異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編

22.決壊

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 どうやって家に帰って来たのか覚えてない。

 カルティオさんと辛うじて会話をしていたような気はするし、ちょうどラリーさんが交代しに来てて、何か話していたような気もする。
 だけど、普通に会話が出来ていたかどうか自信が無い。

 上の空だったら申し訳ないし、変な言動をしてたらと思うと……いや、カルティオさんなら笑ってスルーしてくれるだろうけど、でもやっぱり情けない。
 あんな……ブラックがただアナベルさんを助けた場面を見たぐらいで、今までぼーっとして何も考えられなくなってたなんて、不覚以外の何物でもなかった。

 だって、おかしいじゃないか。
 ブラックは変な事なんてしてなかった。ちゃんと真面目に勉強してたんだ。
 なのに俺は勝手にヤキモキして、人として当然な他人を助ける行為に頭が真っ白になるなんて。バカじゃないのか。最低なのは俺の方だ。

 でも、だけど。
 だけど…………辛くて、悲しいって気持ちは……どうしても、消せなかった。

「……っ」

 よっぽど悔しいのか勝手に涙が出て来て、自分の中の卑怯ひきょうな部分が「俺は哀れな奴なんだ」と思い込ませようとしてくる。

 ああ、そうだ。信じきれない自分がみじめで鬱陶うっとうしい。ムカつく。哀れだよ。
 でもだからって、自分を悲劇のヒロインみたいに仕立て上げたくなんて無い。
 けれどそうやって意地を張れば張るほど俺の中の弱さが泣き叫んで、それを恥じる理性が悔しがって頭が熱くなってどうしようもなくなってくる。
 それはもう、堪えようも無くて。

「っ、くそ……」

 寝室に籠って、床に座り込む。
 ベッドにでも飛び込みたい気分だったけど、こんな時にまでシーツや枕の事を心配してしまって、遠慮が出てしまう。今の気分じゃそれも滑稽に思えてしまい、俺は手の甲で乱暴に涙を拭った。
 拭っても拭っても出て来て、のどが勝手に熱と痛みを訴えて来て、我慢したいと思っているのにどうする事も出来ない。それが余計に悔しさを増して、涙が止まらなくなってしまう。本当に嫌な堂々巡りだった。

 自分の体なのに、どうしてこんなに思い通りにならないんだろう。
 なんで大人みたいにちゃんと自分を制御できないんだろう。

 駄目だって解ってるのに、でも辛いんだ。悲しくて、泣き叫んでダダをこねたくて、いきどおりをただ誰かに解って欲しくて、部屋の中の物を全部壁に投げつけてやりたかった。そのくらい、苦しくて悲しいんだ。

 だけど、こんなのはただのワガママでしかない。そんな事は自分でも解ってる。解ってるからこそ、恥ずかしくて、情けなくて、悔しくてたまらない。
 自分の感情を抑え込む事すら出来ない自分が、一番嫌いだった。

「情けない…………」

 あんな事くらいで、こんな風になるなんて。
 今まで心の中では余裕だなんて思ってたのに。

 でも、どうしようもなかった。
 だって、俺が本当に嫌だったのは、浮気とかそんなんじゃなくて。
 女の人と、遊ぶ事でもなくて。
 ただ……――――

「っ、ぅ……」

 いらないって、思われるのが
 こわかったんだ。

「――――――……っ」

 怖い。そう。怖い。
 だから叫びたくて、心が冷たくなって、何も言えなくなるんだ。
 モヤモヤしてたんじゃない。怖くて、その事で気分が悪くなってただけだった。
 それだけのことを勘違いして、俺はずっとぐるぐる考えてたんだ。

 本当に嫉妬してたなら、ブラックに抱き締められた時に俺は拒否していただろう。あの時……ベッドで押し倒された時だって、アナベルさんの匂いがした時点で、俺は一緒に寝る事すら嫌だと思ったはずだ。

 だけど、出来なかった。あの時すんなりとブラックが退いて「じゃあ風呂に入って来るね」って言われた時、本当に息が止まったんだ。
 いつもならお構いなしに服を剥いでくるのに、今回に限っては不満げな表情すらも見せずにあっさり引いた。いつもなら絶対に、そんな事無いのに。

 だから、怖かったんだ。
 本当にいらなくなってしまうんじゃないかって……

「……っ…………」

 嫌だ。こんな事、考えたくない。
 違うのに。こんな事を考えること自体、俺が、悪いのに。
 だけど、どうしようもなくて。違うって一生懸命思おうとしているのに、もう何も押し込められなくて、ただ涙ばっかり溢れて止まらなくて。

 そんな自分が情けなくても、自制心なんて欠片も湧いてこなかった。

 ――こんなんじゃ、ダメだ。ダメだって解ってる。
 いつまで泣いてる気なんだ。こんな自分勝手な思い込みで泣くなんて、ブラック達が帰って来た時にどう思われるか考えろよ。それに、どんな顔をして出て行くつもりなんだ。こんなんじゃ、すぐにバレてしまうのに。
 だけど、怖い。次に帰って来た時に明らかに態度が違ったらと思うと、どうしようもなく怖くて、心が冷たくなって、何も手に付かなくて。

 変えなきゃ。こんなの、違う。
 色んな人に迷惑をかけてしまう。迷惑を掛けたら、もうこれ以上。
 だって俺、さんざん二人に迷惑かけて来たのに、これが引き金になって遂に独りになったら、どうしたらいいのか解らない。怖い、一人になりたくない。
 怖いよ。嫌だ。もう、こんなの嫌だよぉ……っ!

「や、だ……もう、やだぁあ……っ!」

 自分でも何を考えているのか解らなくなる。
 ただ悲しくて、怖くて、だけどその感情を追いかけてしまったら何もかもが崩れてしまいそうな気がして、耐えようと思ってもどうしたらいいのか解らなくて。

 泣いてる場合じゃないのに、震える体が言う事を聞いてくれない。
 顔なんかもうぐちゃぐちゃで、鼻も目も口も涙や鼻水でうまく動かせなくて。
 こんな顔してたら余計に愛想を尽かされるかもしれない。嫌だ。そんな事になるのだけは嫌だった。でもどうしたら、どうしたら良いんだろう。

 どうしたら、怖さも苦しさも忘れられるのか。

 そう、考えて――――俺は、視界の端にある鞄に気付いた。

「あ……」

 シアンさんから貰ったものが入っているかばん
 ブラックの為の煙草や酒が入っているその鞄を見て……俺は、息を呑んだ。

「そ、うだ……酒……」

 酒があるじゃないか。
 ブラックは飲ませたがらなかったけど、でも、俺は酒を飲んだ時に何もかも忘れてしまった事を思い出していた。
 そうだ。酒を飲めばいい。漫画やドラマでもよく「酒を飲んで辛い事を忘れろ」って言ってたじゃないか。だったら、俺もそうすればいいんだ。

 怖いと思う気持ちなんて、飲んだら忘れる。
 自分の嫌な暗くて陰湿な部分も、飲んだらきっとどうでもよくなる。
 一度忘れてしまえば、距離を置いてしまえば、きっと抑え込める。大丈夫だから。

 だから、少しだけ。
 少しだけでも、逃げ道が、欲しい。
 今のこの苦しい感情から、自分の鬱々とした気持ちから、逃げ出したかった。

「う……あ、ぁあ……」

 うめきながら四つん這いで鞄へと近付いて、俺は震える手で合わせを開く。
 その中には多種多様な酒と小さな箱がいくつか収まっていて、俺はその中から酒瓶らしき物を全部、急いで取り出した。

 手が震えて力が入らなくて、何本かは鞄から出した時に転がしてしまったが、なんとか近くに立てられた酒瓶を持ってラベルを見る。
 ――なんの酒か、解らない。
 飲むにしても、強い酒だとオーデル皇国で飲んだ酒みたいになりそうで、臆病になってしまう。でも酒でも飲まないと逃れられないと思ったから、俺は何本かの酒を必死に追ってラベルを見て――見慣れた形の瓶を見つけた。

「これ……蜂蜜、酒……だ……」

 蜂蜜酒。俺が飲んでみたかった酒だ。
 確か、甘くて飲みすぎてしまう可能性も有るほどに飲みやすい酒だったよな。
 じゃあ俺が飲んだって平気なはず。
 飲みすぎて意識を飛ばすなら好都合だ。こんな酷い顔を見せるなら、ブラック達に感情をぶつけて迷惑をかけるぐらいなら、酒での粗相の方がよっぽどいい。

 瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐと、蜂蜜特有の甘い匂いと微かなアルコールの香りが漂ってくる。このくらい刺激が弱い酒なら、いいよな。

 そう思い、俺は――瓶に直接口を付け、一気に酒を煽った。

「――――ッ」

 甘い味と、アルコール特有の喉を焼くような刺激が押し寄せてくる。
 だけどその熱さに構っていられず、俺はとにかく酒を飲み下した。

 頭が茹だるまで、何も考えられなくなるまで。
 そうすればきっと、もう悩まなくて済む。

 ブラックやクロウと、笑って食卓に着ける。
 迷惑を掛けなくていい。きっと、大丈夫になるから。


 だから…………もう、忘れたかった。













※次クロウ視点です。予定では多分*展開なので注意…
 分割したらすみません……
 
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