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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
30.イスタ火山―発見―
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ダンジョンといってもピンからキリまである訳で、高レベルの冒険者が低レベルのダンジョンに入ったってそりゃあ面白くなんてない。
雑草を切って捨てるようなもので、ブラックとラスターは索敵を行いながらも、徐々に多くなってくる蜂やらトカゲやらを涼しい顔で次々に蹴散らしていく。敵も次第に「こいつらに関わったらヤバい」と学んだのか、同属の体液や血の臭いを感知したらすぐに逃げ出してしまっていた。
……つまり、中衛後衛の俺達はまるで出番がない。
熱いねえと言いながら、雑談をするぐらいしかやる事が無かった。
まあ良いんですけど。良いんですけどね、なんかこんな観光気分でいいんでしょうかね。冒険小説なら、ダンジョンってだけですげー盛り上がる展開なのにな……。
とは言え、あの“星の終わり”と呼ばれるユーハ大峡谷みたいに、激強のモンスターがうじゃうじゃ潜んでいる場所でサバイバルしたいかと言われると、それはちょっとご遠慮したい。俺のチート能力は戦闘向きじゃないんだ基本的に。
いや、戦えはするけど、規模がやたらとデカいのでダンジョンでは不向きというか、地形条件が有る全体攻撃みたいな……俺自身小規模な攻撃が出来るかどうかはちょっとよく分からない。普通の術に乗せるのはなんとかなるんだけど、黒曜の使者の術のみでやるってのはどうなんだろうな。
うーん……まあ考えていても仕方がないか。
ごちゃごちゃと思考を捏ね繰り回している間に、もうダンジョンの一番奥に到着しそうになってるみたいだし……。
しかし、本当にじわじわ熱くなるな。
【斥炎水】を飲んでるから今の所は「気温が高い」という感覚しかないんだけど、ブラックが言うには「炎の属性に耐性が無かったら、今頃は気を失ってる」くらいの炎の曜気がこの場所には漂っているのだそうで。試しに視てみたら、目の前がサーモグラフィーかってレベルで赤くてなんだかもうよく分からなかった。
俺の“曜気を見る能力”は、どうやら曜気が濃すぎると視界が染まってしまい、一色にしか見えなくなってしまうらしい。
ブラックが多い少ないを判断できるのは、やっぱり長年その曜気と触れ合って来たからなんだろうな。こういう時に専門職って奴の強みが分かるわ。
俺的には無敵感が有る万能職がいいなと思ったりするんだが、やっぱ細かな違いが判る大人の男ってヤツを演じるなら一点突破がいいよなぁ……うーん、万能か突出か難しい所だ……。ゲームのキャラメイクでもかなり迷うよなあ、これ。
「そろそろ火口のマグマだまりくらいの曜気の量になって来たね。この辺りになると、もうモンスターも出ないんじゃないかな」
「え、何で?」
餌が豊富なら、入り浸ったりするもんじゃないの?
思わずブラックに問いを返すと、相手は振り返りながら剣を軽く振った。
「ツカサ君は、満腹になってもずーっと目の前に大量のご馳走が置かれてて平気?」
「え……うーん……そのまま置いてたら勿体ないし、保存したいかな……」
「そういう家庭的な答えじゃなくて……もう見るのも嫌って思うでしょ」
なるほど。そう言われてみればそうだな。
大好きなスナックでも、いずれは「今日はちょっともう良いわ」ってなる時が来るし、そう言うのはモンスターでも同じわけだな。ずっとごちそうが出て来るってのも確かに視覚的にも嗅覚的にもキツいかも。
俺が母さんに一週間ポトフ喰わされたのと一緒の気分か。そりゃ嫌だわ。
「モンスターでも食べ物を嫌がるもんなんだな」
「うん。それに、過ぎた曜気は体の発火を招く恐れもあるからね。体内に水を宿している人族などの種族や、曜気を操る存在なら耐えられるけど……モンスターは曜気をエサにする事は有ってもソレを扱う事は出来ないから、食べ過ぎは毒なんだ」
あ、そっか……モンスターの技って曜術じゃなくて「特殊技能」なんだっけ。
要するに魔法は使えないし、自分の属性以外の攻撃は出来ない。だから、曜術師は弓術などの遠距離物理攻撃を覚える必要が無いし、前衛も敵からの大仰な魔法を警戒したりしないで済むんだっけ。つまり、搦め手を気にする必要が無いから筋肉で特攻する戦法でもオッケーってワケで。
だけど、曜気を食べるなら、曜術も使えて良さそうなモンなんだけどなあ。
相変わらずこの世界は法則がよく分からん。
ブラックの気楽な声に応えつつ、俺達はずんずんと奥の方――ブラックが「こちらにより多くの曜気を感じる」という所へ進んでいく。
先程の“説明書”を読んだからなのか、はたまた曜気の濃度で最深部を感じているのか、ブラックは迷うことなく通路を進んでいく。時折曲がる事はあったが、他はほぼ直進だった。心配はしてないけど……罠もないなんて、やっぱ変なダンジョンだ。
こういうタイプのダンジョンって、最奥部にも罠が出てきたりするんだけどなあ。
レトロゲームに毒され過ぎてるんだろうか俺は。
いやらしい罠を期待している訳ではないので、何も無ければそれでいいのだが。
そんな事を思いながら敵の出てこない道を歩いて行くと、前方が妙に明るくなってきた。それと同時に周囲の温度がまるで真夏のようにじりじりと熱くなってきて俺達は思わず手で煽いだり服をぱたぱたと浮かせた。
【斥炎水】を飲んでいるにも関わらずこれほど熱さを感じるのなら、普通の人間だったら間違いなく失神してしまっている事だろう。
ふと見ると、普段はどんなに暑かろうが汗一滴かかなそうなアドニスですら、薄らと汗を滲ませている。クロウとラスターも気が付けばダラダラと汗を流していた。
ブラックとリオルは平気だし、俺もそんなに汗をかいてないのに……これが耐性の差ってやつなんだろうか。ブラックは炎の曜術師でもあるし、俺だって曲がりなりにも黒曜の使者だからな。あれ、でもなんでリオルは平気なんだろう。
「リオルは熱くないのか?」
「あーね、俺は魔族だからな。モンスターと一緒にされるのはシャクだけど、曜気は魔族にとってもメシになるし。魔素を振れば多少は熱もなんとかなるしな~」
そっか、魔族は魔素がないと生きられないんだっけか。
魔素ってのは物を腐食させる原因にもなる存在らしいけど、魔族が「魔術」を使うのに必要でもあるとかなんとかブラックが言っていたような……。
とにかく、あれだな。吸収能力がある奴は平気なんだな。
にしても他の三人は酷く熱そうで、何だか可哀想になってきた。
「みんな大丈夫か……?」
「どうやら【斥炎水】でも対応しきれないほどに、炎の曜気が満ちているようですね……。調合の時、濃度を濃くしておけば良かったかもしれません」
「大丈夫だ……」
「クッ……こんな熱さ、完璧美麗極まる俺に防げないはずが無い……っ」
ラスターお前こんな時まで虚勢を……あっぱれというかなんというか。
うーん、しかし本当に苦しそうだ。ブラックは心底白けた顔をして「放っておけばぁ」なんて酷い事を言っているが、そう言う訳にもいかないだろう。
しかしここは風も無く、炎の曜気が蔓延していて熱く……熱……熱か……。
「あっ、そうだ。これならどう?!」
「ン……?」
ぶっつけ本番だけど、まあ俺に出来ない事は無いでしょう。
俺は自分の掌の上に竜巻が巻き起こるようなイメージを作りながら、そこにあの術を溶け込ませて「きらきら光る青い光」をイメージに加えた。
視認できない存在は想像しづらいけど、これなら脳内でイメージしやすいしすぐに発動できるだろう。掌に浮かぶ青の光を散らした渦が、周囲にゆっくり広がっていくように考えながら、俺は呪文を口にした。
「我らを炎の災いから守りたまえ……――【リオート・ウィンド】……!」
俺達の周囲に風がいきわたるように、冷たい風がみんなを癒すようにと考えながら竜巻を広げる。すると――俺達の周囲に一瞬ドーム状の風の壁が出来て、キラキラと光る青の粒子がスノードームのように降り注ぎ始めた。
「おお……これはなんと清涼な風だ……!」
ラスターの綺麗な金色の髪が靡いている。
クロウの熊耳も風を感じて毛がふわふわと動いており、アドニスもホッとしたように目を細めて、風を感じ取っているようだった。
よかった、何とか成功だな。それにしても涼しい。クーラーいらずだなこれは!
「ツカサちゃんこれなに? なにやったの!? すげー涼しーじゃん!」
「ふっふっふ、これが俺の実力って奴よ」
「いや、驚きましたね……氷の術をこのように曜術に組み込んで使うなんて、妖精達でも思いつきませんよ。さすがは黒曜の使者……いや、これに限っては、君の知識と想像力の賜物なのでしょうね」
やだなあアドニスったらそんなに褒めんなよ。照れちゃうじゃないかゲヘヘ。
「俺って凄い? 凄い? えへへ」
「さすがは俺のご主人様っ、凄いぜツカサちゃーん!」
「おい勘違いすんなよツカサ君のご主人様は僕だからな!!」
「意味が違う!!」
ていうかこの場にいる誰もそんな勘違いしませんてば!
何言ってんのアンタ、つーか敵がいないからって抱き着いてこんといて!
「と、とにかく先に進もうぜ。初めて発動させた術だし、どこまでもつのかは俺にもよく分からないんだ。行ける所まで行くのが先だ」
「ム、そうだな。早く確認して帰るぞ」
これにはクロウが同意してくれたが……やっぱ、いつも通りにしか……見えない。
…………か、考えちゃ駄目だ。
今は普通に、普通にしてるのが一番なんだろう。きっと。
さあ早く最深部に向かおうではないか。
ブラックに引っ付かれて機動力が落ちながらも、熱による体力減退の効果が無効になったのが効いたのか、それからは無事に進む事が出来た。
モンスターも罠も無く、更には熱さも乗り越えた俺達は会話をする余裕も出来て、今が何時頃かなあなんて他愛ない話をしていたら――ついに、この眩しい光と熱の元であろう最深部に辿り着く事が出来たのだが……。
「ここは……なんだ?」
「分かれ道ですね。二つに一つの」
そう、アドニスが言った通り、最深部にはエレベーターホールのような広い空間が有り、目の前には二つの石の扉がズンと立ちはだかっていたのである。
「どっちか罠だったりする?」
訊くと、ブラックは首を振った。
「そんな感じはしないねえ。まあ、強いて言うなら……左の扉が一番曜気が強いかな。この熱さの原因は、もしかしたらそっちに有るのかも知れない」
「だったら先に確認してしまえばいい。今はツカサの術で熱さを防いでいるからな」
うむうむ、アイテムの効力が有る内に確認して置くのは定石だな。
全員がラスターの提案に同意し、石の扉に罠が無いかを慎重に確認してから、試しに扉のドアノブらしきでっぱりの部分に触れてみると。
「っ……!」
ガコン、とどこかから音がして石の扉が奥へと引っ込み、横にスライドする。
そうして、完全に見えなくなってしまった。
仕掛けが動くってことは、やっぱダンジョン自体は生きてるんだな。だとすると……もしかしたら、この異常な炎の曜気の量も、ダンジョンの機能によるものかも知れない。だけどここは一体何を目的として作られた場所なのだろうか。
俺だけに反応するってのも謎だしなぁ……。
しばし考えてしまったが、そんな時間は無いと思い直して俺達は部屋に入った。
と……――――
「うわ……な、なんだここ……?!」
だだっぴろい空間に広がるのは、五つの大きな輪。
それらは内部に水を湛えて、薄らと別々の光を灯している。
赤、青、白、橙、緑……あれ、これってもしかして……曜気の色……?
「……人工池にかなりの量の管が繋がっているな……もしやここは、“源泉”と何か関係が有るのではないか?」
ラスターの言葉にハッとする。
そうだ、そうだよ。水に含まれる五つの曜気。それはまさしくゴシキ温泉郷の温泉じゃないか。そう考えればこの施設にも幾分か納得がいく。
だけど……ここは“源泉”にどんな関係が有るんだ。ていうか、この施設なに?
俺としては釣り堀とか養殖池とかにしか見えないんだけど、他に何か用途がある物なのだろうか。ううむパッと見じゃどんな施設か判らない。
ブラック達も困惑しているようだったが、一息おいて真面目な顔で気合を入れた。
「よし、じゃあ……ま、調べてみようか。ここに何かがあるのは確かみたいだしね」
そうだ。何が有るのかは分からないけど、何かは確実に残されている。
願わくばそれが源泉と何らかのかかわりが有ればいいんだが……。
そんな事を考えながら、俺達はこの謎の施設を調べるために動き出した。
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