異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

20.イスタ火山―前兆―

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 それは、おおよそこの世界の人間が建てようとは思わない構造のもの。

 穴が開いた八角形のブロックをデコボコに積み上げた、穴だらけのレンコンの山のような大岩。それが岩に囲まれた小さな広場に鎮座していた。
 なんというか……デコボコとしていて、まるで防波堤にあるブロックを適当に組み合わせたみたいな格好だけど……落ちないって事は、かなりの強度なんだろうな。
 だけどアレがファイア・ホーネットの巣だなんてちょっと驚きだ。

 蜂は基本的にぶら下げるタイプの巣や、地中や木の洞に巣を作るタイプが多いが、基本的にその外壁は整ったものが多い。
 穴だらけの巣だと何にどこから侵入されるかも心配だし、中の子供が奪われやすくなるからな。……なのに、ファイア・ホーネットの巣はどこからでも入り放題だ。

「なんであんな構造……?」

 思わず口に出すと、いつの間にか隣にいたブラックが説明してくれた。

「ファイア・ホーネットの餌は炎の曜気だからね。折角せっかく炎の曜気が豊富な火口付近に住んでいるのに、それを土の曜気で遮断しゃだんして巣の中にあまり入って来なくなるようにしたら勿体もったいないだろ? 卵は大人の三倍以上曜気を必要とするから、ああいった感じで穴を何個も開けておく方が都合がいいのさ」
「外敵とかの心配は無いの?」
「ぱっと見には気付かないかも知れないけど、あの穴ぼこはちゃんと巣を守る役目のファイア・ホーネットの数に合うように開けられてるんだ。敵が来たら、全部が蜂達で埋まって壁になるってワケ。あいつ結構カタいから、天敵のファイア・リザードが来ても多少は持ちこたえられるしね」

 なるほど……。何か守りが薄そうな構造だと思ってたけど、それなりに理由があるんだな。魔法っぽい特技が有る存在ならではという事でもあるのだろう。
 ……となると……。

「穴ぼこの数を数えたら、大体出てくる蜂の数は解るってことだな!」
「そう言うこと。ただ、内部で待機している蜂もいるから、穴の数の大体三倍は出て来るって想定しておいた方が良いかもね」

 なるほど、だから基本的に二匹か三匹で行動するファイア・ホーネットが、団体で巣を作ってるって訳なのか。
 彼らからしてみれば集合団地みたいなものなんだろうな。
 女王蜂がいないようだから、生態としては虫よりも動物に近いみたいだけども。

「しかし、あの穴の数は十を越えています。三十匹以上居るかもしれません」

 アドニスの言葉に、隊長さんが鎧を少し鳴らしながら頷いた。

「何にせよ、つつくには危険な数ですね……。しかし、それなら彼らがこの場所から追い出された事も妙に思える。ファイア・ホーネットは特定の群れを組んで外に出る習性があるが、巣に関しては我々の街などと同じように、他の群れと集団で暮らしています。そこには我々人族のような感情による排斥などは有りません」
「ならば、あのはぐれ蜂達があんな場所に居るはずもない、か」

 ラスターの言葉に、隊長さんは少し兜を俯けて顎の部分に手を添える。

「仮に捕食者に襲われたのだとすれば……なんらかの跡が残っているはずです」

 危険だが、はっきりさせるためにも調べてみる事が必要かもしれない。
 そう、隊長さんが小さな声で言ったと同時――――
 蜂の巣穴から、唐突にけたたましい羽音の警告音が鳴り始めた。

「――――ッ!?」
「気付かれたのか!?」
「いや違う、岩壁の上部を見ろ!」

 慌てる兵士達に強く言葉を発して、ブラックが巣穴の向こう側にある壁を指さす。一斉にその場所を見て……俺達は、反射的に息を呑んだ。

「なんだ、あれは……!?」

 けたたましい羽音に混ざる、巨大な金属でも引き摺っているかのような音。
 ザザザと砂や小石を地面に落としながら迫って来たのは、焦げ茶色の艶やかなうろこに覆われ、鋭い棘のような真紅の背びれを持った……巨大な大蜥蜴おおとかげだった。

「うっ、うそっ、あんなのいるの!?」
「シッ! アレがファイア・リザードだよツカサ君。まだ静かにしてて……アイツの狙いは、どうやら蜂の巣みたいだから。……ホラ、おいでなすった」

 ブラックの言葉に慌てて口を押えたと同時、羽音を立てて警戒していたファイア・ホーネット達がぞろぞろと巣穴から這い出てくる。
 しかし、その数は思っていた以上に少なかった。

「変だな。穴を塞ぐ蜂も迎撃に出た蜂も予想の半数以下だ……」

 ラスターの声を掻き消すように、ファイア・リザードが大きく口を開けて威嚇し、紫色の口内と鋭い牙の羅列を見せる。蜂達はそれに応戦し、尻の針の先から炎の玉を一斉に打ち出した。軽い暴発音がして、大蜥蜴の口にいくつかが被弾する。
 しかし相手はひるむどころか、なんと炎の玉を咀嚼そしゃくしたのだ。

「ゲッ……ほ、炎を食べてる……」
「あいつの別名は“炎喰ほのおぐらい”だからね。肉だって食べるけど、一番のご馳走はやはり炎なのさ。曜気を摂取すればするほど、強力な特技が使えるようになるから」
「でも肉は喰うんだ」
「肉食だもの。強くなるための狩りと普通の食事は別でしょ」

 そう言う物なんだろうか。俺は都会でフライドポテトをうまうまと食っていたのでよく分からない。あれかな、普通の喧嘩と対決は別、みたいなもん?
 そんな勝負にこだわるヤンキーみたいな……。

「うわっ! た、隊長、ファイア・ホーネットが!」
「しかし、ファイア・リザード自体は特別な個体でもなさそうですね……」
「けれども、巣の中のファイア・ホーネットの数が少なくありませんか? 前年度の最終的な数と比べると、あまりにも減っているような……」

 俺がブラック先生にご教授頂いている間に、刻々と戦況は変化していたようだ。
 兵士達も冷静さを取り戻し、蜂対大蜥蜴の大決闘を見守っているが、しかし流石は警備兵と言った所か、冷静に彼らの状況を調査しているようだった。
 そして隊長もその目測に頷きながら、言葉を返す。

「残りの蜂が、卵を持ち出して火口付近に逃げている。その事を考えても、あの巣はもう限界なのだろう。だが、そうは言っても周囲に新しい巣が造られた形跡はない。それに……そこまで頻繁ひんぱんにファイア・リザードが巣を襲っているというのも変だ」
「やはり何か異変が起きているのでしょうか……?」
「解らんが……」

 と、隊長さんがまた何かを言おうとしたと、同時。

「――――!?」

 下から突き上げるような強い地震が、火口一帯を襲った。

「なっ、なんだこれは!?」
「ツカサ君伏せて!」

 何を言う暇もなく、ブラックに抱き抱えられてそのまま地面に押し付けられる。
 ブラックの体で周囲は見えないが、下からの自信はかなり強烈で、ガラガラと何かが崩れるような音がした。地響きの音が鳴り、それ以外の物が何も聞こえない。
 それが何故だか急に怖くなってブラックの服をぎゅっと掴むと、俺の頭は胸に押し付けられた。まるで、絶対に守ってやるとでも言うかのように。

「っ、ぅ……」

 やだ、な、なんでこんな時にドキドキしてるんだ。
 ち、違うから、これは地震が怖いだけだから、アラート鳴った時に心臓止まりそうになるのと一緒のアレだから……!

 とか言っている間に、急に地震が弱くなって……収まった。

「ム……。んん……?」

 なんだかクロウの不思議そうな声が聞こえる。
 どうしたんだろうかと振り返りたいが……頭をがっしり抑えられていて動かない。

「あっ、ファイア・リザードが逃げて行きます!」
「地震に驚いたか……。なんにせよ、ここに長居するのは危険です。まだ揺れるかもしれませんし、マグマだまりが漏れ出るやもしれない」

 隊長さんがそう言うと、何を思ったのかブラックはとんでもない事を言い出した。

「え? 絶好の機会なのになんで調査しないの」
「えっ」
「はい?」

 素っ頓狂としか言いようのない発言に、全員がブラックに声を向けたようだ。
 俺は抑え込まれてて判らないが、これは多分視線が一斉にブラックに……。

「今ならファイア・リザードも蜂も混乱してて、僕達のことなんて気にしてないよ。その間に巣や周囲を調べるだけ調べてみれば良いじゃない」
「で、ですがブラック様、私達では手が足りないかと……」
「はぁ? これだけ人数がいるのに半刻以上も調査に時間が掛かるの?」

 かかるのってお前、一般人はお前のような桁違いの力なんて持ってないんだぞ。
 そんな誰もが三十分でちょちょいっと調査出来るような……って、三十分?

「ぶ、ブラック? ほんとにそんなこと出来るの?」

 問いかけながらやっとの事で胸から頭を離して顔を見上げると、ブラックは当然と言わんばかりに嬉しそうに笑う。だけど、イマイチ納得がいかない。

 だって、火口は岩も多く、詳しく調べるのにはどうしても時間が掛かるんだぞ。
 二十人体制で探したとしても、一時間やそこらじゃ調べきれないだろう。
 しかしそんな俺の心配をよそに、ブラックはケロッとした顔で眉を上げる。

「簡単な事だよ。炎属性の曜術師が、火口に広がる曜気を一瞬だけでも自分の周囲に凝結させて、その一瞬の隙に土属性の曜術師が地表と地中を調べればいいのさ」
「調べればいいって……あ、あの、ブラック様、そうは仰いますが、この火口の膨大な曜気を集めるなんて、それこそ“限定解除級”でも出来るかどうか……」

 慌てる隊長さんの声がする。
 ってことは、一級以上のとんでもないランクの曜術師でも難しい事なのか。
 まあそうだよな。火口は炎の曜気に満ち満ちている場所なんだ。そんな所の曜気を一か所に集め斬るなんて芸当、普通じゃ…………。
 いや待てよ、そもそもブラックはグリモアなんだった。この世界の頂点に位置する力を持っている規格外中の規格外だったんだっけか。
 なら、出来なくはないけど……。

「出来る、のか? 無理とかしてない? 体に悪かったりしない?」

 こんな場所の曜気を操るなんて、どう考えても危ないよ。
 ブラックの体に何か負担が掛かるんじゃないかと思わず心配になったが、相手はと言うと、デレッとした顔になって俺に嬉しそうに返してきた。

「えへへ、大丈夫だよぉ~。僕がツカサ君の前でヘマするワケないじゃない! まあ本当は炎属性の奴の方がより得意なんだけど、今はそうも言ってられないからね。僕も一応は炎と金を司る“月の曜術師”だし、やってやれないことはないよ」
「やってやれないって……やった事ないの?」
「昔一度、見ただけだから。でも平気だよ、多分! あっそうだ、ツカサ君はあの熊公に曜気を渡す手助けをしてね。本当は土のグリモアが必要だったんだけど……今はもうどこにも居ないからさ」

 いつもとは違って、クロウに俺を託すような事を言うブラック。
 言葉尻がなんだか萎んだような感じで、何を考えているのか少し解ってしまった。
 多分……思い出してるんだろうな……昔の仲間の事を。

 …………でも、それを聞いたって、どうしようもない。
 俺は素直にブラックから離れて再びクロウと手を繋ぐと、準備は出来たと頷いた。
 念のため隊長さん達を道の所まで退かせて、俺もラスター達と一緒に一歩下がる。

 ブラックとクロウは肩を並べて何かをボソボソ話しているようだったが、お互いに頷いて――ブラックは立ったままで腕を伸ばし手を広げ、クロウは地面に片膝をつきてのひらも同じように落とした。

「しかし、このような大規模な術の真の姿を見れないのは、切ないですねえ」

 二人が体の周囲にうっすらと属性の光をまとい始めたのを見ながら、アドニスは言う。いや……アドニスは、木属性の曜気しか見えないんだっけ。
 この場で、ブラックとクロウ両方の曜気が見えるのは、全属性持ちの俺と……気の流れを見る事が出来る“特別な目”を持つラスターだけなんだ。
 それを考えると、なんだか不思議な感じがした。

 お互いの力なんて見えないのに、それでも協力して術を使おうとしているなんて。
 考えて見れば、それで上手くいくって不思議だよな。
 よっぽど互いの力を信頼してないと解らな…………そうか、ブラックも、クロウの実力は認めてるんだな。口では散々に言うけど、ちゃんと仲間だって、パーティーの一員だって思ってくれてたんだ。……そっか。そっかそっか!

「ツカサ、どうした急に笑って」
「ん? んーん、なんでもない!」

 ブラックがクロウと解り合ってくれるのは、何だか嬉しい。
 そんな事を思いながら見ていると、ブラックとクロウがまとった曜気の光が段々と強くなってきた。と――ブラックの周囲に、空気中からいきなり湧いて出た赤い光の粒子が急激に集まって行く。

 思わず息を飲むラスターと俺の前で、ブラックの周囲に風が巻き起こり始めた。
 あれは、間違いなく現実に巻き起こっている風だ。
 その流れに乗って、赤い光の粒子がブラックの周りを竜巻のように渦を巻いて動き出す。アドニスや、遠くからこちらを観察していた警備兵達も、この風にだけは気が付いたのか大きく驚きどよめいていた。

 やがて、その風の流れは大きくなり、周囲の小石をも吹き飛ばし始めた。

「いいぞ、熊公……。準備しろ……ッ」

 何かをこらえているようなブラックの声に、クロウは頷く。
 と、その刹那。

「――――!!」

 クロウの体に宿っていた光が一気に高く吹き上がり、柱のように空に昇る。

「今だ!!」

 ブラックがそう言ったと、同時。
 周囲に集まっていた赤い光が一気に一つとなり真紅の竜巻に変化し、その光景を見届けたかのように――クロウが、高めた曜気を一気に爆発させた!

「なっ……!!」
「風がっ……!?」

 一帯が瞬きする暇もなく光に包まれ、すぐに 橙色の光の粒子を飛び散らせながら霧散する。何かを思う間もなく終わった出来事に驚き、ただじっとクロウを見つめていると――――

「あれ……?」

 クロウの隣にある、ブラックが包まれているはずの、竜巻。
 その真紅の光を放つ奇妙な竜巻を見て――なにか、違和感を感じた。

「どうしたツカサ」

 俺の隣で驚いていたラスターが心配そうな声を出す。
 だけど俺はその声に応える事が出来ず、目をらす事すら出来なかった。

 …………おかしい。

 ブラックの術は完璧だ。でも、何かおかしい。嫌な胸騒ぎがする。
 竜巻が途切れないのは、ブラックの技量のおかげだろう。ブラックが周囲の曜気を集めてくれているから、クロウが曜術を使えたんだ。
 だけど、なんで。
 どうして…………

 ブラックが集めたはずの“赤い炎の曜気”に――――
 黒い、稲妻のようにひらめく光が、混ざっているんだろう。

「ブラック……?」

 呼びかけても、こんな小さな声じゃ届かない。
 解っているのにどうしてか声が震えて、全身を寒気が駆け抜ける。
 そんな俺の状態に比例するかのように、竜巻にはどんどん黒い稲妻のような閃きが混ざって行く。まるで氷がひび割れる時のような鋭い音が聞こえて来て。黒が、赤に侵食して行って…………――――

「~~~~~……ッ!!」
「お、おいツカサ!」
「ツカサ君!」

 気付いたら、俺はたまらず駆けだしていた。

 どうしてかなんて解らない。だけど、駄目だって、思った。
 このままブラックが術を使い続けてはいけないって、そんな気がしたんだ。

「ブラックっ、やめろブラック!!」

 黒い光が竜巻に混ざり始める。
 それと同時に周囲が暗くなり、再び火山に地震が起こり始めた。

「なっ、なんだ!?」
「地震だ! おい、戻れツカサ!!」

 ラスターの声が聞こえるけど、どうしようもない。
 もう目の前には跪いたままのクロウと、巨大な竜巻が有って。
 俺は、徐々に黒いまだら模様になって行くその怖い竜巻に、おびえて、止まって……だけどどうしてもブラックのことを想うと止まれなくて、竜巻に手を突っ込んだ。

「――っ! ぐ……ぅ……ッ!!

 痛い、ビリビリする。まるで腕の内側から侵食されるような痛みに思わずうめいたが、俺は歯を食いしばって足を一歩踏み込んだ。
 赤と黒の光に意を決して顔を突っ込み、中心に居るはずのブラックを探そうと目を開けると、その風の中心に頭を抑えてうずくまっているブラックが見えた。

「ブラック!!」

 叫ぶと、ブラックはハッとしたように顔を上げて俺を見た。
 だがその顔は……恐怖に歪み、青ざめ、大量の汗を流していて。

「つっ、つかさく……き、来ちゃ駄目だ!!」
「バカっ! 今更遅いんだよ!!」

 どうにかして、助けなくちゃ。
 あんな顔をしているなんて、絶対に何かあったんだ。
 そう思い、俺は一気に竜巻を抜けてブラックに近付き、手を触れた。
 と。その、瞬間

「――――あぁああぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 …………え?

 なに、いまの、こえ。

 これ、おれが?

「ツカサ君! ツカサ君!!」

 赤いのと、黒いのと、青。
 あれ。どう、なって。

 ど――――――










 
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