそる本から抜き取った。
「…………やっぱコレだ……」
前にアタラクシアの本に挟んであったメモと同じ大きさの紙片。
やっぱりここにもメモがあった。
俺は本を元在った場所に直すと、壁の方を向いてその紙を見た。
――見覚えのある文字、綺麗に並べられた文章。
俺にも解る日本語で書かれたソレは、間違いなくアタラクシアで見つけたメモと同じ人物が書いたものだ。
ごくりと喉を鳴らし、そのメモを見やる。
そこには、こう記されていた。
『これを見つけたという事は、君が黒曜の使者に関しての情報を探しているという事だろう。そして君は、半ば自分の使命に気が付いているんだろうな。
だから、俺は君のために情報を残しておこうと思う。
この【ディルム】という空中都市に辿り着いた君は、違和感を覚えただろう。
なにせ、ここにはモンスターがおらず、魔素も存在しないからな。
まあ、我々は曜術を使うし、この世界には神が存在するから、その事に疑問を抱かない事もあるかもしれないが……しかし、この世界に置いてモンスターが存在しない場所というのは、異様以外の何物でもないだろう。
俺も、最初は驚いた。だけど、それには理由がある。
この場所は、文明神アスカーによって造られて以降は、神々の手によってそのまま存続されてきた場所……つまり、神達が唯一【改変】を避けてきた場所なんだ。
だから、先々代の黒曜の使者が遺した“モンスター”が存在せず、害のない【動物】という……この世界では異質な生き物が存在する場所になっている。
つまりこの場所だけが……この世界における、
【古代のままの場所】なんだ。
……この言葉の意味が、分かるだろうか。そのことを君がどう思うか、君がどこまで進んでいるのか、今の俺には分からないから、詳しく説明してやる事は出来ない。
今の言葉で何かつかめたら、良いのだが。
だけどもし君が己の使命を果たしていないのなら、見て来て欲しい場所が有る。
それは、この王宮にある【凌天閣】の頂上だ。
あの場所には、諸悪の根源である文明神アスカーの秘密が有る。
君がもし黒曜の使者のおぞましい能力に苦しんでいて、その理由を欲しがっているのなら、そこへ行くべきだ。
全貌を知る事は出来なくても、きっと、理由くらいは見つかるはずだ。
出来れば【四つの神の書】を見られたら、より良いのだろうが……君がエルフ達と友好的な関係を築いていなければ、難しいかも知れない。
あの書板は、王族や真祖といった限られた物にしか見る事の出来ないものだ。
王宮のエルフとて、それが書板であるかどうかすらも知らないだろう。
しかし王族のエルフとなると、かなり手強いだろうが……どうか、君の未来のためにも、頑張ってその書板を手に入れて欲しい。
そこにも、君が探している答えが存在する。
疑問の答えが、ある。
流された末にやがて知ることになる悲惨な運命かも知れないが、もし君が自分の力で全てを知りたいと思うのなら……どうか、この情報を役立ててくれ』
そして、そのメモの最後は、こう締めくくられていた。
『このメモが、次の黒曜の使者の助けになることを願う』
「…………」
言葉が、出なかった。
「ツカサくーん? どこー?」
「ッ……!」
ブラックの声。
思わず、紙をズボンのポケットに入れて、隠してしまった。
「あっ、ここに居たんだ。こんな奥まった場所でどうしたの?」
「い、いや……借りる本がないかなって探してたらさ……」
「そう? ここらへんの本、僕もまだ知らない言語とか多かったからさあ、見るならあっちの方がいいよ。さ、行こ行こ」
そう言いながらブラックは部屋の隅で縮こまっていた俺を強引にひっぱりだして、腰を掴んでくる。
だが、俺の腰に手をやった途端に、不思議そうに顔を覗き込んできた。
「あれ……ツカサ君、震えてるの?」
震えてる。誰が。俺が?
……変だな。あの数枚のメモには、怖い内容なんて一言も書かれてなかったのに、どうして震えているんだろう。
バカだな、俺。なんで、たかが、メモくらいで。
「ツカサ君……大丈夫……?」
ブラックが、心配そうに俺を見つめて来る。
そんな風にじっと見つめられたら、隠しているコトが全部バレてしまいそうで……それがまた怖くて、俺は必死に取り繕うように笑った。
「な、なんでもない。ちょっと……冷えただけ」
「……そう……?」
そう、だよ。冷えただけ。
だってここ、ちょっと肌寒いんだもん。だから、震えていたんだろう。
じゃなかったら、ちょっと混乱してるだけなんだ。
だから、落ち着いてもう一度あのメモを見れば、今度は平気なはず。
そうは思うけど……今はどうしても、背筋が凍るように寒くて、自分の体を上手くコントロールできなかった。
→
※また遅れた……_| ̄|○
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