異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編

5.ラゴメラ村の散策

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 なんやかんやあったが、言い合いをしている内に日が暮れてしまったので、外出は明日にしてもう寝ようという事になり、俺達は夕食を済ませて早々に床に就く事になった。

 ブラックとクロウは案の定俺をあのでかいベッドに寝かせようとしてきたが、今日は色々とあって本当に疲れたので、真顔で「いやだ」と言って今日は難を逃れた。あー柔らかいベッドが気持ちいい。明日の夜がどうなるかは不安だったが、まあ明日考えよう。今日はもう疲れたのでぐっすり眠るのだ。

 ――そんな訳で、俺はラゴメラ村初日を驚くほどの快眠で終える事が出来た。
 どうやらブラック達も鬼では無かったらしい。まあ、あの“支配”とかの事で思う所も有ったんだろう。主な原因は俺がガチで拒否ったからかも知れないが。

 そのせいか何なのか、俺が朝起きると……ブラックが、俺のためと言い洗顔用のおけにお湯を張ったり、クロウが暖炉に薪をくべたりしていて大層驚いた。
 普段は俺より起きるのが遅いから、てっきり今日もそのパターンだと思ってたんだが、まさかこんな事をしてくれているとは。もしや気遣ってくれてるのか。

 まあ何にせよ……優しくされると、嬉しいっちゃあ嬉しい訳で。
 このラゴメラ村は高地に存在するせいで朝晩がやたら寒く、年中暖炉が大活躍する場所なので、こういう気遣いは素直にありがたい。
 おかげで朝食はちょっと豪勢にお肉たっぷりなサンドイッチを作ってしてしまったが、まあ、なんだ。俺も、久しぶりのゆっくりした食事だから、美味しい物を食べたかったし。朝は栄養とってナンボだし。……と、とにかく美味しかったからよし!

 そんな感じで朝食を済ませた俺達は、特に急ぎの要件も無かったのでこの村を散策してみる事にした。昨日は家の中で完結しちゃったからね。
 あと兵士のナサリオさんの誤解を解かなきゃいかんからね……。

 それにしてもシアンさん、なんであんな事を言ったのか。お婆ちゃんて何か急に思っても見ない事を言う時があってビックリするよなあ。
 俺の婆ちゃんもそう言う所あったわ。俺が風呂に入ってたら「明日のおやつは団子だよ!」って言いながら風呂の戸を開けて来るし。今その情報はいらなかった。
 じゃなくて。誤解、誤解を解かねば。

 ブラック達は「えー」とか言ってたが、間違った認識は正さないと怪我のもとだ。
 俺は嫌だぞ、周囲からあらー奥さんとか言われるのは。さすがにそこまでは行きたくない……。恋人とはいえ、妻とか嫁とかそう言うのはまた別なんだからな!
 そう息巻いて、俺はオッサン二人をお供に付けてドアを開けた。

「あっ、皆さまおはようございます!」

 緑あふれる外の風景は、朝靄が薄らと掛かっていて清々しい。
 白く質素な木製の柵や庭の木々には朝露が垂れていて、陽の光にキラキラと光っている。野草の花も瑞々しくて、アーチ形の飾りが有る門に絡む蔦も青々と茂っていた。そこに甲冑の兵士がいる訳で、なんだか物語の中の風景のようだ。

 しかし、ナサリオさんってばもう門番してるなんて……えらい早起きだな。
 まさか丸一日ここに居たって訳じゃないよな?

「ナサリオさん早いですね。あの……もしかして一人で警護してたり……?」
「はは、御心配には及びません。家の警備は五人で時間ごとに交代しておりますので、ご安心ください。それより皆さま、これから外出なさるのですか?」
「あ、はい。ちょっとシルヴァ地区を散策しようかと思って……あの、ここってお店とか有りますか?」

 問いかけると、ナサリオさんはガチャリと兜のままで少し上を見上げて、うーむと唸った後で答えてくれた。

「雑貨を扱う店はありますが、の場合は、食料品であれば取り寄せる必要が有りますね。雑貨屋の親父に注文すれば、明日には届けて貰えるはずです。西の方に畑が有るので、管理人と物々交換などで手に入れるのも良いですね」
「なるほど、物々交換……」

 と言う事は食料品店は無く、ほぼ自給自足ってことだな。
 雑貨店が有るって事はそれなりに貨幣も使ってるんだろうけど、何でもお金でどうにかなるとは思わない方が良さそうだ。

 散策して雑貨屋に行った後は、俺の持ち物から良さげな物を見繕って畑にも行ってみるか。ここでどんな物が育てられているのか気になるし、なによりご近所交流ってのは大事だからな!

「皆様は、水麗候すいれいこうの許可なくシルヴァから出る事を禁じられておりますので、自力で集められる方法と言ったらその位でしょうか。お役に立てましたでしょうか」
「はい、ありがとうございます」

 良い情報を教えてくれたナサリオさんに笑顔で礼を言うと、相手は甲冑を大仰に動かして驚いたようなリアクションをしつつも、慌てたような声で「はっ、はい!」と返事を返した。なんだ、俺そんなに礼を言わないガキに見えたんだろうか。
 ……やっぱまだ顔が疲れてやさぐれた感じに見えたりするのかね。

「ツカサ君……僕こいつから嫌なニオイを感じるよ……」
「同感」

 いやなに言ってんのブラック。ナサリオさん鉄のニオイしかしないでしょ。
 クロウは汗臭さを感じ取ってるだけかもしれないけど。

 変な臭いなんてするかなと首を傾げると、ナサリオさんはバタバタと姿勢を正し、何を思ったか俺達に対して頭を下げて来た。

「もっ、申し訳ありませんっ!! わ、わ、私、伴侶がおられる方によこしまな思いなどは微塵も抱いてはおりませんので、どうかお許しください御夫君様……!」
「わーっ! だ、だから違うんだってばあああ!!」

 頭を上げて下さいナサリオさん、俺達夫婦じゃないんですってば!

 今度はこっちが慌てて必死に説明すると、ナサリオさんは「でも、水麗候が……」なんて言いながら納得行っていない様子だったが、俺の命令は聞けと言われているのか、合点がいかないような顔をしながらも何とか頷いてくれた。

 ふ、ふう……これで誤解は解けたな……。
 後ろでオッサン二人がすげえ顔してたけど無視しよう。うん。

 とにかく俺達は散策するのだ。
 ナサリオさんに家を頼み、まず家屋が密集しているエリアへ行ってみる事にした。

 このラゴメラ村シルヴァ地区は、森があるせいかハッキリと区域分けされている。
 俺達の家のすぐそばに広がっている森は、南区域。対面の北側には大通りがあって家が並んでおり、そのさらに向こうには石橋が有る。東側には森から流れて来た川と草原が有るので牧畜を行っていて、反対に西側は畑……と、言った具合に、わりとしっかり区切られているのだ。

 まあ村って言うのは、大体は「ココが畑であっちは墓地エリアって事でまとめるぞ~」みたいになってるんだけど、山が無い分、村と言うか町に思えなくもない。
 俺達は馬車で直接家に乗りつけたので居住エリアはちらっとしか見ていないんだが、だいたい俺達の家とおんなじ雰囲気だったな。

 やっぱ村の人達もフランスとかイタリアの田舎の人っぽい服装をしてるんだろうか。ちょっとワクワクするな。
 そんな事を思いながら石畳の道を集落の方へと向かって歩いていると……不意にブラックが手を掴んできた。

「え、なに?」
「えへへ……」

 何のつもりだと聞いたのに、ブラックはへらへらと笑うだけで答えない。
 それどころか俺の指の間に指を入れて来て、ぎゅっと握って来た。

 …………な、なに。手を繋ぎたいだけ……?

「あの、ブラック……」
「む……ずるいぞブラック。オレもツカサと手を繋ぐ」
「えっ、ええ!?」

 ブラックが俺の手を握った事が羨ましかったのか、右隣に居たクロウがぐいぐいと俺の腕を持って手を絡めて来る。

「エヘ……ツカサ君、たまにはこういうのも良いよね?」
「こうして散歩すると楽しいな、ツカサ」
「う……うぅ……」

 やめろと言おうと思ったけど、でも、子供みたいに喜んでいる二人の顔を見ると、何だかもう色々とあったせいか強く言い出す事も出来ず。
 仕方なく、俺は「人が来たらやめるからな」と言いながら手を繋ぐのを許したのだった。……ま、まあ、なんか人気ひとけもないし……このくらいなら……。

 そんな事を思いながら家々が並んでいる場所にやって来たのだが……不思議な事に、人が見当たらない。まるで無人の村のような雰囲気に思わず俺の方が二人の手を思いっきり握ってしまったが、いや、こんな朝に幽霊が出る訳がない。

 あの、あれだ。きっとみんな家で朝食を食べているんだな!
 じゃあ、こっちから尋ねてみるか。雑貨屋に行けばきっと店の親父さんが居るだろう! うむそうだ、そうに違いない!!

「ツカサ君、なんか手がぶるぶるして」
「してない! してないから! あっ、あそこが雑貨屋だな!!」

 石造りの家が並ぶ中で、石橋に近い場所に店らしき家が見える。
 その家に目を凝らすと「雑貨」の文字を刻んだ釣り看板を発見した。あれだ、あの店に入れば絶対に人が居る! となればもう、迷っている暇なんてない。俺はおばけが怖……怖くはないけど早く第一村人に会いたかったので、二人のオッサンを引き摺って店のドアを勢いよく開けた。
 すると、そこには。

「あン? なんだこんな朝早くに」

 俺が想像していなかった相手が、ホウキを持って突っ立っていた。













 
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