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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編
やっと、気付いた 2
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――――――泣いたら、それなりに落ち着くもので。
自分でも単純だなと自重したくなるけど、人って奴は感情を一気に吐き出したら、少し冷静になれるものなのかも知れない。
でも、頭は冷静になっても気分は晴れなかった。
泣いたってどうにもならない事を、結局突きつけられてしまったのだから。
俺には逃げ場なんてどこにも無かったらしい。いや、そもそも逃げられると思っていた事が愚かだったのか。何にせよ、こんな俺の落ちつける場所はない。
ブラックとの事に決着を付けない限り、何も終わらなかった。
「…………」
何度も地面にぶつけた額は、もう痛みが引いている。
こんな事で自己治癒能力が発動するのも恥ずかしいけど、この額の傷があるままで会いに行ったら、ブラックの同情を引く行為に見えそうで怖かったから、今だけはこの力に感謝せざるを得なかった。
……怪我をした状態で謝りに行っても、ブラックを不機嫌にさせるだけだろう。
これみよがしの傷なんて、ブラックが一番嫌いなものだろう。例えそんな気が無くても、魂胆があると思われていっそう嫌われてしまうかもしれない。
その光景を考えると胸が嫌な苦しさに苛まれて、俺は項垂れたまま胸元をぎゅっと掴んで俯いた。
「ブラック…………」
泣きそうな声は、絶望したような呟きは、やはり同情を買うのだろうか。
もう何もかもがブラックに嫌われる事だとしか思えなくて、俺はうずくまる。だけど、そうして自分を可哀想だと哀れむ事すら気分が悪くて、俺は自分でもどうしたら良いのかもう解らなくなってしまっていた。
……本当は…………本当、は……わかってる。
もう逃げちゃいけなくなってしまったんだって、決着を付けなきゃ行けないんだって、俺は理解してしまっていた。
ずっと考える事から逃げ続けていた……――――
ブラックが他の奴と接触する事に怯えていた、本当の理由と。
「…………」
ブラックと恋人になって、黒曜の使者の真実やブラックの色々なことを知る内に、いつのまにか俺の心の中には、暗く淀んだものが出来始めた。
それはブラックと一緒に旅をする度に、どんどん深く、大きくなっていって。
いつしか、俺を押し潰すレベルにまで成長してしまっていた。
その、淀んだものの正体は…………恐れ、だった。
「ぅ…………」
怖かったんだ。
ブラックと一緒に旅をして、一緒に居ることが当たり前になって、ブラックが俺の名前を呼んでくれる事が当然の事になっていって。
その心地良さが、俺には嬉しかった。
だけど、俺の事を好きでいてくれる人がいると確認して甘い心地良さに浸る度に、俺の中で怖さがどんどん増えて行って。ブラックに申し訳ないから考えないようにしていたのに、ブラックが最近素っ気ない態度を取ったり、えっちも最後までやらなくなったことに激しく動揺して、今まで抑えていた不安がどんどん溢れて歯止めが効かなくなっていった。
――明日、ブラックがいなくなったらどうしよう。
俺の事を嫌いになったらどうしよう。
ブラックが……俺に飽きたら…………どうしたら、いいんだろうか……と。
…………解ってる。
そんなこと有り得ないって解ってる。信じてる。恋人だって、ずっと一緒だって言ってくれたブラックの事を疑う気なんて毛頭なかった。
だけど俺は臆病で、万が一が起こったらと思うとどうしようもなく怖くて。もしも、今の俺が完全に屈服してブラックに全てを委ねてしまったら、ブラックは飽きて俺の事を手放してしまうかもしれない。そう思ったら、俺自身どうなるか判らなくて、考えたら勝手に涙が出て堪えられなくて。ずっと……ずっと、怖かった。
ブラックの事を信じているはずなのに…………
なのに俺は……自分に自信が無かったから、どうしてもその考えを消せなくて。
自分が足りないとこだらけの人間だと気付けば気付くほど、その考えたくない想像に取り憑かれてしまっていた。
「う……ぅう……っ、く……」
だって、ブラックは大人だぞ。
色んな男や女を抱いて来て、えっちな事だけじゃ無く色んな事を知ってて、俺よりずっと長く生きて来た、大人なんだぞ。
色んな人の肌を味わって来て、俺が敵うワケないくらい強くて、格好良くて、頭もよくて、女や男にもモテて……俺がいなくたってきっと、どこにでも行けて……
俺みたいな奴じゃ釣り合わないくらいの……恋人、だった。
…………だから、怖かったんだ。
怖くて、いつも以上に素直になれなかった。
寄りかかったら、重いって思われるかもしれない。早く強くならなきゃ、お荷物だって置いて行かれるかもしれない。何もしなかったら、何も判らなかったら、馬鹿な奴だと失望されて……もう、二度と……抱き締めてもくれないかも、しれない。
俺が、ブラックに抱かれる事を受け入れてしまったら……――――
征服し尽くしたって、言って…………俺に、飽きてしまうかもしれない……
……そう、思ったから。
だから、怖くて。怖くて、苦しくて、寂しくて、泣きたくなって、辛くて、嫌で、そんなことを考えてブラックを愚弄して信じきれない自分が嫌で、だけど信じきって捨てられた時に味わう絶望を大きくしたくなくて、だから、俺は。俺は……っ
「っ、あ……あぁあああ……うああぁあああぁ~~……!
涙が溢れて、止まらなくなる。
ガキみたいな情けない声が出て、それがみじめで、とまらない。
心の中のほんのすこしの冷えた部分がそんな俺を軽蔑してるのに、でも、今までずっと押し込めて来た怖さが現実になった事に、俺はもう耐えられなかった。
だって、俺、精一杯頑張ったよ。
恋人になってもどうしたらいいのか解らなくて、ブラックの「好き」にどうやって答えたら良いのかすら解らなくて、だから、俺なりにブラックに喜んで貰いたいって頑張ったんだ。
泣きたいのだって、恥ずかしいのだって、たくさん我慢したのに。
大人にならなきゃって思って、頑張ったのに。
でも、ダメだった。一言でブラックの事を怒らせて、もう、ダメになっちまった。
俺が一番怖がってたのに、俺自身がそのスイッチを押してしまったんだ。
頑張ったのに。ブラックに嫌われたくなかったから、ブラックに俺を好きでいてほしかったから、ずっと、たくさん、頑張って来たのに……!
「あぁああぁああ……うあぁああああ……」
冷静になったと思ったのに、涙が止まらない。
自分で何もかもをぶち壊したんだと思うと、頑張ってきたことの全てがエメロードさんに敵わなかったんだと思うと、悔しくて、情けなくて、涙があふれて来る。
結局俺は、ブラックに何も与えてやれなかった。
自分のことばっかで、ずっと怖がってばっかりで。ブラックがどう思っているかも読む事が出来なくて……。
「っ、く……う、ぇ……ひっ、ぐ、ひぐ…………」
喉がしゃくりあげる。
声が上手く出なくて、目もひりひりしてて、色んな所がひどく痛む。
また自分を憐れんでいる。
自分が「好き」の一言すらもはっきり言えない卑怯者だと解っていたくせに、その一言を言いさえしなければブラックがずっと自分を見てくれると思っていたくせに、この期に及んでまだ自分を可哀想な人間だと思う自分が憎らしい。
こんな奴、嫌われたって仕方がないだろうに。
ブラックの気持ちなんて、考えないで…………――――
「――――…………」
思って、俺は……地面に涙が零れるのを、はっきりと見た。
「……考え、ないで…………?」
目が痛いくらいに見開かれているのが解る。
自分じゃどうにも出来ない顔の変化に辛くなりながらも、俺は、今零した言葉で、ある事に気付いた。……そう。ブラックの気持ちを考えていない、ということに。
「…………ブラック……」
ブラックは、どう思ってるんだろう。
俺の言葉に怒ったブラックは、まだ俺を少しは思ってくれてるのかな。俺はさっきまで嫌われたと思って泣いていたけど、ブラックからそう言われた訳じゃない。
俺は、まだ、ブラックから直接気持ちを聞いていないんだ。
「…………」
もしかしたら、笑って許してくれるかもしれない。
だけど、本当に嫌いになっていたら?
ブラックに嫌われた事を明確に叩き付けられたら、俺はどうすれば良いんだろう。
もう、何も考えつかない。だけど、このままで良いはずはない。俺はまたブラックの気持ちを無視して、自分勝手に泣いていただけになってしまう。
だったら。
嫌われたと思って絶望するくらいなら。後悔して今泣いたんだから。
だから……。
「ぅ……ぐ…………」
痛いくらいに顔をごしごしと拭って、涙を散らす。
弱くて情けない俺自身を叱咤するように、俺は力任せに自分の頬を引っ叩いた。
「ッ……!」
鈍い音がして、急に引っ張られた首が痛くなる。頬もじんじんした痛みを訴えて、俺の顔を歪ませた。
だけど、このくらいしないと。俺は弱いから、すぐに決心もつかないダメな男だから、このくらい自分で気合を入れないと、何も決められない。
だから良いんだ。この痛みが、俺を冷静にしてくれるんだから。
「…………よ、し」
ぐしぐしと顔をまた拭って、震える体でゆっくりと立つ。
そうすると夜の風が髪を乱して、俺のひりついた顔を冷やしてくれた。
――行こう。
もう泣いて蹲るだけの情けない奴で居たくない。相手の気持ちを考えずに、一人よがりで泣いているような人間ではいたくなかった。だから、ブラックに謝りに行って、ブラックの本当の気持ちを聞かなければ。
嫌われていたとしても、それを自覚できないよりずっといい。それは、ブラックを信じ切れていなかった自分への罰だ。
だけど、謝って縋る前に終わったなんて思いたくない。
……だって、やっと……解ったから。
…………俺は、好きなんだ。
ブラックに嫌われたと思うだけでこんなに動揺して、ガキみたいに泣いて、無様に縋って許されるなら幾らでも謝ろうと思うくらい……もう、今までの自分を捨てても良いと思うくらいに……ブラックの事が、好きだったんだ。
自分が男だってことすら、どうでもよくなるくらいに。
……俺自身はそんなこと無いって思ってたけど、考えて見れば馬鹿らしい。
メス扱いされるのが本当に嫌だったら、必死で謝らない。頼りにしようともしないし、落ち込んでいても、あんな風に抱き締めたりもしなかっただろう。
俺はそれを「恋人だから」とかじゃなくて、ただ「自分が悪いから」だとか「慰めたいから」だってずっと思ってたけど、でも、それは間違っていた。
俺は、ブラックが好きだから……恋人として好きだったから、自分が似合わない事をしてるって解ってても、ずっとブラックに世話を焼いていたんだ。
俺が「恋人だから」と思う以上に、俺は……
ブラックのことを、大事な恋人だと思っていたらしい。
……今更だけど、本当に俺って奴は……何も見えていなかったんだな。
「はは……こんな追い詰められないと解らないって、だっせぇの……」
でも、やっと気付けた。
だから、俺は……ブラックがまた一緒に居ようって言ってくれるのなら……もう、迷わない。エメロードさんには敵わないかも知れないけど、でも、俺も。
俺も、ブラックと、ずっと一緒に居たいから。
今までずっと逃げていたけど……もう、逃げる訳にはいかない。
「こんな時に逃げてて、何が男だ……」
どんな話でも、格好いい奴は好きな相手にちゃんと好きだって伝えていた。
それは相手がどんな存在でも変わらないだろう。
例え弱さに囚われたって、相手を信じているから恐れない。
弱さも受け入れて、どんな事になっても自分の想いを貫こうとしていたんだ。
だから、俺だって。
どうしようもない馬鹿野郎だけど、俺だって、そうありたい。
今からでも遅くはないはずだ。
もう、逃げたりしない。相手を恐れたりしない。
ブラックの事が好きだから、どんな事になったって、もう後悔したりしない。
最早終わる恋だったとしても、最後まで悪あがきをして無様に縋って謝ってから、ブラックが望む方向へ目を向けるんだ。
「…………よし……!」
ちゃんとした声が出た事に息を吐いて、俺は花園を後にした。
きっともう顔は元に戻っているはずだ。手で触れた眉は、寄ってはいない。表情は緊張してるけど、それくらいは仕方がないだろう。
これから自分が言う事を、覚悟を決めた意志を見せるのだから。
「……でも、ブラック……どこにいるんだろう」
たぶん俺達の部屋と同じ階に居ると思うんだけど……。
そう思いながら部屋が有るフロアに戻り、廊下の壁に並んでいるドアを眺めていると……ガン、と鈍い音が少し離れたドアから聞こえてきた。
何かをぶつけたかのような大きな音だ。
ここいらの部屋は普通の客室ばかりだったはずだから、そんな音を出すような物が有るとは思えない。とすれば……そこに、ブラックが居るのだろうか。
まあ、間違いだったらそれでいい。
音がしたドアに近付き、意を決してノックをすると――中から声が聞こえた。
「誰だ」
低くて、鋭い声。だけどこの声は間違いなくブラックだ。
俺はごくりと唾を飲み込み、深呼吸をすると、口を開いた。
「ブラック……俺…………」
「――――!」
扉の向こうで、ガタッと何かの音がする。
何が動いたのか解らなかったけど、すぐに「鍵は開いている」と言われた。
それは……入って来て良いって事なんだろうか。
…………迷っている暇はない。
覚悟が決まっている今の内に、ちゃんとブラックに伝えないと。
「…………入るよ」
ドアのノブが、殊更重く思える。
だけど止まる訳にはいかない。
俺は緊張で震えないように息を止めて、部屋の中へと入った。
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