異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編

28.光の前の落とし穴

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※また遅れた…すみません……







 
 
「ツカサ君……っ」

 ぎゅうぎゅうと抱き締められて、肩が檻に当たって痛い。
 でも、ブラックの事を思うとなんだか離せとも言えなくて……あ、あの……。

「ぶ、ブラック……っ」

 焦って名前を呼ぶ俺の頬に大きな手が触れて、目の前の相手を見上げさせてくる。思わずその動きに従ってしまったが、ブラックは俺の顔をひとたび見ると、なんだか思わしげな感じに眉根を寄せた。

「……ツカサ君……こんなにやつれて……」
「え……お、俺は別に……」
「別に、じゃない。相変わらず可愛いけど目がキラキラしてないし、ツカサ君のぷにぷにしたほっぺもなんか血の気が引いてるし、目尻もなんか赤いよ……?」

 ああああこれだよこれだからブラックには隠し事したくないんだぁ……。
 ほらーもうどんどん顔怖くなってるしー!

「確かに今日は特にツカサの顔は疲れてるな。今までよりも美味い匂いが減っているような気もするし……」

 だーっ! クロウも援護射撃するんじゃなーい!!

 これは旗色が悪いとばかりにブラックの腕から逃れようとするが、ブラックは俺の顔を真顔で凝視しながら腕の力を更に強っいたたたた!
 檻と腕が、檻と腕が痛い!

「ツカサ君、ねえ……何が有ったか話してくれるよね……?」
「わーっ疲れたのは【リオート】を仕上げて徹夜してたからだってばっ!」
「ほんと? 嘘じゃない……?」
「マジ! ほんとにそれで疲れたの!」

 徹夜レベルで頑張ったのは本当だし、疲れた要因の一つはガチで【リオート】のせいだ。なんたってこの術は、完成に約三日くらい掛かったんだからな。
 嘘は言ってない。言ってないぞ。全貌は話してないけど。

 でも、しょうがないじゃん。
 本当は俺の疲れの原因は他にもあるし、それは絶対話さなきゃいけないけど、でもそれを今言ったら絶対ややこしい事になる。
 せっかく外から攻撃する術を手に入れたってのに、ここでブラックに暴れられたらマジで俺達は指名手配されちゃうよ。何としてでも、隠し通さなきゃ。

 ……でも、やっぱ俺の言ってる事疑ってるなぁ……。
 信じてたら、こんな人殺しそうな目で俺の事凝視してこないだろうし……。

「ツカサ君……また何か隠してる……?」

 ブラックの手が、頬を伝って顎に触れる。そのまま俺の顔を固定して、ブラックは菫色すみれいろの目を細めた。まるで、何もかもお見通しだとでも言わんばかりに
 ……やっぱ、解っちゃってるのかな。
 でも、今は……やっぱり、話せない。

「……本当は……色々とあったけど……今は、それを話すよりも脱出する方が先だと俺は思う。……だから、全部話すのは、こっから出てからにして欲しい」

 昨日までならブラック達も「何を言ってるんだ」と激昂しただろうが、今は事情が違う。なんたって、逃げられる算段……――俺が【枷】を強引に解除する事ができるようになったんだからな。

 だから、短時間でこの生活が終わると踏んだのだろう。
 ブラックは渋々ながらも手を放すと、赤ひげでモジャモジャになった顔で口をむぅと尖らせつつ頬を膨らませた。

「ほんとに話してくれる?」
「ああ。……というか……話さないと、いけないことだし……」

 そう言うと、ブラックとクロウは何かを察したのか、先程までのふざけた顔を一瞬で収めて、真面目な顔になると小さく頷いた。

「…………わかった。ツカサ君の顔からすると、真面目な話っぽいもんね」
「顔で判断すんのかおい」
「ここで話すには重すぎる話のようだな」
「だからなんでクロウも納得できるの」

 お前さんがた何か脱出できると思ったらテンションあがってませんか。
 あんまり檻の中に入れられ過ぎて、フラストレーション溜まってたのかな……。

「ま、まあ、色々とあるでしょうが……とにかく、ツカサさん今の術は凄いですね。氷の曜術なんて初めて見ましたよ。水の曜術の派生なんですか?」

 この状況を見かねてか、ラトテップさんが話を逸らしてくれようとして別の話を振ってくれた。ああ、ありがたい。
 すかさず話に乗って、俺は頷く。

「あ、はい、大体そんな感じです。複合曜術みたいな……」
「なるほど……だったら、深くは聞きません。自分で編み出した術は、自分の後継者にしか教えてはならない物ですものね」

 あっ、そうなんだ。
 そう言えば、個人で作り上げた術……口伝くでん曜術ってのは、かなり価値のあるものだから、普通は人には滅多に教えないってブラックだかが言ってたっけ……。

「しかし……ツカサさん、今日逃げるには準備が足りません。その間、この枷はどうしましょうか。氷はもう溶けないのですか?」
「あっ、それは大丈夫です。解凍する術はちゃんと考えてるんで」

 言いながら、俺は床に落ちた目隠しの枷を掴むと、ある呪文を唱えた。
 その呪文とは……俺が初めて自分で作った術【ウォーム】だ。これなら炎で溶かすよりも安全だし、温度を上げればすぐに溶けるからな。
 思った通り、俺が凍らせた枷はすぐに氷から解放されてしまった。

「はぇえ……ツカサ君たらそんな方法まで考えちゃって……」
「さすが聡いな」
「へへへ、そんな褒めんなって。でも、問題は解凍したらまた枷の機能が戻っちゃうかもしれないって部分なんだけど……」
「それは僕が調べてみるよ。ちょっと貸して」

 金の曜術師でもあるブラックが、少々濡れた目隠しを受け取る。
 そうして、金の曜気を纏いながら、しばし枷の具合を確かめていたが――すぐに顔を上げて、表紙抜かしたような顔で俺を見た。

「どうやら、一度外せば命令が全てリセットされるらしいね、コレ。内部に流れてる曜気の循環が止まると、安全に解除されたと判断されるみたい。……まあ、外そうとするだけで爆発するシロモノだったから、こういう風に解除される場合を想定してなかったんだろうね」
「じゃあ、俺の【リオート】を使えばその首の枷も無事に外せるんだな」
「うん。一度命令を解除したら、もう一回装着しても固定されずに簡単に外せるみたいだし、これならツカサ君の【リオート】であらかじめ解除しても問題ないと思う。脱出する時に改めて外せばいい」

 ほっ、良かった……。
 じゃあ今の内に外して再度装着してても問題ないんだな。

 安心したところで、俺達は世界協定に協力を得られる手段を見つけた事を話すと、ブラックとクロウの首を戒めている枷を外して、今回はお開きにする事にした。

 ――リュビー財団の事はブラック達も訝しんだけど、俺達はあの集団が一枚岩ではないという事をロサードから聞いて知っている。
 それに、ハーモニック連合国で遭遇した事件で、あの財団には悪い連中も加入したがるって事を知ってたからな。

 大企業ならどこかの奴が腐ってても不思議はないという事で、詳しい事が解らない今はとりあえず「脱出した時に罪を着せられない手段が出来た」と言う事で納得しておくことにした。ま、誰が手引きをしてたのかは後でも調べられるからな。

 今は、ブラックとクロウを爆発の魔の手から救えた事が一番の収穫だ。

 ってな訳で、俺は自分の部屋へ戻って今日はぐっすりと睡眠をとった。
 ……あ、因みに俺の首輪は外してない。
 だって俺は兵士達やギアルギンに頻繁に顔を合わせるからな……。万が一枷の効力が失われている事を知られたら、どうなるか判らないし。

 もしかしたら、俺の枷が効力を失った事でブラック達の枷も調べられて、今までの苦労が水の泡になるかも知れない。そうなれば一巻の終わりだ。
 だから、俺のだけはギリギリまで生かしておかないとな……。

「はぁ……それにしても……まさか俺にも氷の術が使えるとは思わなかったな」

 呟きながら、真っ暗な部屋でもぞもぞとベッドにもぐりこむ。
 やっと安心して寝られると思いつつ、俺は自分の術の事を思い返した。

 新しい氷の曜術……【リオート】は、リオート・リングから名前を取った。妖精王ジェドマロズのお爺ちゃんや、アドニスが氷の術を使っていたけど、二人の術は俺が詠唱しやすそうな単語が無かったから、真似する事も出来ずにそう名付けるしかなかったんだよなあ。
 いや、だったら【アイス】とか名付ければ良かったんだろうけど、俺はこの世界でアイスを作って食べる予定なので、名前被りが嫌でボツにしたんだよな。

 この状況で何故そんな事を考えるかと思われそうだが、ふと思っちゃったんだから仕方ない。俺は術の暴発なんていやだぞ。氷の術なんてただでさえ珍しいってのに。
 だから、リオートと名付けたんだけど……。

「よく考えると、氷の術って人間は使えない……んだよな……?」

 アドニスやジェドマロズのお爺ちゃんの話だと、アレは妖精しか使えないって事だったけど……やっぱこれ、俺が黒曜の使者だから使えたんだろうか。
 でもやり方的には普通の曜術師でも出来そうなんだけどな。

 ――氷の曜術【リオート】は、まず旋風を起こす【ゲイル】を発動させて、瞬間的にでもかなりの威力を出せるように出力する。そこに【アクア】を叩き込むイメージで、風と水の温度を下げて、水の出力を強めながらゲイルで氷になった水分を固形化したり吹き付けたりするのだ。

 だから、俺と同じ事をすれば他の曜術師でも氷が造れるはず。
 俺の周囲には水の曜術師が居ないから確かめようがないが……シアンさんなら実証してくれるかな。会うのはずいぶん先の事になりそうだけど……。

「んん……久しぶりに、会いたいなぁ……」

 シアンさんは、俺の婆ちゃんとは全く違うタイプでとっても綺麗な美老女だけど、それでも何だか婆ちゃんに似ていて、親しみやすかった。
 だから俺もつい自分の婆ちゃんみたいに懐いちゃって……。

「ここから、脱出したら……手紙、おくろ……」

 最近は一度も会ってないけど、元気だと良いな……。

 ――ブラックとクロウが完全に安全になったおかげか、他の人の事を考える余裕が出て来たみたいだ。
 俺も結構ゲンキンだよなあ……。

 自分の性格に呆れつつ、俺はゆっくりと眠りの淵に落ちて行った。



   ◆



 翌日、俺はまたもやレッドに起こされて、レッドの部屋に連れて来られていた。
 まあ最近は毎日こうだから、もう慣れたも同然なんだけどな。

 今となっては、レッドがギアルギンの事はあまり知らない事も知ってしまったので、彼から聞き出す事はもう無い。だけど、俺の身の安全はレッドが傍に居てくれないと確信できないからな……。レッドには悪いけど、安全地帯としてまだ利用させて貰う。でも、今は心の余裕があるから優しくしてやれるぞ。
 俺では力不足かもだが、利用する代わりに友好的に振る舞おう。

 なので、少しずつ回復している……風を装って、今日は「絵を仕上げたい」というレッドの望みに従い、俺は笑顔を作りながらキャンバスを挟んでレッドと対面し、じぃっと座っていたのだが。

「……ああ、お楽しみ中すみませんね」

 そこに、ギアルギンが現れやがった。
 レッドがあからさまに警戒するのを見て、ギアルギンは相変わらずの仮面をつけて、こちらを見ながらニヤニヤと笑う。
 思わず身を固くすると、ギアルギンは笑いながら近づいてきた。

「おや、もう回復したんですか。実に打たれ強いですね」
「…………」

 この表情は、俺がダメージを受けていないって気付いてるんだろうか。
 それとも、気付いていないのか?

 ああもう、仮面のせいか判らない。
 相手の顔の動きが判断できれば、俺だってもうちょっと上手く立ち回れるのに。

 でも、その苛つきを顔に出せばギアルギンはすぐに察知してしまう。
 ぐっと堪えていると、相手は満足したのか不意に俺から視線を外し、レッドの方へと近付いて行った。

「ところでレッド様、まだツカサを物にしていないんですか?」

 ……え?
 な、なに。いきなり何言ってんのこの人。

「っ……! そ、そんな話を今するな!」
「おや……その様子じゃ昨日一度支配したきりですか。せっかく彼の主人になれたというのに、どうしてまだモノにしてないんです」

 支、配。支配だって。
 え……ちょっと待って……じゃあ、俺、昨日レッドに何かされたのか?

 体に異変は無かったけど、でも……ああ、解らない。俺は自己治癒能力を持っているし、あの時失神していた。その時に操られていたら、何をされたのか全く解らないじゃないか。レッドが俺に何かをしていたって、何も…………。

「レッド……」

 思わず、声が震えてしまう。
 相手はそんな俺に動揺したのか、慌てて立ち上がってこちらに向かって来ようとした。でも、何故か俺はそれが怖くて、椅子から逃げてしまって。
 自分でも驚くほどの、無意識の行動だった。

「ま、待てツカサ。俺は何もしてない……!」
「ほんとに……?」
「してない、大丈夫だ! 気を失ったお前に不埒な事をする訳がないだろ!」
「…………」

 レッドは必死だ。でも、その必死さが何故だか怖い。
 青い瞳が俺を凝視しているのが怖くて、なんだか、いつもみたいにレッドに近寄って行けなくて……どうしたんだ俺、こんなの普段なら平気じゃないか。
 俺の事を好きだって解ってるレッドに、抱き着きに行けただろう。なのに、何で今はそれが出来ないんだ。変だ、なんで俺、急にこんなに震えてるんだろう。

「ツカサ……!」

 レッドの焦った声に、自分がどんな顔をしているのか解る。でも、どうしても相手に冷静に接する事が出来なくて。

「ほら、支配しないからそんな事になるんですよ。また嫌われたらどうするんです。そうなるまえに、さっさと支配してしまいましょう」
「う、煩い! 俺はもう、あんな事……!!」
「ですが、その状態だとツカサはずっとレッド様を怖がり続けますよ?」
「う……」

 ギアルギンの言葉に、レッドは痛い所を突かれたように呻いた。
 ……やっぱり……俺に、何かしたんだ。

 支配って、ギアルギンが言ってた事だよな。グリモアが俺を操れるっていう……。じゃあ、レッドは俺が失神している間にソレをやったってのか。
 俺の意思に関係なく、俺を…………。

「ほらほら、また心が離れた。……まったく、仕方ないですねえ」

 呆れたようにギアルギンは声を漏らし、硬直している俺に近寄ってくる。逃げようと思ったけどその前に腕を掴まれて、俺は強引に引き寄せられた。
 その腕を掴む力と言ったら、あまりにも強くて、痛みがあるほどで。

 反射的に顔を歪めた俺に、相手はニヤリと口元を歪めた。

「少し頭を冷やして下さい。その間に私が……ツカサを落ち着かせますから」

 そう、言うなり、ギアルギンは俺の首輪を背後からぐっと掴んで――レッドの返答も聞かずに、強引に部屋から連れ出した。

「っ……! ぐ……!!」

 細身の首輪を強引に引っ張られて喉が締まる。
 引き剥がそうとするけど、急所を掴まれていて体が動かない。
 そんな俺をあざ笑うかのように、ギアルギンは早足で部屋から離れながら俺を横目で見てせせら笑った。

「アレを耐えたのは大したものですが……バカですねぇ。そこまで耐えたら、あとの手段なんて、もう貴方が嫌がる事しか残ってないんですよ?」
「……!?」
「折角レッド様が完全にお前を制御できるようになったんだ。もう遠慮はしません。せいぜい、レッド様が御しやすいように心を壊して下さいね?」

 そう言って笑う顔は……邪悪な笑みに満ちていた。











 
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