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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
32.思ってもみないこと1
しおりを挟むとにもかくにもアドニスが居候仲間に加わって、賑やかになったのは確かだ。
ブラックとクロウは物凄く嫌そうだったが、アドニスが俺の近くに居て注意を払うのは大事だと思ってくれたのか、そう決めてからはグチグチ言わなくなった。
さすがに延々と騒ぐほど大人げないって訳じゃないんだよな、二人とも。うん。
そんなアドニスの訪問やらゲームやらで色々あったせいで、当初予定していた夕食が微妙な物になってしまったが、立派な肉料理は翌日に持ち越しということで収めて、今日はつつがなく済ませた。
まあ、ブラック達がスケベな事したせいで気力が削がれたからってのもあるから、二人とも文句を言わなかったんだけどな!
……ゴホン。それはともかく。
人が一人増えたとなったら、色々と状況が変わるのだ。
という訳で、兵士の人達にもアドニスが滞在することを知らせたけど、そこは流石シアンさんと言うべきか、もう先に連絡をしていたようで、丁度番をしていた爽やかダンディ紳士ことラリーさんが「お気遣いありがとうございます」と礼を言って俺を撫でてくれた。
……うん。まあ……ラリーさんの年齢と身長からしたら、俺は子供にしか見えないんだろうけども……あの……俺一応日本の学生からすれば普通の身長だと思うんですけどね……。
この世界ってなんでこう高身長ばっかり……まあいい。
兎にも角にも、アドニスが来た事は周囲の人達も納得済みなようなのでヨシ。
別にこの村の伝達能力を見くびっているワケじゃないけど、こういう事はちゃんと伝わってるかを確認しておかないと、後々焦ったりするからな。
そう、確認は大事なのだ。早退しますよって言ったのに、保健室の先生が俺の担任に伝え忘れててすげえ怒られたのを俺は覚えてるからな……! 何で俺が怒られなきゃならんかったんだアレほんと。
俺がろくでもない事ばっかりしてたからなのか。狼少年は辛い。
閑話休題。
とにかく明日はロサードが来ると言うので、俺達は少し早めに就寝する事にした。
ロサードは、この世界でかなりの影響力を持つ【リュビー財団】で、”番頭役筆頭”というかなり上の地位についている商人だ。しかも、オーデル皇国の宮廷にも出入りを許されるお抱え商人でもあり、そのうえアドニスと親友で異世界アダルトグッズの大手・蔓屋に商品を卸すトンデモ野郎でもあり、世界中を飛び回る旅商人でもある。
……なんだか設定が盛り盛りな気もする奴だが、まあ世界屈指の商会の御役人なので、これは仕方がないのかも知れない。
とにかくロサードはそんな凄い奴なのだが、今の俺達にとってはその財団は印象がちょっと悪い。何故かと言うと、彼らはギアルギンと何らかの“つながり”が有ったと思われるからだ。
ロサードが指名手配犯と繋がってる……とは思ってないけど、財団自体には何かと黒い部分が有りそうなので、今はちょっと信用しきれないのである。
まあ、この【リュビー財団】は、いわゆる大きな商会の集まりのような物だから、末端の一部が悪い事をしてたのかも知れないけど……そのモヤモヤした部分も、明日話してくれると良いんだけどな。
「ツカサ君何考えてるの? また他の男の事を……」
「考えてない考えてない。財団の事考えてたんだよ」
寝る前の一人シンキングタイムまで邪魔しようというのか、ブラックは俺が寝転んでいる横で、ドロドロとした視線をこっちに向けて来る。
おい、何日一緒に寝てると思ってんだ。いい加減黙ったら「ねえ寝てる?」とか「ツカサく~ん寝ちゃった~? 何か考えてるのぉ~?」て話掛けて来るのはやめて下さい。あと抱き着いて来るなケツとか胸とか揉んでくんな!!
「財団って……ハッ……まさかあのスケベ道具商人の事を……!?」
「だからちがーって!! あの、あれだよ。リュビー財団がギアルギンと繋がってたのはどうしてなんだろうとか色々考えてたんだよ」
だから邪魔をするなと尻に触れようとする手を牽制すると、ブラックはちょっと不満げに「むぅ」と言いながら、俺の肩を掴んでぐるんと自分の方へと無理矢理に方向転換させた。
薄暗い中で顔を間近まで寄せられて、相手の輪郭がぼんやり見えてくる。
思わず顎を引いてしまった俺に、ブラックは軽く頬を膨らませたままで、額をくっつけてきた。
「それ、今考える事?」
「……そりゃまあ、明日ロサードが来るんだし……」
そう言うと、ブラックは不満げに眉を顰めたようだった。
額をくっつけてるせいか、相手の肌の動きが解る。
俺よりも肺活量が多いのか、息がふっと顔にかかって来てなんだかくすぐったい。
少し肩を縮めるとブラックが笑ったような気配がした。
「あは……ツカサ君、今は僕のこと考えてる」
「そりゃ……額くっつけてんだし……」
「赤くなったね。可愛い……」
さっきまで不満げだったくせに、俺がちょっと意識するとそれだけで満足なのか、ブラックは額をくっつけたまま少し顔をずらしてキスをしてきた。
「んっ……ぅ……」
熱くてカサついた唇が、俺の口を丸ごと食んで唇の合わせ目を舐めて来る。
思わずシーツを掴んだ俺を腕の中に捕えながら、ブラックはそのまま唇を動かして、ちくちくとした無精髭で頬をなぞりながら俺の耳に舌を近付けて来た。
「う……やっ……や、だ……だめだって……」
「どうして……? 今は二人きりの時間なんだよ……? これくらい、恋人同士なら普通にやる事じゃないか」
「だ、だって、明日は……する事、あるし……ブラックだって、勉強……っ」
「んん……それは……まあ……」
それを言うと、ブラックが解りやすく動きを止める。
やっぱりその事には胸の奥がチクリと痛んだけど、でも、この前よりはだいぶ楽になったような気がして、俺は息を吸ってドキドキし始めた心臓を落ち着かせた。
そうして、辛うじて見えるブラックの顔を見やり頭を撫でる。
「……ふ、普通に寝よ……?」
そう言いながらうねった赤い髪を優しく梳くと――ブラックは俺でも解るぐらいに笑って、俺をぎゅっと抱きしめて来た。
「んん~~~~~っ! もうっ、僕明日は勉強やらない!! 休むって言って戻って来るから、ツカサ君ちゃんと家に居てねっ、約束だよ!?」
「お、お前、それでいいの?」
「良いよー! 早く戻って来るから絶対待っててね、話進めちゃヤだからね!?」
「わ、解った……」
相変わらず大人げない事ばっかり言うなぁと思ったけど……いつものブラックだと思うと、何だか怒る事も出来なくて。結局、俺は眠ってしまうまでずっとブラックに抱かれていた。
◆
翌朝、ブラックとクロウは朝食を終えると一緒に出掛けて行った。
クロウは朝の鍛錬と、明日の分のグロブスタマンドラのお乳や卵を分けて貰うため。ブラックは、いつもならアナベルさんの鍛冶屋で勉強……のはずなのだが、今日は俺とアドニスを家に二人きりで置いて行くのが不安らしく、休みにすると伝えて帰って来ると言っていた。
万が一そうできなかった場合の為に、クロウにも鍛冶屋まで付いて行って貰うことにしたが、もし帰って来られ無かったらどうしよう……。
俺とアドニスだけでロサードの話を聞いたら、透明性が無くなるぞ。
なにより、俺は難しい話は苦手なんだ。ブラックかクロウのどちらかが居てくれなければ、理解出来なくなる可能性が有るじゃないか。アドニスはブラック達に教えてくれないかも知れないしそうなると積みだぞ積み。頼むからどっちかでもいいので帰って来てくれ。
そんな事を思いながら二人を見送ったのだが……。
「ツカサ君、なんだか所帯じみましたね」
「ほとんど家の中に居て家事ばっかりやってたらそりゃ所帯じみると思うよ……」
二人の背中を玄関先で見ていた俺の後ろで、アドニスが眠そうに言う。
彩宮ゼルグラムで一日中働いていたとは思えないほどの寝惚けた声だったが、この村に来て一気に気が抜けてしまったのだろう。まあ、解らんでも無い。
でも、寝惚けて髪の毛がぴょんぴょんと跳ねているアドニスを見たのは初めてだったので、ちょっと驚いてしまった。まさか休日になるとこんなにだらしない人になるとは……。いやまあ、ある意味そう言う部分が学者っぽいと思わなくもないんだが。
「アドニス、二度寝はするなよ……?」
「ふぁ……しませんよ……。ロサードは昼前くらいに来ると言っていましたからね。それにしても君は早起きですねえ。さすがは子供……」
「あのね、十七歳なんですけどね、俺」
嫌味な口調も今はキレがないが、この程度の方が良いのかも知れない。
出来れば一生寝惚けていてくれ……と言いたいが、それもそれで困るのでシャキッとして貰わねば。
俺はアドニスに寝間着から着替えるように言うと、とりあえずいつものように洗濯をする事にした。今日は三人分だけど、もう一人増えるとなると重労働だな……。
後でアドニスに服はどう洗ったらいいか聞いておかねば……。服って洗い方が違う時があるから本当面倒だよな。こういう時に洗濯機やクリーニング屋さんのありがたみが分かる。
かまどの曜具があるんだから、洗濯機の曜具も有ればよかったのになあ……なんて思いつつ、桶と洗濯板でしゃこしゃこ服を洗っていると、すっかり目が覚めたらしいアドニスが私服に着替えて来て、洗った後の洗濯物を干すのを手伝ってくれた。
アドニスの私服はちょっと中華風ぽくて、詰襟に着物のような長い袖がある裾が膝下までの上着に、ゆったりしたズボンと言う服装だ。もちろんインナーも着ているっぽいけど、こうして見ると、なんかよく見かける眼鏡の細目中華キャラみたいに見えなくもない……。
今は長い髪も縛ってるし、学者っていうより拳法家みたいだ。
「アドニスの私服って初めて見たかも」
「おや、そうでしたかね? まあ、皇帝領ではきちんとした服装が基本で、こういう簡単な服装は好まれませんでしたからねえ……」
「そういやそうか……。でも、私服もあんまり変わらないんだな……」
「私はあまり服に興味が無いので……まあ、着られればという感じで」
「あ、それは俺もそうだわ」
この世界の服は基本的に質素で普通だから、選ぶほどでもないんだよな。
だから、ブラックやクロウの服は気になるけど、俺のならどうでもいいかーって思っちゃうというか。
しかしあれだな、こういう話を聞くと、アドニスと何だか距離が近くなったようで良いなあ。久しぶりに独りじゃないし、アドニスが居てくれて助かったかも。
そんな事を思いながら、アドニスと他愛ない話をしていると……クロウが籠を抱えて戻ってきた。どうやら卵とお乳を持って来てくれたらしいが……。
「一人で帰ってきましたね」
「って事は……ブラックは欠席……?」
ありゃ……アナベルさんが許してくれなかったんだろうか……。
そんなに厳しい先生だったとは知らなかった。やっぱし「バカモン、金の曜術師は一日にしてならずだ!」って怒られたんだろうか……などと思っていると、クロウの遥か後方から大きな荷物を持っている誰かが来るのが見えた。
「あれ。あれって……」
「おやおや、こんなに早く着いてしまうとは」
アドニスの言葉に、俺は思わず額に手を当てる。
あー……ロサードもう来ちゃったのか……。
これはもう、ブラックを待つとかそういう場合じゃないよな。ロサードも忙しい身なんだし、着いたらもう用事を済ませようとするだろう。そうなると、俺達にはもう何も言えない。ブラックの事を待ちたかったけど、仕方ないよな。
……ううむ、後でブラックが拗ねないと良いんだけど……。
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