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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編
15.エンテレケイア遺跡―探索開始―
しおりを挟む「それにしても……まさかあの透明な球体がいきなり割れるなんて思わなかったな」
俺達の犬も食わない会話を聞いていたケルティベリアさんが、遥か頭上にある橙色で半透明なドームを見上げる。しかし「割れた」とされる場所には亀裂など無く、俺達が落ちるような穴も開いてなかった。
彼のその言葉を聞いて、ブラックはすぐに不可解そうに眉根を寄せて言葉を返す。
「割れる……っていうか、いきなり開いたって感じだったけどなあ。アレって、何かの原因で開いたんじゃないのか?」
「ほう、では、何が考えられる」
「うーん……準飛竜のロクショウ君に反応したのか、それかもしくは……ツカサ君の黒曜の使者の力とか」
そう言われて、俺はちょっと心臓がぎゅっとなる。
……そうか、そういう可能性も有るのか。
なんたってここは異世界人の痕跡が残されている場所だ。
だとすれば、俺の何かに反応してあの色の濃い卵の黄身みたいなドームが開いたのもおかしくは無いけど……でも、だったらこの場にいる全員がそう言う可能性あるんじゃないの。
「俺だけじゃなくて、大地と会話できそうなケルティベリアさんとか、それこそ神族のラセットとかだって可能性はあるんじゃないんですか? ブラックだってブックス一族だし……」
「……そう言われるとそうだな」
「うーん……全員ナイと言えないのがどうもなあ……」
遺跡に異世界人の痕跡が有るとはいえ、俺が鍵だと断定するのは危険だ。
【エンテレケイア】は研究や発掘すらもされていない秘境の遺跡なんだ。俺達だけで判断できる事なんてどこにもないだろう。そもそも、俺だって自分の能力の事なんてほとんど解ってないんだし。
そんな状態じゃ、アレコレ言ってても仕方ないよな。
「まあ……先に進めば解ると思います」
「そうだな。とりあえず周辺を探索してみるか……しかしここはどこなんだ? どこかの中庭のようではあるのだが」
「中庭?」
そう言われて、改めて周囲を見回すと……確かに言われたようにここは中庭のような構造をしていた。ここは四方を神殿の外廊下のようなものに囲まれており、何かの建物の内部だとは解るが、しかし何の建物なのかは解らない。
それに、この建物は異様に壁が高く周囲を見渡せない。
遺跡っぽく色んな所に彫刻があって、ビルの谷間と言うよりかはもうちょっと歴史が古い感じがするけど、でも建物自体はミレットと同じ青っぽい綺麗な材質なんだよな……。こっちは所々崩れてたり、大きなひびが入ってたりするけどね。
でも……そもそもの話、ここが中庭ってのも変なんだよなあ。
だってここ、庭って言うのになにも生えてないんだもん。
広さだってサッカーコート二面分くらいあるし、地面は土じゃなくて床だ。
これで中庭って、植物がどこに生えてるんだって感じだよ。いや、俺は根性で生やしたけど。
「雰囲気的にはミレットとそう変わらない感じだけど……こっちの方がまだいつも見慣れてる建物っぽくて安心するね。彫刻も見事だし……」
ブラックも同じ事を思っていたようで、俺は素直に同意した。
「だよな。……まあ、あっちと変わんない所は有るけど……」
俺の言葉のあとで、ケルティベリアさんも顎に手を当てながら上を見上げる。
「しかし洒落込むことは悪い事ではないという感じが伝わって来るな。そういえば、ミレット遺跡は装飾の欠片も無い場所だった。とすれば、後に建てられたこちらは、あの場所よりも親しみやすくしたのか……それとも役割が違うのだろうか」
「ま、どっちにしろ探索が先だね。この建物の出口も見つけなきゃだし」
「そうだな、とりあえず降りるか……」
俺の木製トランポリンは、細い木が絡まり合って強靭な柱になっているから、その柱を伝えば降りるのは簡単だ。俺は元々木登りが得意だから平気だけどな!
と言う訳で俺とブラックはするすると降りたのだが、意外なことにケルティベリアさんとラセットは木登りをあまりやらないのか、降りるにも時間が掛かっていた。
ラセットはお貴族様っぽいし、たぶん木登りなんてしないから苦戦してるんだろうけど、ケルティベリアさんは何でだろう。木が少ない場所に住んでるからかな。
なんにせよ、ぶっとい木四本でトランポリンを作らなくて良かった。
「所でツカサ君、このとらんぽんとか言う奴は残しておくの?」
「トランポリンな……。使うかも知れないし、一応残しておこう」
「そうだね。何が起こるか判らないんだし……」
とりあえず一番近い外廊下から建物の中に入ってみようと歩き出す。
するとやっぱり気になったのか、ケルティベリアさんが問いかけて来た。
「クグルギ君、あれも黒曜の使者の力なのか?」
「うーん……全部が全部ではない……かな。あの物体を想像したのは俺自身なんですけど、出力する力は黒曜の使者のモンだと思います。魔方陣……えっと、下に紋様が見えましたよね?」
「ああ、今度は美しい緑の光だったな」
「俺もよくは解らないけど、なんかでっかい術だった場合はあの紋様が出るようになったんです。前はそんな事無かったんですけど……」
「そう言えばそうだね。前はいきなり木とかがばーって出て来てたし」
ブラックの言葉に、相手は片眉を顰めて難しそうな顔をする。
「ふむ……? よくわからないが、現象が出現したという事は……なんらかの条件が成立したのか、それとも整理されたかしたのだろう。出来なかった事が出来るようになったというのは、大抵その対象の力が上がったか、もしくは洗練された事で起こる事象だからな」
「なるほど……じゃあ、俺もちょっとは強くなったって事なのかな……? まさか、前より弱くなったってワケじゃないだろうし……」
「能力が高まったか、一つ枷が外れたからあの紋様が出現したという所か。であれば……君の黒曜の使者の力には、まだ何らかの力が眠っている可能性があるな」
「え……」
どういう事だと振り返ると、ケルティベリアさんは俺をじっと見つめた。
「我が見た君の中の力は、まだ奥底が有るような気がした。それこそ神が司る根源のような、恐ろしくも畏れ多い……そんな威力すらある力だった。それを君自身が蓋をしているのか……それとも、まだ封じられている力なのか……それは、判らないが」
「…………」
あくまでも自分の見解だが、とケルティベリアさんは言うが、もしそれが本当だとしたら俺はどう返したらいいのか解らない。
俺は蓋をした覚えはないし、誰かに封じられたと言われても心当たりがない。
唯一思い浮かぶのはダークマターだけど、あいつはそんな感じじゃ無かった。
もちろん、ギアルギンやレッドでもそんな事はしないだろう。
あいつらは俺の力を機械に組み込みたがってた。だったら、俺の力が全開になっている方が喜ぶはずだ。……悔しいけど、俺はそんな力なんて怖くて使えないし、使えたとしてもレッドや兵士達に放つ事なんて出来ない。ギアルギンはそれを知っていただろうから、むしろ力を封じる事なんて考えなかったはずだ。
……敵にそんな腑抜けだと思われてるのは悔しいけど……仕方ない。
事実として、俺は人間相手に致命傷は与えられないんだから。
でもそれは優しさからとかそう言う話じゃない。
単純に、力で人を蹂躙して自分が「加害者」になるのが怖いからだ。
俺は人に恨まれたくないし、出来る事なら誰かと喧嘩なんてしたくない。出来れば仲良くなりたいと思っている。だって、その方がずっと楽しいし、なにより煩わしい事が無くて楽じゃないか。
誰かに恨まれるくらいの事をしろと言われるのなら、黙って去った方がマシだ。
人を傷つけたという事に悩みたくない。そう思うのに、理由も何もないだろう。
自分の憤りを発散したいからって暴力を振るっても、後で悪い事が起こった時に自分が悲しむだけだろうし。
なにより、お天道様はいつも見てるって婆ちゃんに言われてるんだ。
エロい事は大好きだが、女の子を泣かせてはいかんのだ。うん。
……まあ、そんな事じゃなくても、人を虐げるのってしんどいと思うし、なるべくそう言う事はやりたくないけどさ。
実際戦ってみて分かったけど、モンスターとお互いに生死をかけて戦うのと、人間同士で戦うのってやっぱ違うよ。絶対殺し合いとか俺には無理だわ。
まあ、人間同士で戦うこと自体に関しては何にも言えないけどさ。
でも俺のそんな甘ちゃんな考えは、敵には都合がいい。
こっちが本気で抵抗出来ないからこそ調子に乗る。それは解ってるんだけど、そう考えると理性って本当に面倒臭い代物だよな……。
俺もヒャッハーな世紀末的性格だったら割り切って無双出来たのかなあ。
仮に封じられているとしても、今でも充分強力だしなあ……黒曜の使者の力って。
まあそんなこと今更言ったって仕方ないんだけども。
「とにかく、この遺跡でその力の事が少しでも解ればいいんだろ? 今はそう言うのは後にして、探す事に専念しよ。ね、ツカサ君」
そう言いながら、ブラックは俺の肩を抱いて引き寄せて来る。
歩きにくいったらないだろとは思うけど、俺の事を気遣ってくれてるんだろうかと思うと、何か顔が熱くなってくる。……う、嬉しいとか思っちゃう俺って、やっぱり女子から見たら気持ち悪いんだろうか……でも、俺とブラックは恋人、だし……。
「あっ、入口が見えて来たね。扉は無いみたいだ」
「ぅ……わ、解った、解ったから、あの、歩きにくいし……」
「まあまあ、今度は僕がツカサ君を守ってあげなきゃ。とらんぽいんの時は出遅れちゃったから、今度は僕がしっかりと守ってあげるからね~、うふふふふ」
「だっ、だからってくっついたまんまで歩く奴があるか!」
「ええいイチャイチャしとらんでさっさと先に進め!!」
ありがとうラセット、今だけありがとう。
しぶしぶ手を離したブラックから二歩離れて、俺は慎重に入口から中を確認した。
……む…………危ない感じはしないな。普通の建物だ。
一応ブラック達にも索敵して貰ったんだけど、やっぱり何も居ないみたいだった。
でも、あのお掃除ロボットの例があるからな……慎重に行かないと。
「よし、行こう」
俺達の中で一番素早く動けるブラックを戦闘にして、遺跡の内部に侵入する。
壁と柱が一体になっていて、それがもう一種の装飾になっているような廊下。ここはミレットと違って人がいた痕跡がそこかしこに遺されている。
ずっと放置されていたが故に崩れ落ちたのだろう木製の家具や、花瓶らしき破片が転がっていて、廊下にはどうもカーペットらしき物が敷かれていた跡が有る。廊下の端と真ん中らへんとでちょっと色が違うのだ。
大理石っぽい材質のファンタジー建材でも、日光による劣化とかある物なのかな。
そこらへんはよく判らなかったが、この感じだと人が生活していた事は間違いないみたいだ。
「ここは……ミレットとはまた違って、暮らしの跡があるな」
「しかも結構細かい……かな? 廊下に花瓶とか、絵を飾ってた跡っぽい釘とかあるし……。少なくともこの建物の主は生活に余裕のある奴だったみたいだね」
あ、そっか。絵を飾るなんてこの世界じゃブルジョアがやる事だったな。
絵がなくなってるのは引っ越したからなんだろうか。にしては家具が残ってるのが変だけど……まあそういうこともあるか。
とりあえず建物の中――この廊下が続く範囲は建物のほんの一部分だとは思うが、遺跡の事を把握するために虱潰しに部屋とかを調べてみた。
廊下から行ける部屋は細かく観察して、やっぱりここもホコリがなく砂や瓦礫だけだって事を確認したり、何故か服や生活用品は無くなっているが、家具などは残されている事などを見て首を傾げたりして……というか気付いたんだけど、ここって結構裕福なくせに、部屋に置いてある物は粗野なんだよな。
何故か武器を立て掛ける家具が置いてあったり、ベッドだけだったり……もしかしたら、この場所って闘技場とかだったりしたのかな?
再び外廊下に出て他の場所も調べてみたけど、結局同じような感じだった。
中庭の外廊下には四つの入口が有って、それぞれ別の場所に繋がってるんだけど、全部が同じ感じ。廊下はちょっとお洒落にしてあるのに、部屋は粗野。
二階に上がってみると、俺のその推測は大まかだが有っている事が解った。
「なーるほど、ここは兵士の訓練所か……」
上がってすぐの場所に有った、横長の円卓が置かれている会議室や、やけに大きな食堂を見やったブラックがホウホウと頷く。
「アレとソレを見ただけで解るの?」
「さっきの会議室には、長が座る上座の壁にボロボロの布が掛けてあっただろう? アレで解ったんだ。ああいう部屋に飾られる紋章は、基本的には国章か……もしくは騎士団の紋だからね。それに、階下に質素な部屋が多数有って、こんなに広い食堂と会議室も用意されてるなら間違いないと思う。たぶん、最上階には団長の部屋か……もしくは、何らかの長の部屋があるんじゃないかな」
「じゃあ……上に行ってみる?」
「何階あると思ってるんだ……十階以上は有るぞ、この建物」
俺の言葉に、ラセットが難色を示す。
またお前かい。でも気持ちは解る。
「だったらラピッドを使って登ればいいんじゃない? ね、ツカサ君」
「あ、そっか。アレって脚力強化だもんな」
「だが、この大地の気が酷く薄いプレインでは、気の付加術は使えないのでは?」
ケルティベリアさんが言うのに、ブラックは急に不機嫌になって目を細めた。
「……ツカサ君の力を使えば出来るよ。お前らにツカサ君の力を使わせるのはイヤだけど、本当はお前らに使わせるのはすっごく、すっごぉおおおく不満だけど、文句を言われるくらいならその方がマシだからな!!」
「俺の意志は無視か。まあ良いけど」
そうそう、そういう手も有ったな。俺が大地の気を二人に送れば万事解決なんだ。
しかし監視役二人はと言うと、ブラックのその言葉に目を丸くして絶句しており、反論も頷く事すらも出来ないようだった。アレ、なんで?
「だ……大地の気を渡す……?!」
「己以外の誰かに気を渡す事など不可能なのに……まさか、黒曜の使者はそんな事も出来るのか……?」
…………あれ、この情報初出だっけ。
「……ま、まあ、あの、やってみますか!? 怖くないしチクッとかしないんで!」
なんかいま物凄いポカを二人してやってしまった気がするけど、ま、まあ、遅かれ早かれ解る事だったろうし、まあ、あの、い、良いよね!
ラセットはどうせ嫌がるだろうから、とりあえずケルティベリアさんから。
俺は相手と握手を交わすと、最早慣れてしまった大地の気の受け渡しを行った。
「おお……美しい金の光が流れ込んでくる……!」
「……これは…………な、なんてことだ……」
あ、さすがにこれは二人にも見えてるのか。
と言う事は二人とも気の付加術自体は使えるんだな。
「ケルティベリアさん、ラピッドは掛けられます?」
「一応嗜みとしては知っている。うむ……この気力なら出来るか……やってみよう」
金色の光の粒子を散らしながら、ケルティベリアさんは軽く呟いて【ラピッド】を発動する。と、彼の足がぽうっと光に包まれた。これは成功って事かな?
「こ、これは……凄い……! 我にも気の付加術が使えるとは……!!」
「ほ……本当に何ともないのか。使えるのか……?」
不安そうにケルティベリアさんを見るラセットに、彼は何故か凄く嬉しそうに目を輝かせながら頷く。その顔を見てやっと決心したのか、ラセットは不承不承と言った様子で俺に向き直ると目を逸らしながら手を差し出してきた。
かーっ、ほんと一々不満を顔に出すんだからなあもう。まあ良いけど。
「ちょっと失礼しますよっと」
「っ……!」
手を握った途端に、ラセットの体が大仰に跳ねる。
そんなに警戒しなくたっていいのに。化け物扱いされるのは悲しい。
でも、逆に言えばこうやって触れる事で化け物じゃないって思って貰えるかもしれない。よしポジティブに考えよう。これは一歩前進なのだ。
そんな事を思いつつ大地の気を注入すると。
「――……! こ、この温かい力は……」
ラセットが目を見開いて俺を見る。
黄金の光の粒子が舞う中でこっちを見つめて来る顔は、やっぱりイケメンだ。
返す返すもイラッとするが、この世界は美形が多いんだから仕方ない。チクショウ感動に頬を赤らめやがって。これ、黒曜の使者の配役を美少女に変えて俺がラセット役になったら、絶対に気持ち悪がられるってのに。顔面偏差値とか滅んでしまえ。
イケメンは得だな。ケッ。とか思いながら、心の中で唾を吐き捨ててラセットから手を離すと、彼は俺が握っていた手をじっと見つめて、ボソボソと呪文を呟いた。
と、ラセットの両足にも光が宿る。
「本当に使えた…………」
「だから言ってんだろ、使えるって」
「ツカサくーん、僕も僕もぉ」
「だーもーはいはい!」
そう言って手を差し出そうとすると……またもやぎゅむっと抱き締められた。
「わー!! バカ! こんな時に何やってんだ!!」
「これがツカサ君から力を取り込めるんだもーん。ほらほらツカサ君早くぅ、早くしないと我慢出来なくて僕キスしちゃうよぉ~」
「ギャー!!」
ああこの世界にキスって単語が無くて良かった!!
でも人前でそんな事言うんじゃねえぞお前えええほらもうさっさと取り込め離せ!
「何だかよく判らんが変態か」
「変態と言う情報は間違ってなかったのだな、やはり」
ほらもー変な誤解され……誤解じゃないか……。
っていうか「変態」って言う情報まで回ってくる世界協定って一体……。
「わーいわーい、ラピッドー! ほらほらツカサ君脚力強化だよ光ってるよ、僕脚力が強くなったからツカサ君を抱えて行ってあげるよ! よーし最上階まで登るぞー」
「ちょっ、えっ、え!? 待て待て待て抱えるなこの抱え方やめろおお!」
人が考えてる間になにお姫様抱っこしっ……おいおいおいちょっと待て、人の事を無視して階段を登り始めるなよちょっとぉおお!!
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