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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
32.言葉では伝えられない
しおりを挟む※暴力表現があります 注意 そして遅れてすみません…_| ̄|○
「あ……」
固まっている俺を余所に、クロウはドアが閉じないように手を挟むと、強引に部屋に入って来た。それをただ見つめている俺の前で、鍵をかける。
まるで、俺の事を逃がすまいとしているかのように。
けれども、後退する事も何かを言う事も出来ない。
避ければクロウは更に不機嫌になる。かといって何か気の利いた事を言おうにも、たった数時間でダンジョンでの事を整理できるほど俺は利口じゃ無かった。
どうすれば良いのかも判らず、ただクロウの顔を見上げていると……相手は表情を苦々しげに歪めて、微かに牙を見せながら俺の肩を掴む。
いつもなら加減してくれるのに、今のクロウはそんな事など関係が無いのか、それとも俺の事まで考える余裕がないのか、爪を立て骨が軋むほどに力を籠めて来た。
思わず顔を歪めた俺に、冷たい声がかかる。
「怖いか」
……こわい。ああ、そうか。俺……怖い、んだ。
クロウが本気で怒ってるのが、不機嫌なのが解る。だから、何をされるか怖い。
怒り以外の何の感情も読み取れないから、怖くなってしまってるんだ。
「怖ければどうする。拒否するのか」
そう言われて、ハッとする。
クロウは俺が約束を破ったり、勝手な事をした事に怒っていた。だとしたら、ここで俺が拒否反応を示すと余計にクロウを怒らせてしまうはずだ。
それに、クロウは「命令に従え」と強引に約束させた。もう今度こそ約束を破る訳にはいかない。だけど……何を命令されるのか……。
「オレがそんなに嫌か、ツカサ」
「ッ……! ち、違う! そうじゃない!」
それだけは有り得ない。
咄嗟に反応した俺に、クロウは冷たく細めていた目を解く。
意外な答えだったのかよく分からないが、俺は解って貰いたくて必死に反論した。
「クロウが……怖いんじゃ、ない……」
「だったらなんだ」
いつもみたいに優しい口調じゃない。声だって厳しくて、泣きたくなる。
でも、俺は……知っている。その怒りは、俺がプライドを捨てて本音を吐き出さなければ収まらないものなのだと。そう、ブラックから学んだんだ。
……だったら、ちゃんと言わなければ。
ごくりと唾を飲み込み、俺は緊張でぎこちなくなった声を発した。
「怖い、のは、本当……。だけど、それは……他の人を巻き込んで、俺の……その、恥ずかしい、ところを見られて……俺が、失望されて……みんな、離れて行くんじゃないかって、思って……」
「…………オレが怖いという訳ではない、と?」
不機嫌そうな声に、頷く。
嘘偽りのない情けない本音だ。決してクロウの事を怖がっているんじゃない。
俺は弱いから、そうなった時の事を考えてしまう。だから、クロウの命令を恐れているんだ。クロウから離れたいなんて思っていない。それだけは解って欲しかった。
クロウに、俺の考えが伝わると信じて。
だが、クロウの表情は――――穏やかになるどころか、深い怒りに染まっていた。
「クロ……」
「お前は……っ、そんなにオレの事などどうでもいいと言うのか!!」
「――――!!」
獣の咆哮にも似た、声。
怒鳴られて、息が止まる。
一瞬なにを怒られているのか解らなくて、俺はただ瞠目する事しか出来なかった。
――――クロウの事が、どうでもいい?
なんで。俺、そんな話してない。そんな事これっぽっちも思ってない。
怖がってる理由を話しただけだ。クロウの事をないがしろにした覚えなんてない。
なんで、なんでそうなる。言葉を間違えたのか。どうして?
「お前はいつもそうだ……自分より他人、他人他人他人!! だが相手の事など一度も見てはいない、お前が見るのはあの男だけだ!! 何が“他の奴を心配している”だ、人の気も知らないで勝手な事ばかりして、挙句の果てにオレすら……っ」
怒り狂う猛獣のように、顔は歪んでいる。
「クロウ……」
涙なんて、流してない。
なのに、どうして泣いてるように見えるんだろう。
「お前は……っ、卑怯者だ……!!」
酷い言葉。だけど、どうしてもそれは詰るような言葉にしか聞こえない。
心がとても痛い。クロウの言葉が胸に刺さって、息が止まりそうだった。
……まただ。また、言われてしまった。
カスタリアで、エメロードさんに同じような事を言われた覚えがある。あの時も俺は「他人の思いなど一つも解っていない」と叱責された。
人のことを想っているようで、自分の考えに固執しているだけではないのかと。
だから俺は、ブラックの事をちゃんと見ようって思ったんだ。
独りよがりの考え方だけじゃなくて、ちゃんと相手の思いを聞こうって。何を聞かされたとしても、相手を受け入れる覚悟でいようって考えたんだ。
でも俺は、まだ……未熟だった。
ブラックの事すら解らなかったのなら、他の奴がどう思ってるかなんて分かるはずが無いじゃないか。クロウがどう思っていたかなんて、尚更……。
ああ、そうか。
俺、思ってた以上にクロウに負担をかけて、苦しめてたんだ……。
「…………ごめん、クロウ……」
謝っても、クロウは応えてくれない。そんな事は解ってる。
どんな言葉を言っても今のクロウは納得してくれないだろう。
クロウの心の痛みを、俺は知らない。当然だ。俺はクロウじゃないんだから。
俺がどれほど彼を苦しめたのかも俺にはきっと理解出来ない。
何も、知らないまま……解らないままで言葉を重ねたって、解決しないんだ。
だから。いや、だったら……もう二度と理解しないままで居たくない。
理解して、それでも決別してしまうのなら、それはきっと俺が不甲斐なかったからだろう。けれど、それで終わると思うなら、俺はクロウの事をそこまで大事に想っていなかったという事になるのかもしれない。
だから俺は、終わりたくない。
そんな未来は、もう二度と想像したくないから。
「クロウ」
今俺に出来る事は少ない。クロウの事をまた怒らせてしまうかも知れない。
けれどもう、ぶつからないままで誰かを失うのは嫌だ。
だから。
「…………話して」
痛いくらいに肩に食いこむ手に、頼りない自分の手を乗せる。
クロウは俺の言葉に大仰に反応したようだが、きっと意味を取り違えたのだろう。
その間違いを正すために、俺は真剣な目でクロウを見上げた。
「クロウが嫌だったこと、苦しかった事、全部話してくれよ。卑怯者だって思った事も、全部話して欲しい。もちろん命令は聞く。……だからこそ、聞きたいんだ」
俺のその言葉に、クロウが大きく動揺する。
「ッ……どうせ、ツカサは……オレの事など、もう、どうでも」
「どうでもいいなんて思わないよ」
「嘘だ、お前は……」
「……ああ、そうだな。俺は、クロウの優しさを踏みにじった。謝っても許されないほどクロウを傷付けてしまった。だから、俺にはクロウが許してくれるような事すら出来ないのかも知れない。……だけど、解らないままで居たくないんだ。……前にも言ったけど、俺はクロウとずっと一緒にいたい。約束だけじゃなくて……」
約束だから一緒にいるんじゃない。
俺が、クロウとずっと一緒にいたいから、話して欲しいんだ。
そんな、何度目かの変わらない本心をいおうとした。
――が、クロウは唸りながら首を振って否定する。
「そんな事を言って、お前はまたオレを突き放すんだろう!? 煩い、うるさいうるさいうるさい!! もういい、もう、オレは、オレは……!!」
「クロウ……っ」
「煩いと言っている!! 話してどうなる、話したらお前は理解してくれるのか!? オレに抱かれてくれるとでもいうのか、食われても良いと言うのか!!」
「ッ!!」
叫びながら、クロウが俺を突き飛ばす。
思った以上に体が浮いて、俺はそのまま床に叩き付けられた。
「ッグ……!!」
痛みで体が一瞬硬直する。その隙にクロウは俺に乗っかってきたのか、その重さに体が軋んだ。遠慮が無い。いや、遠慮などはなからしていないのか。
呻く俺に構わず、クロウは俺のシャツの襟口を掴む。
「最初からこうすればよかった……」
びり、と音がして、急に肌に冷たい空気の感触が襲ってくる。
目を見開いて自分の体を見やると、そこにはシャツを破かれ露出した俺の上半身と、それをどこか他人事のような目で見つめているクロウがいた。
「クロウ、なに……」
「結局お前はブラックを一番に考えて行動する。そこに約束の効力など無い。なら、オレは何を鎖にしてお前を繋げばいい? オレはお前にとってなんなんだ……?」
「あ……っ!」
胸にクロウの手が滑る。
思わず声を出した俺に反応したのか、相手は俺の胸部を女の胸を掴むように強引に掴んだ。そんな事をされても、胸のない俺には痛いだけで。
肌に皺を作るほど強く掴まれた事に思わず唇を噛んで耐えた俺に、クロウはどこか悲しげな声を零した。
「お前はオレに体を触れさせるが、受け入れることは無い。それもブラックの為だ。オレは一生お前に受け入れられることなど無い……だったらあの時、お前に嫌われておけば良かった。そうすれば、みじめな思いなどせずに済んだのに」
「っ……く……っ!」
叫んではいけない。強くそう思った。
それに……これは、俺に向けての言葉ではないという事も。
「痛いだろう。嫌ではないのか? オレに触れられるのだって、いつも嫌だったんだろう? だったら正直に言え、正直に言っていい。ブラック以外に触れられたくないと、ハッキリ言え……!」
「あ゛っ、ぅ゛……ぅぐっ、く……っ!」
痛い。クロウは本気で俺に「嫌だった」と言わせようとしている。
俺に辛い思いをさせる事で何もかもを終りにしようとやけになっているんだ。
だけど、そんなを事させる訳にはいかなかった。
――クロウは、嫌われたがってる。その方が、今よりずっと楽だからだ。
俺を嫌いたくても、嫌えない。俺を悲しませるような事も出来ない。ブラックから無理矢理奪ったって……俺はアイツの恋人で居続けようとする。そんなの、クロウが辛くなるだけだ。どんなに優しくしても、俺の心は変わらないからな……。
だから、俺に罵声を浴びせて、威圧して、痛い事をして、嫌われようとしている。
俺が嫌がると思ったのだろう酷い暴力を見せつけて、前から嫌っていたと無理矢理言わせようとしているんだ。
でも、それで嫌えるほど、俺は弱くない。クロウが俺に真っ正直に鋭い言葉を投げつけても、拒否する事なんて出来なかった。
例え、犯されるかもしれないと言う可能性がちらついていたとしても。
「正直に言え!!」
怒鳴る声が、鼓膜を破りそうになるくらい頭を震わせる。
胸を掴む手の甲には血管が浮いていて、クロウは辛そうに顔を歪めていた。
……攻撃しているのはお前なのに、お前がそんな顔してどうするんだよ。嫌悪しろと命令するのなら、そんな顔しちゃいけないだろうに。
どうしてアンタは……こういう時にしか、素直に吠えてくれないんだろう。
無鉄砲に飛び出して、人の心配ばかりして自分を大事にしないで、クロウを置いて行って……たくさん、アンタに迷惑をかけたのに。
気を使ってくれる事に礼を言う事すら忘れた俺達に、怒っても良かったのに……。
「……きらい、に……ならない……から……っ」
「っ……?!」
「……俺、頑張るから……っ、クロウ、の、理由……きき、たぃ……ッ」
嫌うわけが無い。クロウは俺にとって、かけがえのない存在だ。
ブラックと俺の関係を認めて、止めてくれる仲間で、俺が全幅の信頼を寄せられる存在。俺にとって、ブラック以外で唯一触れられる事を許せる……特別な、人。
だからこそ、クロウを拒絶する事なんて、クロウに望まれたって出来なかった。
「っ、ウ゛……うぁ、あ゛……っ、嘘、だ……嘘だ!! どうせ捨てる、お前もオレを捨てるんだ、一人にする、もう嫌だ、嘘なんていらない、いらない!!」
クロウの顔が子供の泣き顔のように歪んで、大人とは思えない言葉で拒絶する。
俺が受け入れた事実を受け入れられないかのように叫ぶその姿は、まるで目の前の事象を理解する事を拒むかのようだった。
「クロウ……っ」
「これでもお前はオレを受け入れるのか……!!」
クロウの口が、大きく開く。
その口内に鋭い牙を見つけて、一瞬。
「――――!!」
クロウは思いきり、俺の肩に牙を突き刺して噛みついた。
「っ、あ゛ッ――!! ぃ、ぎっ、ぁ、あぁ゛あ゛……!!」
肉を貫かれる痛みが、体をガクガクと震わせる。
痛い、肩が引き千切れそうな強い衝撃が来て、涙があふれて来る。喉が引きつり、叫ぶ事も出来なくなって、俺はひたすら呻いた。
だが、クロウは俺の肩に食い付いたまま離そうとしない。
首が、濡れる。自分でも肉が千切れて血が流れる感触が解る。
痛みが酷くなれば分からないと思っていたのに、色々な物が体から失われる感覚は、考えていた以上に鮮明に俺の脳を駆け廻っていた。
痛みが、俺の体中を混乱させて、息すらも荒くしてしまっているのに。
「――ッぁ゛、あ゛、ぐ……ぅ、う゛ぅ……――――~~~……!!」
でも、押しのけられない。
無理なんだよ。
手が、勝手に動くんだ。
あんたが、泣くから。俺の事を傷付けているくせに、あんたが……泣く、から。
だから、俺の手が、頭が、勝手に、痛みで混乱しているのに、クロウを。
クロウの、震えている背中を……抱き締めて……――
「――――!?」
「ぎッ、ぁ゛……!!」
手がやっとクロウの背を捕えた。そう思ったと同時、クロウが大きく体を震わせて、俺の肩から思いきり飛び退いた。
その途端に血が周囲に散って、俺は大きく痙攣する。
抑える物が無くなった傷からは血が勢いよく流れたが、俺は痛みを堪えて、クロウの方を見る。と……涙をぼろぼろと流しながら、クロウは俺を見返していて。
それこそ、何か信じられない物を見るような目だった。
「く、ろう……」
「う……う、ぁ……」
自分で傷つけた癖に、手が俺を心配するかのようにこちらに向けられている。
それは間違いなく、クロウが正気である証拠だった。
「だい、じょ……ぶ……だから……。治る、し……」
そう。俺の体はそういう体だ。傷なんて、すぐに治る。
回復薬だってあるんだ。この程度の傷、クロウが気に病む事は無い。
心配させたくなくて必死にそう言うと、クロウは怯えたように顔を歪めて一歩俺に近付いた。さっきまで怒っていたのに、えらい違いだ。
ほら、やっぱりな。クロウは優しい……いや、優し過ぎるんだよ……。
「つ……ツカサ…………」
「して……いい、から……。怒って、いい……嫌いに、なったり、しない……」
血が抜けたせいかフラフラする。
意識が途切れそうになって、俺は必死にクロウに訴えた。
悪くない。アンタは何も悪くないから。
俺だって孤独を味わったはずなのに、気付いてやれなかった。
クロウの優しさに甘えてクロウの思っている事を真剣に聞こうとせず、受け入れる事だけを言い続けていたのが、悪かったんだ。
言葉ではなんだって言えるって、俺だって散々解っていたはずなのに。
なのに俺は……クロウに甘え過ぎて、その事を失念していた。
そのせいで、約束を破った事が引き金になって、クロウの抑えていた激情が溢れてしまったんだ。元々、いびつでいつ爆発してもおかしくない関係だったのに。
だから、不安になったって、やけになったって、仕方ない。仕方なかったんだ。
クロウは悪くない。だから俺は、絶対にその事で責めたくなかった。
――だって、俺も…………自分一人で考えすぎて、迷惑をかけたから。
仲間外れになって、一人になった時の気持ちは解るから。
だから、もう、無理しなくたって、いいんだ。
「ツカサ…………」
クロウの心配そうな顔が見える。だけどもう、ちょっと、眠いや。
「ごめ……ちょ、と……ねる……な……」
……それにしても、あんなに弱さを見せてくれるなんて……思わなかったな。
少し眠ったら、ちゃんとクロウの話を聞こう……。
そして起きたら、今度は「大丈夫」って言うだけじゃなく、クロウに我慢しなくていいって、ワガママを言ってもいいし、怒りたい時は怒っていいって言うんだ。
そんな事で、あんたを一人にしたりしない。
今度はちゃんと話を聞いて、そう言ってやる。
アンタがもう不安にならないように、ちゃんと伝えるから。
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