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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
26.真実の思いを
しおりを挟む――――だから言ったのに。お前の感情は嘘だと。
声が、聞こえる。
――早く来ないから、こういう事になる……。ずっと……たのに。
唐突に途切れて、聞こえなくなって。
だけど、体が動かなくて、意識がぼうっとして、もう何も考えられない。
――おい……。もう……解ったよな?
解ったって、なにが?
――お前は、もう……帰るべき…………。
帰るって、どこへ。
――元の、世界へ……。待ってる……あの、島で……。
あの島……あの島って……。
……ああ、そうか。思い出した。
この声は、俺に最初にブラックとの関係を「嘘だ」と断じて来た存在。謎の存在ダークマターだ。そうか、そうだったな。あの時も俺はブラックとの関係を疑われて、その事に怒ってたっけ。なんだそうか、これは二度目の事だったのか。
俺が元いた世界に帰る為に、色々教えて貰う為に、俺はダークマターが待っているプレインの領海にある孤島【ピルグリム】に行かなきゃいけなかったんだっけ。
だけど俺は……そこで何を言われるのかが怖くて、まだ帰る訳にはいかなくて、ずっと考えないようにしてたんだ。
だけど……そうか。
先延ばしにしてたから、きっとバチが当たったんだな。
せっかく俺の事を心配してくれたのに、ブラックとの関係を悪く言う奴の話なんか素直に聞きたくなくて、そんな奴を信じたくなかった。
だから今まで忘れたふりをしてた。でも……それがいけなかったんだな。
ちゃんと話を聞いていれば、こんな事にならなかったのかも知れない。
ダークマターは俺の事を心配して言ってくれてたんだ。ギアルギンのように、悪意を持って伝えようとしたんじゃない。それくらい、解ってたのに。
でも、だからこそ……確証のない話を、認めたくなかった。
自分の気持ちを否定された事がショックで、悔しくてたまらなかったから。
『……はぁ。それでこんな事になってたら世話ないだろ……? だから、ピルグリムに早く来いって言ったのに……』
あ……この声、ダークマター……。
『お前変な所だけ記憶力いいよな……まあ良いけど。ほれ、しゃきっとせい』
と言う事はここはまた夢の中か。
夢の中でしゃきっとしろと言われてもなあ……。
『夢の中だからこそ意識を保てるんだろ? ったく、お前が物凄い悲鳴を上げて意識をブラックアウトさせたから、何事かと思って飛んで来てみれば……。お前、本当に迂闊すぎるぞ。なんでこんな危険人物に捕まってんだ』
「う、うう、俺のせいじゃないもん……」
『幼児退行してる場合か! ああもう。良いか、俺も余力節約のためにもう退却しなきゃならんから、簡潔に言うぞ。ちゃんと聞けよ!』
解りました、解りましたから大声出さないで。
夢の中なのに何で暗い空間で大音量とか出せるんだよう。
耳を塞ぎたいんだけども、意識の中の世界だから塞いでるんだか塞いでないんだか判らない。まあそんな事しても無駄なんだけどね。
ああ、駄目だ。何だか力が入らなくて、気が散ってしまう。ちゃんと聞かないと。
俺はあるんだか無いんだか解らない手で頬を叩いて、暗い空間を見た。
すると、ダークマターは数秒間を置いて――俺に、告げた。
『まあ、その……なんだ。……あの時は、すまなかった』
「……え?」
『俺は途中からお前達を見始めたから、お前らの関係性からは、とても恋人同士には見えなくてな……。だから、グリモアの支配力によるものだと思って……』
グリモアの支配力……ああ、やっぱり……ギアルギンの話は本当なんだ。
『……残念だが、それは本当だ。黒曜の使者を殺せる唯一の存在が、この世界の七人のグリモアであり……その中でも……お前が最も信頼したものが、その役を担う』
「それって、つまり……」
『ああ、そうだ。だからこそ、俺はお前が殺されるんじゃないかと思ってな……だが、それは杞憂だった。あの言葉は訂正する。いいか、ちゃんと聞けよ。確かにあの男はお前を殺せる力を持った。だが、グリモアは無慈悲な力じゃない。お前が今まで見て来た事や、やって来た事。それを思い出せ、流されるんじゃない。お前が本心から考えた事を、惑わずに思った事を、忘れるな』
自分が、やって来た事。
今までやって来た事?
『……もう時間だ。……俺にはもう、力が無い。だから、お前を守ってやる事も出来ない……だが、お前達なら大丈夫なはずだ。きっと乗り越えられる。だから……俺が待つ島へ来い。いつか、かならず……――』
神様のような威厳は無い、友達のような声。
俺を励ますような声。
もしかしたら本当に夢かも知れなかったけど、でも……その声が俺を助けようとして、必死で答えてくれるのは解っていた。
だってここは、俺の意識の中だ。
ダークマターの言葉に嘘が無い事は俺が一番よく解っている。
例えこの声が自分の内なるものだったとしても……――
俺がその声を疑う事は、もうなかった。
「…………ぅ……」
無意識に、口から声が零れる。
暫く温かい空間の中で微睡んでいたが、自分がベッドの中に居るのが解って、俺は少し身じろいだ。軽くて暖かい掛布団が体に圧し掛かっているのを感じる。
裸足を動かすと、すべすべしたシーツが少したわんだ。
心地の良い感覚にまた眠ってしまいそうだったが、俺は寝返りを打ってゆっくりと目を開いた。
「…………」
視界に現れたのは、本の背表紙が並ぶ光景。
自分の部屋ではない事が一瞬で分かり、俺は息を吐く。
――そっか、まだレッドの部屋に居たんだ、俺……。
この感じだと、レッドが俺をベッドに寝かせておいてくれたようだ。
ギアルギンはもういないみたいだけど……あれからどうなったんだろう。
「……なんにせよ……疲れた…………」
今どんな状況かは解らないが、寝ているだけで疲れてしまった気がする。
でも、不思議な事に、俺は気を失った時よりかはかなり落ち着いていた。自分でもおかしいなって思ったけど、これは多分……ダークマターのお蔭なんだろう。
だって、アイツの言葉が俺を正気に戻してくれたんだから。
「……思い出せ、流されるんじゃない、か…………」
目を閉じて、言われたとおりに思い出す。
――ブラックと出会って、恋人になって、今まで色んな所を旅した事。
上手く行かない事や喧嘩した事、ブラックやクロウに色々迷惑をかけたり逆に迷惑を被ったりした事、それに……二人で、不器用に話し合った事も有った。
思い出してみると本当に格好悪くて、どうしようもなく情けない事ばかりで。
だけど……その記憶は間違いなく……俺が、ブラック達と作り上げた記憶だった。
支配されて作られた物じゃない、ブラックが俺を「恋人」だと言って、俺に向けて来た全ての言葉や視線は……俺を支配するようなものではなかった。
バカな俺にも解るくらいの――――
俺を真っ直ぐに見てくれる、純粋な目だったんだ。
「…………」
ああ、そうだ。
だから俺だって、ブラックの事を信じたんじゃないか。
あんまりにも真っ直ぐに俺に向かって来るから、つい俺も絆されて。俺をずっと見つめて、俺の事をずっと助けてくれたから、信頼するようになって。
そして、恋人になった。
……ブラックの思いが解ったから、俺はブラックと一緒に居たいと思ったんだ。
それに、やっと「好きだ」って言ってやれた時だって、興奮して思わず俺を押し倒した事に「情けない」って泣いてたじゃないか。
俺に、ごめんって何度も謝りながら…………。
「そう、だったよな……」
ブラックはずっと、自分の気持ちを素直に伝え続けてくれていた。
支配された時の恐ろしいような、混乱するような感覚とはまるで違う。
意識が途切れる事も無く、俺はうんざりするくらいブラックが抱き着いて来る感覚を教え込まされてきたんだ。あの、暖かい感覚を。
「……うん……。そうだよな……ブラックって、そういう奴だったんだ……」
不器用で、子供で、自己中で人の話も聞かないで勝手に発情するような奴。
だけど、俺をずっと助けてくれていた、俺の事を思ってくれていた、唯一の人。「俺が悲しむ事だからやらない」と言って、俺が厭う事をやめたような……
俺にだけは優しい、大切な…………恋人。
「……最初から……悩む必要なんて、なかったんだな……」
支配されているなら、こんな思いすら抱かない。
俺はブラックの事を盲目的に愛する存在になっていただろう。
でも、違う。
ブラックは俺の事を支配できたのに、無意識でもやろうとしなかった。
傍に居て、恋人になれる瞬間をずっと待っていたような奴なんだ。
俺はそれを知っている。なら、もう迷う必要なんてない。
「バカだな、俺……」
最初から、解っていた事だったのに。
俺が一番解っていた事だったのに。
ギアルギンに酷い言葉をまくしたてられたからって、それで頭がオーバーヒートして意識を失ってしまうなんて情けない。そもそも、あいつが言っている事が全部本当かどうかも分からないのに。
ああもう、マトモな思考になると本当バカだなあ俺……。
一言でも言い返せたら良かったのに。
「でも、冷静に考えられたのも……多分、あいつのお蔭だよな……」
ダークマター。何故か俺の事を知っていた、謎の存在。
でも今は、彼に感謝したかった。
俺一人では、混乱したままで答えには辿り着けなかっただろう。
そして、ギアルギンの思惑通りになっていたかもしれない。
「……ありがとな……」
今はまだここでしか例が言えないけど、でも……いつか、俺が覚悟して、あの島に行けるようになったら……礼を言おう。
アンタは、俺の心を救ってくれた恩人だよって。
まあ、いつになるかは解らないんだけどな。
「んん……。ま、いいか」
あの調子なら、きっといつまでも待っててくれるだろう。
近い場所で、俺の心が悲鳴を上げた。その程度で、慌てて余力を使って助けに来てくれるような相手だ。ブラックのように、俺を強引に連れて行くような事はしないに違いない。きっとそう出来ても出来ないタイプだろうからな。
「ふふっ……」
その事を考えると心が軽くなったような気がして、俺はやっと大きく息を吸う事が出来た。
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