異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

44.孤独の傷

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「く、ろぉ……?」

 鼻がぐずぐず言って、ちゃんと発音できない。
 だけど、何が起こったのか解らなくて必死に相手に問いかける。
 そんな俺に、クロウは苦しそうな声を漏らした。

「…………なぜ、今になってそんな……そんな事を言うんだ……っ」

 俺のすぐ横に、拳が落ちる。と、重い音とともに地面にひびが入った。
 風圧で髪がなびいて、汗と涙でべたべたになった頬に張り付く。

「くそっ……クソッ、くそぉ……ッ!!」

 何度も、何度も、目の前の地面が拳によって打たれてヒビを深く刻む。
 浅黒い肌が視界で動き、風が起こる。

 その風の感覚が、俺の曖昧になっていた感覚を呼び覚ました。

「ぅ……ぁ……」

 手首が、痛い。切り裂かれた肌が痛い。腰から下が熱と疼きで言うことを聞かず、体は汗で濡れて熱いのに外気で冷えていて、殊更ことさら周囲の空気を感じた。

 ……俺……そうか……そうだった。クロウに最後までされそうになってたんだ。
 だけど、クロウは結局……やめてくれたの、かな。

 俺、確かいっぱいいっぱいになってて、クロウが最後までしようとしたから悲しくなって……もう二度と前みたいな関係に戻れないんだって、二度とクロウとブラックと三人で旅が出来ないんだって思って、思わずあんな事を子供みたいに泣きながら言ってしまったんだっけ……。

 でも、本当にそう思ったんだ。
 俺にとってクロウはもう失えない大事な人になってしまっている。
 自分を守って気遣ってくれるからってだけじゃない。クロウは俺と一緒にいたいって言ってくれた。俺がどんな存在でも、一緒にいるって言ってくれたから。
 だから俺も、クロウに出来るだけ答えてやりたい、失いたくないって思ったんだ。

 例え、クロウが俺と一緒にいる事を拒否したとしても……。

「っ……」

 腕が、痛い。
 だけどこれはクロウが吐き出した感情の一端だ。今まで俺達に遠慮して吐き出す事が出来なかった気持ちなんだ。受け止めるべき痛みを無視は出来ない。
 むしろ、こんな無様な格好をしていると言うのに……何故か今、凄く嬉しかった。

 ――やっぱりクロウは、俺の事を本当に見放したんじゃなかった。
 俺の言葉で思いとどまってくれるほどには、俺を想ってくれていたんだって。

 ならまだ遅くない。
 今度こそ、クロウと話し合うんだ。何をして欲しかったのか、聞かなくちゃ。

「クロウ……っ」
「お前は、ずるい……卑怯者だ……っ! なんで、どうして……っ」

 見えない。だけど、泣いてる。
 クロウの声が歪んでいて、息が不規則に震えている。勘違いじゃない。クロウは、泣いてるんだ。俺のせいで。
 そう、思った瞬間、何故か手を戒めていたかせが崩れ落ちた。

 何が起こったのか解らないけど、これで動ける。
 俺は痺れて動かない腕で必死に体を起こし、がくがくと震えながらもなんとか体をひねる。やっとクロウの顔が見られると思って視界を向けたそこには――
 ボロボロと涙を流して子供のように泣くクロウが座り込んでいた。

「クロウ……」
「もうこれで苦しくないと思ったのに、別れられると思ったのに……なんで、なんでお前はこんな……っ!」

 いかついつのを持ち、牙も爪も立派で、まるで魔王のような姿なのに、それでも相手はズボンを降ろしたままの格好のつかない姿でボロボロと涙を流している。
 なんだか、この光景を前にも一度見た気がする。

 …………ああ、そうか。
 ラスターの屋敷で、ブラックがこんな風に泣いたんだっけ。

 誰かに俺を取られるのが嫌で、失いたくなくて、そのくせ俺を乱暴に犯したってのに、俺が泣くより先に情けなく鼻水を垂らして泣いてたんだ。
 こんな所まで似てるなんて、ずるいよ。クロウだって、ずるい。

 何でそんな風に、素直に泣いちゃうんだよ。
 そうは思うけど……でも、そんな風にクロウが泣いてくれることが、俺には何故か何よりも嬉しいような気がした。

「クロウ」

 名前を呼んで、痺れたように動かない足をなんとか引き摺って、手を伸ばす。
 いつの間にか高く上げていた髪は解けていたみたいで、肩まで長く伸びてしまっていた。だけど、クロウはクロウだ。

 ぎこちない腕を伸ばして大きな体を抱き締めると、クロウは嗚咽おえつを漏らした。

「ごめん、クロウ……俺、間違ってたよ……。何でもかんでもただ受け入れて許すんじゃなくて……アンタの話をちゃんと聞いて、話し合うべきだったんだよな」

 後ろめたいから、我慢をさせているから、相手の言う事を受け入れよう。
 そんな受け身の気持ちでクロウの思いを封殺していた事が、全ての原因なんだ。
 だから、クロウは思い詰めて自暴自棄になってしまった。俺が受け入れても、結局クロウの本当の望みは叶わない、そう思っていたから。それに、クロウは「これ以上を求めるのはワガママだ」と思って遠慮ばかりしていた。
 だから、我慢しすぎて爆発しちまったんだ。

 俺達の事が大事だいじで、迷惑を掛けたくなくて……俺達を嫌いになりたくなかったから、自分を悪者にしてまでこんなに悩んで苦しんでいたんだよな。
 じゃなけりゃ「嫌いになったか」なんて聞くはず無いんだから。

「クロウ。……俺にして欲しい事、言って」
「ぅ、あ」
「もう我慢しなくても、遠慮しなくても良いんだよ。ゆっくり話し合おう。クロウが我慢してたこと、俺が全部聞くから。それで嫌うなんて事、絶対にないから」

 抱き締めて、広い背中を撫でてやる。
 だけどクロウは泣きながら俺の耳元で震える声を吹きかけて来た。

「で、も……おれ……お前の、こと……っ、あんな、ひどい……」
「馬鹿だなあ、こんなの何でもないって。クロウにされたんなら、俺的には全然平気なんだから」
「オレに……」
「……うん。他の奴にやられたら嫌だけどな。……クロウだから、困るんだよ」

 もう、隠さない。ちゃんと言おう。
 勢いで口から零れた言葉だけど、今更になって恥ずかしくなって来たけど……俺の言葉をちゃんとクロウが聞いてくれたんだから、言うしかない。
 ここには、クロウしかいないんだ。
 ……だったら。

「ツカサは……オレの、こと……困るのか……」
「……こ、困るさ。……だって、今まで、ずっと……ブラックだけだって、思ってたのに、クロウだけには……どうしても、嫌って、思えなくって……えっちなことされたら、流されて、そのまま全部いっちゃいそうで……でも、そ、そんなの不義理だろ。……だからって、クロウの事、他の奴みたいに……拒めないし……」

 首元に掛かる息が、ひゅうっと息を吸う。
 驚いたようにクロウの体が震えたが、反応されるのが余計に恥ずかしくて、クロウの体を強く抱きしめてそれ以上動くなと無言で制した。

 自分が凄い変な事を言ってるのは解ってる。
 こんな言葉だって、ブラックからしてみれば本当に不義理な事かも知れない。
 だけど、それが本当の事だ。

 俺は、クロウに触れられたら拒めない。拒む気が、起きなかったんだから。

「ツカサ……」
「……でも、そんなの言わなきゃ伝わらないよな。それに……クロウからしてみれば聞きたくもない事かもしれないし。だけどな、俺がお前を嫌うなんて事、絶対にないからな。それだけは、言いたかったんだ。お前の事はどうでもいいとか、それも絶対に違う。約束を破ったのは悪いことだし、怒られて当然だけど……でも俺は、クロウと離れたくない。どんなことされたって、クロウの事を失いたくないんだ」
「オレの……この姿を、見て……あんな乱暴をした、のに……」
「今の姿、格好良くていいじゃん。……それに、あの島で出会った時から結構乱暴な事されてたんだから、今更だろ。乱暴でも、クロウは優しいクロウだよ」

 どんな酷い事をされたって、俺はもう知ってるんだ。
 クロウが優しくて、真面目で、凄く我慢強いってことを。

 だから……例え犯されたとしても、アンタの事を恨むなんて、出来ないよ。
 出来ないから……困るんだよ……。

「お前は……全部、許してくれるのか……?」

 クロウの吐息が、首筋に掛かる。
 安堵を求める赤ん坊のようにそのまま唇で食んできたクロウに、俺は頷いた。

「むしろ、俺の方が謝らなきゃいけない事とかいっぱい有るんだけどね。……だからさ、クロウ。全部話して。俺、今度こそちゃんと聞くから。クロウがして欲しかったこと、嫌だったこと、本当はどうして欲しかったのかってことも……ちゃんと、全部聞くから。だから、もう、嫌われて離れて行こうとしないでよ……」

 抱き締めて、少し硬い髪に顔を埋める。
 黒に近い群青で、青紫に光の環を作る不思議な髪。クロウ以外の誰でも無い、ちょっと硬い、それでも俺が大好きな髪。

 俺にとっては可愛い熊の耳も、捻じ曲がった二本の黒い角も、好きな物の一部だ。
 クロウだから、好きなんだよ。

 そう言い聞かせるように、頭を撫でる。
 耳も角も俺にとっては愛しい物なのだと解って貰いたくて、優しく撫で続けた。
 そんな俺に、クロウはまた体を震わせて、俺の首や肩を涙で濡らす。どんな涙なのかは見えないけれど……でも、俺の事を嫌っているんじゃないって事だけは解って、俺はそれが嬉しかった。

「…………ひとりに……なると、思ったんだ……」

 クロウらしくない、子供がぐずる時のような上擦って震えた声。
 大人の男が出すなんて思えないそんな幼い声音に、俺は目を瞬かせた。
 だけど、クロウは俺に構わず続ける。

「これまでのツカサは、“少しだけ”ブラックの物じゃ無かった。完全なブラックの物ではなかったから……だから、俺は……安心していた……。オレにもまだ入り込める隙間があるんだと思ったから、我慢出来ていたんだ」
「それは……その……ブラックの事で俺がヤケ酒した時のような……?」

 俺が「メスじゃない」と意地を張って、ブラックが望んでいる事すら出来ずにうだうだしていた時の事だろうか。そう問いかけると、クロウは小さく頷いた。

 確かにあの時は、恥ずかしながらクロウに何度か慰めて貰っちゃってたりしたが、まさかクロウに取ってそんなに嬉しい事だったなんて。俺はてっきり迷惑をかけてるとばかり思ってたのに……。

「ブラックとまだ少し距離が有った頃は、お前は俺の前でだけ弱みを見せて、オレを頼ってくれた……オレを必要としてくれていた。だから、オレは二番目のオスで良いと思えたんだ。お前がオレを必要としてくれていたから。けれど、お前達の間に憂いが無くなって……もう、隙間が、なくなった」
「……?」
「ツカサは、完全にブラックの物になった。……堕ちた。ブラックのメスと認めて、もう他人など気にしなくなった。オレの入る隙間はもうない。だから、置いて行かれたと、一人になると、思ったんだ……。そうなったら、今までの不安が大きくなって、お前がオレから離れるたびに、もう今までのように触れられないんじゃないかと思うようになって、怖くて、悲しくて、辛くてどうしようも、なくて……」
「クロウ……」

 そうか……だから、クロウはあんな風にヤケになってたんだな。
 俺が「男だから」という最後の砦を捨ててまでブラックに懇願した事が、クロウにとっては「不安が解消されたからもう頼られなくなる」と思う要因になってしまい、どんどん悩むようになってしまったんだな。……いや、そりゃそうだよな。

 悩み事ってのは、そういうもんだ。
 相談役がいつまでも相談される存在だなんてことはない。誰だっていつかは悩みを片付けて相談する事が無くなってしまう。そうなれば、相手はお払い箱だ。
 友達や身内ならそれでもいいだろう。だけど……クロウは、俺達とへだたりを感じていた。俺はそんな事は無いと思っていたけど……俺がブラックと恋人として付き合う姿を見ていれば、そう思っても仕方が無かっただろう。

 三人組のうち二人が仲が良くてずっと喋っていれば、いやでも疎外感を感じずにはいられない。それと同じ事を、俺はクロウにしてしまっていたんだ。

 だけど俺が完全に自分の立場を認めるまでは、クロウにも俺を独占できる部分があった。それがきっと、ブラックに対して不安になっている俺だったんだろう。
 だから、今までは平気だったんだ。疎外感や寂しさを「頼られている」という事実で抑え込んでいられた。けれど、俺が決断してしまったことで……その最後の砦すら壊れてしまった。クロウを支える物が無くなってしまったんだ。

 俺に自由に触れられないクロウは、本当に許容されているのかどうかすら解らず、ずっと不安だったに違いない。
 その事があって、約束を破られた事で爆発してしまった。
 怖くて寂しかった思いが爆発して、自暴自棄になって、いっそ嫌われればもう辛い思いをしなくていいとすら思って……だから、あんな風に俺を傷付けたんだろう。
 黒曜の使者の特性だって、俺のこの気持ちは偽りだと思いこませ、クロウに対する気持ちを完全になくそうと思って敢えて今バラしたに違いない。
 酷い事をすれば、嫌って貰えるんだと思って。

 ……バカだよ……。
 結局、俺がクロウを嫌いになっちまう事なんて、何一つ出来なかったじゃないか。
 俺を辱めた事も、痛みを与えた事も、俺にとっては何でもない事だってクロウなら知っていたはずだ。腕の一本ぐらいも切らなけりゃ、どうしようもなかったろうに。

 なのに……結局、クロウは出来なかった。
 優しいから、本当は嫌って欲しいなんて思ってなかったから、出来なかった。俺が「一緒に旅がしたいからいやだ」と言っただけでやめちまったんだ。
 本当に絶望して見限ってたら、そんな言葉で犯せなくなるわけが無い。
 それは自分でも解ってただろうに……クロウは優しいから、どうしても嫌な奴には成りきれなかったんだ。

「…………」

 そう、だよ。そんな風に優しいから……何も言えず、苦しんでいたんだよな。
 ああそうだ。俺がクロウの気持ちを聞かずにただ受け入れてばかりいたから、そういう不安を抱えちまったんだよ。
 どうして気付いてやれなかったんだろう。
 俺がブラックに全てを委ねる決断した事は、俺達だけの問題じゃ無かったのに。

 ……それなのに、俺は……クロウが不安になって、限界まで堪えていた事にすらも気付いてやれず、ただ受け入れればいいんだとばかり考えて……。

「ごめん……ごめんクロウ、お前とも話すべきだった。ごめんな……! お前だって二番目のオスっていう、俺達の仲間なのに……そう決めたのに、俺はそのことを軽く考えて、約束も破って、クロウの事ずっとないがしろにして……っ!」

 情けなくて泣けてくる。
 大事な奴を苦しめていることにすら気付かないなんて、仲間失格だ。
 本当なら、早く気付いてやらなきゃ行けなかったのに……!

「ツカサが謝る事じゃない……オレが、弱かったんだ……。ツカサは……オレと、旅をずっとしたいと、言ってくれた。なのにオレは捨てられるんじゃないかと思って、それが怖くて、悲しくて……ツカサはオレと一緒にいてくれると約束したのに、ツカサはブラックの事を放置できないと解ってたのに、あんな子供のワガママみたいな約束をして、自分勝手に傷付いて、お前に八つ当たりして酷い怪我をさせて……」
「クロウ……」
「怖かった……お前に、捨てられるのが、怖かったんだ……っ」

 捨てられるって、どういうことだろう。
 「また」という事は、クロウは以前にも誰かに置いて行かれたんだろうか?

 ……そう言えば、まだ俺達が二番目の雄だのなんだの言い出す前、酔って俺の事を犯そうとしたクロウが、そんな事を言っていた気がする。
 もう一人にしないで、置いて行かないでと。

 クロウが約束を破った時にあれほど激昂したのは、不安になっていた事に加えて、その過去があったからなんだろうか。
 考えて見れば、俺ってクロウの過去すらも知らないんだな……。

 ……でも、それが何だよ。ブラックの事だって知らないんだ。けれど俺はブラックの事を信用しているし、大事だと思っている。クロウだって同じだ。
 クロウの過去の事は判らないけど、言える事はある。
 言わなくちゃいけない事は有るじゃないか。

 今度こそ間違えずに、クロウの話を聞いてやらなければ。
 もう一人きりで不安にさせないためにも。

「……クロウ……本当は、どうして欲しかったんだ?」
「…………」
「話して。大丈夫だから。俺の目を見て」

 首を食んで頑なに顔を見ようとしなかった相手の頭を撫で、優しく剥がす。
 両手で大きな頭を目の前に持って来ると、まだ涙を流している不安そうな顔をしたクロウがこちらを見た。

 光を薄らと帯びた橙色だいだいいろの目は、ただ綺麗だ。涙でいっそう光ってみえた。
 ナリは魔王みたいなのに……本当に、らしくない。
 苦笑して、俺はクロウの涙を指で拭って優しく額を撫でた。

「大事だから……クロウのお願いを出来るだけ聞きたいんだ。クロウもワガママを言っていい。俺も甘えるから、クロウも甘えて良いんだ。二番目の雄とかじゃなくて、俺はクロウと一緒にいたい。だから、俺にもたくさん頼って、ワガママを言って欲しいんだよ。ブラックみたいに」
「ブラック、みたいに……?」

 橙色の目が見開かれる。
 いつもの無表情が嘘のように感情をむき出しにして目を丸くする相手に、俺は迷うことなくしっかりと頷いた。

「ブラックと同じようにして良いんだ。好きな事言って困らせて……喧嘩をしたり、言い合ったりしてさ。俺はそのワガママを時々否定するかも知れないが、だからって嫌ったりしないぞ。好きなように甘えて、文句言っていいんだよ。クロウは、俺の中でそうしていい位置にいるんだ」
「オレが……いいのか……? オレは、ブラックみたいに……みっともなく、ツカサに甘えても……本当に、良いのか……?」

 駄目な訳が無いじゃないか。
 えっちなこと散々しといて、それを許さないなんて変だろ。
 ……例えあの刺激が黒曜の使者の特性だとしても、俺は今までの事が偽りのことだとは思わない。だって、クロウに曜気を渡す前から俺は……クロウの手を、拒む事が出来なかったんだから。

「うん。ブラックみたいに、ワガママになって良いんだ。……俺は不誠実で嘘だってくし、クロウにまた悲しい思いをさせてしまうと思うけど……だけど、それでも、アンタとずっと一緒に居たいから。そう思うのは、クロウ……だけだし……えっと、その……」

 なんだか、気恥ずかしくて仕方なくて、言葉が途切れた。
 だけどクロウは目を涙でいっぱいにして輝かせ、俺を見ている。俺の言う次の言葉を期待するような目で、じっと待っているんだ。
 俺は息を吸って、煩い胸を叱咤し、そして…………クロウを見つめ、告げた。

「クロウの事が……えっちなこと、こばめない……くらい……好き、だから……」

 そう言ったと、同時。
 見開かれた目からぼろぼろと涙がこぼれて、そして――――
 また、抱き着かれた。

「オレ……ッ、おれ、は……こんな、こんな化け物……なのに……っ! おまえの、こと、たくさん傷付けたのに……っ!!」
「化け物じゃないよ。クロウはその本当の姿でも、俺の体のナカを傷付けないように力を出来るだけ抑えてくれてたし……なにより、俺の手首だって簡単に折れただろうに、それでもそうしなかったじゃないか。クロウはやっぱり優しいクロウだよ」

 背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせながら言うと、相手は鼻を啜った。
 そうして、また俺の首にしゃぶりついてくる。まるで赤ん坊みたいで、だけどそれが愛おしくてたまらなくて、俺はクロウの頭に自分の頭を寄せてやった。

「ツカサ……交尾したい……孕ませるためだけじゃない、お前と愛し合いたい、お前の体が欲しい、食べるだけじゃ無く、肉棒を鎮めて欲しい、キスがしたい、甘えたい、ブラックみたいにお前をいつも膝に乗せて弄り回したい……っ」
「クロウ……。もう、それ……全部?」

 望んでた事を言ってくれるのは嬉しいけど、交尾はどうなんだろうな……。
 いや、言った手前俺も出来るだけブラックに交渉する気ではいるけども。

「それは無理だと解っている……だが……言わせてくれ……」
「……うん。嫌じゃないから、大丈夫だよ。それに、変える努力はするぞ。とにかく関係改善の為に会議をしなきゃな。ここから出たら、三人で話し合おう。……あとさ、ブラックも、クロウの事を失いたくないって思ってるよ、きっと」
「え……」

 思っても見ない言葉に声が出たらしいクロウに、苦笑しながら俺は続けた。

「ブラックも、クロウを信用してるんだよ。それに、って思ってると思う。だってアイツさ、お前と話す時だけは結構ペラペラ下らない事も喋るんだぞ?」
「それは……あまり感じた事が無かった……だが、そうなのか……?」
「アイツのツレが言うんだから間違いないって、信じなさいよ。……だからさ、俺達にとって、クロウは本当に大事で、かけがえのない存在なんだ。約束が無くても、俺やブラックは絶対お前としたりしないから。……な」

 ぽんぽんと背中を叩くと、頭がすり寄って来る。
 いつもの、クロウだ。

「ツカサ……約束がなくなっても……ずっと、一緒にいて欲しい……」
「うん。クロウも、ずっと俺達と一緒にいよ。そんでさ、色んな所を旅しような」

 もう二度と、不安にさせない。口を噤ませたりしないから。
 そんな決心をしながら抱き締め返す俺に、クロウは泣きながら頷いていた。














 
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