異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

34.イスタ火山―同行―1

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※すみませんちょっと短いです…あとまた遅れて申し訳ない…(;´Д`)







 
 
 ひどく、胃が痛む。

 薄暗い部屋の中で頭を抱えて、どれほど経っただろうか。

「…………」

 一人でうずくまるのは、何年ぶりだろう。
 いや、本当は、昨日もおこなった事なのかも知れない。

 だがそれを思い起こすにはあまりにもひどい頭痛がして、目を閉じた。

 ――――思い出すのは、今は見たくない姿。

 小さくて、幼くて、首なんて片手でくびれそうなほどに未成熟なのに、それでも……それでも、最後の最後で自分を縛り付けて来る……憎らしくて愛しい、思い人。
 己の狂気に触れてもなお安らかに眠っていたツカサの、そのどこもかしこも柔らかな感触を思い出して、太い指で頭の毛を掻き回した。

 思い出したくないと、自分に言い聞かせながら。

「貴方のそのお気持ち、分かりますよ」
「!?」

 部屋には、自分以外は誰も居ないはずだ。
 なのに今別の声が確かに聞こえた。

 声の方向に耳を向けて振り返ると――そこには、人型の影が立っていた。

「……な……っ」

 誰かを部屋に招き入れた覚えはない。
 いや、先程まで気配など全くなかった。人族の気配など簡単に気取る事が出来るというのに、何故今に限ってそれが出来なかったのか。

 己の迂闊うかつさに酷く羞恥を掻き立てられながらも、闇の中の存在を睨む。
 完全に黒に染まった部屋の隅から、薄暗がりの場所まで音が近付いて来る。
 その姿を見て――思わず、声がつかえた。

「……お前、は……」

 鼻下まで黒い外套がいとうの覆いをかけた、明らかに不審な存在。
 その外套の縁には金の糸で細かい刺繍が成されており、見覚えのない模様を浮かびあがらせている。こんな姿の人族など見た事が無い。
 眉根を寄せて警戒するが、相手はクスリと笑って意にも介さず一歩近付いてきた。

「お初にお目にかかります。不躾にお部屋に入ってしまい申し訳ありません」

 声が高い。女だろうか。
 だが、どこか違和感がある。
 自分の中の記憶が、この声と姿を以前に知った事があると囁いていた。

 ……何より、鼻が疼く。
 この臭いは警戒すべきだと、本能が告げていた。

「……何者だ、お前は……」
「ふふ……それは今お話する問題ではございません。それよりも、誇り高き“神王の角を持つ熊”の御子であらせられる御身に、憂いを消すための術を献上させて頂きたく……それゆえ、このような強引な手段を使いました」
「どうでもいい。消えろ」
「まあそうおっしゃらずに……。私が貴方様の真の種族を知っているのは、偶然ではないのですから」

 その言葉に、無意識に固まる。
 ……そうだ。何故相手は自分の真の種族の名を知っているのか。

「お前……」
「まあ、そう睨まないで下さい。まずは話だけでもいかがですか? ああもちろん、代価などはいりません。高貴なるお方に代価を求める事など、卑しき我々にはもっての外ですので……」

 そう言いながら、相手は深く頭を下げる。
 ……やはり、怪しさは拭いきれない。

 だが、この状況で思い悩んでいるのは事実だ。
 その事を考え、明日どうやって彼の前に出ればいいのかと思うと……どうしようもなく、頭が働かなくなって。

「…………」
「聞き流して頂いても結構でございます。さて、わたくしの話は……――」

 聞かない方が良い。
 そうは思うのに、耳は不可解な声の主の方へと向いてしまう。

 ……それもまた己の弱さから来るものなのだと思えば、情けなくて仕方無かった。



   ◆



 昨日あんだけ色々あったのに、熟睡してしまった自分が憎い……。

 そりゃ、昨日は良く歩いたし気温が乱高下したし、おまけに肩からは血がドバドバ出ちゃったけども、そういう時って逆に目が覚めたりしない?
 なのに、俺ってば何でブラックに抱かれてぐうぐう……ああもう恥ずかしい。

 朝起きたらヨダレ垂らしたヒゲぼーぼーのオッサンの顔が間近にあるし、離れようとしてもガッチリ抱き締められてて動けなかったし、おまけに、あ、朝から、朝からアホみたいに元気なのを擦りつけられて、眠いってのに押し問答になったし……。

 ……あ、あのなあっ、そりゃ俺だって朝勃ちすることもあるけど、だからって起床一番に「セックスしよっ」はナイだろ! バカか!
 こんちくしょうめ、今日もダンジョンに行くって知ってるくせに、大変になるって解ってるくせに、無駄に体力を使うような事をさらっと言いやがって。

 服を脱がされかけた所で何とか抑え込んだが、本当にコイツはどんだけ体力お化けなんだよ。昨日一番頑張ってたのアンタじゃなかったっけ。
 中年なのに朝勃ちまで出来る元気すぎるブラックに慄きながらも、俺は支度を……いや、支度をして他の皆と集合し朝食をとった。

 クロウが来てくれるか心配だったのだが、朝食には出てくれたのでホッとした。
 昨日と変わらず少し暗い雰囲気で一言も喋らなかったけど、俺と一緒に食事をしてくれたって事は、俺達と行動してくれると言うことなのだろうか。
 黙り込んでいるから何とも言えないけど……問おうにも、今は話し掛けられない。

 クロウも俺と目を合わせてくれないし、まだ話しかけちゃいけないよな。
 ……というか、話し掛けようにも、事情を知っているはずのブラックが「クロウじゃなく自分に構え」とばかりに邪魔をして来て、話し掛けられないし……。

 ううむ、おかしいな。何故こうなるのかな?
 ラスターとアドニスも俺達の行動に何か妙な所を感じているらしいけど、あえて何も言わない風に振る舞ってくれているのにな。とてもありがたいのになあ。
 っていうか、普通こう言う態度だよね。大人ならこっちだよね……?

 何故ブラックはあからさまに……いや、いい。それは置いておこう。

 とにかく、俺達はヒルダさんと合流するとイスタ火山へと再び向かった。

 【斥炎水せきえんすい】は人数分プラス予備もあるし、いざとなったら俺の新曜術もある。今回は余力も有るから、いつでも準備オッケーだ。
 ダンジョンの中のモンスターはブラックとラスターに任せておけば心配ないし、後衛のアドニスも今日は地図を作る必要が無いから戦える。これならヒルダさんを守る事など楽々だろう。……まあ、ヒルダさんもそれなりに戦えると言っていたから、俺よりは心配はいらないんだろうけどね……フフ……女性より弱そうな俺って……。

 自分の体力のなさに落ちこんでしまったが、とにかくダンジョンへと突入した。

 流石にこのダンジョンに入れる理由の説明できないから、俺がさりげなく「足元に気を付けて下さい」とヒルダさんの手を取って、彼女を最後に中へと入れた。

 昨日調べた事だが、入り口に関しては俺が軽く触れている程度でも「俺と一緒だ」と認識してくれるらしく、また、出ようとする場合には俺と一緒でなければならないという制限もなかったので、入り口の事さえ隠せればなんとかなるらしい。

 だから、こんな風にエスコートまがいの事をしたのだが……なんか俺のキャラじゃないって言うか、紳士っぽい振る舞いってやってるほうは案外照れるんだなって言うか……本当、ガラにもないことやるもんじゃないな。
 己の華のなさに泣けて来たが、それを押し隠して俺はこの場所を紹介した。

「さ、ここがイスタ火山のダンジョンです」
「ここが……。確かに人工物らしいですね……」

 貴族らしい上品な感じの冒険者ルックで、腰から細身の剣を下げたヒルダさんは、物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回していた。
 ダンジョンが珍しいというよりは、このようなシンプルな空間が珍しいらしい。

 貴族なら、こんな質素な感じの場所なんて見た事も無さそうだもんな。
 俺にとってはゲームでみたようなありがちな光景だけども、やっぱり人によってはこうも珍しい物に見えたりする物なのか。
 ……まあ、俺も貴族の洋館とか見た時はこんな感じだったけどね。

「ここから“源泉”の場所まではどのくらいありますか」

 ヒルダさんが聞くと、アドニスが答える。

「途中で休憩を挟めば、大体二刻程度です。奥へ行けばいくほど炎属性の人以外には危険な場所となるので、途中で薬を飲みましょう」
「なるほど、それで休憩せねばならないのですね。解りました……ですが、なるべく早く……申し訳ないのですが、そのようにお願いします」

 そうだよな、今のゴシキ温泉郷は、とても酷い状態になっているんだもんな。
 温泉から曜気が消えて混乱が起きているし、曜術師達も困っている。なにより……この温泉に自分の体の回復を願って来た人達が、傷を癒す事も出来ず部屋に籠りきりになってしまっているんだ。

 湯治が出来ないという事にショックを受けた人も沢山居るだろう。
 そんな人達のためにも、一刻も早く“源泉”を見て貰って、元に戻さなければ。

 ……問題は、ヒルダさんが源泉の修復を俺達に依頼してくれるかどうかだけど……そればかりは行ってみないと分からないよな。
 とにかく足を進めなければ。

 俺達は昨日のような陣形を取ると、早速奥へと歩き出した。












 
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