異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

40.イスタ火山―解読―

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「紅炎のグリモア……ということは、元々あのマグマは黒曜の使者か紅炎のグリモアでなければ動かせなかった仕掛けってことか……」

 月の曜術師であるブラックも炎の曜術を使う事が出来るが、しかしその威力や操作精度は、やはり純粋な炎の曜術師には劣る。己の実力を信じているブラックであっても、限定解除級の中でも更に術を極めた者は、流石にあなどれないと考えていた。

 複数属性を有する曜術師にそのような弱点があるからこそ、この世界は単独属性の曜術師も一目置かれる存在として扱われているのだ。

 当然、ブラックもその定義に漏れない。
 ブラックの場合は、剣技に術を組み込んで戦うと言う独自の戦法を使っているからこそ、誰にも負けないという自信があるが、曜術自体は炎の曜術師に敵わない。火力が凄かろうが、操作精度が高かろうが、総合力では単独属性には劣るのだ。
 だからこそ、ブラックがグリモアの中でも恐れられる【紫月のグリモア】だろうが、力でごり押しされれば【紅炎のグリモア】には敵わないと断言できるのである。

 からめ手が通用しない程の力は、それだけで脅威だ。
 その力がなければ、あの炎の曜気に包まれた部屋で、マグマを動かす事は出来なかったという事なのだろう。本来は。

「…………」

 石板を手に取り、文章を読む。
 続きには驚くべき事が記されていた。

『貴方がこの場所を見つけたという事は、イスタ火山の温泉に異変が起こったという事なのでしょう。だとすれば、この制御室を見つけた貴方は幸運です。ここはイスタ火山を火山たらしめる全ての機能を制御しています。この場所を“永遠の炎の曜気”に包まれた聖地へと変貌させた我らが主の力を制御し、人々に害を与えないようにその力を割り振る、その機能がここに集約されているのです』

 その妙な言い回しに、ブラックは眉間に皺を寄せた。

 火山を“火山たらしめる”とは、どういう意味なのだろう。ここは元から火山なのだから、それを補填するような要素など必要が無いのではないか。
 それに、火山は常に炎の曜気に包まれている。だったら、変貌させる意味など無いだろう。そもそも、何がどう変貌したと言うのだ。そこまで考えて、ブラックはふと思い浮かんだ予想に顔を歪めた。

「……まさか……元々ここは火山じゃ無かった、なんて言わないよな……」

 いくら“黒曜の使者”が関わっているとはいえ、自然に存在する物を捻じ曲げるような芸当はできないはずだ。そんな事を行えるのは神ぐらいのもので……――

「…………いや……神を殺すための存在ならあるいは……」

 そう考えて、ブラックは己の予想が運悪く当たっているかも知れないと思った。
 現にツカサだって、永遠の白の皇国と呼ばれたオーデルで、自然の理を捻じ曲げて世界樹を生やしてしまったのだ。彼にこの火山を生み出すような力が有るかは未知数ではあるが、先代の黒曜の使者ならそれも可能かもしれない。
 そう、あのキュウマという男なら。

 しかし、普通ならば信じられない事だ。
 彼はツカサより少し大人びているとはいえ、ツカサとは同い年だし自分から見ればまだ若者と言う感じだった。けれども、彼が遺した装置の数々は金の曜術師が作る曜具よりも遥かに発達しており、その頭脳が並の物ではないことがすぐに知れたのだ。そんな相手なら、火山を生み出す事も可能だったかもしれない。

(ツカサ君は難しい話は苦手だしな……だけど、あのキュウマという存在は、知識が豊富なようだったから……より精度の高い能力を使えたのかも知れない)

 ツカサは直感的で自分達には思いもよらない想像力を発揮するが、あのキュウマと言う男はどちらかというとブラックと同じで、知識に基づいた正確な再現をすることが得意だったのかもしれない。
 このダンジョンの造りも、そんな性格だったと言うのであれば納得だ。

(だけど、怖いのはツカサ君の方だな……理解出来ない方向からやってくる攻撃が、一番怖い。それに、彼の想像力は恐らく無意識に術をいくつも“改変”してる。それが当然だと思っているから、何でも可能になってるんだ。細かい事は出来ないけどね)

 プレインの遺跡で謎の黒いモンスターに大群で襲われた時、彼は「海」を呼んだ。
 それを聞いた時は理解に苦しんだが、しかしツカサが自分の力以上の存在を次々に生み出し放つのを見て、ブラックは改めて彼の“黒曜の使者”の力に関心と脅威を覚えずにはいられなかった。

 ――通常、様々な要素が混ざり合っている「海」を人族が扱う事は不可能だ。
 どんな高名な水の曜術師でも、わずかな時間狭い範囲を操る事ぐらいしか出来ない。最初から塩分を有する水を生成して放つ、なんて事ももってのほかだった。

 水の曜術は「真水」しか出せない。既存の物を操るにしても、真水に不純物が含まれていればいるほど、正確な操作が出来なくなるのだ。唯の一例外があるとすれば、体内に存在する液体くらいだろう。

 どういう理屈かは今も解明されておらず、学者も首をひねっているが、水の曜術師はその意思を「治す」という一点に絞った場合にのみ、人の体内をめぐる液体を操作する事ができる。それが水の曜術師のみが医師という職に就いている理由だ。
 だからこそ、ツカサの術はおかしいのである。

 以前ジャハナムの構成員であるトルベールが使用した「酒の雨」の口伝くでん曜術とて、そのことわりからは逃れられない。あれは恐らく雨のように降らせた水に、気の付加術の【ウィンド】で霧状の特殊な酒を飛ばし、混ぜ合わせる事によって、擬似的に酒の雨という術を創り出していたのだろう。
 そう、通常は、最初から不純物のある水を出す事は出来ないのだ。

 ……なのに、彼は海を呼び出した。その想像力と、理を捻じ曲げる力で以って。

 それが現実に起こった事なのであれば、火山を生み出す事も容易たやすい。

「本当、デタラメだよなぁ……黒曜の使者の力ってのは」

 最初は敵として退治するつもりだったが、とんでもない話だ。
 もしツカサのような可愛らしい存在でなければ、血で血を争う戦いとなり大陸が粉々に割れていたかも知れない。
 出逢えた存在がツカサという愛しい恋人で本当に良かったと思いながら、ブラックは文章の続きに目を落とした。

『貴方がに仕えている者なら、このイスタ火山が“人工的に作られた火山”だという事も納得できるでしょう。ここは、あるじの力によって改良された人工の火口。故に本来は我々に御する事の出来ない溶岩も、容易く操作が出来るようになっています。全ては我々を信じて尽力してくれた、パーティミル家のため。この領地を末永く栄える土地にして恩に報いる為に。もし貴方がこの領地に仇なすつもりであれば、この神聖なる土地の主が鉄槌を下すでしょう。その事を忘れずにこの場所を使って下さい』

 ――その後は、この制御室の“機械”の起動方法が記されていた。

「……まあ、とりあえずやってみるか。ツカサ君が落ちた場所の手がかりが見つかるかも知れないし……」

 ずいぶんと仰々ぎょうぎょうしい事を言われていたが、結局は悪用するなという事だろう。
 そんな事を言われなくても、面倒な事はする気が起きない。既に欲しい物は持っているのだ。こんな領地などどうでもいい。

 やろうともしていない事を注意されるのは腹が立つなと思いつつ、ブラックは石板の指示に従い“機械”とやらを一通り触って度のような物なのかを確かめた。
 その上で分かった事は、どうやらこの“機械”は隣の源泉が存在する部屋の装置とは違い、イスタ火山そのもののマグマの出力量や周囲の環境の記録……ここではデータというらしいが、その数値なども確認出来る。なにより、源泉の説明書が記録されていたのが最も有益な情報だった。

 “機械”に記録されていた説明によると、やはりあの“源泉”は人工池の水晶が重要なようだ。アレは黒曜の使者が創造した特殊な水晶が需要で、数千年分の曜気を籠めた大層なシロモノなのだという。
 その水晶から放出された曜気が、火山の熱で温められた湯水と混ざって流れ出るという仕組みらしく、水自体も真水とはまた違うものらしい。普通の水ではないだろうとは思っていたが、それもまた黒曜の使者の創造物だと思うと寒気がした。

「とは言え……困ったな……。まさかのせいでロックってのが掛かってるとは」

 記録によると、先日「急激な曜気の減少」によって緊急停止装置が働いて、残りの曜気を守るために一時的に源泉の水晶を停止させたらしい。
 緊急停止装置は、予定外の曜気の流出を感知した時に更なる流出を防ぐために作動する機能で、安全が確認されるまで作動し続けるというが……それを解除するには、紅炎のグリモアか黒曜の使者がこの装置で命令を下さないといけないらしい。

 それ自体はまあ、いいのだが。

「…………結局これって、僕のせいってことか」

 先日、のその日付は、明らかに自分が暴走した時の日付を差している。
 ということは、この源泉の機能が停止したのは紛れもなく自分のせいで……。

「……でもまあ、いっかぁ。結果的にこの装置を見つける事が出来たんだし、それに、このダンジョンの地図も見つけたしね」

 こういう時は悩んでいても仕方がない。
 出てしまったものを悔やんでもどうにもならないのだし、それに結果的には源泉の真実を解き明かす事が出来たのだ。そう、これは言わば怪我の功名である。

 それにたった数日湯が出なくなっただけの事なのだから、大した被害でもない。
 どうせここの湯は唯一無二なのだ。元に戻れば誰も文句は言わないだろう。タダで出てるような物を利用している商人達だって強くは言えまい。

「さて、ツカサ君がいる所は……っと」

 地図を呼び出すと、装置の上方にある壁に半透明の画面が映し出される。
 そこにはカクカクとしたダンジョンの姿が浮かび上がっており、休憩室から奥の方へ行った所に隠し扉が有ると示されていた。

「ここで僕が出来る事は何もないし……ツカサ君を探した方がいいな」

 マグマを数分せき止める程度の事なら、ブラックでも出来るだろう。
 もしくは、ツカサがあの陰険眼鏡に力を与えて頑丈な木の橋を作れば、もっと早くこの部屋に到達する事が出来る。炎の曜気は、彼が蹴散らせばどうにかなるだろう。
 黒曜の使者さえ存在すれば、ここに来る方法は何通りでも考えられた。

(ほんと、ツカサ君って凄い存在だよ……)

 不可能な事すら、可能に変える。
 自分達が用途を思いつく事さえできれば、彼の価値は無限大なのだ。

 ……だが、だからこそ、危うい存在なのかも知れない。
 自分達のようなを魅了するような優しさを持っているからこそ、尚更。



   ◆



 たっぷり時間が掛かってしまったが、なんとか簡易システムを理解出来たぞ。

 すごく簡単な言葉で説明する事しか出来ないんだけど、どうやらこの簡易システムは、イスタ火山に異常が起きた際に遠隔操作できる機能が有って、特に溶岩とかが溢れてしまいそうになった時には、人のいない場所に排出したり出来るらしい。

 それに、ダンジョン内部のモンスターを排除して、あのダンジョンを緊急の避難所として解放したりする機能があったり、ダンジョンの設定なんかを色々変えられたりとか……とにかく、様々な事が出来るみたいだ。

 残念ながら源泉に関しての機能は見つからなかったけど、ここでの行動が連動しているって事は間違いないらしい。
 という事は、ここで「ダンジョンには誰でも入れますよ」と設定したら、その通りになるのかな。モンスターを排除……は流石にちょっと可哀想だから考えたいけど、誰でも入れるようになったらヒルダさんも自由に入れるようになるから良いよな。

 報告してから設定を変えないと面倒な事になりそうだから今はやらないけど、でもここを見つけられたのは大ラッキーだったようだ。

 なんせ、見取り図まで手に入れたし……それになんと! 俺達が探していた、あの“黒籠石の通路”に関係ありそうな場所も見取り図で発見したんだからな!
 フフフ、俺ってば超ラッキーボーイっていうか、怪我の功名?

 ダンジョンに帰れる通路も見つけたし、これでやっとブラック達の所に帰れるぞ。

 あ、ちなみに「セキュリティ」ってのは、あの例の変な光る球体とスライムの事だったらしく、確認してみたら侵入者撃退システムはオフになっていた。
 また来る時に厄介な事にはなりたくないので、永遠にオフっておこう。うん。
 と言う訳で、俺達はひとまずこの部屋から脱出し、紙に書き写したヘタクソな地図に従ってイスタ火山のダンジョンに戻るために移動しようとした、のだが。

「…………ハラが減った……」

 ぐぅ、とお腹を鳴らして耳を伏せたクロウが可愛……いや、可愛くない。オッサンなのに可愛いってなんだ。ええと、まあ、なんだ。腹が減ったとクロウが言うもんだから、出発はちょっと先延ばしにして、昼食を取ってから移動する事にした。

 まあ、俺もハラ減ったし、散々曜術使ってちょっと疲れたからな。
 クロウも頑張って戦ってくれた事だし、折角だからここで少し豪華な昼食を取ろうではないか。幸いここは居住スペースらしくて台所も有るしな!

 てなわけで、俺はリオート・リングから材料を取り出してお料理を開始した。











 
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