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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
23.どうしたって、とめられない
しおりを挟む※遅れてすみません…(;´Д`)
◆
「…………調査を、続けて下さるのですか」
ツカサの部屋を出て、いけ好かない人族達に「調査に出る」と言いに行こうとした所で、背後から知ったような声を掛けられた。
穏やかな、しかし今は幾分か緊張したような女の声。
(この声は……)
つい最近聞いたような声だなと思い振り向くと、そこにはこの領地の女領主が静かに立ち竦んでいた。……どこか、浮かない顔をして。
なるほど、彼女はツカサが倒れた事を知ったらしい。それで「調査する余裕があるのか」と心配になって、声を掛けに来たのだろう。だが、それは要らぬ心配だ。
倒れたのはツカサだけなのだから、それなら他の者が動けばいいだけだ。人族の女貴族はそんな事も解らないのかと思い、クロウは少々呆れた。
「…………そう望んだのは、貴方では」
呆れはしたものの、しかしだからと言って適当に返す訳にも行かなかった。
今の自分は、何物でもない。目上の者に対して乱暴な言葉遣いは不敬に当たる。
例え脆弱な人族であろうとも、敬意を払う事は必要だった。
だが、どうでもいい相手に敬語を使うと、やはりよそよそしくなってしまう。
失敗だっただろうかと微かに思ったクロウに、女領主のヒルダは少し俯いて、顔を背けながら言葉を継いだ。
「そう、ですわね……ツカサさん達に、私は源泉の調査をお願いしました……」
「ツカサは今、眠っています。調査には出られませんが、他の三人で調査しますのでご心配なく。……ただ、私達は貴方とあまり面識がありませんから、信用に足らないかも知れませんが……」
この女領主にとって、自分達は得体のしれない相手だろう。
ライクネス王国の騎士であるラスター・オレオールは別だろうが、自分を含む後の二人は良く知りもしない存在だ。特に自分は、素性も知れない獣人だ。
この国の人間は愚かにも人族の方が優れているという間違った思考を持ち、獣人に対しては下に見ている傾向が有る。貴族はその考えが最も浸透した存在だ。
だからこそあの優男の貴族も、クロウに対してああも攻撃的だったのだろう。
それを思えば、この女領主も例に漏れないだろうことは理解していた。
だが、相手と同じ目線で争う事は無い。首を捻ればすぐに死ぬような脆弱な存在が何を喚いたとて、結局は獣人の力には敵わないのだ。
そんな存在に一々腹を立てても仕方がない。
愚か者が愚かな驕りを抱いていようが、自分には全く関係のない事なのだから。
(ただ、やはり鬱陶しくは有るが)
そんな顔を向けて、こちらに何を望むと言うのか。
言いたい事が無いと言うのなら、最初から態度に出すなと言いたい。
こう言う思わせぶりな態度が人族の下らない特徴だなと思いつつ、クロウは溜息を吐いた。まったく、ツカサとブラック以外の人族と話すのはとても疲れる。
「…………あなたは……」
「はい?」
不意に切り出されて、思わず聞き返す。
すると、相手は何故か深刻そうな、何かを堪えるような顔をしてクロウを見た。
「……貴方は……人族の事を……どう思いますか……」
――質問の意図が、解らない。
だがさして気にする事も無い問いだと思ったクロウは、よどみなく答えた。
「貴方がた人族が獣人に対して思う事と、同じような事を思っていますよ」
取るに足らない、自分達よりも劣る種族。
“どのように思っているのか”などと問いかけること自体、自分達を高く見積もっているという証だろう。そんな自尊心がいっそ哀れにも思えたが、クロウはその憐れみを顔に出す事も無くそう言ってやった。
どうでもいい相手ではあるが、ツカサが心配している相手だ。
これでも優しく言ってやったつもりだったのだが、女領主は再び俯いて、震える片腕をぎゅっと握りしめて見せた。
「…………やはり……」
「……?」
相手はこちらに聞こえないように小さい声で呟いたつもりだっただろうが、浅はかな行為だ。人族より何倍も鋭い獣の耳を持つクロウには、その声が聞こえていた。
しかし、何が「やはり」なのだろうか。
何が言いたいのか解らず片眉を顰めると、女領主は一度ぎゅっと瞬きをして、それからクロウに向き直った。
「解りました。……もし、源泉が見つかったら……その時は、一度私を連れて行って下さい。ツカサさんにも伝えて下さいますよう、お願い致します」
そう言いながら、女領主は先程とは全く違う冷静な顔で、にこりと微笑んだ。
(…………嘘をついてるな)
この女の冷静な表情は嘘だと、自分の五感が告げていた。
添えた手の中にあるもう一つの手が、服を強く握り締める音が聞こえる。
だが、何にそこまで感情を高ぶらせたのかはクロウには解らなかった。
(まあ、どうでも良い事か。……オレは、ツカサの代わりに調査するだけだ)
なにせ、ツカサを強引にベッドに寝かせて来たのだ。そこまでやったのなら、オスとしてツカサの分まで調査を頑張らねばなるまい。
彼にとっては乱暴な行為だっただろうが、謝る気など毛頭なかった。
何故なら、ああでもしなければツカサは大人しくしないと解り切っていたからだ。
(ツカサは自分を大事にしなさすぎる。だから、ついカッとなってあんな風に乱暴に寝かせてしまった。……だが、あれくらい当然だ。そうされても仕方がないくらい、ツカサは無茶ばかりしたのだから)
だが、クロウがああも乱暴になったのは、それだけが原因ではない。
自分でも、ツカサが心配だからと言うだけであのような事をした訳ではないのだと解り切っていて、だからこそ、それが余計にクロウを苛つかせていた。
ツカサが、メスという自覚も無く自分自身を大事にしようとしない。ブラックと、そして二番目の雄であるクロウのものだというのに、子を孕むための体を大事にせず無茶をする。だから、ああも自分の事をないがしろにするツカサに腹が立ったのだ。
だが、その事よりも激しく腹立たしかったのが……――
ブラックのせいで倒れたのに、それでもあの男を心配しているという事だった。
(…………解ってはいる。解っては、いるんだ)
だが、理性だけで生きていけるのなら心などきっといらない。
それも理解しているからこそ――――嫉妬せずには、いられなかった。
ツカサが命を簡単に放り投げてまで全てを捧げる、あのどうしようもない男に。
「どうかなさいましたか」
「いえ。何でも。……それでは、調査に行ってまいります」
眉根が寄っていただろうか。
やはり、ツカサの事になると、どうしても表情が浮かんでしまうようだ。
けれどもまあ、この領主に何を思われようが、関係のない事だろう。
未だに憤りが抜けきれないクロウはそう思いながら踵を返したが……
嫉妬に駆られて感覚が鈍くなっていたのか、女領主が己の背中を言い知れぬ目つきで見つめていた事にも、まったく気付くことが出来なかった。
◆
………………あ……。
ええと……なんだっけ……。
俺、たしか……クロウに怒られて、そんで、変な事になって……。
「…………あ……そ、そうだ、調査……!」
その事に気付いて起き上がろうとしたが、目が開いただけで体は動かない。
あの疼くような痛みはもう感じなかったけど、俺の体は最初に目覚めた時のように動くことすら出来なくなってしまっていた。
「か、顔と……手は、ちょっと動くな……これってたぶん……クロウが俺から曜気を奪って行ったからだよなぁ……」
さっき……いや、何時間か前かも知れないけど、その時に酷く怒っていたクロウの事を思い出して、俺は一生懸命起き上がろうとしていた体の力を抜いた。
さして変わりも無く、ただ頭と手がぽとりとベッドに落ちたが、思う事は無い。
それよりも、クロウが俺に対して怒った理由の方が頭の中で蘇って来て、俺は溜息を吐いて目を閉じた。
「…………自分の事を考えろ、か……」
――クロウのお叱りは、ご尤もだった。
俺は弱いし、力も無い。人を助けるために必要な力のほとんどを、持ち合わせてはいなかった。それなのに、俺はいつも飛び出してしまう。
自分に出来る事が無いかと思ったら我慢出来なくて、駆けだしてしまうのだ。
俺自身はそれで満足だし、その時は自分の体の心配なんて出来ないくらいに慌てているんだから、仕方がないのかもしれない。だけど、それはクロウのように俺を大事に思って心配してくれる人にとっては、とても腹立たしい事だっただろう。
うぬぼれてる訳じゃない。自分がその立場だったら、怒っても仕方がないって解るから、そう考えてしまうのだ。
……だってさ、これって幼稚園児が「池で溺れてるうさぎしゃんたすける!」って言って池に飛び込むようなもんだろ?
もし俺がその子の親なら、絶対に止めるよ。誰だってそうするはずだ。
そうして、何度言っても聞かない子に声を荒げる事も有るかも知れない。それは、その子が心配で「何故解ってくれない」と憤る思いがあるからだ。本気で心配しているからこそ、怒ってしまう事も有る。それは、俺も充分理解していた。
だからこそ……クロウの乱暴な制止にも、何も言えなかった。
それくらいしないと、俺は反省しない。
いつも言われてるような事だけど、確かにそうだから。
今だって、調査に行かなきゃって飛び起きようとしてたくらいなんだ。自分の言動を考えると、クロウがやった乱暴な行為を責める気にはなれなかった。
「……だけど、あんなクロウ……久しぶりに見たな…………」
あんな風に感情をむき出しにしたクロウを見たのは、久しぶりかも知れない。
それくらい……クロウも腹に据えかねていたんだろうな……。
クロウは、安宿で「置いて行かれて飢えていた」と俺に言っていたけど……あれは、もしかしたらクロウなりに遠慮していたのかも知れない。
強い言葉を使えば、俺が怯える可能性もある。だから、クロウなりに俺が怯えないように、ああして自分の気持ちに決着を付けようとしたのかも知れない。
……だけど……俺が考えなしに飛び出して気絶したから、クロウも我慢出来なくなっちまったんだろう。それを考えると、何も言えなかった。
「でも…………だって、そりゃ……動くよ……」
あの場で動かずにいるなんて事は、どうしても出来なかった。
大事な仲間だからっていう事も有るけど……ブラックは……。
「…………クロウには悪いけど……やっぱり、気になるよ……」
ブラックは今どうしてるんだろうか。俺がそのままで、置手紙も何も特にないって事は、ブラックはまだ部屋に籠ったままなんだよな。
じゃあ、もしかしてあれからずっとブラックは一人きりだったんじゃないか?
誰も来ない部屋で、ずっと自分の事を責めてるんじゃ……。
「…………」
クロウは行くなって言ったけど……でも、無理だよそんなの。
アイツが一人で大丈夫なんて事は無いってこと、クロウだって知ってるじゃないか。このままじゃ落ち込みすぎてどうなるか解ったもんじゃない。
滅多な事はしないと思うけど……でも、長い間ブラックが一人で苦しんでいるんじゃないかと思うと、どうしても体が動き出そうとして堪えられなかった。
クロウに駄目だって言われたけど、でも。どうしても……。
「……だけど、体が動かないしな…………」
せめて、誰かに補助を頼めればいいんだけど、部屋には誰も居ない。
誰かを呼ぼうと思っても、この状況じゃ呼ぶ事なんて出来なかった。
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誰かを呼ぶ……誰かを…………。
そう考えて、俺はふとある事を思い出した。
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そう思い、俺は必死に体を動かしてバッグを取ろうと格闘し始めた。
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