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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
国王らしくない国王と2
しおりを挟む「――なるほど。すると、あの【エンテレケイア】遺跡は、キュウマという異世界人が住んでいた場所なのだな。そして、そこには確かに聖遺物が遺されていた……と」
俺達の話を聞き終わった国王は、深く椅子に腰かけ息を吐いた。
何を想っているのかは解らないが、喜び満面と言う訳ではないのは解る。ルガール国王には俺の正体や能力の事も話したけど、あの時は俺の能力について何とも思っていないような素振りだった。なのに、今回に限っては考え込むような態度だ。
というか、前は【エンテレケイア】の遺跡について何かを知っているような態度だったのに、何故今頃になって思案するような感じになっているんだろうか。
よく分からなくて目を瞬かせていると、相手は曲げた指の尖りで眉間を押すように撫でながら俺達を見た。
「遺された【聖遺物】の中身が“黒曜の使者”についての文言だったとはな……本当にそれだけだったのか?」
国王の煌めく金眼に射竦められて、俺は思わずビクッとしてしまったが、頷く。
……本当は【コントラクト】の事も話すべきなんだろうけど、これはブラックにも話していない情報だからな……まあ、実際問題俺はブラックと……その……恋人なんだし、現状必要なさそうって言うか……つーか、そんな事しなくたって、ブラック達は俺の仲間でもあるんだ。悪い事になんてならないから心配ない。
レッドの事や、残りのグリモアが誕生したらどうするのかって問題は有るけど……それを今話したってブラックは「僕にして!」しか言わないだろうし……。
俺はまあ、その……ブラックが良いって言ってくれるんなら、良いけど……でも、何か遭った時に【コントラクト】がブラックの足かせになるのは嫌だ。
だって、キュウマに【コントラクト】の事を教えて貰った後、聞いたんだ。
――契りを結んだものは、一生の命を“黒曜の使者”に託すことになる……と。
グリモア達に簡単に殺されるような事は無くなるけど、力を勝手に奪われるような事もなくなるけど、その代わりに……俺は大事な奴の命を預かる事になる。
……というか、相手は、俺に依存を…………。
…………いや、考えるのはよそう。今はそんな事を思い返している場合じゃない。
とにかく、今は良いんだ。俺とブラックは良好な関係だし、俺の周りにいる人達は強くて、俺が心配することなんてない。だから、いいんだ。
【コントラクト】の事だって、聞かせて悩ませることはない。
それに、話してしまえばまた争いの種になる可能性もあるんだ。目の前のルガール国王だって、悪い人じゃないけど時にはそれを利用すると言う事も有るだろう。
良い人だって、守る物が大きければ大きいほど非情な判断を下す事が有る。
だったら俺も自分の身を守るために隠す事は隠さなきゃな。
「あの遺跡で【聖遺物】……というか、異世界人に関する物はそれくらいでした」
それは間違ってはいまい。
曖昧な言葉で答えた俺だが、国王はさして引っかかる事も無く頷いた。
「ふむ……。異世界人にとっては何か重要であるとは思っていたが……まさか、そのような情報だったとはな……。黒曜の使者とは、それほどこの世界の根幹に関わっていたのか」
「陛下はご存じだったのですか」
アドニスの言葉に、ルガール国王は片眉を顰めながら腕を組み直す。
「いや……お前達はこの件に深く関わっているから言うが、正直な所、我々も黒曜の使者の事に関する情報はあまり持っていないのだよ。我々が持っている情報は、この西の果てに流れ着いて来た異世界人や、その逸話……そのことを重要視した果て無き遠き過去の王族から始まる詳細に書きとめられた文献だけだ」
「そこまで膨大な……しかし、それだけあるのなら黒曜の使者の事が出て来ても良いのではないですか?」
「いや。その中でも黒曜の使者の記述は格段に少ない。それに、黒曜の使者の情報は曖昧で、信憑性を欠くものばかりだった。それゆえ、我々はその情報を『異世界人に憧れる者の妄言』だと思っていたのだが……もしお前が言う事が本当ならば、この国の英雄を支えた聖女もまさに“黒曜の使者”だったと言う事になる」
「え……」
ライクネスの英雄を支えた聖女って……あの、ハルカ・イナドウラって人?
ちょっとまって、その情報全くもって初耳なんですけど。
「英雄を支えた聖女って……ツカサ君と同じ異世界人の?」
「左様。聖女ハルカは、前にも話したと思うがこの世の理を捻じ曲げる能力を持っていた。建国の世から王族として君臨しているエレジエ一族に“王の素質”がある赤子が必ず生まれるのも、その王が【異能】を用いて勇者に【法術】を授ける事が出来るのも、すべてが聖女の御業だ。その聖女が、英雄サウザー・オレオールにだけ明かした事実が一つだけある。それが……」
「……自分は黒曜の使者ですってこと……?」
この話の流れだと、それしか考えようがない。
おずおずと切り出した俺に、国王は一度ゆっくりと瞬きをして息を吐いた。
「……黒曜の使者と呼ばれるものは、必ずと言っていいほど時代の節目に登場する。その時間の区切りはとても長い感覚ではあるが、しかしこれまでに三度存在し、黒曜の使者が必ず変革を起こしていった事を考えれば……最早、疑う余地はないだろう」
「そのうち一人は、確実に神を殺してますものね」
アドニスの言葉に、俺はキュウマに言われた事を思い出した。
「黒曜の使者は変革をもたらすために神を殺さなければならない」という言葉を。
……そうか、確実に神を殺した一人が存在したんだ。
それが、ハルカ・イナドウラ。俺が知らない、三人目の黒曜の使者……。
「あ、あの……神を殺した後は、平和になった……ん、ですよね……?」
俺の質問に、何が言いたいのかを悟ったのかルガール国王はさらさらと答えた。
「ああ。彼女は立派にサウザーを支え、婚約まで果たした。それから今日に至るまでこの国も諍いが有ったとはいえ目立った戦など起こさず暮らしてきたのだ。……だがそうなると、少々おかしなことになるな」
「おかしな事?」
「文献から見ても、キュウマは聖女ハルカより後の代の黒曜の使者だと考えられる。それなのに、我々はキュウマが“神殺し”やそれに匹敵するような事を行った記録を持ってはいない。それ以降、異世界人の情報も消えたのだ」
「それは…………妙、ですね」
長きにわたって情報を蓄積してきたトンデモ国家のライクネスなのに、ある時から唐突に情報が途絶えるなんて。そんなこと有り得るのかな。
それにキュウマも黒曜の使者だったのに、それらしい事をしてないって一体……。
あっ、キュウマの時は女神のナトラ様だったから、擬似人格のキュウマが言う通りに「殺すのとは別の平和的な方法」で使命を全うしたとか?
いやでもそれならそれで、何かこの世界に起きてそうなんだけどなあ……。
うーん……うーん……?
「ちょっと待て。今さっき“キュウマが何かを行った記録が無い”と言ったが……もしかして、イオウジ・キュウマの情報も持ってたのか?」
「えっ? あっ、そ、そうだ。そうなるよな」
やだブラック頭の回転早い。
そうだよな。断定するような事を言ってるって事は、そう言う可能性もある。
思わずルガール国王を見ると、相手は肩を揺らして片眉をあげながら笑った。
「まあ、多少はな。しかしこれは、本人が“言うな”と封じた記録だから明かせんのだ。まあ、お前達が欲しがっている黒曜の使者などの情報ではないから許せ」
「信用出来ん」
即座に切って捨てるブラックに、国王は苦笑いをしてテーブルに頬杖をついた。
「こればかりは信じて貰うしかない。そもそもの話、我々が集める情報というのは、異世界人の持つ秘密を嗅ぎつけて記す物ではない。相手が語った事や、その周辺の人々が覚えていた話を収集していただけなのだ。それ故に、我々はキュウマが残した【エンテレケイア】についての情報も詳しくは知らなかった」
「え……聖遺物がなんたらって、キュウマが流した情報だったんですか?」
「正確には“異世界人の為に遺したもの”と言っていたがな。しかし、基本的に異世界人は国や人に利益を齎す場合が多いがゆえ、便宜上聖遺物と呼んでいる。……だが、その内容は我々にも話してはくれなかったそうだ。故に、黒曜の使者に関するものだとは誰も思わなかったのだ」
それならまあ、仕方がないよな。
でも、キュウマがここに何を残していったのかは気になるよな……。
ああっ、あの時に許可を取っておくんだった! いや今更な話だけどさ!
「まあ、なんにせよ……イスタ火山に行けさえすれば、お前達の望みはだいたい解決するだろうがな」
「え?」
「行ってみればわかる……が、その前にお前達にはお目付け役をつけるぞ」
「お目付け役って……」
誰だろう、と、思ったと同時。
「ツカサ!!」
ばん、と無遠慮に扉を開けて何者かが飛び込んでくる。
王様の私室だってのになんて勢いで開けるんだと思い振り返ると。
「わぷっ」
いきなり目の前に何かがやってきて、顔に押し付けられた。
何が起こってるのか解らないが、なんか抱き締められたっぽい……?
「おっ、お前ーっ!! 離れろこのクソ貴族うううううう!!」
ブラックの怒鳴り声が何か聞こえるが、何に抱き締められたのか解らなくて反応のしようがない。押し付けられている顔を逃して、必死に上を向くと。
「ツカサ、会いたかったぞ……!」
「らっ……ラスター!?」
そう、王様の私室だと言うのにそれを物ともせずに突撃して来たのは、何を隠そうルガール国王と親友と言っても良い立場にいると言う、ラスター・オレオールその人であった……っていうかラスターがなんでここに。
ポカンと口を開けて見上げると、相手はキラキラ光る眩しい笑顔で俺を見つめる。
「お前が王都に来たと聞いてな。王城に馬車で駆け付けたら、ローレンから王の私室に居ると教えられたので飛んで来たんだ」
「おいコラ僕のツカサ君になに引っ付いてんだ離れろてめえええ」
「ツカサ、こっちにこい。カネ臭い男にひっついていたらニオイが移る」
「まったく……無遠慮で慎みのないお貴族様ですね……」
何かラスターめっちゃ攻撃されてるんだけど。
おいおい、そう大勢でつついて来ると、ラスターの方に同情しちまうじゃないか。お前ら言い過ぎだぞまったくもう。
ラスターが傷付いてやしないかと思わず相手を見上げると。
「ふん。美しさの欠片も無い下民が良く言う。俺の神に愛されし美貌を妬むあまりに口汚い言葉しか吐き出せぬとは、まったくいやしい心根だな」
とかなんとか言いながら、ラスターは金に輝く髪をふぁさっと靡かせた。
おいお前ダメージ受けてないんかい。心配して損した。
……でも、ラスターのその強心臓、ちょっと羨ましいかもしれない……。
相変わらずの自画自賛マックスな傲慢っぷりにちょっと懐かしさを感じていると、俺達のヘッポコなやりとりを見ていたルガール国王はくつくつと笑った。
「…………という訳で、その男を一緒に連れて行け」
「え゛!?」
思わず聞き返した俺達四人に、ルガール国王は笑みに歪んだ目を細める。
「ラスターはそんな残念な男だが、忠義には熱く嘘は言わん。それに、お前達も同類たるグリモアには色々と教えておく事が有るだろう? 今後、破滅せぬためにもな」
「…………」
それは……確かに……。
ラスターも、日の曜術師のみに読む事を許されると言う【黄陽の書】のグリモアだ。そして、ラスターにはまだ俺達が知った情報を教えてはいない。
もし今後破滅を避けたいと思うのなら……ラスターにも教えておくべきだよな。
「ん? どうしたツカサ」
今来たばかりで状況が解っていないラスターは、俺を嬉しそうに見つめながらもキョトンとして首を傾げている。普通の男がやっても全然可愛くないのに、イケメンだったら不思議と似合ってる感じがするのがずるい。
思わずバーカバーカと投げやりに貶してしまいそうだが、今はそんな場合では無いのでぐっと堪えてラスターを見上げた。
「えっと……とにかく、後で話すよ。な、ブラック」
「むぅ…………」
こればっかりはブラックもイヤとは言えないようで、押し黙って頬を膨らませた。
だからそれはオッサンがやっても可愛くないんだってば。
「さてさて、これから大変な事になりそうだな」
なんだか弾んだ声で言うルガール国王を見ると、相手は俺を見返して、意地悪な事を考えている猫のようにニタリと微笑んだ。
「四人もの変人に囲まれて、お前はどんな苦労をするのだろうな? フフフ……久しぶりに楽しい土産話が聞けそうだ。楽しみにしておるぞ。ああ、黒籠石はその土産話と引き換えと言う事でいいから、しっかり励むがいい。まあ、いろいろと……な?」
そういって、また、ニタリと……。
………………。
嫌いだっ、やっぱこの国王嫌いだあああああ!!
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