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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編
5.付添人がいると精神力に補正が掛かる
しおりを挟む円卓の上に六つの仮面がぷかぷかと浮かぶ光景は、かなり怖気を感じさせるものだったが、近付かねばどうしようもない。
俺は覚悟を決めると、ブラック達と共にゆっくりと円卓に近付いた。
『これより、第一回真言喚問を行う。中立、擁護、対立それぞれ紋を放て』
俺達が円卓に近付いたと同時、誰か判らない声がまた部屋の中に響いて、耳鳴りのような音が聞こえて来る。思わず耳を塞ぎたくなったが、どうにか耐えていると……目の前の仮面達にそれぞれ変な文様が浮かびあがって来た。
一つは、赤い炎を模したような文様。
一つは、緑色の草を模したような文様。
そして最後は、水を現したかのような円が組み込まれた青の紋様だ。
中立、擁護、対立って言ってたけど……これが見分ける印なのかな。
それにしては、緑が三人、赤が二人、青が一人って感じになんだけど……まさか、擁護の人が青ってことなのか。ああ、緑が対立派じゃありませんように。
『それでは質疑応答を始める。レイ・アサドは控えよ』
「はっ。……では私は端に離れますね」
ああ、レイさんが離れて行っちゃった。うう……。
思わず不安になってしまったが、負けちゃ駄目だ。ブラックもクロウもいるし、こっちには頭脳だけはピカイチなアドニスや、口八丁手八丁のロサードもいるんだ。大丈夫だってきっと。
ぐっと堪えて、俺は再び仮面達を見た。
『……この中で、真なる黒曜の使者とは誰か。一歩こちらに出よ』
あ、そ、そうだな。俺の事が問題になってるんだからまずは俺が出なきゃな。
怖い事は無いと己を鎮めて、俺は円卓に一歩近づいた。
すると、複数の声が一気にざわっと音を立てる。思わずびっくりしてしまったが、どうも相手も驚いているらしい。何でだろうと思っていると、また声が響いて来た。
『これが真の黒曜の使者だと……?!』
『幼い……十二三の子供ではないか』
『あの黒曜の使者を従えたのがこの少年だと?』
『むう、なんとも信じがたい……』
え、え……な、なに、何言ってんのか解んない……。
不安になってしまってブラック達の方を振り返ると――何故かブラックが、物凄く怒ったような顔をして仮面達を睨んでいた。
「ブラック……?」
『そこなる黒曜の使者、お前の名はツカサ・クグルギと申したな』
「あっ……は、はい。そうです」
ブラックの事が良く解らない内に質問をされて、俺は慌てて体を戻した。
何だったんだろう、今の顔……。
『種族はなんだ』
「……人族……だと思います、多分……」
『確証はないのか』
「すみません、俺、本当に何も知らなくて……アタラクシアの遺跡で知った情報とか、自覚してる範囲だけの事しか解らないんです。シアンさんが皆さんに仰った事ぐらいは把握出来てるつもりなんですけど、それ以上は……」
素直にそう言うと、仮面達はまたザワザワと何かを話していたが、緑の仮面の一つが、俺の方へと向いた。
『……やはり、真の言葉であるか。では、お前の国はサカイ国……ヒノワなのか』
「あ、いえ。日本って所なんですけど……」
『聞いた事が無いな』
『しかし嘘は言っておらぬ』
『そもそも黒曜の使者に故郷などあるのか?』
そりゃそうですよね。なんかそう言うのって突然現れるイメージですよね。
普通は怪獣がどこで生まれたとか気にしないか。
でも変だな。みんな俺が「異世界から来た」って解ってるんじゃなかったのか?
それなら俺の出身を聞く事なんて無いのに、どうして裁定員の人達は、今更な事を俺に聞いたんだろう。確認のため?
よく解らなくて眉根を寄せていると、俺の事をじっと見ていた青い仮面が僅かに光った。本当に、意識していないと解らないくらいの光で。
『本来であれば、我々は貴方と直接対峙すべきなのだが、今の所は貴方が安全であるかどうかが把握出来ないので、このような形を取らせて貰っている。申し訳ない』
もしかして……青い仮面の人が喋ってくれたのかな。
何だか気遣ってくれている感じがして、俺は少し気が楽になって軽く頭を下げた。
「大丈夫です、ありがとうございます。俺も……その……直接問い質される感じだと、緊張して何も喋れなかったかもしれないので……これで良かったです」
俺だけかも知れないけど、ドラマの裁判シーンとかって見てるだけで何か変な感じになって、胃が痛くなるからなあ。
嘘偽りなく答えなさいって言われても、信用して貰えなさそうで不安になっちゃうんだよ。まあそれは俺が学校で色々やって怒られてたからかも知れないけども。
女子の着替えを目撃してしまったのは不可抗力だったのに。
……じゃなくて。今はそんな過ぎた事を考えている時間ではない。
とりあえずお礼を言うと、何だかその場がしんとしてしまった。
あれ……お、俺、変な事言ってないよな。お礼言っただけだよな?
なんでしーんとしちゃうの。
やめて沈黙されると余計耐えられなくなるからお願いやめて。
何で喋ってくれないんだろうかと不安になって仮面を見やると、赤い仮面の一人が俺の方をちらっと見て光ったような気がして――それからすぐに声が聞こえた。
『では、気楽と言うのなら答えて貰おう。お前は今どの程度の、どんな曜術を使えるのだ。包み隠さず全てを話せ』
聞こえて来る声は全員なんだか同じようなくぐもった声だから解らないんだけど、でも口調でさっきの青い仮面の人とは違うって事が解るぞ。
たぶん、この全員が同じ声っていうのは、誰が発言したか判らなくして恨みを買わないようにするための措置なんだろうけど、なんかこの声は俺を詰問してるみたいだからな……。多分さっきの優しい声は、俺に対して同情的な人なんだろう。
だったら、ちょっと安心かも……。だって、一人は絶対に味方になってくれそうな人がいるって事なんだからな。よし、ちょっと勇気が出て来たぞ。
ええと曜術だったよな……曜術…………。
……じゃあ、俺の本当の能力は話さない方が良いのかな。
聞かれた事だけ話した方が変にこじれないだろうし、シアンさんの事だからどうせ俺の「他人に曜気を受け渡す能力」の事は話してるだろうからな。
今聞かれているのは「俺がどう言う曜術を使えるか」なんだから、そこをメインに話そう。あ、でも、気の付加術はどうなんだろう。言わなくていいのかな?
まあ訊かれたら話せば良いか。
と言う事で、俺は今使える木の曜術と水の曜術、それに数回だけ使った事のある炎の曜術を話して聞かせた。しかし、彼らはそれだけでは不満だったようで、また赤い仮面がわずかに光ると、俺に対して少し厳しめの声がぶつかってきた。
『それだけではないはずだ。口伝曜術まできちんと話せ。お前が編み出した曜術だ。原理までは言わんでいい。簡単に話せ』
あ、やっぱりそっちもか……。
じゃあお話ししますよという事で、俺は気の付加術で作り上げた【ウォーム】と【ゲイル】、そして曜術と気の付加術を組み合わせて作り上げた【リオート】の事を軽く説明した。
最初はホウホウと軽く頷く声が聞こえていたのだが、リオートの事になると――――その場の空気が、一瞬にして張り詰めた。
『な……なんだと……人族が自力で氷を編み出す術を……!?』
『馬鹿な、そんな事は不可能だと結論が出ていたはず!』
『いやしかし彼は黒曜の使者、超常の力が備わっているなら容易いのでは?』
『そんな……』
『驚きですね、これは大いに利用価値のある術だ』
え、ええと……多分説明したら皆さん出来ると思うんですが……。
でも氷が身近になくて、氷の出来る過程とかも俺が思っているのと違う世界だったとしたら、どう作って良いのか解らない物なのかもしれない。じゃあ不可能って事になるのも仕方ない……のかな……?
しかし仮面の裁定員たちは、未だにわあわあ言い合っている。
何だか色々と話が混乱していて、どれに焦点を絞っていいか判らない。
だけど、そんな混乱を、誰かの放ったパァンという音が遮った。部屋全体に響く程の強さで打たれた手に、先程まで煩いくらいに混線していた声が一瞬で消える。
仮面達は一気に動きを失くし、沈黙していたが――やがて、緑色の紋様を刻む仮面の一つが微かに光り、軽く上を見た。
『口伝曜術は創作者が認めたもののみに伝わるもの。我々がその仕組みを深く考える事は、伝統ある規範を穢すことと思いなさい。例え彼が怪物や災厄の類であろうとも、努力し作り上げた全てを侵害する事は、罷りなりません。……我々こそが、平和と秩序を愛する者。それを忘れぬようにお願い致します。みなさま』
静かで雄々しい、何もかもを諭すような声。
何故か俺はその声をどこかで聞いたような気がして、不思議な気持ちになった。
『……さて、クグルギ君。私達は今までの質問で、君が私達に対して真摯である事を確認した。しかし、それだけではまだ君を信用しきれない。だから、明日は今日話してくれた術をあらゆる出力で放つ試験と、身体検査を行ってもらう。身体検査では、君の自由を奪う事になるが……それで構わないかな?』
どの道そうなる事は解っていたし……今は、大丈夫。
だって、もうあんな事にはならないだろうし……ここにいる『裁定員』の人達は、立場上俺達に酷い事は出来ないだろうから。だったら、俺が信用しなければ話は進まない。シアンさんの為にも、俺が無害だって認めて貰わなきゃ。
「はい。構いません」
『君の意識を奪っても?』
「……あの……ブラックやクロウも……一緒にいて、いいなら……」
そう言うと、何故か背後と仮面の声からクスクスと笑う声が聞こえた。
『…………なるほど、水麗候の言う事は正しいらしい』
「……?」
『よろしい、同行を許可しよう。しかしその時は、君の御付き二人に【契約の枷】を付けてもらう。同席した時に、万が一狙われないとも限らないのでね』
その言葉にブラック達を振り返ると、二人は真剣な表情で深く頷いた。
良かった、一緒に居てくれるんだ。枷なんて、二度と付けたくないだろうけど……でも、俺の為に付けるって言ってくれてるんだよな。ありがとう二人とも……。
『では、この場は一度閉廷……』
する、と、声が言おうとしたと同時。
背後のドアが、勢いよく開け放たれた。
「ッ……!?」
いきなり強い光が外から入って来て、俺達は思わず目を細める。
一体何が起こったんだろうとドアの方を見ると……三人の人影が見えた。
二人長身で体格のいい……恐らく、男。そんな二人を従えるように、ドレスらしき裾を翻して、彼らよりも背の低い少女めいたシルエットがこちらに歩いて来る。
そうして、暗闇の中で姿を見せた彼女は、幼げで愛らしい顔に微笑みを浮かべて淑女のようにドレスの裾を引いて挨拶をした。
「皆様、お初にお目にかかります。私、レクス・エメロード・オブ=セル=ウァンティアと申しますの。お話しの最中に割り込んだ事、ご容赦くださいませ」
そう言いながら、彼女は深くお辞儀をする。
胸が開いた扇情的なドレスは、彼女の儚げで愛らしい表情には似合わない程の豊かな胸が詰め込まれており、お辞儀をしたら服から飛び出るのではないかと思うほどで、こちらのほうが慌ててしまう。要するに、爆乳だ。人の目を集めてしまうほどに美しい容姿とその豊かすぎる胸は、その場の男の視線を一気に集めてしまっていた。
だが、彼女はそんな不躾な視線にも優しく微笑むと、金色の瞳で俺を見つめた。
「閉廷の前に……皆様に、お願いが有ってまいりましたの。聞いて下さいますか?」
薄い水色を含んだ銀の髪をキラキラと輝かせながら、彼女は仮面達を見やる。
すると、何故だか彼らは少しざわつき――やがて、その中の一人が声を発した。
『断わる理由もございません。どうぞ、仰ってください』
やけにへりくだった口調。
どういう事かと思って彼女を見やると、彼女は異様に長い耳を愛らしく動かして笑った。
耳……長い耳ってことは……彼女はエルフ神族なのか?
「せっかく、お姉様が慈しんでおられた方々とお会い出来ましたし……今から、彼らをお呼びして宴を開きませんこと? 勿論、わたくしが用意をいたしますわ」
『し、しかし、我々が居ても良いものですかな?』
「あら、彼らの人となりを更に知るのであれば、酒の席と言うのも必要で無くて? まさか閨に連れ込むわけにも参りませんし……それならば、次に性の出るのは宴の席でしょう? 皆様にとっても、損は無いと思いますが」
ねえ、と愛らしい顔でそう言われて、俺は思わず顔に熱を登らせて頷いてしまう。
今まで色んな女の子に出会って来たけど、彼女は別格だ。
彼女が一番とかそう言うんじゃなくて……なんか……なんだか……明らかに、他の美少女とは違う何かが有るって言うか……とにかく、普通じゃない。
俺としては美少女に優劣は無いと思ってるんだが、彼女は何だか……俺が大好きな女の子達とは全く別の枠に存在する人のように思えたのだ。
だけど、どうしてそう思うんだろう。
「では決まりですわね! 皆様、楽しみにしておいてください」
そう言いながら、彼女は踵を返して帰って行く。
帰る間際も、ブラック達に愛想を振りまきながら。
彼女のその笑顔を見ながら――俺は、やっと気が付いた。
そうだ。
オブ=セル=ウァンティアって、シアンさんのファミリーネームじゃないか。
じゃあ、まさか、あのお姫様っぽい美少女って……シアンさんの妹なのか……!?
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