異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

24.支えてくれる人のありがたさ1

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 必死に体を伸ばして、震える腕をめいっぱい広げる。

 何度も何度も失敗したけど、動くうちに段々と体もこなれて来たのか、腕の筋肉が伸ばせるようになってきて、俺はやっとのことでバッグをつかんだ。
 よ、よし。これで目当ての物が取り出せる……!

「ん……と……よっ……」

 色々な物を入れているせいで重たいバッグを抱き込んで、奥の方に入れっぱなしにしていた“アレ”を取り出す。
 使う機会も無かったのですっかり忘れていたが、今使わなくていつ使う。

「よしっ、あった……!!」

 ごそっと取り出したのは、笛。
 だがその笛は縦笛ではないし、銀色でも無い。俺の相棒である可愛いロクショウを呼び出す笛とは全く違う、オカリナのような形状をした笛だった。

 俺は躊躇ためらいなくそれを口に当て、とりあえずピーッと吹いてみる。
 すると、頭の中で「この穴に指を当てろ」というイメージが浮かんできた。

「ふむふむ、なるほど……こことココと、この穴で……あと五音……」

 ドレミファソラシドを吹くような感じだったので、ロクの笛の時のような難しさは無い。五つの音を順番に出す事で成功するようだ。
 今思えば、これを先に使っていたらロクショウの笛も少しは楽に覚えられたのではと思ったけども、まあ今更って奴だよな……。

 少々悲しくなりつつも、俺は特定の五つの音をよどみなく指を動かして放った。
 と……――――

「――――っ!?」

 自分が寝ているベッドの上に唐突に三つの光点が現れて、俺は思わず瞠目どうもくした。
 どこかからレーザーポインタが当てられたかのようにはっきりとした、光の点。
 つどったそれらは規則的に動き、その軌跡が一気に魔方陣を形作っていく。そして、複雑な円形の紋様がベッドの上に刻まれたと、同時。

 魔方陣が強く光り、その中からゆっくりと、胸に手を当てて軽くお辞儀をしているかのような格好をした相手が、浮き上がって来て……――――

「あ……」

 この、姿は、やっぱり。

 完全に魔方陣の上に立ったその相手を見上げて、俺は息を呑んだ。
 そんな俺の目の前で、相手はゆっくりと目を開けてこちらを見やった、と同時。

「ツカサちゃ~~~ん!!」

 テンションが高すぎる声で、ベッドの上の俺に飛び込んで抱き着いてきやがった。

「りっ、リオル」
「んも~~~~俺達のこと呼び出してくれるの遅いよ~~!! 気分爆下がりだったんだからなぁっ、マジ責任とってちゃんとご主人様してよマジで~~!」
「わーっ! 解った、わかったから抱き着くなっ」

 呼び出したら呼び出したで本当にもうこのチャラ男家事妖精は!!

 動きが鈍い手で必死にリオルを押しのけようとすると、相手はキョトンとした顔で、首を傾げた。

「あれ。ツカサちゃんどしたの。具合悪いの?」
「それが……えっと、今ちょっと体に曜気が足りないと言うかなんというか」

 突っ込んだ事を話すとリオルが心配すると思ったので、ふわっとした感じで今の俺は本調子ではないという事を説明する。
 すると、リオルは全て承知したとでも言うように頷いて、俺の体を起こした。

「そっか、じゃあツカサちゃんはブラックのダンナに会いに行きたいんだな」
「うん……でも、足がまだ動かなくってさ。だから、リオルに連れて行って貰えないかと思って……。本当はマーサ爺ちゃんに頼みたかったんだけど、爺ちゃんがここにいたらびっくりする人が出るかもしれないと思ってさ」
「えぇ~、俺が恋しくて呼んでくれたんじゃないかぁ……」
「そ、そうガッカリするなって。二人に会いたかったのは本当だぞ」

 時間が有ったらトランクルにも行きたかった、と嘘偽りない本心を言うと、リオルは嬉しそうにニンマリと笑った。

「へへ、そうだよな。ツカサちゃん、俺があげた“呼び笛”の事忘れてなかったし」

 そう。このオカリナのような笛は、何を隠そうまだ正体が解らない頃のリオルに貰ったものだ。
 あの時は色々いっぱいいっぱいで、リオルがくれた物を活用する術すら思い浮かばなかったが、やっと使えてよかったよハハハハ!
 ……ま、まあ、ぶっちゃけ今の今まで忘れてたんだけど……ごめんリオル。

 ともかく、あれだな。今回思い出したからそれでヨシ!

 結果オーライだってことで置いておくとして、俺は早速リオルに連れて行って貰う事にした。が、その前に……下半身の服を着替えてからだな。うん。
 何が起こってるかは聞かないでほしい。切実に。

「……ツカサちゃん、あの……なんでズボンがカピカピだったのか聞いていい?」
「だめ」
「そ、そっか。じゃあまあ、えっと……行くか!」

 ごめんねリオル気を遣わせて。
 チャラ男なのに根は真面目だから本当困る。俺のチャラ男の概念くつがえされちゃう。
 でもまあ、リオルは俺と主従契約した魔族の家事妖精だからな。他のチャラ男とは一味違うって事なんだろう。たぶん。きっと現実のチャラ男はいけすかない。

 色々思いつつも、俺は処理を済ませてブラックの部屋へと向かった。

「にしてもさぁ、ダンナは何で引き籠っちゃってんの? ツカサちゃんと喧嘩した訳でもないんだろ? それなのにツカサちゃんを放っておくとかワケわかんねーなあ」

 俺の腕を肩に回して補助をしてくれながら、リオルは難しい顔をする。
 まあ確かに、変っちゃあ変だよな。

「うーん……ブラックにも、何か理由があるんじゃないかと思うんだけど……。前もさ、不可抗力で俺を殴っちゃった時に距離を置いたりしてたから、たぶん……また何かポカをやらかすんじゃないかって思って、それが怖くて逃げちゃったんじゃないかなって」
「じゃあ、ブラックのダンナは、一緒に居たらツカサちゃんを傷付けるかもって考えたから、逃げたっつうこと? うーん、なんか納得いかねーなぁ」
「そう……?」

 自分自身が俺を傷つけたって思い込んでるなら、逃げてもおかしくないんじゃないのかな。そう返したが、リオルはまだ納得していないのか、空いている方の手を顎に添えてふーむとうなった。

「でもさぁ、そう確信できるってのがなんかなぁ……。まるで、確信できる原因を知ってるみてーじゃね? 何度かあった事にしても、そこまで青ざめて怯えるってのは、なーんか妙な感じがするんだけどなあ、俺は」
「…………」

 そうかな。でも……言われてみれば確かにちょっと変かも。
 前にブラックが青ざめた時は、俺を間違って攻撃したり、曜気を奪い過ぎたりした事が原因だったけど、引き籠ったりはしなかったはずだ。それなのに今回は、曜気を奪った訳でも無いのに怯えて引き籠り、俺の所に来ようともしない。

 いつものブラックだったら、強引に鍵を開けてベッドに潜り込む程度のストーカー行為は働いていただろう。なのに、それもなく本気で怯えてるってのもな……。
 傷付けた事に怯えただけなら、前に「問題ない」と俺が言ったのだから、ショックだとしてもそうまで深く落ちこむ事は無いはずだ。

「……あのさぁ、これ、ツカサちゃんには言った事がなかったんだけど……ブラックのダンナってさ、ちょっと普通の人間とは違う感じがするんだよな」
「え?」

 唐突にそう言われて、思考の沼にはまり込んでいた俺は顔を上げる。
 そこには何とも言えぬリオルの難しい顔が有って、思わず眉根を寄せてしまった。
 普通の人間とは違うって、どういうことだろう。よく分からなくてじっとリオルを見つめると、相手は俺を横目で見ながら小さく続けた。

「魔族じゃないのに、魔族みたいな感じがするっていうか……なんつうか……時々さ、俺達みたいな魔族よりも、もっと深くてくらい存在っていうか……そういう、言い知れない不可解な感じがする時が有るんだよ。曜気を食らう、人族の天敵である俺達すら可愛く思えてくるような……」
「…………」
「も、もちろんダンナが変な奴って言ってるワケじゃねーよ? 俺ら魔族でもブルッちまう力が有るなっていうか……。だからさ、もしかしたら、ダンナもそういう力を自覚してて、だからこそここまで怯えちまったんじゃねーかな。……好きなコの事を苦しめる能力を持ってたら、誰だって“その子を壊したくない”って怯えるだろ?」

 そう言われると、そう言う気もする。
 だけど……ブラックの“魔族をも恐れさせる力”とは何だろう。

 ブックス一族の能力の事か?
 だけどそれはブラック自身は何とも思っていなかったし、それに前に話した時は、他にも隠された力が有りそうな感じで話していなかったから、違うだろう。

 だったら、やっぱりグリモアの事かな。
 でも、それは解決済みの事のはずだ。寧ろそれが原因なら、青ざめて謝ることはあっても、俺から離れようとは思わないよな。だってさ、俺が倒れた理由はハッキリしてて、安全に接する方法も解っているんだぜ。
 今更自分の所業を怖がって引き籠るなんて事はしないはずだ。

 ……だったら…………なんだろう。
 もしかして、昔冒険者だった時に何かあったのかな。
 そのことでトラウマが蘇って、引きこもってしまったんだろうか。

 もしそうなら、俺に解決できるんだろうか。
 ブラックの過去は、俺にはまだよく分からない。ブラックは自分の過去を良い物と思っている訳ではないみたいだったから、俺はえて聞かないようにしている。それで心の傷が開いたりしたら可哀想だし……何より、ブラックが口をつぐむほど嫌がっているのだ。それを問いかけて、苦しませたくは無かった。

 だから、ブラックの過去の事については、ほとんど謎と言っても良い。
 もしその中に今回の原因が有るのなら…………。

「どったのツカサちゃん。具合悪くなったの?」
「ん……いや……もし、俺が聞けない事情で怯えてるのなら……俺にはどうする事も出来ないんじゃないかって思ってさ……」

 こんな事を言うのは、ちょっと気がひける。
 だけど、何故か不思議とリオルには話せてしまって、俺は自分でもちょっと驚いてしまった。どうしてだろう。リオルが俺の従者になってくれたからなのかな。
 それとも……リオルの雰囲気があまりにも話しやすい物だから、甘えてしまったんだろうか。そうだとすると、情けない。

 思わず自分で顔を顰めてしまったが、リオルはフッと笑って俺を抱え直した。

「それだけは絶対ないよ。ブラックのダンナに一番近付けるのも、心から慰められるのも、ツカサちゃんしかいねーって。百人俺がいたら百人ともそう答えちゃってるぜ? だから、自信持ちなって。ま、俺的には、そんな夫とかクソ喰らえだけどな」

 さすが妻の搾取に敏感なフェミニストのリオル。
 だけど、そう言って貰えるなら……少しだけ、勇気が出てくる。

 ……やっぱり、リオルを呼び出してよかった。
 自分だけじゃ、途中で不安になって落ち込んでいたかも知れない。
 やっぱりアゲアゲなチャラ男ってのは、人の気分を簡単にアゲちゃうんだな。

「…………ありがとな、リオル」

 ちょっと照れくさくなって、少し視線を彷徨わせながらそう言うと、リオルは心底嬉しそうに歯を見せて笑った。











※次、途中で別視点有り
 
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