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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編
眠り姫の 2
しおりを挟む重苦しい空気の中、互いを監視し合うように狭い部屋で無言の時間を過ごしていると、不意に部屋のドアが開いた。
一時間ほど故郷に戻ってくると言っていたアドニスが、もう帰って来たのだ。
背後には凄く不機嫌そうなブラックとクロウと、げっそりしたロサードが居たが、とにかく早く戻って来てくれて良かった。エメロードさんが目を覚まさない原因が解ったのなら、すぐに知りたい。なので、今は不機嫌な理由は聞かないでおこう。
とにかくアドニスを迎えて話を聞こうと思ったのだが、相手は焦る俺を押し留め「まずは裁定員を全員招集して下さい」とだけ告げた。
どうやらアドニスは“エメロードさんが眠っている大体の原因”を、より多くの人間に話す必要があると踏んだらしい。
俺達にとっては敵か味方かも解らない裁定員の人達まで呼ぶって事は……それほど判明した事は重大だとでも言うのだろうか。
なんだか嫌な予感を覚えたが、怯えていたって仕方ない。俺達はエメロードさんをラセットとクロッコさんに任せて、一路真言喚問が行われていた部屋へと向かった。
アドニスは、俺達の部屋に来る前に裁定員達に呼びかけていたらしく、既に部屋には数人の裁定員が揃っていた。そこにレイさんとガムル大公も並んで座る。
これで、シアンさんを除く裁定員全てが揃った訳だ。
だけど……アドニスは何を掴んで来たんだろう。
少し離れた場所でブラック達と一緒に見守っていると、アドニスは一人で円卓の前へと歩みだし、ゆっくりと話し始めた。
「……お呼び立てして申し訳ありません。しかし、急を要する事態でしたので」
まずは謝るアドニスに、アコール卿国の王様であるローレンス・レイ・アコール国主卿が、構わないとばかりにアドニスに掌を向けた。
「いや、神族の御方にあのような怪我をさせたのは、我々の失態でもある。……姫もある程度は覚悟の上であのような少数精鋭の状態で下界にお越し下さったのだろうが、いくら覚悟していたとしても、神族の長老様にしてみれば今回の件は有り得ない事だからな……。このままでは、外交問題にも発展しかねん。早急に手を打たねば」
そう言う国主卿の隣で、ガムル大公も深く頷く。
「ラセット・ラオ=タァ=カイトとクロッコ・ルー=ダ=リアが言うには、姫が倒れた時、黒曜の使者どもは不審な動きは何一つしていなかったそうだからな。そうなると、他の何者か……シアンの手の物か、別の存在が暗殺を企てた可能性がある。そうなると、あちらだけの責任と言うわけにもいかん。賊をこの地に侵入させたとして、こちらまで火の粉を被る羽目にもなる」
「な……っ」
まるで、シアンさんがお姉さんを殺そうとしたのではとでも言いたげな発言だ。
そんな事をするワケが無いだろうに、何でこの水色インテリデカマッチョはそんな事を言うんだよ。何だコイツ、仮にも何年もシアンさんと仕事をして来たってのに、その言い草は何だってんだ。すげえムカツクんだけど!!
「つ、ツカサ君抑えて。どーどー」
「ツカサ、耳、耳。オレの耳を触れ」
「フーッ、フーッ」
やめてください子供じゃないんですけど!
とは言うけど、触るけどね! クロウの熊耳は気持ち良いからね!
俺の隣でしゃがんでくれているクロウの耳をモニモニと揉んで、必死に怒りを抑え込んでいると、その間に話が進んでいたのかアドニスが再び喋り出した。
「――ですから、信頼のおける皆様に御足労願ったと言う訳です」
えっ、なに。何の話。
落ち着こうとして頑張っていたせいか、話をロクに聞いてなかった。
やべえ、変な事になってたらどうしよう。慌てて遠い場所から耳を欹てると、俺が焦っているのに気付いたのかそうでないのか、俺達に味方をしてくれると言っていたライクネスの貴族である“ローリー”という仮面のおじさまが、ほうと息を吐いた。
「では、原因が解ったと?」
ええ、そこまで話が進んでたんですか。
俺ってばそんなにクロウの耳をモニモニしてたかな……いかん、いかんぞこれは。真面目に話を聞かなければ。クロウにお礼を言って屈むのを止めて貰うと、俺は今度こそ話を聞くために集中した。
「……本当にそうか、というのはまだ断定はできません。ですが……可能性が有るのであれば、試してみる事も必要かと」
「ええいそんな言葉はいい、早く原因を説明せんか!」
いけすかないカウカ学院長が、苛立ったようにアドニスに発言を促す。
しかしアドニスはそんな相手に怯む事も無く、平然と答えた。
「……簡単に言うなら――――古代の呪い、ですかね」
一瞬、間が空く。
だがその言葉を理解した途端、場の全ての人間が声を出し騒然となった。
――呪い。しかも、古代の呪いだと?
それは一体どういう事なのだろうか。
俺達だけでは無く裁定員達も疑問に思ったようで、誰もがその詳細を求めるようにアドニスを凝視していた。
だが当の本人はその複数の視線など物ともせず、涼しげな顔で続ける。
「古い蔵書に、このような項目が有りました。『穢れし気の淀みを用い創った種を、花の咲くまで育て、その全てを磨り潰してある材料と混ぜると、永久の眠りによって相手に死を齎す事が出来る……』と。まあ早い話が、絶対に目が覚めない昏睡状態に陥らせて、徐々に体内の気を消費させ衰弱死を引き起こすと言うことなのでしょう。古代ではこのような暗殺方法が多発した時期があったようですね」
「な、何だそれは……どこの話だ」
暗記して来た情報を淀みなく伝えるアドニスに、カウカ学院長は信じられない物を見たとでも言わんばかりの表情をして、焦ったような声を漏らす。
自分が知らない事を教えられたからだろうか、どこかショックを受けているようにも見えた。……まあ、学問の殿堂に居る人らしいし、驚くのも仕方ないのかな。
誰よりも強張っている学院長を見ながら推測する俺を余所に、相変わらずの態度でアドニスは緊張もせずに言葉を返した。
「今はその話はよしましょう。皇帝陛下に謁見でも申し込みたいのなら別ですが」
「ぐ……」
世界最高の薬師のバックには、偉大なオーデル皇国の皇帝陛下が居る。
いくら学問の殿堂を治める人間と言えど、一国の主を引き摺り出されては敵わないようだ。まあ、この場にいる人達は、権力の頂点に居る訳じゃないからな。そうなるとアドニスの方が立場が強くなるのは仕方ない。やっぱ背後が強いと得だなあ。
カウカ学院長が口を噤んだのに満足すると、アドニスは続けた。
「……とにかく、その呪いは、今回の症状によく似ていました。私が調べたところによると、呪いの掛け方は“針にその液体を付けて、相手に刺す”という方法が取られていました。それならば、彼女の背中に有ったごく小さな黒い点の事も納得がいきます。その幹部から黒い液体が滲んだのもね」
「では、今の所はそれが一番可能性のある原因なのですね?」
黙って話を聞いていた、プレイン共和国に勤める金の曜術師の綺麗なお兄さん――オーリンズ・アンブロージさんが、冷静に問いかける。
さすがはアドニスと同じ雰囲気の人だ。場の雰囲気にのまれていない相手に、アドニスも感心したように眉を上げると軽く頷いた。
「記憶に抜けが無いかと念のため一通り蔵書を浚って見ましたが、知り得た中で有力な病はそれくらいですね。まあこれが正しいとは言い切れませんが……治療法を試してみても損はないかと」
「その治療法とはなんだ?」
ガムル大公に問われて、アドニスは彼の方を見ながら答える。
「少々危ない物を用意せねばなりませんが……」
「良い、非常事態だ。全て話せ」
生真面目でカタブツな軍人っぽいガムル大公がこんな風に言うのだから、彼も相当焦っているのだろう。なにせ賓客扱いのお姫様が、この堅牢な守りが敷かれている場所で暗殺されかけたんだもんな。そら信用問題とか諸々で慌てたって無理はない。
「では、遠慮なく……。まず必要なのは、黒籠石です」
「――――!!」
その言葉に、再び場内がざわつく。
「ブラック、黒籠石って……」
「ああ、ライクネスやラッタディアで散々手を焼かせてくれたアレだね」
「ムゥ……」
その時の思い出したのか、ブラックとクロウは心底嫌そうに顔を歪める。
俺もシーポートでの事はあんまり思い出したくなかったが、しかし今はそんな場合ではない。彼女の呪いを解くのに黒籠石が必要とはどういう事なのだろう。
説明して欲しいんだがとアドニスを見やると、相手はちらりとこちらを見て、それからふっと笑うと、再び円卓の方へと顔を向けて説明を始めた。
「黒籠石は、この場合正当な使い方……曜気を吸収させるために使用します。呪いの根源は“邪悪に変質した気”です。その気を代価無く完全に吸い込んで封じてしまえる物質は、黒籠石しか存在しないのです」
「確かにあの石はきちんとした加工を施せば、水晶のように曜気を溜められるし……なにより、水晶よりも高性能ではあるが……しかし、そんな事が本当に可能なのか」
国主卿が冷静に問いかけると、アドニスは軽く頷く。
「勿論、それだけでは呪いは解けません。他にもいくつか材料が要ります。しかし、黒籠石より入手しにくいと言う事はないでしょう。ですから、黒籠石が絶対に必要であるという事を最初にお伝えしたのです。……聞く所によると、世界協定は最近、黒籠石の新たな鉱脈を発見したとか。それなら、そちらで用意して頂けますよね?」
アドニスの挑むような問いかけに、俺はブラック達とヒソヒソと話す。
「なあ、黒籠石はラッタディアにまだあるんだよな?」
「たぶんね……。あの鉱山は世界協定が管理するって言ってたっけな」
「なら、またあの場所に行くのか? 嫌だぞオレは」
珍しく直球で拒否するクロウに、ちょっと可愛さを感じてしまう。素直にイヤだと言っちゃうくらい行きたくないなんて、よっぽどなんだろうなあ。
気持ちは痛いほどわかるんだけど、耳が解りやすく下を向いちゃってるのがなんかもうキュンキュンしてしまう。違うんだけど、そう言う場合じゃないんだけど!
「ツカサ君……」
「い、いや、あの、あれだ。とにかく、世界協定が黒籠石の鉱脈を握っているなら、話は早いよな。これなら、エメロードさんもすぐに助かるかも!」
希望が出て来たぞと円卓を振り返る。
だが……そこに座る裁定員達の表情は、皆一様に沈んでいた。
なんだ。どうしてそんな顔をしているんだろうか。
「……ご用意して頂けますよね?」
再度問いかけたアドニスに、裁定員達は押し黙る。
誰も、何も言えずに、しばらく重たい沈黙が部屋を支配していたが……やがて、意を決したかのように、国主卿がゆっくりと口を開いた。
「申し訳ないが……用意は出来ない……」
「おや、何故です?」
重たい雰囲気など物ともせずに返すアドニスに、国主卿は仮面の上で眉間の部分に指をやって、軽く頭を振った。
「実は……アスカー州のあの鉱脈は……あれから何故か急に枯渇してしまったのだ。我々も黒籠石に関する研究が進むと喜んでいたのだが……本当に、急だった。鉱石はただの石になってしまったのだよ」
「じゃっ……じゃあ、黒籠石用意できないんですか!?」
驚いて思わず大声を出してしまった俺に、それでも国主卿は怒ることなく頷いた。
「残念だが…………」
「となると……困りましたねえ……。各国が保護している区域で黒籠石を採掘するとなると、許可を得るにも数週間どころではない時間がかかりますよ。そのうえに数も少ないのだから、失敗すると後が無い。これでは、衰弱を待つしかありませんね」
「え、縁起でもない事を言うな!」
慌てて反論するカウカ学院長に、アドニスは目を細める。
「常に最悪の事を考えねばならないのも、裁定員のお仕事ではないのですか?」
「ぐ……」
「まあ、落ち着け。……こうなっては、我々としては不本意だが……シアン裁定員の取っていた過激な方法を使うしかあるまい」
「過激な方法?」
思わず聞き返した俺に、国主卿は目を向けた。
「そう。……そしてそれには、君達の協力が必要だ」
「え……」
それって……どういう事だろう。
黒籠石を手に入れる為に俺達がしなきゃ行けない事って、一体何なんだ?
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