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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
イスタ火山―頂上付近―2
しおりを挟む「確かに……モンスターの気配はありませんね……」
岩場から離れて、徐々に隠れる場所が無くなっていく頂上付近へと近付く。
五人それぞれで周囲を警戒するが、やはり草一本モンスター一匹存在しておらず、何だか拍子抜けと言うか……むしろ違和感しか感じなかった。
ゲームだと、こう言う場合はボスが存在する場所だから、ザコは出現しない設定にしてあるけど、そんなの現実でもありえるんだろうか。
まあ、怖い大物の傍には誰も近寄らないって事も有るが……この異世界で俺の世界の常識が通用するかと言われると謎だし。
クラッパーフロッグ達が居たセレーネ大森林だと、俺の世界のように「怖いモノが居るから近付かないようにしていた」って感じだったけど、そもそもボスモンスターの気配も無いんだから、モンスターが居ないってのも変なんだけどな。
炎の曜気はどこにでも出ている訳じゃないんだから、本当ならここにモンスターが密集してなきゃおかしいんじゃなかろうか。
ブラックの【索敵】では間違いなくボスっぽいものは居なかった。
だとすると、ファイア・ホーネットがあそこに居たのもおかしい事になるんだが。
「ふむ……モンスターの臭いはするにはするが、やはり近くにはおらんな」
「あ、そっか。クロウもそういうの解るんだっけ……でも臭いはするんだ?」
「ウム……どこからなのかは判断が付かんが、臭いがあるという事はモンスター自体は居るのだろう。ただ、近くに気配がないから妙ではあるが……」
そう言いながら、クロウは熊の耳を色々な方向へと向ける。
可愛いとか思ってる場合じゃないんだろうけど、そうやって獣耳をいろんな方向に向けられると動物っぽさが増してちょっとキュンとしてしまう……。
はぁあ……本当クロウのケモミミ良いなぁ……。
「なんだかおかしな場所ですね。常にマグマが噴き出すような火山ではないから、炎の曜気に当てられる事もあまり無くて快適ではありますが……しかし、火口付近ともなれば今頃は【斥炎水】を飲んだ方がいいような体調になるはずなんですがね」
「そういうもんなの?」
今度はアドニスに訊くと、相手は左様とばかりに頷く。
「ツカサ君の世界では違うかも知れませんが、基本的に曜気は“目に見えぬ力の名称”のような物です。その存在が宿っているか否かによって受ける影響というものはありますが、曜気その物だけが漂うという事はあまりないのですよ」
「……?」
よく分からない……。
お勉強モードはちょっと苦手だと首を傾げる俺に、アドニスは例を示す。
「例えば……火山が炎の曜気で満たされていると言われるのは、火山の中のマグマに紐付された曜気が膨らみ、私達が術を発動する時の“光”のように体表に集まって流動しているからです。つまり……マグマや湯のような存在が無ければ、このように人体に影響が出る程の曜気は出てこないという事なのですよ」
やばい、ちょっと待って。理解が追いつかなくなってきた。
えーとつまり物体が無ければ曜気も存在しないってコトなわけで……?
「……じゃ、じゃあ、ここにはマグマは無いって事……?」
恐る恐る答えると、アドニスは俺に少し微笑んだ。
おお良かった、正解だったようだ。
「少なくとも、私達が触れられる距離には無いでしょうね。曜気は生まれ出でる物質が消滅したら空中に漂いますが、やがて大気に溶けて霧散します。そうならないのは、大地の気だけです。それを証明する最も有力な学説というのが、かの高名な学者であるリードバル……」
「ハイハイハイ! お勉強は良いから先に進むぞ! ツカサ君ちょっとこっち来て」
た、助かった……。
ありがとう本当にありがとうブラック。
慌ててブラックの隣に駆け寄ると、だらけた笑顔で迎えられた。
む……ま、まあ、いいんですけど……。
「エヘヘ、ツカサ君は僕がし~っかり守ったげるからね! 安心していいよっ」
「そ、そういうのは良いから……つーか危険が無いなら守らなくたっていいだろ」
「いや、そうでもないよ。獣は常に身近に居るからね……」
獣って、ケダモノなら目の前に居るんだけどな。
まあブラックの機嫌が良いなら良いか。
呑気に考えながら周囲を見渡して――俺は、ふと思った事を口にした。
「それにしても……火山なのにガスとかそういうのはないんだな」
「ガス? 火山でガスってどういう事?」
えっ。この世界ってガスないの?
あっまあ、ガスコンロがないから無い……のか?
いやでも知らないだけで存在くらいはあるって可能性もあるよな。
俺の説明で解って貰えるかどうかは解らないけど、一応話してみるか。
「え……えーと……俺が知ってるガスってのは、人体に悪影響を及ぼす煙とか、目に見えない空気に似てるものでさ。火山とかでは、マグマとかが原因でそういうガスが出たりするんだって。俺の世界では、火口近くには危険なガスが湧いたりして、気管支……喉が弱い人は咳が止まらなくなって死ぬことも有るんだ」
「へー……ツカサ君の世界じゃそんなことがあるんだねぇ。モンスターの出す“ガス”とかと一緒なのかな? あ、でも、そう言えば、鉱石に炎やマグマが合わさると魔素が煙になって溢れ出て来る事があるんだ。アレも一種のガスなのかな」
「うん……? 俺の世界では、たぶん……そうかも……」
「ふーん、やっぱり僕達の世界とツカサ君の世界はちょっとずつ違うんだねえ」
ああ、自信を持って「そうだな!」とか「違うぞ!」とか答えてやりたいんだけど、俺には生憎とそのような化学の知識は無い。
理科の選択授業は覚えれば済む奴を選択したもんで、水平リーベしか覚えていないのである。笑うなら笑え。俺は文系で作者の心を考える人になりたいのだ。
それにしても、なんか変な感じ。
ふっと思い付いた事が俺の世界と異世界では妙に違うなんて、モヤモヤするな。
前世が科学者の転生チートだったらスッキリ解決なんだがなこんな時。いや、何か俺と同い年の普通の高校生でも色々よく知っていたような気がする。
でもさ、普通に考えて学校の授業なんか真面目に聞いてないよなぁ。
テストもスラスラの優等生君ならともかく、常に赤点スレスレの俺みたいな奴じゃ知らなくても無理ないよな?
チートものは好きだったけど、だからって何もかもを覚えていられるほど俺は記憶力が良い訳じゃないし……俺は普通、モヤモヤするのも普通のはず……。
「まあとにかく、モンスターの罠とか有りそうな状況じゃなきゃ、後は曜気欠乏だけを気にしていれば大丈夫。いざとなったら僕がツカサ君を抱っこしてあげる」
「気持ちだけはありがたく受け取っておくよ……」
守ろうとしてくれる気持ちはありがたいもんな……うん……。
でも出来ればその護ろうとする気持ちは他の三人にも向けて欲しいんだが。
パーティーってこんなバラバラで良いんでしょうか神様。今まではクロウ一人だけだったから何とか収められたし、ブラックもクロウには友達っぽい接し方をするようになったから何とかなってたけど……今の状態はちょっと悪いなあ。
ラスターもアドニスもブラックも、お互いを気に入らないってのは解るんだけど、さっきのような偶然の協力プレイはそう何度も続かないだろうし……なんとかして、ブラック達を少しでも仲良くさせなくては。
戦闘で活躍できないのなら、裏方に徹すればいいんだよな。うん。
よし、だったらまずは俺がなんとかして四人を仲良くさせようじゃないか。
宿に帰ったら早速作戦を立てよう。その前に調査だがな!
「そろそろ頂上だな。あそこから火口が見えるぞ」
だだっ広くて緩い傾斜をひたすら登っていたら、いつのまにかそんな場所まで来ていたらしい。ラスターの言葉に改めて気を引き締め、俺達はついに台状になっているらしい頂上へ辿り着いたのだが……。
「……うわ、すげえ……ここ滑り落ちたら登るのにめっちゃ苦労するな」
俺達が居る場所から少し平らな所が有って、その先。
お椀のように陥没した直径ざっと一キロ以上は有るだろう穴の底に、乳緑色の白煙を立てる巨大な水たまりと、黒い大地が広がっていた。
この場所からではソラマメほどの大きさにしか見えないけど、恐らく近くで見たら凄く大きいんだろうな……しかし、明らかに危険そうな所だ。降りる気が起きない。
俺の世界だと、絶対降りちゃいけないエリアだもんな……火口の中なんて……。
「あの……ここ降りるの?」
一応ラスターに聞いてみると、相手はウウムと唸った。
「どうだろうな……ここまで来ると流石に熱さは感じるから、あの場所には炎の曜気が満ちているのだろうが……あんな場所に洞窟が有るのかは疑問だ。無いとは言えんがな。それに、ここ数十年ここからの目測だけで済ませているから、出来れば騎士団としても下りて調査をしておきたくは有るのだが……」
「えっ、お、降りて危険じゃ無いの?」
降りる、なんて言う言葉を聞いて思わず驚いてしまったが、ラスターは俺の驚きに意外そうな顔をする事も無く、難しい顔のまま腕を組んだ。
「モンスターやマグマの噴出などの危険はある。……だが、最も問題なのは、安全な道が無いという事だ。数十年人が降りていないから、道も崩れていて面影すらない。いくら用意をしてきたとはいえ、この人数で降りるのは危険だな……」
「ロープとか持って来たけど……それじゃ無理?」
「お前だけなら大丈夫かもしれないが……中年どもが重そうだからな。それに長さも足りないだろう。おあつらえ向きに土の曜術師がいるから、新しく道を作っても良いんだが……ファイア・ホーネットの件を考えると、迂闊に道を作るのも危険だ」
あ、そうか……。
底に降りる道を作ったら俺達も楽になるけど、同時に穴の底に居るモンスターにも登るのに楽な道を与えてしまう事になる。そうなると、何が這い上がって来るのか解ったもんじゃない。うっかり逃がしちゃったらコトだ。
でも、そうしたら火口の中の調査はどうなるんだろう。
ラスターの口ぶりからすると、人間が何の装備も無しに降りても危険じゃ無いような感じだけど……でも、俺達が危険じゃなくたって、いつか誰かが襲われるかもしれない。だとしたら、勝手に道を作り直しちゃうのはマズい訳で……。
「今日は調査しない方がいいかな」
「そうだな……新しい道を作るにしても、警備隊の協力が必要だ。周囲を固めておかないと、モンスターが逃げた時に対処しきれないかもしれん。なにしろ、ファイア・ホーネットが逃げた火口だ。何が潜んでいても不思議ではない。極秘の調査ではあるが、調べている間はそうしておいた方が良いだろう」
「じゃあ……今日の所はこの火口周辺を探す事にするか」
妙な事になってしまったが、しかし充分に警戒しておかなければ、万が一の事態になる事だってある。そもそも、俺達のパーティーはチームワークが良いと言い切れる状態じゃないんだ。警戒しすぎという事も無いだろう。
とにかく、焦りは禁物だ。エメロードさんを早く助けたい気持ちはあるが、焦ってポカをしたら元も子もない。今日はファイア・ホーネットに異変が起こっていた事を知れただけでも収穫だと思う事にしよう。
そう結論付けて、俺達は一旦宿へと戻り、この異変を警備隊に報告する事にした。
「明日はその獣人に活躍して貰う。ぬかるんじゃないぞ」
帰り道でラスターにそう言われて、クロウは相変わらずの無表情だったが……振り返って見つめていた俺を見返すと、フンと息を吐いて何やら気合を入れるように腕を小さくぐっと握り込んだ。
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