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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
23.霧の中の
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ちょっと怖い空中の橋を渡り、ここからは自分一人で帰れるからと断ってラセットと別れた後、俺は王宮をぺたぺた歩きながらずっと考え続けていた。
「常に守られている、悪意をはじく場所にいた。それなのにエメロードさんは攻撃されて、呪いを掛けられた……。うーん、プレイン共和国に関係する事って……?」
「ビ~」
ずっとブツブツ言いながら歩いているもんだから、ずっと俺の腕の中で大人しくしてくれていた柘榴も首を傾げて困惑顔だ。
別荘に帰るまでもう少し大人しくしててな、と頭を撫でつつ俺は道々考える。
「まあ言われてみれば確かに、ライクネス王国なみに警備が厳しくて防刃の術とかが掛かってるあの場所で誰かを襲うなんて、普通の奴じゃできっこないよな。仮に空中庭園がそういう術が薄い場所だったとしても、俺達の見ている前で姿も見せずに首を掻っ切れるなんて相当の手練れだろうし……」
そもそも、あの場所でエメロードさんを襲うメリットってなんだろう?
秘密を話したから殺す、とは言っても、あんな所で殺せるのなら別に部屋にいる時に始末しても良かったよな?
俺達に会うまでの時間はたっぷりあったんだし、誰もが「まさか彼女が殺されかけるなんて事はあるまい」と思っていたんだ。
普通に考えても、密室での犯行の方が都合が良かったはず。
なのに、犯人は敢えて俺達の目の前でエメロードさんを襲い、呪いまでかけた。
「…………うーん……なーんか納得は行かないんだけど、その理由がよく分からん」
またもや頭の中がモヤモヤする。
おかしいって事は俺にも解るし、何か意図があっての事なんだろうけど……その先を考えてしまったら嫌な結論に辿り着く気がして、頭がなかなか働かない。
探偵ならこういう時って感情を切り捨てて考えられるんだろうけど……俺はあいにくそこまで頭が良くない。どうしたって感情が先に出てしまう。
このことは、割り切って考えるまでに少し時間が要るのかもしれない。
じゃあ、別の方向から考えよう。
エメロードさんは、あの空中庭園の一見に、プレイン共和国の事が関わっていると言っていた。そしてそれを悟れないのなら、ブラックの隣にいる資格はないと厳しい言葉をぶつけてきた訳だが……あの一件は、正直思い出したくない。
異常な空間で異常な弄ばれ方をされたのもそうだけど……一番は……。
「ビィ?」
「…………うん、なんでもないよ。大丈夫」
柘榴が心配そうに目を緩く光らせて俺を見上げている。
無表情な顔に見えるかもしれないけど、でも、俺には柘榴が心配してくれているのが何故か分かった。……柘榴は俺の友達の中で一番幼いんだ。心配させるなんて年上として我慢ならない。ただでさえ今もぬいぐるみのふりして貰ってるのに。
大丈夫だよと頭を撫でて柘榴を宥めると、俺は首を振り頭をリセットした。
……こんなんじゃ駄目なんだ。ちゃんと考えないと。
「でも、何が関係あるっていうんだろう。関係ありそうで考えつくことと言ったら、俺的にはギアルギンくらいしかない……」
「ビビッ」
呟いている途中で、柘榴がなにかに反応して触角をピンと立てた。
人でも来たのだろうかと顔を上げると。
「…………ん?」
なんだろう、なんか視界がうすぼんやりしてきたぞ。
いや、これは……霧?
もしかしてこれが【迷宮】の特技を持つ人が仕掛けているって言う霧か。
室内なのにこんなにひんやりした煙がかかるなんておかしいもんな。
「ビィ~……ビッ、ぶぃっく」
「わっ、くしゃみか? どうしたザクロ、寒いのか?」
ぶぃくしゅだなんて、可愛いくしゃみするなあ。じゃなくて、くしゃみをするなんて一体どうしたんだろう。さっきまで涼しい場所にいたから、霧で余計に寒くなったのかな。
じゃあヤバいじゃん! ザクロが風邪をひいたら大変だ。早く別荘に戻らなくては!
しかし、段々と霧が濃くなってきて次第に視界が狭まって来る。
帰り道は覚えていたが、このままだと判らなくなりそうだ。
「う……廊下を走っちゃいけないけど、今回だけは許して……っ」
俺は方向音痴ではないが、しかし霧で視界が狭まると誰でも迷いやすくなる。
柘榴を歩いたまま壁にぶつかったりしたら危ない。まさしく五里霧中とならないよう一気に駆け抜けてしまおう。
そう思い、俺はまだ周囲の輪郭が分かる霧の中へと突入した。
「ぶぃっくしゅ、ぶぃっ、ビィィ……」
「ごめんなザクロ、すぐ抜けるからな」
寒いのか、ちょっと不安そうに柘榴は俺の胸に身を寄せて来る。
その仕草と言ったら可愛くて仕方ないが、今は萌えている場合では無い。
とにかく早く切りを抜けなければと思い、俺は走り出した。
「うう……なんかどんどん霧が濃くなってくるような……」
今は辛うじて周囲の色と景色が見えるが、進むうちにどんどん白色が濃くなっていっているような気がする。道は間違えていないつもりだが、なんだか不安になって来た。つーか、俺達はれっきとしたお客様なのに、どうしてトラップに巻き込まれなきゃならないんだ。ちょっとこれ理不尽じゃないか。
こんな事になるならラセットに「俺達本当にセキュリティ解除されてるよね?」とかちゃんと聞いておけばよかった。これじゃ怒って良いのかどうか解らない。
【迷宮】の特技で王宮を守ってる人はインドア派だって言うから、もしかしたら、俺らが来たって話を聞いていなかったのかも知れないし……だとしたら、俺達は誰かに会わない限りはずっと霧の中を彷徨う事になるんじゃないのか。
でも、ラセットやバリーウッドさんと一緒にいたんだし、セキュリティの人だってそれを見てないはずがないと思うんだけど……うーん、なんで俺がこんな目に。
でもまあ、ここで嘆いていても仕方がないんだ。とにかく進むしかない。
可愛い柘榴を震えさせたままで堪るかと思いながら、俺は段々と見づらくなっていく廊下を必死で走る。とにかく走る。まだ到着しないんだろうか。体感だともうそろそろ庭園への出口が見えてくるはずなのだが。
こうまで長く思えるのは、やはり俺が侵入者扱いされているからなのだろうか。それとも、ただ単に霧で距離感が狂って体感時間が長くなっているだけなのか。
どちらにせよくずぐずしてはいられない。
柘榴の体長が心配ってのもあるけど、確かこの霧って……幽霊っぽいのが、出る、とか、そういう話を聞いたような、やっぱり聞かなかったような……。
…………い、いや、幻影って解ってるけどね?
でも、出るって言うし、あのほら、柘榴がびっくりして泣いちゃったら可哀想だから。決して俺がどうのこうのって話じゃないから。そういうんじゃないから!
あああああでも幻覚でもゾンビとか怖い感じの奴だったらやっぱり嫌だあああ!
「ビィ? ビ…………ビビッ!?」
「うぇ!?」
またもや柘榴が触角をピンと伸ばして、周囲を気にし始める。
そわそわと頭を動かしているが、やがて何かに気付いたのか、俺の肩をよじ登り、背後を見て「び~」と鳴いた。
なに。びーってなんですかザクロちゃん。後ろに何かあるの?
見たくないんだけど、俺物凄く見たくないんだけど!
だけど、立ち竦む背中に何か視線を感じて、俺は耐え切れずに……つい、背後を振り向いてしまった。そこ、には。
「――――~~~~~!!」
そこには、エーリカさんが話していたなんか頭に血のようなぼんやりした赤いのが見える人影がっ、あ、ああああああおばけっやっぱりおばけええええ!!
「わ゛あああああああああ!!」
「ビィイイ!?」
逃げる逃げる逃げるんだよぉおおお!
ぎゃあああ追いかけて来てる背後からガチャガチャ音がする絶対これ追いかけて来てるやだやだやだいやだああああ!!
「ビッ、ビビビッ、ビィイ!」
「いに゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 消え去れえええええ!!」
ガチャガチャが近いっ、ちっ、近い近い近い近い近いぃいいいい!!
柘榴ちゃんやめてビイビイ言って挑発しちゃだめお化けが図に乗るうううう!
「待……て……」
「あ゛あ゛あ゛あああああ待つかあああああ悪霊退散! 悪霊退散!!」
こんなに走っていたらもう絶対庭園に抜けてるのになんで出ないのこれが祟りなの俺は早くお化けから逃げるんだよおおおおお!!
「ビー! ビッ、びっくしゅっ」
あっ、柘榴がくしゃみ……――――
「ツカサさんこっちです!」
えっなにこの声なっ、あっ、誰誰だれこの手誰が俺の手首掴んで引っ張っ……
「クロッコさん!?」
誰が俺の手首を掴んで引っ張っているのかと思ったら、なんとクロッコさんだった。
あれ、なんでクロッコさんがここに……。
「すみませんね、彼は時々こうやって試し起動をするもので……さ、こちらです」
そう言いながらクロッコさんは俺を引っ張り、庭園まで連れて来てくれた。
…………どうやら、あの頭が血まみれのお化けは追って来ないようだ。
霧を抜けてやっと緑あふれる美しい庭園に戻る事が出来た俺と柘榴は、お互いにギュッと抱き合って無事である事を喜んだ。もちろん、柘榴はぬいぐるみのふりをしていたけどな。本当に偉い子だよ柘榴は……。
「た……助かりました……ありがとうございます、クロッコさん」
そう言いながら相手を見上げると、彼は目を細めて穏やかに微笑んだ。
光に当たると淡い紫色を含んだ髪がキラキラと輝いてて、とても綺麗だ。ラセットは正統派のイケメンだけど、クロッコさんは綺麗系の人だよなあ。
本当エルフは美形ばっかりで憎らしいやら羨ましいやら……。
「気にしないで下さい。いつものことですから……それより、ツカサさんは何か用事で王宮に? 一人で外出はあまり感心しませんね」
「いえ、実はちょっとラセットに色々調べるのを手伝って貰っていて……」
「調べる?」
俺がそう言うと、クロッコさんは怪訝そうな顔をした。
あれ、ラセットから何も聞いてないのかな。
「ラセットがシアンさんに会わせてくれるって話だったんですけど……その、俺がこの格好だから、ちょっと予定が狂ってしまいまして……。だから、それは明日に伸ばして貰って今日は人族の英雄の石碑の所まで行ってたんです」
今までの事を簡単に説明すると、クロッコさんは何かを考え込むように腕を組んで数秒沈黙して、すぐに俺に微笑みを向けた。
「そうでしたか……となると、真宮に入れたんですね。やはり、エメロード様も心の中はお優しい方だった……。それで、何かを見つけましたか?」
クロッコさんの目がじっと俺を見やる。
……確かに見つけたっちゃみつけたけど、この島を救ったのが黒曜の使者であるキュウマだと知られたらまずい。
それより、なんとか上手いこと図書館とかへの道を聞き出す方向に頭を回そう。
騙しているみたいでちょっと罪悪感が有るけど、これは大事なことだ。キュウマが何かを伝えたがっているんだから、俺がいかなくちゃな。
気合を入れて、俺はクロッコさんを見上げつつイカニモな残念顔で首を振った。
「いえ、それが石碑の文で過去の事が解ったくらいで……」
「そうですか……」
「でも興味深かったから、図書館とかで文献を探してみようかと思ってるんです。もしもっと人族の英雄の事が見つけられたら、何か役に立つかもしれないし……」
そう言うと……何故か、クロッコさんは無表情になった。
……いや、無表情と言うか、これは……なにかに、怒ってる……?
「…………そうですか。あの石碑の人物の事を調べるのですね」
「は……はい……」
「……ツカサさん、私が以前貴方に話した事を覚えていますか」
以前に話した事って……あの「真実を知らなければ良かった」ってことか。
すぐに思いついた俺に、クロッコさんは小さく頷いた。
「貴方が調べようと思った事が、思わぬ真実である可能性もある。それを知って、己の存在意義が揺らぐことも有る……その事だけは、忘れないで下さい」
さっきよりも声が低い。どうしてクロッコさんが怒るのか解らず困惑してしまったが、相手はすぐに表情を戻すと、にっこりと微笑んだ。
「それよりも、早く【六つの神の書】が閲覧できるといいですね」
「はい……」
「貴方に必要なのはあの書板だ。……残念な事に私は何も出来ませんが、早く目的を達成できる事を祈っています。……おっと、長いが過ぎましたね。ツカサさん良いですか、あの幻覚は己が恐れている物を映し出すらしいですから、出会ったら騒がずに己の妄想を鎮めるようにしてくださいね。では、私はこれで」
そう言いながら、クロッコさんは唐突に別れを切り出し、俺が挨拶をするよりも先に王宮へと入ってしまった。何だか急いでいたようだったな……。
いやまあ彼もエメロードさんの従者なんだし、急いで当然だよな。
でもまあ助けて貰えたし、幻覚の攻略法っぽいのも教えて貰ったし万々歳だ。
これで今度はお化け……いや、霧の中の幻覚も撃退できる。
ラセットといいクロッコさんといい、ほんとうに良い人だよなあ……後から何かお礼を考えておかないとな。
「ぶぃっくしゅっ」
「あああザクロ大丈夫か!? ごめんな、そんなにくしゃみさせて……」
ここには、龍の眷属たる柘榴を助けてくれる設備なんてどこにもない。
もし風邪を引いたとしたら厄介だ。ここはやっぱり柘榴を返した方が良いのかな。
「ザクロ、今日はおうちで寝てな。風邪になったら大変だからな。母さん……蜂龍さんと一緒に寝かせて貰うんだぞ」
「ビ~……」
言い聞かせるようにそう言うと、柘榴は何だかションボリしたような風に頭を俯けて触角を垂れ下げる。だが、ここは心を鬼にしなければならない。
別荘へと歩みを進めながらちょっとだけ厳しく言い付けると、ザクロは触角をしょんぼりと下げつつも、分かりましたと頷いた。
んんんんこんな可愛い子を苦しめるくらいなら、俺が憎まれ役になろう。
そんな事を思いつつ、やっと別荘に辿り着き、扉を開く。と……――
「ツカサ君おっかえりぃいいいいい!」
「うげっ」
「ビギュッ」
開いた瞬間に俺に何かが飛びついて来て、俺と柘榴は丸ごと何かに捕えられてぎゅむっと抱き締められてしまった。
ぐっ、ぐるぢい。なんだこれは。
「はぁああんツカサ君待ってたよぉおおお」
だらしない声でそう言いながら、無精髭でチクチクした頬を摺り寄せる不審者。
そんな奴は一人しかいない。
「ブラック……頼むから急に抱き着くのはやめて……」
「えー? 恋人ならこれくらい当たり前だよ~? それよりさツカサ君、ちょっと聞いて欲しい事があるから部屋に行こうよ。今行こうさあ行こうすぐ行こう!」
「えっ、ちょっ、え、えええ」
待て待て待てこの状態で動かすな!
柘榴が潰れてしまう!!
→
※次ちょっとだけえろ
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