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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
10.あるのどかな一日1
しおりを挟む今更な話なんだけど……朝起きて隣に誰かいるって言うのは、凄く困る。
だって、相手が俺より先に起きてたら格好悪い寝顔とか寝癖とか見られちまうし、なによりアホ面を曝して笑われるのが我慢ならない。
漫画とかでよく女の子より先に起きるシーンがあるけど、今思うとなるほどなって思う。だって、好きな女の子に格好悪い所なんて見せたくないじゃないか。イケメン野郎なら何だって許して貰えるだろうが、現実の男がそんな希望なんてもてるかよ。
現実は色々と……その……乱れると格好悪くなるんだもんな。
だから、好きな奴の前では少しでも格好良く居たいから……その、あんまり後手に回りたくないっていうか……。でも、夫婦だとそんなのもう関係なくなるのも不思議だよな。俺の父さんなんて、いつも母さんに怒られながら起こされてるし。
……男と女で感じ方が違うのかな?
よくわかんないけど、とにかく俺はあんまり遅く起きたくなかった。
その点、ブラックやクロウは俺と寝る時は何故か必ず遅い起床だから、安心はしてるんだけど……こいつらもこいつらで、なんだかなあと思う訳で。
だってブラックったら、いっつもマヌケな顔でぐーすか寝てるし涎も垂れてるし、酷い時には鼻水垂らしてたりしたんだぞ。どんだけだよ。気付いて拭いてやる俺の身にもなれよ。本人寝てるから「拭いてやったぞありがたがれ」とも言えないし。
オッサンになると気にしなくなるもんなの?
まあ、俺は恥ずかしい所見られないから構わないんだけど……。
「……ってまたヨダレ垂らしてるし……」
さっきやっと寒さに負けじと起き上がった俺は、隣でぐーすか寝ているオッサンの間抜けな顔を見て息を吐く。と、息がわずかに白くなって、俺は両腕を擦った。
うー……やっぱ暖炉に火を入れてても、少し寒い。
カーテンがうっすらと明るい色に染まっているので、朝である事には間違いないのだろうが、まだ薄暗いから、太陽が出るまでもうちょっと時間が掛かりそうだ。
「ううっ、さむ……」
暖炉の火が弱くなったっぽい。
ブラック達はまだ寝てそうだったし、俺はもうそろそろ朝食の用意をしないとなと思って、苦心してベッドから降りる。
昨日も思ったが、こりゃ服を長袖にするだけじゃなく上着も用意した方が良いな。昼は良いけど、早朝と夜はいつもの冒険者ベストにシャツだけの服じゃ辛いわ。
靴を適当に穿いて静かに扉を閉め、リビングへと向かう。
ちらっと暖炉を見てみると、やっぱり炎が消えて燻っているだけになっていた。
まだ消えて貰っては困るので、改めて薪を足して【フレイム】で火をつける。炎の曜術は何かと便利だ。ついでに生活魔法とかもあったらいいのになーと思いつつ俺は先に歯を磨いて顔を洗う事にした。
いやまあ朝食食べると二度手間なんだけど、その……ブラックの野郎、起こす時に時々キスしてくるから、今更考えるとなんか先に身支度しといた方がいいんじゃないかと思っ…………いや、俺、なんか変だな……。な、なんでホント、今更意識してんだろ……。でもやらないよりはやる方が良いような……と、とにかく、あの、アレだ。部屋は温まったから、朝食の用意をしよう。
温めたバロ乳に、クロウが一生懸命振って作ってくれたバターを付けた白パン。トースターは無いけど、フライパンと技術さえあればトーストは簡単だ。
バターが無い時はカンラン油をほんのちょっと垂らして焼いたりしてたけど、フレンチトーストみたいにバターをたっぷり使って焼いても美味そうだよな。
フライパントーストは三分ほどで簡単に出来上がるけど、その前にこの世界はすぐに火が付くコンロなんてないので、火を起こさねばならない。
四角い機能窯のかまど口を開けて固形の燃料と薪を置き、火をつける。
上部まで火が届くには時間が掛かるので、その間に食器の用意やテーブルを拭いて、それからブラックとクロウを起こそう。
「こらー! 朝だぞおきろー!」
ブラックもクロウもねぼすけだが、俺が声を荒げると目を覚ます。
二人は同時にドアを開けると、それぞれ髪を降ろしたままの状態で出て来て、目をしぱしぱさせながら俺を見下ろしてくる。チクショウ、猫背の癖に背がデカい。
早く顔を洗ってヒゲを剃って髪を纏めるように言いながら、俺は温まったコンロにフライパンを掛けてトーストを作り始めた。
二人が流し台で顔を洗って目を覚ました頃には、トーストもいい具合だ。
リオート・リングからバターを出してたっぷりトーストに塗り、皿へ移す。その頃にはブラック達も目を覚ましていて、素直にテーブルに着いた。……とはいえ、この二人は面倒な事に俺が揃わないと朝食を食べないので、トーストを固くしないために素早くバロ乳をピッチャーに移して俺も座る。
本当はここに目玉焼きだとかサラダとかを置きたいんだが(高山の小屋の雰囲気が出したい)、それは今日の散策次第だな。
【ウォーム】でピッチャーの中のバロ乳を温めてコップに注ぐと、待ってましたと言わんばかりにブラックが口に含む。朝だからか余計に無精髭が深くなっているので見事な牛乳髭が出来たが、ブラックはお構いなしだ。
クロウはヒゲないしバロ乳も普通に飲むんだけどなぁ……。ていうか、獣人族って髭生えないのかな。人化してる時はやっぱ毛は可変じゃないのかしら。
色々と気にはなったが、まあそれより一番気になるのはオッサン二人の無駄に長いボサボサした髪だ。まとめろっつったのにまとめてない。
……また俺がやらなきゃいかんのだろうか。
胡乱な目でサクサクとトーストを齧っていると……先に食べ終わったブラックが、親指をぺろっと舐めながら、俺をちらちら見て来た。
「ツカサくーん……髪の毛、縛ってほしーなぁー」
「ム。オレもしてほしいぞ、ツカサ」
「……あのなあ……アンタら大人でしょ、オッサンでしょ……。自分でも出来るんだから、そのくらい自分でしなさい。俺は後片付けがあるの!」
なんで俺がこんなお母さんみたいな事を言わなきゃならんのだ。
トーストを食べきって、二人の前の皿を引き取り台所へ行こうとするが、そんな俺にブラックは追いすがって抱き着いて来る。
「ツカサ君にして欲しいんだよぉ~! ねーねーツカサ君、ツカサ君ったらー」
「オレもツカサにして貰いたい……」
「だーもー!」
ええいもう、今日は雑貨屋の親父さんの所に行かなきゃならんのに!!
仕方がないので二人の髪を丁寧に梳いてまとめてやったが、宿屋と違って自分達で朝食の用意をしなきゃならんのに、これを毎回やらされると本当大変だぞ。
野宿の時はこんなワガママあまり言って来ないのにまったくもうぅ……。
世のお母さんはマジでよくやってるよ。オッサンの髪を整えるだけでも俺には大変なのに、小さな女の子の髪とか痛くしそうでとても触れないっての。
……いや、そんな事は今考えなくてもいい。
今日はテキパキやって、時間を造らないとな。
久しぶりの長期滞在なんだから、やる事は沢山あるぞ。服の洗濯もしたいし、森を散策したいし、新しい術の【リオート】もちゃんと研究したいし……なにより、早くロクの笛をマスターしてロクを召喚したい。
やることが盛りだくさんで、オッサン達に構っている暇はないのだ。
よし、今日はちょっぱやでいこう!
そう思うなり、俺は再び身だしなみを整えて暖炉の火を消し、もたもたしているオッサン達に「先に外に出てるぞ」と断ると、勢いよくドアを開いて外に出た。
こう言う事はスピードが大事だ。
「……っと、そうだ。ロクの事もあるけど、どうせなら他のみんなも連れて来てやりたいな。モンスターを放して大丈夫か兵士の人に聞いてみるか」
ペコリアや藍鉄は人に危害を加えるような子じゃないが、怖がる人はいるもんな。
禽竜族がモンスターに対してどんな認識かも判らないし……怖がらせたら悪い。
というわけで、門の前に立っている兵士さんに挨拶をする。と。
「おっ。君がツカサちゃんか~。ハハハ、めっちゃ可愛いね!」
「アレ……また違う人……」
「俺はカルティオ。よろしくな! んで……どっかに出かけるのかい?」
「あ、はい。ちょっと雑貨屋と……あとは東の方を見て来ようと思って。えっとカルティオさん、一つ聞いておきたい事があるんですけど……」
「ん? なに?」
昨晩のダンディオジサマとは全く違うフレンドリーお兄さんな人だなと思いつつ、俺はカルティオさんにモンスターを放していいかどうか聞いた。勿論、俺の守護獣だって事を説明してな。
すると、案外それほど問題な行為ではないらしく、カルティオさんは「東で家畜を管理をしている禽竜族に許可を得ればいい」と教えくれた。
カルティオさんの話では、守護獣などはとりあえず家畜を管理している人に認識して貰う必要があるらしい。他のモンスターと区別を付けるためなんだとか。と言う事は……ここってもしかして、敵対するモンスターもいるのかな……?
ちょっと気になるな。その辺りも立ち寄るついでに聞いてみるか。
そんな事を考えていると、家のドアがバンと開いた音がした。
「つかさくーん、待ってよー!」
「先に行ったらダメだぞツカサ」
慌てながらオッサン達が出てきたようだ。
少し遅れて駆け寄って来るブラック達を見ながら、カルティオさんが俺に問う。
「えーっと……ツカサちゃんって結構かかあ天下?」
…………だから、俺はかかあじゃありませんってば……。
だーもー! あと何人に説明したら全員に解って貰えるんだよー!!
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