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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
22.欲望の生け贄
しおりを挟む抵抗する事も出来ず柱の影へと連れて来られた俺は、一旦その場に降ろされたものの、逃げる暇も無く背後の兵士に両腕を捕らわれてしまった。
しかも片手で。俺だって男なのに、力有るのに、片手で!!
ちくしょう、鍛えてるからって調子に乗りやがって……!
「は、なせ……! 離せったら!」
必死に体を動かすが、やっぱりびくともしない。
しかしそれでも抵抗しない訳には行かず、逃れようと渾身の力で暴れる俺に、兵士達はバカにしたような声で笑った。
……まるで、もがく虫を笑っているかのような笑い方。
俺が激昂するのを脅威とも何とも思っていないような、下卑た笑い方だった。
「可愛い顔して癇癪だけは一人前だな」
「うるさい……っ!」
離せと身を捩るが、全然体が動かない。それどころか、俺は背後の兵士に顎を捕らわれて、むりやり背後の兵士の息が掛かる方に頭を向けられた。
気持ち悪い。頬が、首筋がぞわぞわする。腕が使えたら引っ叩いてるのに、それすらもできない。顔を歪める俺に対して、背後の兵士は……ねばつくような涎の滴る舌で、俺の頬を舐めてきやがった。
「ひっ、ぃ……!!」
「はぁ……はぁあ……っ。思った通り、やわらけえ頬だ……」
「や、だ……っ、いやだってば……」
「唇もたまんねえ……っ」
荒い息が、濡れてべとつく頬にかかる。
俺の顎を捕えている手の指が強引に下唇をなぞって来て、その強さと遠慮のなさに思わず眉が歪んだ。
――ブラックの指ともクロウの指とも全然違う。気持ち悪い。嫌だ。触るな!
強くそう思うけど、震えて声が出せない。
怒りなのか恐怖なのかよく解らないけど、でも、どうしてもこいつらに触れられるのが嫌で、俺は必死に手から逃れようと頭を動かした。
「ほー、弱ってる割には抵抗するんだな。まあ、そうじゃなきゃ楽しくねえけどよ」
「ぅ……くっ……うぅ……!」
せめてもの抵抗で睨み付けるが、俺を観察するもう一人の兵士は下卑た笑みをニヤニヤと浮かべるだけで取り合わない。
俺が嫌がるのを楽しんでいるようだった。
「そうそう、そうやって睨んどけ。そうじゃねえと気分が出ねえからよ……!」
そう言いながら、目の前の兵士は……俺の腹を、強く殴った。
「――――ッ……!! ッ、が……っぅ、あ゛……ッ!!」
内臓が押し潰されたと思うほどの圧と、込み上げてくる衝撃。思わず呻いたと同時に体に痛みが走って、俺は咳き込みながら体を折り曲げた。
だけど、背後の兵士がそれを許さないとでもいうように、俺の体を反らせる。
腹を殴打された痛みで骨が軋むようで息が出来なくなるが、兵士達はそんな無様な俺を見て、何が面白いのかずっと笑っていて。
それがどうしようもなく悔しくて目を細めた俺の頬に、目の前の兵士が手を当てて、いやらしい手つきでゆっくり撫でまわしてきた。
「っ、ぐ……」
「見張りの時はそりゃあ辛かったぜ。なんせ、禁欲状態の所にお前が羞恥に塗れる淫売劇を見せられたんだからな。目の毒ってやつだ。おい知ってるか? あの“テスト”でお前を見張ってた奴ら全員が、お前の事を犯してえ犯してえって呻きながら、自分の部屋でテメエの逸物を慰めてたんだぜ?」
聞きたくない事を無理矢理俺に聞かせて、兵士が服の上からゆっくりと俺の胸に手を這わせて来る。
汗ばんだ手が、反応してもいない乳首の所を這いずりまわって、指で柔らかい部分を揉む。逃げたいのに、体がさっきの痛みで動かない。
悔しくて、怖くて、頭が混乱して、勝手に涙が溢れて来た。
「ぅ……ぃ、や……っ」
声まで、情けない。
こんなことじゃ駄目だって解ってるのに、でも、お腹が痛くて抵抗できなくて、俺はもう子供みたいに泣いて嫌がる事しか出来なかった。
そんな俺に、兵士達は荒い息で笑い声を漏らす。
「自分で自分を慰めるのは切なかったぜぇ? なんせ、今までお前に接触する機会もなかったからな……あの坊ちゃんが不用意に連れ出してくれて助かったわ」
「ツカサちゃんだっけ? 泣いちゃって可愛いねえ……でも大丈夫だよ? 俺達がちゃんとツカサちゃんも気持ち良くしてあげるからさぁ……」
背後の兵士は俺の頬を舐めながら、顎を捕えていた手を放して……今度は、俺の尻を強く揉みしだいて来た。
「ひぃいっ!? ひっ、ぃ、いや、さわ、なっ、や、だ、やだぁあ!」
「おっと、反応が良くなったな? ククッ、やっぱり下半身は弱いらしい」
「ぃ、やっ……さけ、ぶ……叫ぶっ、から……お前らっ、いい加減、に……っ!」
そうだ、叫べばいいんだ。そうしたら、レッドが気付いてくれる。
いくら自分の陣営の兵士だとは言え、俺が襲われたらアイツは絶対に助けてくれるはずだ。そうなれば、二人だってタダじゃ済まないだろう。
だから離せと涙目でも必死で睨んだ俺だったが。
「いいぜ? 呼べよ。お前がお坊ちゃんと一緒に居るんなら、いくらでもお前を襲う機会はあるんだからな。それに……扉番の奴らに話して、お前が取り返して貰った物をまた没収してやっても良いんだぜ?」
「……ッ!!」
目の前の兵士の下卑た笑みに、思わず息を呑む。
そうだ。こいつらはこの国の兵士で……もっと言えば、あの【工場】はこいつらの味方だらけなんだ。二人が嘘を言って俺の所持品を再び奪う事なんてワケない。
レッドが俺の味方をしてくれたとしても、大勢の兵士が俺の敵になったらさすがに庇いきれないだろう。誰かを糾弾する場合は、力より数がものを言うのだから。
「だからさあ、ツカサちゃん。大人しくしようぜぇ? ツカサちゃんだって、痛いのよりみーんなに気持ち良くして貰う方がいいだろ~?」
背後の兵士が笑いながらそんな事を言って、俺の首筋に唇を這わせて来る。
良いわけない。絶対嫌だ。でも、拒否したってこいつらは納得しないだろう。
だって、目の前の兵士の目は全然笑ってない。ぎらぎらしてて、前に俺を襲おうとした奴らと同じような顔をしていたんだから。
「本当は俺達だって、こんな所じゃなく部屋でたっぷり可愛がってやりたいんだぜ? でも、あの部屋に入るとギアルギン様が罰すると言ったからな……」
目の前の兵士は、そんな事を言いながら俺の股間に手を差し込んできた。
思わず、全身に鳥肌が立つ。
「ぃ、やっ……だ……っ」
「まあそんなに嫌がるなよ。これから長~い付き合いになるんだ……今日は体を触るだけで我慢してやっから、そうビービー泣くなって」
「はぁ、はあ……可愛いなぁ、ツカサちゃん……っ」
背後の声が気持ち悪い。俺の股間を揉んでくる手が怖くて、勝手に足が震えて自分じゃもう立てなくなってしまっていた。
どうしよう。
これじゃ、逃げてもどうしようもない。でも、逃げてどうする?
俺が帰る場所は、結局あの部屋しかないんだ。
それに、ここで逃げたって兵士達に付け込まれるだけだ。
でも、だけど、このままじゃ…………――――
「ツカサー、どこだー?」
どうしたらいいのか解らなくて混乱した思考に、レッドの声が入ってくる。
レッド……レッドお前、なんで来るの遅いんだよ……!!
でも、ぅ……く……悔しいけど……助かった……。
「もう帰って来たのか……クソッ、意外と早いな」
「まあ良いさ。ツカサちゃん……明日はちゃんと可愛がってあげるから、楽しみに待っててね……?」
やっと逃れられると思ってホッとした俺に、背後の兵士が絶望的な事を囁く。
股間から手を離した目の前の兵士も、俺を更に怖がらせるかのように、歯を見せてニヤリと笑った。
「お前の事を犯したいって奴らを集めとくからな」
「――――っ」
声が、出せない。
その言葉だけで明日何をされるのか、想像してしまって――
「ほらっ、行けよっ」
硬直した俺を、兵士二人が庭へと押しだす。
俺を呼ぶレッドの死角から飛び出し、木陰に倒れ込むようにして解放された俺は、咄嗟に自分の体を庇う。地面に手を突いて、膝を強かに打ってしまったが……この程度なら、腹の痛みと比べればさしたことではない。
だから、大丈夫。
頬だって拭えば、問題、ないし。
首も、拭う。全部、全部拭えば消えるから。おなかだって、俺なら、大丈夫。
大丈夫、大丈夫、大丈夫だから、絶対大丈夫、大丈夫だから。
消える、怖いのも、痛いのも、気持ち悪いのも消える、消えるから。
だから…………
「ツカサ?」
泣く、な。
今泣いてどうする。耐えろ。大丈夫だから。これが終わったら、部屋に帰って倉庫に行って、ブラックとクロウに会える。その頃には平気になる。
きっと頑張れるから。
だからそれまで、二人に会うまで、大丈夫だって、思わなきゃ……。
「…………っ。……はぁ……っ」
息を吸って、不快な所を全部手の甲で拭って、袖で隠して。
俺は深く息を吐くと…………ゆっくりと、立ち上がった。
「ツカサ! そんな所に居たのか……っ、あっ、もしや転んだのか!?」
何も知らないレッドが、心底心配した様子で駆け寄ってくる。
殴り飛ばしたい衝動に駆られたけど、でも、今回はレッドは悪くない。いくら相手が敵であっても、理不尽な衝動を誰かにぶつけるのは嫌だった。
だって、そんな事をしたら……俺も、ギアルギンと同じになってしまうから。
「レッド……」
「どうした、そんな疲れた顔をして……」
「え……」
「俺が居ない間に何か有ったのか? そういえば、お付きの奴らは……」
こちらの様子を敏感に感じ取ったのか、レッドがにわかに厳しい顔つきになる。
でも、今あいつらを刺激したら、また俺は酷い事をされるかもしれない。
あの二人は「兵士達」と言った。だとしたら、二人を糾弾したとしても、また他の奴が俺に対して接触して来るかも知れない。それに、あの二人を罰したら牢屋に入れられて、俺達がもう牢屋に忍び込めなくなる可能性も有る。
だから、どうしても……二人を告発する事は出来なかった。
例えそれが俺にとって最悪な選択だったとしても。
「レッド、ごめん……その……俺、一人でいたから……寂しくて……」
必死に嘘を吐いて、顔色を窺われないようにまた相手の胸に身を寄せる。
レッドはそんな俺に戸惑っていたようだったが……息を吐くと、俺を優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。
「俺の方こそすまなかった……。お前は庭に居た方がもっと元気になると思って、だから一人にしておいたんだが……逆効果だったんだな……。すまなかった」
「……大丈夫、だから……。もう、帰ろう?」
「ああ。……そうだ。帰ったら、また茶を淹れてやるからな」
その言葉に、俺は頷いた。
今はもう何も考えられない。
早くブラック達に会う時間が来て欲しいと、そればかりを考えていた。
そうでもしないと……「大丈夫だ」と言い聞かせた心の中の何かが、すぐに壊れてしまいそうだったから。
→
※次は明るいけど次の次はちょっと鬱なのでご注意ください
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