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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
5.下手なナンパの手口
しおりを挟む少なくとも絶望的に歓迎されていないってワケじゃないみたいだな。
エメロードさんに「国に来いや!」て言われた時は袋叩きにでもされるんじゃないかと悪い想像をしてしまったが、数百年生きてる人達なんだしそんな事しないよな。
子供の心を忘れないエルフでも、常識は知っているという事だ。それなら想像よりも快適に過ごせそう。いや、快適に過ごして目的を忘れてはいけないんだが。
まあともかく、中へ入ってみよう。
こちらですと俺達を案内してくれるエーリカさんの背に続き、別荘へ近づく。
外廊下の様子が明確になって来た所で、彼女はこちらを振り返り改めて注意をして来た。
「別荘には様々なお部屋が有りますが、どれもご自由に使用して頂いて構いません。ただし、別荘から出る際には、私か別の使用人に必ず一言仰って下さい。くれぐれも、お一人で外出なさらないようお願い致します。宮殿には機密情報も多々ありますので、漏洩防止のためにお供を付けさせて頂かなければならないのです」
「なるほど……解りました」
まあそりゃそうだよな。
国の中枢が集まる場所なんだから、そら部外者にホイホイと出歩かれたら困るわ。ブラック達はそんな事には興味が無いだろうけど、面倒臭がって誰にも言わず散歩に出る事もあるだろうから、後でもう一回注意しとかないとな。
「入り口はこちらです」
エーリカさんに誘われるまま、屋敷の反対側へと向かう。
そういえば宮殿の奥側には池が見当たらず塀が有るが、もしかして向こう側に行けたりするのだろうか。だとしたら、もし逃げなければいけなくなった時は助かるな。
塀の高さはどうやら別荘の三階には届かないようだし、これなら木の曜術を使ってロープを渡す事も可能かもしれない。いざって時を考えて、三階に陣地を作った方が良いかも。いやしかしまずは確認して見ない事には計画を立てようもない。
よし、まずは案内して貰いがてらそれとなく三階に行ってみよう。
俺達が居た側から右側に回り込むと、扉が見えて来た。
歩いてきた方向からして俺は外廊下のある方が正面だと思い込んでいたが、どうやらこの建物は「横長」ではなく「縦長」の建物だったらしい。普通、お屋敷ってのは横に広い方に扉が付いていて、訪問した時に見栄えがするように作られているけど、この別荘はそんな感じではない。
外廊下や階段が有るのに、なんでわざわざ縦長にしているんだろうか。
それが不思議でたまらなかったが、とりあえず入ってみる事にした。
「……中は普通だな。普通のお屋敷とちょっと違うと思ってたけど……」
縦長のお屋敷と言えど、やはりそこはそれなりに広い館だ。外観が妙だとは思えるが、内部は普通の館と変わらなかった。エントランスホールも、貴族のでっかい屋敷よりかはちょっと小さいかな? とか思うくらいで。
強いて言えば、エントランスホールに入って真正面にある階段の踊り場の壁が、凸型のようにちょっとでっぱっている所だろうか。
普通、玄関はこういういびつな感じには造らないと思うんだけどな。
まあアニメでみるようなお屋敷の階段だと、踊り場の壁にはでっかい肖像画とかが飾られているもんだから、この凸型の壁だと絵画が飛び出してるみたいに見えるから良いのかもしれない。いや、何が良いのか俺には分からんが。
でも、どうして壁が出てるんだろう……ううむ気になる……。
思い切ってエーリカさんに問いかけてみるか」
「あの……どうして階段側の壁が一部分ボコッと出てるんですか?」
応えてくれないかもな、なんて覚悟を決めつつ問いかけると、エーリカさんは嫌な顔一つせず答えてくれた。
「ああ、あの出っ張っている所には、配管が引いてあるのです」
「配管」
「はい。お風呂などに使用する水を汲み上げているのです。守りの池から水を引く事は出来ませんから、地下に管を伸ばして水を引いています。そのため、この館は中央部分が吹き抜けや配管の通る柱で構成されており、外廊下のある内側と、客室などが有る外側に区域が分かれているのです」
エーリカさんが言うには、外廊下の付いていた方は、廊下で部屋同士が繋がるように作られているので、客室は無いらしい。
まあ確かに、そんな造りだったら簡単に別の部屋に行けちゃって危ないもんな。
しかし、なんだってそんな変な縦長の屋敷にしたのか。
屋敷を案内されつつエーリカさんに問いかけると、昔この別荘を経てるように命じた者が、こういう感じを指定して創り上げたんだそうだが……どうしてこんな風に作ったのかはよく分からないのだと言う。
「客室が全て外に向いているので、壁の向こうの景色を眺めるためではないかと言われておりますが……確かな事は判然としないと言われております。けれど、慣れれば快適ですよ。そこは保証します」
「こんな所に軟禁とは大事にされてるんだか違うんだか判らないな」
「ムゥ……しかし、神族だらけの場所よりは快適だ」
ブラックはエーリカさんの言う事に半信半疑だが、クロウはそれよりも自分の鼻が曲がらない方が重要らしく、今日は少し清々しそうな顔をしていた。
うーん……館の構造とかが気になるっちゃあ気になるけど、まあそこまで重要って訳でもないし、別にいっか。それより三階の部屋の確認だな。
二階には風呂場が有るだのなんだのと説明を聞きつつ、三階へと向かう。
三階は客室の中でも更に豪華な部屋が多いらしく、一階や二階よりも更に豪華とか、もう何が何だかよく解らなくなってくる。ここは普通の別荘じゃないのか。何故にそんなホテルみたいな事になっているのか。
宿泊施設を貸し切ったと言えば物凄く贅沢に思えない事も無いが、限られた人間にしか使えない施設でそんな格差は必要だったのだろうか。
色々と腑に落ちないながらも、とりあえず三階の客室の一つに入ってみると。
「うぉ……」
思わず声が出てしまった。
神族の国でもやっぱり位の高い奴が暮らす場所ってのは凄い豪華だな。
天蓋付きのベッドに、金だか銀だかとにかく高そうな色の輝く調度品。窓だって枠に細かい彫り込みがされていて、どこもかしこも装飾されている。さすがは女王陛下の別荘、職人の並々ならぬ努力を感じるぞ。だけど、ここまでくると別荘って感じじゃないよなあ、このキラキラ具合はもう“離れ”も同然だ。
やっぱし、ここは宮殿の付属品的な扱いなんだろうか。
まあでも、女王様とか王族が宮殿の区域から滅多に出られないのなら、普段使いの場所も華美にしておこうってのは、仕方がない事かも知れないが。
俺の世界でだって、王宮じゃあトイレですら煌びやかだったりするしな。
でも今の俺にはそれより確認したい事が有る。
何気なく窓に近付いて、周囲を見渡しつつ先を見やる。すると案の定この三階からは壁の外が見えていて、視界いっぱいに青空と雲が広がっていた。
よしよし、これで壁の向こうにも楽勝で逃げられそうだな。
そう思い、壁の向こうの地面を確認して――俺は、不可解な光景に声を零した。
「んー……?」
なんだ。下の白い物体が動いたぞ。いや、動いたって言うか離れて行く。
どんどん遠くなって行って、遠くなった所には雲がいくつかぷかぷかと浮かんでいて、ああこれは雲が追いつけてなかったんじゃなくて、こっちが自走してたから……
ってええええ!?
うっ、動いた!? つかここ空中!? 空中が見えるんですけど!!
「どうかなさいましたか、ツカサ様」
「あっあのっあのっ、外、そ、そと」
空しかないんですけど、壁の向こう側何もないんですけど。
そう言いたくて口をパクパクさせるが、言葉がそれ以上出てこない。だがブラックは何が言いたいのか察したようで、苦笑しながら近付いてきた。
「あはは、ツカサ君もびっくりしたんだね。まあそりゃそうか」
「なんだ。何に驚いたんだ」
問いかけるクロウに、ブラックは苦笑したまま答えた。
「ここはね、空中に浮いた島なんだよ。神族が住まうこの【ディルム】は、常に人族の大陸のどこかで浮遊していて、位置を特定されないようにしているんだ。一説には人族の領地だと主張されないようにしていると言われてるけど、移動している理由は定かじゃない。まあ、一ヶ所に留まっていると、モンスターなんかの襲撃も有るから移動してるんだと思うけどね」
「く、空中に浮いてる……?」
それって。
それってあの……もしかして……ひょっこりと海に浮いてる、ひょうたん型の島と一緒ってこと……? は、ははは、なんというかまさかそんな島が有るとは。
いや、ファンタジーな世界なんだから当然なんだろうけど。
当然そういうラ○ュタみたいな島もあるんだろうけどもね!
しかしそうなると……この【ディルム】は、まさに生ける伝説であり、神秘の空中都市ってことになるんだろうか。
そんな島に、神様からの寵愛を受けて彼らは生活している、と。
……なんというか本当にエルフ神族って特別な存在なんだな。
普通、良くて空中都市のみだろうに、そのうえ移動するだなんて最強じゃん。
空中都市という事に関しては特にそれ以上の意味は無いようで、エーリカさんは何も補足してくれなかったが、これが彼らにとっては当然の事だからそれほど気にならないのだろうか。
まあ街の傍に森が有って当然だって思う生活をしてる人もいるわけだし、空中都市に暮らしているって事は、彼らには特別じゃない事なんだよな、きっと。
「それはともかく……部屋は別にどこを使ってもいいんだよな?」
段々と飽きて来たのか、ブラックがそんな事を言う。明らかに面倒臭そうだ。
しかしエーリカさんはそんな無精ヒゲ中年に臆する事も無く、それもそうですねと頷くと再び部屋の案内をしようと動き出した。
うーむ……仕事に真っ向勝負の生真面目メイドさん……。
色々と気になる所は大いに残ったが、とりあえず案内を済ませて貰おうと思い、俺達はそれから大人しく残りの部屋の紹介を受けた。
そして部屋の案内が全て終わると、エーリカさんはそれぞれ好きな部屋を選んでも良いと言ってくれたので、俺は三階の中でも一番質素な部屋を一つ借りる事にした。この階じゃないと逃げられないし、すぐには行動できないからな。
「ふう……」
とりあえず、荷物を置いてベッドに座る。
金持ちの部屋には慣れたつもりだったが、やはりこうなると落ち着かない。
俺と同じ部屋に入ろうとしていたオッサン二人を追い出したはいいが、やっぱりこの広さに一人だと落ち着かなかった。
しかし、それにしても……天蓋付きのベッドとは豪勢だなぁ。こう言うのは女の子が喜ぶらしいが、俺はあまり良さが解らない。
ようするに保健室のベッドのカーテンと一緒だと思うんだが、何故保健室のベッドにはときめかないのだろう。あれも豪華だぞ。
「うーむ、この世界の感じだと、ただ単に日差しを避けるために付けられてるっぽいけど、なんかやらしい感じがするよなあ」
なんかこう……ベッドを囲って中で明かりを点けると、内部が影絵みたいになって見えてエロそうというかなんというか。
いやまあ、そんなこと考えている場合じゃないんだがな。
「いかんいかん、えーっと……とりあえず……風呂でも確かめてこようかな……」
宿泊施設かよ、と最初に突っ込んだが、実際この別荘はそれに近いらしく、風呂も共同浴場のような物で、案内して貰った時に見た浴場は結構広かった。
エーリカさんが言うにはかけ流しなので、好きな時間に入れるらしい。そこだけはとてもありがたい。夜中や朝起きてすぐに入りたいって事も有るからな!
勿論今だって汗を流したい。
だって今日は嫌な緊張感で冷や汗だらだらだったんだからな。
「よし、じゃあまずは風呂だ!」
下着やら何やら持って、早速風呂に行こう。
そう思っておふろセット一式を持ち部屋を出る。と。
「ツカサ君っ」
何故か出た瞬間、ブラックの声が背後からぶつかって来た。
「…………」
「いやぁ~奇遇だねえ、ツカサ君もお風呂? いや~奇遇だねえ~!」
「奇遇か? 本当に奇遇なのか?」
いや奇遇じゃないよね、どう考えてもこれ仕組まれてるよね。
なんで出てコンマ数秒で十メートルも無い場所から声が掛かるんだよ……。
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