異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

53.歯車を組み上げる者

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「ぅ……ぐ……ッ」


 目を閉じていても、光が瞼の裏の目を焼くようだ。

 強い光に誰も動けないでいるのか、モンスター達の悲鳴のような鳴き声は聞こえるけれど、それ以外は何も感じられなかった。
 という事は、この光は誰にでも見えている物という事か。

 でも、この光は一体何なんだ。
 俺は何もした覚えはないし、ヒルダさんやギアルギンがこんな事をする訳が無い。ブラックはレッドを食い止めているし、アドニスとラスターはトライデンスにかかりきりのはずだ。クロウは苦しそうにうなっていたままだし……だったら、誰が。

 いや、誰がやったという事でもないのか。
 もしかして何かの条件がそろってこんな事になったのか?

 でも、何の条件が満たされたってんだ。

 よく分からない。みんなは無事なのか?
 光が強すぎて、目を開けられない。目を開ければきっと失明してしまう。だけど、ここでクロウを守らなければクロウは殺されてしまうかもしれない。
 それだけは絶対に嫌だ。守らなきゃ。手探りでも相手を捕えて、守らなければ。

 強くそう思い、手を動かそうとする。と――――耳元で、急に声が聞こえた。

『名を呼べ』
「え……」

 何だこの声。誰の声でもないぞ。
 低くて、深くて、ブラックよりも大人……多分、お爺ちゃんっぽい声。
 ダークマターかと思ったがそれも違う。あいつはこんな言い方なんてしなかった。
 じゃあ、これは誰だろう。

『我が名を呼べ』

 我が名って……誰の……?
 この感じだとペコリアじゃないよな。この場にいる誰かでもないだろうし、それに、蜂龍ほうりゅうさんはこんな声じゃない。ザクロも子供だから違うだろう。
 ロクショウだって、人語を解せばこんな仰々ぎょうぎょうしい口調ではないはずだ。

 じゃあ、これって一体……。

『力を求めるもであれば、名を呼べ。お前は既に力を有している。肉体はその対価を支払う事になろうが、器は最早疑うまでも無く偉大だ。存分に我が力を行使せよ』

 すでに、力を有している。力を行使せよ。

 その言葉で俺は、その声の主が何者で俺がどんな状態なのかを悟った。
 ああ、そうか。俺にはまだ残っていたじゃないか。俺達を助けてくれる切り札が。

『我が名を呼べ。命じ、名を呼び表せ』

 分かった。もうどの道、それしか方法が無い。
 光が俺達の身を守ってくれている間に、思い出さなければ。
 ずっと前に約束した――――名前を。


「目の前の敵を打ち倒し……俺の仲間を、救ってくれ……!

 ドービエル・アーカディア!!」


 青い光が一層強く光り、銀の光が雪のように散る。

 胸が焼けるように熱くなって、呼吸が酷く苦しくなるけど、俺は胸を……いや、胸のポケットをぎゅっと握り、目を見開いた。

「オオォォオオオオオ!!」

 雄叫びにも似た凄まじい咆哮が全てを震わせる。
 びりびりと鼓膜を討ち叩くようなその音に体がすくんだが、そんな臆病な俺を余所に、光の中で何重にも繋がった複雑極まる魔方陣が出現した。

 なにかの装飾のようにも思える魔方陣が展開し、視界全部に広がっていく。まるで激しい雨が降る時に見られる波紋のようにいくつもの魔方陣が重なり、空をふさぐ。そして歯車のように組み重なったその全てが自転し、俺の頭上にある巨大な魔方陣が脈打つように大きくぶれた。

 何が起こるのかと目を見張った俺の前で、巨大な魔方陣の中心から大きな“何か”がゆっくり姿を現した。

 俺の体長なんて比べ物にならない程に大きな手。
 けむくじゃらで、鋭い黒の爪が、空を爪で裂くように動く。
 あまりの大きさに意気を飲む事しか出来ない俺を余所に、地鳴りのような音と共に獣そのものである鼻先を露わにし、顔が現れる。

 巨大な、獣の横顔。
 立てた耳の傍に、艶やかに光る漆黒の――――じ曲がった、つの

「ドービエル爺ちゃん……!」

 あまりにも巨大なその姿が、地上に降り立つ。
 それと同時に光が消え、周囲に色が戻った。

「な……なんだ貴様……!?」

 銀の光を散らしながら現れた巨大な熊に、ギアルギンが初めて動揺した。
 まったくの予想外だったのか、それともクロウの本来の姿と同じ姿をした別の個体が出現した事に驚いたのか、口を開いてドービエル爺ちゃんを射ている。

 だが爺ちゃんはそれに構うことも無く空気をびりびりと振動させる咆哮を上げて、ギアルギンの背後で硬直していたアーデントに向かって足を一歩踏み込んだ。
 一歩だけで、急激に距離が近付く。
 そのまま大きな口を開けると、躊躇ためらいも無く相手の首に噛み付いた。

「――――!!」

 凄まじい悲鳴を上げるアーデントだったが、大きな口が閉まり、ばきばきと嫌な音を立てる度にその悲鳴は途切れ途切れになって――遂には、がくりと項垂うなだれた。
 呆気あっけなく息絶えたのである。

 俺達が手こずるであろう相手を、爺ちゃんはいとも簡単に倒して見せたのだ。

「ふん……他愛ない……」

 大きな声なのに、少しも耳を塞ぐような音には聞こえない不思議な声。
 たった数ヶ月の別れだったというのに懐かしくて仕方ない。
 ついに俺は、ドービエル爺ちゃんを召喚できると認められたんだな……。

「ツカサ、ひさしいのう」

 壊れた玩具のようになったアーデントを吐き捨て、爺ちゃんは俺を見る。
 嬉しそうに目を細める爺ちゃんに、俺は泣き笑いのような顔で頷いた。

「ドービエル爺ちゃん……やっと会えたな……」
「うむ。だが再会を喜んでいる暇はないな。あの“三つ首”もお主達を脅かす敵か」

 爺ちゃんが言うのに、俺は頷く。
 すると相手はニヤリと獣の口を歪めた。

「あの程度、軽いものよ。少し待っておれ、アレも片づけて来る」

 そう言いながら、爺ちゃんはギアルギンなど歯牙にもかけずに横を通り過ぎる。
 ギアルギンはと言うと、あまりにも大きな存在にどうする事も出来ないのか、驚きに染まった顔のまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 何故そんな風に驚いているのだろう。……いや、そんな場合じゃない。
 このチャンスを無駄にしてはいけない。今度こそクロウを救うんだ。
 俺達にはドービエル爺ちゃんが付いていてくれる。今は安心できてるじゃないか。だから、今の内にクロウに大地の気を送って回復させるんだ。

 俺は倒れて浅い呼吸を繰り返しているクロウを見て、それから胸に手を当てる。
 大地の気をクロウに送り込み循環させるイメージを反芻はんすうしながら、力を込めた。

「ッ、く……!」

 痺れるような痛みが、体に走る。だけど、構ってはいられない。
 じくじくと痛み始める腕に金色の光の蔦を幾重も登らせて、俺はクロウを揺り起こそうと必死に願う。もう傷は塞がれた。自己治癒をうながす気も今精一杯に送っている。目覚めてもいいはずだ。
 なあクロウ、頼む。頼むから起きてくれよ……!

 そう願い、クロウを見る。
 だけどクロウは相変わらず苦しそうで、本当なら今頃は全快しているはずなのに、一向に良くならなかった。
 どうして。これで治るはずなのに。クロウが目を覚ますはずなのに。

 焦り、そしてふとクロウの腹の部分を見て……俺は、その周辺に何か黒い靄のような物が掛かっているのが見えた。

「え……」

 なにこれ。今までこんなのなかったぞ。
 ……もしかしてこれが……ギアルギンがクロウに掛けた呪いみたいなもの……?

「……っ、ま、さか……まさか、こんな運命が訪れるなんて……」

 正体不明の存在に気付いた俺を余所に、愕然としたヒルダさんの声が聞こえる。
 ……こんな、運命?

「ふっ……ふふ、あは……あははははッ!! まさか……まさか、ずっと探し続けていた仇に、こんな所で会えるなんて……! これでもう、迷いはない……!!」
「……ッ!?」

 地面を踏みにじるような音が聞こえて、咄嗟にその方向を見る。
 そこには、再びナイフを握り締めてこちらを見るヒルダさんの姿が有った。
 だけど相手はいつものヒルダさんじゃない。どこか薄暗くて、怖い……今まで見た事も無いような、怖気すら誘う姿の相手だった。


「ごめんなさいね、ツカサさん……これこそがやはり天恵だった。今ここで、その男を殺さなければならないの……」
「ぅ、え」
「そうでなければ、収まらない。許せない。許せないのよ。だってあの熊が、あんな熊が私の愛しい人を殺した。愛する人を失う悲しみを味わわせたんだから……!!」

 ――――ドービエル爺ちゃんが……ヒルダさんの愛しい人を、殺した……?

 だから……ヒルダさんも、殺そうとしたのか?
 クロウが爺ちゃんと同じ一族だから、大事な存在だろうと勘違いして?
 でもそんなの変だ。おかしいよ。どうしてドービエル爺ちゃんがヒルダさんの伴侶を殺すだなんて事…………――

「あ…………」

 考えて、俺は。
 思い出して、しまった。

 ――爺ちゃんは以前、罪を犯したと言っていた。許されない罪を、犯したと。

 まさか、それって……ヒルダさんの夫を殺したと言うことなのか?
 だから爺ちゃんは自分の傷を治すことすらせずに、あの腐食の森で自殺の真似事をして自らを罰しようとしてたって事なのか?
 そんな。嘘だ。そんなのウソだよ。

 けど、それなら辻褄が合ってしまう。確証は何もないのに、頭が勝手にそう信じてしまいそうになる。だってそれなら、クロウが巻き込まれてこんな事になっているのも、納得が行ってしまうから。

「でも……そんな……そんなことって……」
「初めにその男を殺して、それから始まるの……。あの悪魔に対する、復讐が……。ああ、ありがとうツカサさん……貴方は本当に、優しい人ね……私のためにあの憎い仇を召喚してくれたのだものね……」
「ひ……ヒルダさ……」

 呼ぶが、相手は応えてくれない。
 目は座っていて、ぎらぎらと光っている。顔には影が掛かっているのが分かって、彼女がどれだけ本気なのか思い知ってしまい、俺は鳥肌を立てた。

 殺される。本当に、クロウが殺されてしまう。
 クロウはただ巻き込まれただけなのに。なのに、理不尽に殺されようとしている。

 こんなの、いや、落ち着け。落ち着くんだ俺。
 決めろ。決意しろ。逃げてはいけない。今見ている事象から逃避するな。

「ヒルダ、さん……」

 何をすべきか、考えろ。
 目の前で狂気に染まる彼女を助けるためにも。













 
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