異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

45.甘えさせて

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   ◆



「なるほど。火山のダンジョンが故に、炎の曜気を自在に操る事が出来る炎の曜術師が必要なのだな」

 休憩室から先の、何もない行き止まりの通路。
 そこに漂う炎の曜気を手の内の一点に集めると、壁だと思っていた部分が動き出し下へと吸い込まれていった。
 今の独り言は、いけ好かない貴族の言葉だ。

 ……いとも簡単に開いた隠し通路を見てそう思えるとは、背後の傲慢貴族もやはりただの自己愛が強い変人という訳ではないらしい。
 

 このダンジョンは過密とも言えるほど炎の曜気に包まれており、そのことから炎の曜術師が同行するのは最適ではないと思われていたが、実際の所、ここにある多くの仕掛けはこの場所に適した炎の曜術師のみに動かせる仕様になっており、大きな矛盾をはらんでいる。

 だが、それもこの場所が【紅炎こうえんのグリモア】の支配領域であったと考えれば、全て納得が行く。つまり、この膨大な曜気を操る曜術師……グリモアに認められるような力を持つ者のみが、このダンジョンを真に支配できるようになっているのだ。
 故に、炎の曜術師は適さないと考えられていたダンジョンに、炎の曜術師が居なければなんの成果も得られないような仕掛けばかりが取り付けられていたのだろう。
 この異常な量の炎の曜気には、やはり意味があったのだ。
 

 やはりここは普通の火山地帯ではなかった。
 故意に入る者を制限していたからこそ、火山であっても異常と言える量の炎の曜気が渦巻いていたのだろう。

 ……基本的に、大量の曜気は人体にとって毒だ。水の曜気はすなわち水であり、多量にあるとなれば洪水か水中という事になって人は容易たやすく死ぬ。鉱物には毒性がある物も多く人体が多量の金属に囲まれる状況は快適とは言えない。土も同様だ。唯一例外があるとすれば木の曜気だが、多量の木の曜気などというものは植物に含まれるため、人が直接触れる事は出来ない。まあ、己自身が植物になれば可能だろうが。

 なんにせよ、何事も“多すぎるのは良くない”というのが一般論。

 多量にありすぎても術が暴走するのだ。だからこそ、ここは選ばれた炎の曜術師を連れて来なければならない場所になっているのである。

(……それを考えると、ますますツカサ君の黒曜の使者の力って妙だな)

 多大なる曜気をもって、使用者の実力以上の力を引き出す。
 そんなことは、自然の法則に当てはめてみれば不可能に近い。先程も言ったように曜気はり過ぎても扱えないものであり、実力が無ければ操作すら出来ないのだ。
 だのに、ツカサの能力はその制限を易々と越える。
 グリモアでない者にすら、創造の限界まで力を付与する事が可能なのだ。

 まるで「神のもたらした超自然的な力」だが、神殺しの役目であれば、神と同等の力を持つのは当然とも言える。しかし、実際に体感してみるとあまりにも現実離れした力としか言えなかった。

(前にケルティベリアとかいう奴が世界の根源の力がどうのと言っていたが、それと何か関係が有るんだろうか。ツカサ君のあの小さな体のどこから曜気が出て来るのかも謎だしな……。まあ、考えたって仕方がない事だとは解ってるけど)

 こんな事ならあのキュウマという先代の黒曜の使者に色々聞けばよかった。
 だが、あの装置は結局“ある時点までの知識”しか持っていない。もしあの擬似人格が自分達の知りたい答えを持っていなかったとしたら、質問も無駄だっただろう。
 むしろ、あの生真面目そうな相手が、このような遺跡の存在を自分達に伝えていなかった事を考えると……やはり、あの時点ではこのような特別な場所に関する知識を持っていなかったのか……故意に隠していたかのどちらかだろう。

(あの装置が造られた後に、この遺跡を造ったのか? それとも、もっと前の黒曜の使者が造ったダンジョンで、あいつはただ単に知らなかっただけなのか……うーん、どうも情報が少なすぎる……)

 超常的な存在と言うのは常に万能であり全知であると思っていたが、どうやら伝承というものはあまり信憑性が無いようだ。
 まあ、見方を変えればツカサも全知全能と言えなくもないのかも知れないが。

(でもな~、ツカサ君アホの子だからな~……そこが可愛いんだけど……。それにしても見つかるかなあ。緩い坂道とは言え結構長かったみたいだから、かなり下の方に行っちゃったような気がするんだけど……下に降りる設備が有る事を祈ろう)

 現れた道の先にあったのは、先程の秘密の通路のように手掘りの如く偽装している洞窟だ。あまり洞窟などに縁のない他三名はさして気にしていないようだが、どちらかというと、あの無機質なダンジョンよりもこちらのほうが落ち着くらしい。
 特に何も言わず歩き出したが、同行者達はその事に騒ぐでも無く、ブラックの背を見ながら大人しく付いて来ていた。
 やはり、自然な空間の方が落ち着くものなのだろうか。

(この不自然さ、ツカサ君だったら気にしてくれたかなあ)

 長く緩く曲がりくねる洞窟を歩きながら考えるのは、ツカサの事ばかりだ。
 彼もあまり細かい事は気にしない性質だが、それでもブラックが教えてやれば興味深そうに観察するのだ。その様と言ったら幼くて可愛らしいにもほどが有るのだが、まあ、それは今は置いといて。

 そんな彼が今トチ狂っているあの駄熊と一緒だと言うのが、何より心配だった。

(何が心配って、犯されてるかどうかだよ。あのクソ熊の事だからどうせヤケにでもなって、ツカサ君を犯しまくって壊そうとするだろうしなあ……)

 もしそうなっていたら、どうしようか。
 考えて、ブラックは薄く笑った。

(殺そっかな。もうツカサ君が顔も見たくないって言うなら、別にいいよね)

 あれだけ馬の合う気の狂った存在と言うのも珍しかったが、自分とツカサの快適で幸せな生活には、そんな汚点などあってはならない。
 未来永劫ツカサがあの熊に怯えると言うのなら、目の前で斬り捨てよう。
 ツカサの頭の中からあの熊の事を消す方法なんて、いくらでもあるのだから。

「こんな事なら用意してくれば良かったな」
「おい、何だ。なにかお前から恐ろしい気配がするんだが」

 気が読めると言う不可解な能力を持つ傲慢ごうまん貴族が、ブラックのたくらみに気付いたのか冷や汗を垂らしながら問いかけて来る。
 だが言う程の事でもないと思って、ブラックはにっこりと笑って答えた。

「なんでもないが?」
「いや、殺気が漏れてるんだが。お前何を考えてるんだ……滅多な事はするなよ」

 気が読めるとそう言う事も判るようになるのか。厄介な相手だ。
 やはりいつかは始末して置くべきだろうか。

「そういえば……確かに、どこかから変な気配がしますね……」

 物騒な事を考えているブラックに気付いているのかいないのか、今まで黙っていた女領主がふと変な事を言い出した。
 何の気配だろうかと全員で探ると。

「――――!」

 急に周囲を煙が包み込み、視界が一気に白に閉ざされた。

「な、なんですかこれは!」
「ゆっ、湯気でしょうか!?」

 陰険眼鏡の叫び声に、慌てたような女領主の声が響く。
 どこにいるんだか判らないが、傲慢貴族も焦ったような声を発していた。

「くっ……付加術が使えればこんな……ッ」

 確かに、気の付加術である【ウィンド】を使えば白煙を一掃できるかもしれない。だが、この煙がどこから湧いているかも判らない以上、範囲を誤れば煙をかき混ぜる事にしかならないだろう。術の問題ではない。
 どうしたものかと考えたが結局ここは壁に手を付いて慎重に歩くしかない。

「落ち着け、壁に手を付いて歩けば問題は無いだろう。どうせ罠も無いだろうしな」

 あの地図ではもう確認済みだ。
 壁に手を付きながら言うブラックに、残りの二人も渋々と頷いた。
 ここにツカサが居れば騒いでいただろうが、残念ながらここにはいない。面白味も無い連中なせい問題も無く解決してしまい、ブラックは拍子抜けしてしまった。

(はぁ……ツカサ君が恋しい……)

 何が悲しゅうてこんな奴らと探索しなければならないのだろう。
 一瞬風が通り抜けたが、こんな風程度では煙は揺らぎもしない。とにかく広い場所に出なければ話にならないと、ブラック達は移動を始めた。



   ◆



 喧嘩して仲直りした後って、いつも気恥ずかしくなるよな。

 相手を信じてないワケじゃないけど、もう怒ってないかなって気にしちゃったり、仲直りした時の事とかが後ですっごく恥ずかしくなって、元の関係に戻るのに時間がかかったりとかして……。

 で、でもさ、さすがにその……あの……。

「ツカサ。ツカサ……」
「んっ、あ……ぅああ……! こ、このままだと歩けないって、クロウ……っ!」

 その……こ、ここまで懐かれる、っていうか、あの、前方から抱き締められて胸を熱心に吸われてたら、動けないんですけど。動けないんですけど!!

「いやだ。せっかく我慢しなくて良いとツカサが言ってくれたんだ、機会を逃したくない。ブラックが来るまでオレはツカサを堪能する」
「クロウ~~!!」

 だからって落ち着くなり俺を捕まえてコレはどうなの!
 いや我慢するなって言ったのは俺なんだけど、さすがに早過ぎない?!

 さすがにコレはちょっとっていうか今そんな場合じゃないって言うか!

「ツカサはダメというのか? オレが嫌いなのか?」
「うぐ……」

 ず……ずるい……。
 きゅ~んとでも効果音が付きそうなくらいにクロウはキラキラと目を潤ませて、熊耳をぺそっと伏せている。明らかにあざとくてわざとらしいと解っていても、相手がオッサンでも、そんな姿を見るとキュンとしてしまう。チクショウめ。
 しかも今ツノが生えててちょっと魔王っぽくて、それがまたギャップ萌えっていうか、お、俺オッサンに萌える趣味ないのにっ、違うのにぃい!

「ツカサ……交尾……じゃなくて、えっちなことしたいぞ……」
「んっ、も……ばかっ、ばか、ずるいってそんな顔……クロウのばかあっ!」

 なまじ顔がイケメンなもんだから、破壊力が凄い。
 こういうタイプが「えっち」とか言うとなんでこんなに衝撃があるんだ。ずるい、俺にもそのイケメンりょくを分けろ。泣いてなんかないんだからチクショウ!

「可愛い……。ツカサ、もっと困った顔を見せてくれ……」

 ちゅうちゅうと胸の真ん中の部分を吸われて、そこには別に感じるような物は何もないのに、ドキドキして来て余計に恥ずかしくなってしまう。
 さっきまでシリアスな感じだったのに、なんでこうなっちゃうんだよ……。

「く、クロウ、そんな今しなくたって……」
「解ってはいるが……嬉しいんだ。ツカサがオレのこの姿すらも受け入れて、オレが我儘を言ってもいいと言ってくれたのが、嬉しくて……」
「んん……そ、そんなこと言われたら困る……」
「拒めなくて、だろう? ふ……ふふっ……ツカサ……」

 クロウが嬉しそうに笑っている。
 無表情な顔じゃなくて、ちゃんと穏やかで本当に嬉しそうな顔で。

 思えば、クロウがいつも無表情だったのは、色々と遠慮して我慢していたからなのかも知れない。元々の性格ってのも有るだろうけど、あまり感情を表に出さないようにしていたのが習慣になってしまってしまったんだろう。
 それを考えると……なんか、今の幸せそうなクロウを見てたら……その……キュンとしないでもないわけで……う、ううう、なんか変、なんか変!

「もっ、もうっ、えっちな事は三人で話し合ってからって言っただろ! 勝手にしてたら俺がブラックに怒られるんだからな!?」
「ムゥ……ここがこんなに熱くなっているのにか」
「ひぁあ!?」

 後ろから足の間に強引に手を入れられて、後ろから股間を手で包まれる。
 爪が根元の所にちょっと当たって痛くすぐったくて、俺は思わず変な声を上げて目の前にある頭を抱えてしまった。

「オレが触ると、をしなくてもツカサは感じてくれる」
「だっ……だからっ、今しちゃだめ……っ、マジ、頼むからぁ……っ!」
「顔が美味そうに赤くなって、気持ちよさそうな顔をしているのに、ダメなのか」
「い……いじわる……ッ」

 情けない裏返ったような声でそう言うと、クロウは嬉しそうに目を細める。
 そうして、背を伸ばすとキスをして来た。

 ああ、ブラック絶対怒るよな……怒るよなコレ……。
 でもクロウが本当に嬉しそうにしているのを見ると、何も言えない。悪いこととは知りつつも、喜んでくれるなら良いかあ、気持ち良いし……とか思っちゃう。ビッチ属性なキャラの事を笑えない俺が出て来てしまう。

 なんでえっちはダメで触るのとかキスはいいのか……う、ううう、自分でも線引きがよく分からない。ていうかキスも駄目だったはずなんだけどなぁ……あれって、やっぱ俺もクロウを拒めなくなっちゃうからキスは無意識に避けてたのかな。
 結局俺って、クロウの事が拒めなかったから、だからこんな風に収まって……。

 ………………。
 ……俺って、マジでブラックより不実かも……。

「ブラックに愛想尽かされたらどうすんだよ……」
「その時はオレが嫁に貰ってやるから望むところだ」
「もーっ!!」

 クロウを悦ばせてやりたいけど、でもブラックの事が気になって仕方ない。
 だけど拒む事も出来なくて、もうどうしたらいいのやら。
 ああもう本当優柔不断でビッチでスマートじゃない自分が嫌だ!

「まあそう怒るなツカサ。分かった、分かったから。もうちょっと悪戯させてくれ」
「クロウ性格変わってない!? なんか調子乗ってるよな!?」

 やっと俺の事を話してくれたクロウに言うと、相手は目を瞬かせる。

「……そうか? まあ、お前達と一緒にいるようになってからは、二番目として多少つつしんでいたつもりだったが……オレは元からこうしたかったぞ」
「…………そういえば、クロウって最初は結構強引だったな……」

 思い返してみれば、まだ俺達の旅について来る前のクロウはブラックと張り合ってバチバチと火花を散らしていた気がする。
 それに、ブラックの事なんてお構いなしに俺ばっかり構ってたような……。

 あの頃はまだ、俺とブラックの関係を認めずに俺を自分の恋人にしようとしていたから、遠慮とかしてなかったのかな。
 ううむ、じゃあ結局、ちょっと強引な今のクロウが本当のクロウなんだろうか。
 別に悪いわけじゃないんだけど、なんか子供みたいっていうか、そんな風にダダをこねられたら俺も断り辛くて困るって言うか……。

 と、とにかく! 今はじゃれてる場合じゃない!
 目星を付けた場所が黒籠石こくろうせきの洞窟か確かめて早くダンジョンに戻らねば!
 ……とは、思うんだけど。

「ツカサ、オレもたくさんイチャイチャしたい」

 甘えたような声で、熊耳を伏せながらオネガイしてくるクロウを見ていると、その決心が揺らいでしまう訳で。

「うむむむ……」

 まあ、今まで我慢させてたのは事実だし、クロウには悪いことしたと思ってるし、もう我慢させないって言ったのは俺だし……。
 でも、でもなあ、うーん、うぅうん……考えろ、考えろ俺。

「ツカサ……」
「う、うぅうう……え、えっちな事じゃなくて……コレ!」
「ン?」

 勢いよく手を出した俺に、クロウはキョトンとして首を傾げる。
 その姿にじわじわ体温が上昇するのを感じたが、俺は言いきってやった。

「手! ず、ずっと、手繋ぐとか……そういうのだったら、いいから!」

 破れかぶれでそう言ったが、クロウは俺の掌と俺の顔を何度か見比べると……また嬉しそうにふにゃりと笑って牙を見せた。

「ツカサのそういう所、好きだぞ」

 わーっもう!
 だから仲直りしたばっかりなのにそういうの言わなくていいんだってば!












 
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