異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編

24.その感情は本物か? 1

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   ◆



「で…………出来た……」

 思わず声が漏れる。
 今が何時なのかは判らないが、やっと俺は「完成した」と確信できる程度の曜術を形にする事が出来た。自分がちゃんと術を創れた事にホッとしたら力が抜けてしまい、思わず床にへたり込む。
 最早俺の体力は限界寸前だった。

「も、もう……寝ていいかな……」

 このまま寝たら、変に思われる。ちゃんとベッドに上がらねば。
 俺は残った力でのそのそとベッドに這い登り、やっと深い溜息を吐いた。

「はぁあ……こ、これで後は……安定して出せるように練習するだけ……」

 そう思うと、どっと疲れて眠くなってきた。ああ、良く頑張ったよ俺……。

 ――ブラック達と会った後、寄り道せずに帰って来て数時間。
 俺は決心を忘れることなく術の創作に集中していた。

 部屋に帰って来た時はもう早く眠ってしまいたいと思っていたが、そのまま寝てしまったら次に何か起こった時対処しきれないかも知れない。
 すぐに逃げられるようにするためには、なんとしてでもレッドが迎えに来るまでに形だけでも術を作り上げなければならなかった。

 だって、あの兵士達は明日……いや、今日、俺をどうかするような事を言っていたんだ。もしそれが失敗に終わるとしても、油断する訳にはいかない。

 ギアルギン以外にも自分を脅かす存在が出て来た以上、今の俺では何も対処しようがないし……何かが起こって、ブラックに隠さなければいけない事をされたとしても……俺ひとりでは、抵抗すら出来ないんだ。
 現に俺は、今日起こった事にすら手も足も出なかったんだからな。

 だからこそ、早く術を完成させる必要があったんだ。抵抗できない事態を避けるには、ブラック達を解放して自分を守って貰う以外に方法が無かったんでな。

 ……ああ、この世界が精霊や魔力で魔法を使える世界ならよかったのに。イメージや精神力で魔法を制御するなんて事になるから、ビビリの俺じゃあいざって時に対処しきれないんだ。よくよく考えたら万能どころかピンチの時には使い物にならないんじゃんか、曜術って。

 いやでも、だからこそ魔法使いってのは精神力が高いのかな。
 自分の心を制御して怖いのも怒りも抑え込んで、相手に冷静に対処出来るからこそ、魔法なんて言う不可思議な事象を操作できるのかも知れない。
 考えてみれば、呪文だってそういう「縛るもの」なんだよな。

 「呪文を唱える事で術が発動する」と自らにインプットする事で、どんな状況でもイメージを構築できるようにする。習慣化した物事は、自分の感情が荒れている時だって、とりあえずはこなしてしまえるものだ。
 だから、昔から魔女や魔法使いは呪文を使っていたのかも知れない。

 呪文を間違えさえしなければ、どんな状態でも魔法が発動するんだからな。
 無詠唱が出来る人間なんて、それこそチート小説やら漫画の中の奴だけだろう。もっとも、精霊やら魔力やらという超常的パワーがあるのなら、無詠唱なんかも軽く出来ちゃうのかも知れないけどな。……はあ、結局そこに辿り着くわな。

 まあでも、精神由来のおかげで、この世界では“魔法使い”が絶対的な権力者って訳じゃないし、俺みたいな軟弱ボーイでも倒せる可能性が出てくるので、その辺はありがたいんだけどね。

 だから、要は俺がもうちょっと大人で冷静で精神力が強ければ……って話なんだけど、強姦されんのは男だって怖いんだから仕方ないよな……。

「……俺が、もうちょっと…………強かったらなぁ……」

 ブラックやクロウみたいにムキムキで格好良くて、剣の腕も達人級で、曜術なんかバリバリ使えちゃって、そんで…………――

 ああ、なんか、眠い。
 たくさん曜術使ってたからかな。それとも、徹夜で頑張ってたせいで電池が切れちゃったんだろうか。でも、まあ、今なら眠ったって良いよな……。
 そう、思って俺は……ゆっくりと、目を閉じた。




 …………。
 ………………――――。

 ――あれ。なんか、ゆらゆらする…………。

 髪が動いて、頬が何だか擦られているようで、鬱陶うっとうしい。なんか、ゆすんゆすんて感じで、体がふわふわして、眠いのに何だか眠れない。
 ぼんやりしたままなのが嫌で、目を閉じてしまいたいのにそのゆらゆらした感じが嫌で、俺は唸った。そしたら、なんだか体が少しだけ寒くなって、柔らかいのが来て……ふとんがあるのに気付いて、あったくなって……。
 ふとんだぁ……あったかい……これで、ゆっくり眠れる……。

「ふふ……可愛いな……」

 頭がさわさわする。
 あったかい。ひろくて、大きいなにか。
 気持ち良くて……ああ……知ってる、これ……おれの、好きなの、だ……。

「うぅ……ん……」

 でも、なんか……違う……。
 なんだろう……なにか、ちがう気がする……。
 おれの、好きなのは……俺、の…………ブラックの、手は……こんなふうに、俺を撫でたっけ……。いや、ええと……やっぱり、違う……。

 あれ、違う、よな。あ……俺、もしかして寝てたのかな。
 そうか、ベッドに転がってから一気に気が抜けちゃって、俺ってばそのまま寝こけちまってたんだ。でも、そしたら、さっきのってなんだ。
 つーか、俺布団なんか被ってたっけ。いやその前にさっき何か声聞こえたよね。何言ってたかは思い出せないけど、なんか、誰かの声みたいな。

 ……あっ、や、ヤバい……。
 もしかして、もうレッドが来る時間になっちゃった?!

 と言う事はさっきの声とかは全部レッドかよ!
 うわっ、や、ヤバい。俺寝言で変なこと口走ってないかな。いやその前に、レッドが「寝てるなら仕方ない」って帰ってたらどうしよう。待って下さい部屋に俺一人で残されたら、アンタとの連絡は扉番の人に頼むしかないんですよ!

 そうすると俺絶対ピンチじゃん、兵士に何されるかわかんないじゃん! 
 うわああ頼むから今日は何が何でもレッドと一緒に行動させてくれえええ!

「っ!!」

 慌てて飛び起きた、と、すぐに俺は固まってしまった。
 だって、俺が今いる場所は自分の部屋では無く――レッドの私室だったのだから。

「えっ……あ……あれ……?」

 なにこれ。何で? 何で俺レッドの部屋で寝てるの?
 いやいやいや意味が解んないんですけど。どうなってんの!?

「ああ、やっと起きたか。この寝坊助ねぼすけめ」

 混乱している俺に、なんだか笑っているような声がぶつかってくる。
 咄嗟にその声のした方を見やると、そこには……机に向かって座っているレッドが、こちらに体を捻って笑っている姿が在った。

 あっ、えっ。と言う事は、俺ってもしかして、レッドにここに連れて来られて、起きるまでずっと一緒の部屋に居たって事?
 …………これ、相手がレッドで良かったな……。

 レッドは思い込みが激しい所とかその他もろもろの事を除けば、かなり紳士的だ。ラスターのように人の話を聞かないという事も無く、ブラックのように発情して人を裸に剥いて犯そうとしたりもしない。激昂しなけりゃ普通のイケメン様だった。
 ブラックと比べると、悔しいけどレッド方が常識人としては圧勝だな……。

 まあ、そのお蔭で、イタズラされたり下衆な契約を結ばされて弱みを握られたりはしていないので、潔白さは素直に褒めるべきだな。
 起きたら事後だったとかエロ漫画で良く有るパターンだしな……へへ……。

「今日は眠りが深かったな。久しぶりの外で疲れたのか?」
「そ……そんなとこかな……」

 嘘は言っちゃいない。庭園では色々あって精神的に疲れたし……。
 今日はもう色々行きたくないなと考えていると、レッドが椅子から離れて近付いてきた。何だろうかと思って見上げると、相手は嬉しそうに微笑み俺の頭を撫でる。
 ああ、あの感触って、レッドが俺の頭を撫でたから感じた奴だったのか。

 「本当は今日も庭園に連れて行こうと思っていたんだが……この分だと、少し休んでいた方が良いかもしれんな。ツカサもこの【工場】に来てからは、ギアルギンに酷い事をされて相当体力を消耗していたんだし」

 解っていたなら早く助けて下さいよ。アンタ俺の事好きなんでしょ。
 ……と思ったけど、それはそれで自惚うぬぼれが強い発言なのでお口チャックする。
 それよりも、レッドの台詞だ。休んでいた方が良いって、もしかして今日は私室にいさせてくれるのかな? だとしたら凄い事だぞコレは!

 レッドだって四六時中俺に引っ付いてる訳じゃ無かろうし、トイレや何かで絶対に俺の傍を離れるはずだ。レッドの私物を漁れるチャンスじゃないか。
 思わず喜びを顔に出してしまいそうだったが必死に押し留めて、俺はレッドに緩く笑みを見せて「体調良くないです」とアピールすると、小さく頷いてみせた。

「ごめん……。せっかく俺の為に色々してくれたのに、すぐ疲れちゃうなんて……」
「ああ、良いんだぞツカサ。アレは、俺が好きでやった事……お前が悲しい顔をする理由は何もない」

 そう言って、また頭を撫でて来るレッド。
 嫌だったけど我慢して、俺はその憤りを抑えつつ俯いた。

「だったら良いけど……でも、今日はやっぱり色々行けそうにないかな……」
「そうか……いや、気にする事は無い。お前の体の健康が第一だ。今日は部屋で休んでいるがいい」

 レッドの優しい言葉に、俺は彼の服の裾を掴んだ。
 ここでもうひと押し。部屋に戻れなんて言われたらたまったもんじゃない。
 だから、レッドに「俺をここに居させなければ」と思わせる言葉が必要だった……ぶっちゃけ気は進まないけど、でも、これはブラック達の為だ。媚を売ってでも、レッドの私室に居る事を認めて貰わねば。

 そう決心して、俺は……レッドに縋るように相手の顔を見上げて眉根を寄せた。

「でも……一人に、しないで」
「ツカサ……」

 レッドの目が見開かれる。
 俺を凝視している青い瞳を見つめ返しながら……俺は、弱々しい声を吐いた。

「大人しくしてるから……ここで、眠らせて……? お願い、レッド……」

 駄目押しで、悲しい顔をレッドに見せてみる。すると、相手は。

「ああ、解った。解ったぞツカサ……今日はずっと一緒に居よう、お前はここでゆっくりと眠っていればいい、大丈夫だ、俺が傍に居てやる……!」

 何を思い間違ったのか、レッドは感極まったかのような声を出すと、そのまま俺を抱き締めて来た。一瞬マジで突き飛ばす所だったけど、なんとか堪えたぞ。
 これで、大丈夫。大丈夫なはず……。

「レッド……苦しい……」
「っ、す、すまん! 嬉しくてつい……」

 ……そ、そんな事言うなよ……なんか罪悪感感じるじゃんか……。
 いや駄目だそんな事考えるから俺は甘ちゃんなんだ。騙すって決めたんだから、俺はとことんまでレッドを利用してやらないと駄目んだな。そうじゃないと、ブラック達を助ける計画だって無駄になっちゃうんだぞ。しっかりしろ、俺。

「ああ、でも良かった……。ここまでツカサが俺に心を開いてくれたのなら、ギアルギンに会せても大丈夫だな」
「え?」
「あの男だって、ツカサがこうも俺に懐いてくれているのを見たら、計画を急がなくても良いと解ってくれるはずだ。ツカサだって、早くこんな陰気な場所から出て外で自由に遊びたいだろう? だから……一緒にあいつを説得しよう。心配はいらんぞ、お前の忌まわしい力を吸い出せば、お前は解放される。俺と一緒に外に出ることが出来るんだ。だから……ひと眠りしたら、頑張ろう。な?」
「………………」

 ちょっと、あの。何言ってんのか判らないんです、けど。

 ひと眠りしたらって何。ギアルギンを連れて来るって事か?
 待て、待ってくれ。なんでそうなるんだよ!!

 やっぱ俺レッドなんか大嫌いだー!












※当初の予定通り次ちょっと鬱です
 
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