異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

1.いざ行かん、直轄地キャストリンへ

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 私は、あの人が憎かった。

 あの人さえいなければ、私は自由に生きていける。
 本当の意味で、何もかもから解き放たれる。そう思っていたから。

 だから、私は憎む事にした。
 全てを憎んで、嘲って。この世界の全ての存在は、誰も私のいる“高み”に届かないから、私の思いの一滴すら汲んでくれないのだと思う事にした。

 けれども、それを悲しいとは思わなかった。
 むしろ誇りすら感じられたように思う。

 何故なら、あの方が、私を認めてくれたから。
 あの素晴らしい方だけが、私の事を見て、この世界の全てを嘲ってくれたから。


 ……けれど、何故だろう。
 渇いていく。何もかもが砂を噛むようで、不快感ばかりが残って行く。

 上手く行かない物事が、私を理解しもしない下等な存在達が過ちを犯し私を苛立たせる事が、どうしようもなく心をさいなむしばんでいくのだ。
 それもまた、「下等な存在への希望を捨てられていない」という事なのだろうか。

 一体、私が何を望んでいるというのだろう。

 この世界の全ては、神に選ばれた私以下の存在でしかないというのに。









 この世界の人族の大陸には、国の境を分けるような山脈が存在する。
 嘘みたいだけど、本当の話だ。
 この世界は、山によって国がへだてられているのである。

 けれど、人族の大陸に住む人達は、その神の采配さいはいに異論を唱える事無く国を作り、それぞれの歴史を刻んでいた。
 いや、正確に言えば、この国境を崩す術が無かったから、人族はいつしかこの山脈が絶対的な国境であると定めて、山に触れぬように暮らして来たのだろう。

 なにせ、この国境の山々には、充分な訓練を受けた騎士でさえも返り討ちにされてしまう強いモンスターが、わんさと生息しているのだ。山を越えれば秘密裏に他国へと侵入できるとは言え、そのような事をする愚か者など滅多に居なかった。
 それだけ、皆が国境の山の恐ろしさを知っていたのである。

 だが、この国境の山には、奇妙な事に人族が集う場所が存在するらしい。
 しかも……二か所も。

 ――ひとつは、ライクネス王国、アコール卿国、オーデル皇国、ベランデルン公国が接する国境の山の頂点。

 ――ひとつは、アコール卿国、プレイン共和国、アランベール帝国、ハーモニック連合国が接する山の頂点だ。

 前者の山には、ライクネスの国教であるナトラ教の総本山があり、後者には……

「じゃあ……そこに、世界協定の本部があるの?」

 部屋の中に男五人が向かい合って座っているなんて、むさ苦しいことこの上ない。
 だが、出発する前に到着地の情報は仕入れておきたいという事で、俺達はリビングで顔を突き合わせてロサードの説明を聞いていた。

 ……とは言え、世界協定の本部に関しての情報は、ロサード以外は何故か誰も知らなかったので、俺だけが話を聞いてるって訳じゃないんだけどね。

 だけど……獣人のクロウはともかく、ブラックやアドニスならそんな情報くらい知ってても良さそうなモンだけどなあ。
 どうして、今説明されている「世界協定の本部の場所」を知らなかったんだろう。そう思いつつ、ロサードに今言ったように問いかけると、相手はこっくりと頷いた。

「そう。その本部のある場所は“賢山・デルフォス”と呼ばれる青くそびえ立つ山でな、そこに……世界協定本部の【カスタリア】という区域が存在するんだ。ツカサ達はハーモニックに行った事が有るんだよな? その時、アコールとハーモニックの国境の山のところに、青い山脈を見た事があんだろ。あの山に本部があるんだよ」
「ああ……なんか、そういえば見たような見てないような……」

 あの時は偶然知り合ったお爺ちゃんの馬車に乗せて貰って、護衛がてら一緒に移動してたから、近い景色は見てたけど遠い景色には目が行かなかったんだよな……。
 でもそう言われてみると、青くて異様に高い山を見たような気がする。

「で、俺達が今から行くのは、そのカスタリアの御膝元おひざもとの【キャストリン】という街……いや、区域だな。ここはハーモニック連合国の州の一つだが世界協定の直轄地でもあって、国とは全く関係のない地とされてるんだ。もちろん、法律も違う」
「別個の国みたいな感じなの?」
「それはどっちかって言うと、ナトラ教の御膝元の方がそうだな。キャストリンは、そうさな……言ってみりゃ、色んな国の法をぶちこんだ混沌と秩序の街って感じだ」
「なんだそれ」

 何を言ってるんだと眉根を寄せるブラックに、ロサードは肩を竦める。

「そらまあ、行って直接見てみる方が早いわな。アドニス、お前は確かキャストリンまではよく行ってたんだよな?」
「ええ。水麗候や、他の貴族の方から何度か呼び出してきましたからね」
「やっぱりそうか。なんかよ、水麗候が『アドニスなら村から一瞬でキャストリンに来れるから、到着したらその事を言いなさい』とか言ってたんだけど」

 一瞬って……まさかアレかな。
 妖精族、しかも王族の直系だけが使えるって言う、普通の人間は使えないデタラメな術――【異空間結合エリア・コネクト】の事?

 アレって、そんな事も出来たのか。ちょっとした移動魔法じゃん。アドニスが一度行ったところなら、距離とかは全く関係なしに移動できちゃうのかな?

「アドニス、って距離とか関係ないの?」

 今更な事を質問すると、が何か解っているだろうアドニスは片眉を上げた。

「多少の制約はありますし、正直この距離では一か八かなんですが……まあ恐らく、水麗候は君に手伝って貰えと言いたいのでしょう。遠い距離を繋ぐには膨大な気力が必要ですし、気が足りないままだと空間がねじれて歪み、油断すると腕の一本ぐらいは簡単に千切れます」
「ヒェ……」
「ですが……君が手伝ってくれるなら大丈夫と、そういうことかと」

 な、なるほど、必要なものが曜気か大地の気かは解らないけど、とりあえず俺が気を送ればいいんだな。
 そう言う事なら出し惜しみしないで渡しますともええ。

 迷わずアドニスの手を取って、アドニスに好きなように気を使って貰う。ロサードはその様子に変な顔をしていたが、まあ曜気が見えるのは9割曜術師だけだし、商人のロサードには見えてないだろうからなあ……。妙なタイミングで握手したと思ってそうだ。いや、あの、違うんですよ。意味が有るんですよ。

 でもここで話せるワケも無く、オッサン達のじっとりした視線とロサードの疑問符一杯の視線に耐えつつ、大地の気をアドニスに送る。と、クロウが不意にアドニスに問いかけて来た。

「そういえば、大人数でアレを通っても平気なのか?」

 クロウも先ほどの会話から術の名前を出すのはマズいと思ったらしく、で話を通してくれる。ほんとクロウはインテリ肉体派だなあと思いながらアドニスを見やると、考えるような素振りを見せながら、空に目をやった。

「まあ……君とそこの不潔中年を引き入れた時は、気力はかなり持って行かれましたが空間は歪まなかったので、五人くらい平気だと思いますよ。他人を連れ込んだのはアレが初めてでしたが、維持いじできないという訳でもありませんでしたし。ただ、少しでも誰かが動けば腕が……」
「と、とにかく大丈夫ってことだな! よしっ、じゃあ準備万端だし行くぞ!」

 もう腕モゲるだのなんだの言わんといて怖いから!!

 とにかく平気って事だな、俺達が居ても空間は歪まないって事だな!
 じゃあもう色々と考えるのは時間の無駄だ。とにかく、その【キャストリン】って街に行ってみよう。俺が急かすのに、アドニスは何だかクスクス笑っていたが、まあ良いでしょうと手を動かして、俺達四人を傍に近寄らせた。

「ではみなさん、忘れ物は有りませんね?」
「はーい」
「忘れ物って……」
「ム。ないぞ」
「なんか引率の教師みてえだな」

 ロサード一言多い。アドニスの顔に陰が掛かったじゃないか、怖いからやめれ。
 とにかく早く行こうとアドニスの袖を引っ張ったら、今度は俺がブラックとクロウに引っ張られて両側からオッサンにサンドされてしまった。やめろ。

「はー……。ツカサ君に加齢臭が付着する前に行きますかね。……みなさん、決してその位置から動かないように。動いて体が千切れても知りませんからね」
「ヒッ……は、はい」

 動きません死んでも動きません。ブラックとクロウも動かないでね。
 思わず二人の服をぎゅっと握ると、アドニスは呆れたような顔をしたが、そのまま軽く手を広げてゆっくりと詠唱を始めた。

「血族の命によりて命ず……我が血よ、我が記憶に刻む南の地への扉を開け……――
 【異空間結合エリア・コネクト】……!」

 ――刹那、空を切るような音がしたと思った瞬間、俺達の頭上に黒い円が展開し、そのまま一気に下降して俺達を飲み込んだ。

「――――っ」

 視界が暗闇に包まれて思わず驚いたが、しかし完全に周囲が闇に閉ざされた訳では無く、不思議と周囲が確認できた。照明なんてどこにもないのに、ブラック達の顔もはっきりと見える。……だけど、まるでトンネルに入った時みたいにゴウゴウと音を立てる黒い空間は、少しも色味が無い。
 前にこの【異空間結合】のナカに入った時も思ったけど、本当に不思議な術だ。

 ……チートもので良く見かける「異次元バッグ」なんかも、こんな感じなのかな。

 そんな事を持っていると――唐突に、周囲が開けた。

「うわっ!?」
「い、いきなり出るのかよ!! つーかなんだこの術!」
「ムゥ……こんな風に移動していたのか……」

 驚いた俺の声の上から横から、クロウとロサードの声が被って来る。
 そ、そうだよねびっくりするよね、俺もびっくりした。でもブラックはそれどころじゃないみたいで、俺から腕を放すと一歩前へと歩み出た。

「ここは……洞窟?」

 あっ、そ、そうだ。周囲を確認するのを忘れていた。
 ブラックの声に慌ててキョロキョロすると、ここが土を掘って作られた粗野な洞窟である事が解った。外からの光がうっすら差し込んできているから、出口まではそう遠くは無いのだろう。洞窟自体もなんだか壁が妙に綺麗だし……人工的に掘られた物なのかな?

 しかしどうしてこんな所に……なんて思っていると、アドニスが説明しだした。

「街や街道の近くに出ると、誰かに見られる可能性が有りますからね。なので、今回はキャストリンからほど近い場所に掘った洞窟に降りました」

 付いて来て下さいと言うアドニスの背中を見ながら、光の差す方へと歩いて行くと――そこには、いくつもの植物が複雑に絡まり合ってバリケードのようになっている入口が見えた。
 なるほど、こうして人が入って来ないようにフタをしてたんだな。

「私が作った植物強化剤『つよまるくん六号』は流石の効果です」
「つ、つよまるくん」
「何か問題でもありますか」

 そうだぞブラック。分かりやすい名前なのに何故妙な顔をしているんだ。
 婆ちゃん家の肥料の名前みたいで良い名前じゃないか。

「その薬ってなんかアレ? 防御力か何か高くなるの?」
「ええ。振り掛ける植物自体の強度や、薬の量にもよりますが、薬と相性が良ければこういう風にコダマウサギですら破れない檻になります。こうなると、限定解除級の能力の持ち主か……私や君のような、特殊な人間でしか破れないようになります」

 ついでだから、ここで【ウィザー】の練習をしましょうかと言われて、俺は思わず緊張した。えっ、ええ、そんな悠長な事してていいんですか。
 でもアドニスも結構スパルタだから、やらないとずっとこのままだよな……。

 よ……よし。急ぎたい旅ではあるし、早くやってしまおう。
 数日間の修行ではあったが、アドニスにも「ほう、不器用な割にはそこそこイケてますよ」とか言われてたし。自信を持たなきゃ駄目だ。うむ。やってみよう。
 俺は入口を塞ぐ鬱蒼うっそうとした植物の壁に手を向けると、息を吐いて呟いた。

「我が道をさえぎる緑の壁を喰らい尽くせ……【ウィザー】……!」

 そう呟いた瞬間、俺の腕に凄まじい勢いで何本もの光の蔦が絡みつき、同時に目の前の壁が緑光に包まれる。
 と――――草の色が急激にくすんで枯れた色に変化していき、ガサガサと音を立てながら、地面に一気に落ちてしまった。

「うぇ…………」

 こ……これは……。
 あの……。

「おお、この範囲を意識して枯らす事が出来れば、もう上出来でしょう。ようやく【ウィザー】を習得しましたねツカサく……なんですそのオバケを見たような顔は」
「この術やだぁ……」

 思わず涙目でアドニスを見上げてしまうが許して欲しい。
 だって、だって嫌なんだもん!! なんだこの術!
 いや「枯らす術」ってのは解ってたけどさあ、なんでこう、早送りの映像みたいに一気にしおれて行っちゃうの。やだなにこれ怖い気持ち悪い。

「あのですねツカサ君、ウィザーは緊急時に手持ちの種などから曜気を吸い取って、新たな術を使えるようにするための術でもあるのですよ。ヤダじゃなくて木の曜術師ならちゃんと覚えて使いこなしなさい」

 解ってるよ木の曜術師専用のMPドレインみたいなモノなんでしょ。
 普通の曜術師なら、絶対に修得して置いて損は無い術だよね、植物系のモンスターにも有用だしね。それは重々承知しておりますよ。
 でもやだー! 俺別に使わなくたって生きていけるもん、目の前で植物が土気色になって行くのをみなくていいもん!! これ普通に剣でたおすより残酷だよおおお!

「はぁあああっ、つ、ツカサ君可愛いぃい……ちょっ、ちょっと待って、こっち見てヤダぁって言って」
「つ、ツカサ、こっちを見ろ。その胡散うさんくさ眼鏡はどうでもいいからこっち」
「おーいツカサ、旦那達が壊れ始めたからさっさと行くぞー」

 すんませんロサードさんそいつら通常運転なんですよ。

 でもまあ……変にシリアスになるよりかは、通常運転の二人の方がいいと思うし……まあ、いいか。

「さ、行きましょう。キャストリンはすぐ近くですよ」
「おっ、おお、そうだな。着いたらさっそく世界協定の受付に行くぞ」

 とにかく急がなきゃならんからなと先頭を歩きだしたロサードに、俺達も続いた。












※と言う訳で新章はじまりました。
 まだ街にすら付いてないってどういう事だよっていう感じですが
 キリキリ行きますのでよろしくお願い致します(;´Д`)
 新しい場所についたり術を習得させるとつい披露させたくなってしまう…
 
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