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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
29.イスタ火山―小休止―
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「へ~……これ、フレッテン語……かな? 文字は違うけど」
「フレッテン……それなら俺も聞いた事が有る。神話時代に使われた文字だな」
三方の壁にぎっしりと文字が刻まれている、狭い部屋の中。
青の光に照らされて浮かび上がっている文字を見上げ、ブラックとラスターが話し合う。普段は仲が悪い二人だけど、こういう物を調べる時は存外馬が合うらしくて、悪口合戦は暫く始まる事は無さそうだ。
それにホッとしながら、俺は少し離れた場所からブラックに問いかけた。
「なんて書いてあるか、分かる?」
「うーん……。少し時間をくれるかな。この文字もフレッテン語と文法が同じみたいだから、この場でなんとか解読してみるよ。未知の言語だけど、解けない事は無いと思う。ぱっと見で分かる単語もいくつか有るしね」
「未知の言語か……興味深い。おい中年、この聡明で類稀なる頭脳を持つ俺も解読を手伝ってやろう。この国の言語であるなら、俺の知識も必要になるぞ」
ラスターの自画自賛な台詞に、ブラックは「ケッ」と吐き捨てあからさまに嫌そうな顔をしたが、しかし知識は必要だと思ったのか渋々部屋に残る事を許したようだ。
そのまま狭い部屋に五人もいるのは邪魔だと思ったので、俺達は泉の所へと戻って解読を待つ事にした。もちろん……クロウも、一緒に。
「…………」
あれから、心臓が握り締められてるような苦しさを感じる。
クロウに「言うことを聞く」と約束して、後処理という名のもとに色々なところをたっぷり舐めとられてから、俺達は泉に戻ってこの部屋の事を四人に伝えたのだが……俺の心はモヤモヤとした言い知れない感情に苛まれていた。
別に、クロウに対する拒否感は無い。俺にとってクロウはもう失えない存在だし、自分自身それを自覚しているから。だけど……あの時の苦労を思い返すと、体の芯が冷たくなるような感じがして、手足が痺れるようにぎこちなくなってしまう。
クロウに視線を送られているのが解る度に、体が強張った。
それもこれも……あの「誓い」をさせられてしまったからだ。
――クロウの言う通りに、どんな言うことでも聞く。
リオルに自分の姿を見せたくないばかりに勢いで約束してしまったが、今考えると恐ろしい以外の何物でもない。もしブラック達を巻き込むようなことを命令されたらと考えると、どうしても胸が苦しくなって体が冷たくならずにはいられなかった。
クロウが嫌なんじゃない。むしろ、嫌われなくて良かったと思う。
だけど……そうすることで、こちらの事情を知らないラスターやアドニスに失望の目を向けられたらと思うと、怖くて仕方がない。なにより、こんな事を嫌悪しているリオルに知れたらどうなるか解らなくて、考えようもなかった。
次に何を望まれるのかと考えたら、何かを思うよりも震えが先に来て、どうすればいいのか解らない。ただ、他の人にこの事を知られるのが怖かった。
…………自分が蒔いた種だって事は、自分が一番分かっている。
今はクロウの望むままに応えなければいけないと解っていても、クロウが何を望むのかを考えただけで涙が出そうになって、情けなくて悔しかった。
だけど嫌えない。どうしたって、クロウの事を嫌だとは思えないんだ。
クロウが俺を許してまた前みたいに一緒にいてくれるのなら、それ以上に嬉しい事なんてないと思っている。……嫌いになんて、なれないんだ。
けど、俺はどうしても……他のみんなが俺に失望するんじゃないかと思うと、怖さを振り払う事が出来なかった。
そんな風にビクついていたら、クロウが不機嫌になるのは解っているのに。他人の事を考えてクロウの事を考えない事が、一番いけない事だって解ってるのに。
でも、どうすりゃいいんだよ。クロウの事だけ見てればいいなんて、そんなの自分に自信が有って何も失う物が無い人にしか実行できないだろう。
もしクロウの怒りが解けて許して貰えても、その時俺の周りにいた人たちが消えていたらどうなる。俺はそれを「仕方がない」なんて割り切れるのか?
そんなワケがない。失望して去った相手が大事な存在であればあるほど、心の痛みは酷くなるはずだ。クロウが一生傍にいてくれたとしても、俺は一生その過去を引き摺り続けるだろう。自分の過失で相手を失う事の悲しさは、消える事なんてない。
ブラックやクロウとは少し違うけど、それでもラスターもアドニスもリオルも俺にとっては大事な存在だ。失いたくない、大事な仲間だった。
だからこそ、怖いんだ。怖くて仕方が無い。
一人になるとは思っていない。だけど、相手に失望され縁を切られたのなら、相手は俺の事を一生「失望した相手」と思い続けるだろう。
俺は、その人にとっての汚点と言える存在になるかもしれない。
大切な人にそう思われると考えたら……――どうしても、クロウの事だけを考えて命令に従う事なんて出来なかった。
いやだ。
もう、誰かに失望されるのも、さよならされるのも、嫌なんだ。
誰も失いたくない。自分を見放して離れて行く人を作りたくない。
かつての大事な人にそう思われるんだと思うと、胸が痛くて仕方が無い。
嫌われたくない、怖い。……怖いよ。
どうしたら、いいんだろう……。
……だけど、考えたってどうしようもない。
俺はただ、クロウに何を言われるか待つ事しか出来なかった。
ブラックに相談する事も考えたけど……クロウは、誓った内容を誰かにバラせば、「二度と会わない」とまで言い切ったんだ。
そんな事を言われたら、もう、何も言えなくて。
結局、俺は……黙って震えている事ぐらいしか、出来なかった。
こんな事じゃ駄目だって解ってるのに。
でも、今は、さっきされた事が尾を引いていて、自分とクロウの事に関しては冷静に考えられそうになかった。
「ちょっと時間かかっかなー、ツカサちゃん」
隣から、リオルの声が聞こえる。
「ツカサちゃん? どうしたんだよ、なんか元気ないけど……」
「っ、ぁ、な、なに?! ごめん、ちょっと考えごとしてたんだ。で、何だって?」
慌てて取り繕い、いつものように明るく返すと、リオルは首を傾げながらも先ほど言ったことを繰り返した。
視界の端で、クロウが俺の事を見てる。きっと、さっきの事を俺が話すんじゃないかと思って見張っているんだ。
だったら、尚更明るく振る舞うしかなかった。
「えっと……ブラックの事だから、そんなに時間はかからないと思うけど……」
「ツカサちゃん、ブラックのダンナのこと信用してるんだねえ」
「まあ、そりゃ……アイツはこう言うの凄く詳しいし……」
今までだってその知識を大いに奮ってくれたんだ。今更疑う事も無かろう。
プレイン共和国の遺跡でも、以前見た事が有るという古代言語をすぐに思い出して解読し、使いこなしちゃったんだもんな。これで信用しないなんて有り得ない。
ブラックはそう言う所は大人らしくて凄いんだからな。
当然の事だろうと頷いた俺に、リオルは苦笑した。
「ほんとツカサちゃんはかわいーなー」
「な、何だよ。何が可愛いんだよ。普通の事しか喋って無かっただろうが」
「なんかさーもう、本当無防備って言うかさぁ……お兄さんは心配ですよもう」
ええいやめろ、抱き着いて来るな!!
あ、でも、ちょっと安心しないでも……いやチャラ男に抱き着かれて安心するって何ソレ。俺混乱しすぎて感覚まで接触不良起こしてるんじゃないの。
でも、正直…………そうやって抱き着いて貰うと、不思議と心も落ち着いてきて、さっきまでの怖さが和らぐような感じがして。
……リオルが居てくれて、良かった。今は、心からそう思った。
――――そんな風にして、ブラックとラスターが解読を終えるまで、俺はリオルやアドニスと他愛ない話をして時間を潰した。
クロウは俺をじっと見つめて来るだけで何も言わなかったけど、命令をするような時ではないと思って自重してくれていると勝手に思って、俺も出来るだけ先ほどの事を気取られないように殊更明るく会話を続けた。
そうして、一時間ちょっとくらい経っただろうか。
やっとブラックとラスターが泉へと戻ってきた。
「ブラック、ラスター」
「うぅーん……やっと解読できたよぉ」
「ハァ……やはり狭い場所にむさ苦しい中年と一緒にいるのは疲れる……」
ブラックは肩を回しながら、ラスターは疲れた様子で腰に手を当てている。
二人ともお疲れのようなので、麦茶と以前作った蜂蜜レモン……いや、蜂蜜リモナゼリーを渡すと、それぞれ嬉しそうに食べてくれた。
疲れた時には甘い物だよな。ブラックはそう甘い物が好きって訳じゃないみたいだが、美味しそうに食べてくれるんで良かったよ。
「それで、内容はどんなものだったんですか?」
アドニスが問うのに、ブラックはゼリーをパクパクと食べながら答える。
「んー、なんか出力系の説明みたいな感じだったね」
「出力系?」
どういうことだと眉を寄せると、ブラックは俺の隣でモゴモゴと口を動かした。
「イスタ火山の遺跡にある何かの基準値を細かく説明した物だったみたい。それが何なのかはよく解らなかったけど、まあ要するに大きい説明書みたいなもんかな。このダンジョンには紙は置けないし、石版にするにしても小さな物じゃ劣化した時に解読できないと思って、あんな風に残したんだろうね」
「では、どこかに人工的な装置があるという事ですか」
「正体は解らないけど、場所は文中でなんとなく把握出来たから行けると思うぞ。奥の方にあるっていうから、行けば分かるんじゃないかな」
もう場所まで解ってるのか。
本当凄いな……さすがはブラックだ。
「俺も手伝ったんだからな、その事を忘れるな」
ブラックにばかり注目が言っているのが気に入らないのか、ラスターがむくれる。
そうだよな、ラスターだって手伝ったんだから労わないと。
「二人ともおつかれさま」
ありがとうなと笑って言うと、ブラックは照れたように笑って頭を掻き、ラスターは当然だとでも言わんばかりにフンと鼻を鳴らして得意そうに腕を組んだ。
大人なのにまったく子供みたいな態度過ぎて、思わず笑ってしまう。
だけど、二人の相変わらずな態度を見ていると、不思議と心が落ち着いた。
「では……時間も勿体ないですし、そろそろ出発しましょうか。ここから先は地図が有りませんが……まあそれは、そこの中年が索敵してくれれば問題は無いでしょう」
「なんだこのクソ眼鏡、人使いの荒い」
「この中で炎の曜気に一番耐性が有るのは貴方しかいませんのでねぇ」
そう言うと、ブラックは口を尖らせて黙る。
本当に、いつもの言い合いだ。
だけど今は何故か、そんなやりとりを見ているだけで涙が出そうだった。
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