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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
虜囚の花2
しおりを挟む白い支柱が等間隔に続く、広い庭園。
支柱が在るのに屋根は無く、見上げた天井には青々とした空が広がっている。まるで本物のような青空に思わず息を呑んだが、レッドに誘われるように歩を進めると、視界いっぱいに鮮やかな緑と色とりどりの花が広がった。
支柱の間に作られている花壇から溢れ、支柱に絡みつき、歩道まで緑に染めるその光景は、まるで楽園にある神殿の庭のようだ。
全ての植物が生き生きとして、青空からは金色の光の粒が雨のようにきらきらと舞い落ちていて――夢の中の光景だと言われたら信じてしまうほどの、とても美しい庭だった。……でも、この光は一体……。
「レッド、この光は……」
「……ああ、大地の気…………いや、神の祝福だ」
……え? 大地の気って、プレイン共和国じゃほとんど現れなかったはずだよな。それに、空から降ってくる大地の気ってどういう事だ。神の祝福とか初耳だぞ。
でも、レッドが大地の気って言ったんだから間違いはないんだよな。
と言う事はこれって……まさか、あの【アニマパイプ】から流れて来たもの……?
「これ、あの装置から……?」
そう言うと、レッドは大きく目を見開いたが、しかし俺が【アニマパイプ】の事を知っているのを思い出したのか、少し考える素振りを見せてから頷いた。
「ああ、厳密に言えば少し違うかもしれないが……そういう感じだ。この国は、元々大地の気が乏しい場所だったらしいが、どこかの遺跡から、こうしてこの賢人特区にだけ辛うじて気が流れるように細工しているらしい」
「遺跡から……」
「俺も詳しくは良く解らないんだがな」
遺跡……。思い当たる節と言えば、俺達の当初の目的地だった【エンテレケイア】と、学問都市と言われていた【ミレット】遺跡、そして……今はこの国の兵士がいるとの追加情報を知らされた、あの謎のダークマター野郎が待っているらしい孤島――【ピルグリム】だ。
どこからどうやって流してきているのかは解らないが、エンテレケイアはまだこの国の奴らには見つかってないはずだ。
だとすると、後者の二つになるけど……まさか、ピルグリムじゃないよな。
謎の存在とじっくり話し合える場所って事は、なんらかのおかしな現象が起こっていてもおかしくない。大地の気がモリモリ湧いてるって事もあるかも……。
なら、ダークマターは大丈夫なのかな。変な事になってなきゃいいけど……。
「ツカサ?」
「あ、ううん。何でもない……。えっと、じゃあ、この庭や賢人特区の植物は全部、この空から降る大地の気で元気に育ってるってことなんだな」
「ああ。だから、ツカサにもきっと気に入って貰えると思って」
「……そっか……ありがと、レッド」
――――レッドのその言葉が本心からの言葉なら、素直に礼を言いたい。
正直な話、久しぶりに見た青空と草花、それに体に降り注いでくる大地の気は、俺が思っていた以上に心に染みて感極まってしまっていた。
たった数日。
数日、囚われて非道な事をされて、心がすり減っていただけなのに。普段なら、きっとこんな風にありがたがったりしなかっただろうに、どうして人ってのは辛い事を体験した後に自然や青空を見たら感動してしまうんだろう。
弱った心を癒す力が、自然には有るんだろうか。
そんなの科学的には何も証明されていないのに、だけど、人は何故か弱った時ほど美しい自然に感動してしまうのだ。
その不思議さが、今の俺には嫌と言う程解って、胸が震えた。
「触っていいんだぞ、ツカサ。ほら」
レッドが俺の手を引いて、一番近い花壇へと近寄る。
すると透明で甘い匂いがほのかに香って来て、俺は無意識に息を吸った。
――綺麗な、赤い花。ハイビスカスのように広がった花弁と大きく特徴的な黄色の花芯は、ツクシのようにも見えてなんだかちょっと面白い。
てか花芯か……あの小説のフローラルな表現を思い出して嫌になるな……。
「その花は蜜が美味いらしいぞ。吸ってみるか」
「え、でも……この庭園って、十二議会のものなんだろ?」
流石に人の家の花壇を荒らすのはちょっと……と思っていると、レッドは苦笑して俺の頭を撫でた。だから撫でるなってば。
「心配ない。ここの花々は摘んでもすぐに再生するし、一輪手折った程度なら無傷と同じだ。遠慮せずに受け取れ」
そう言いながらレッドは目の前の花を根元から摘んで、俺に手渡した。
……摘まれちゃったら、拒否する訳にはいかない。
俺はその花の根元から少し先を摘まんで、軽く吸ってみた。
「ん……」
じわりと口の中に広がる、優しい甘さ。
シロップみたいなさらりとした味わいは、果実とはまた違うものだ。
そう、そうなんだよな。花の蜜って凄く少ないんだけど、でも少ないのに凄く甘く感じて、ガキの頃は友達と一緒に吸ったりしてたっけ。
婆ちゃんの田舎でしかやれなかったけど、楽しかったなあ。
あの時の味とは違ってるかもしれないけど、でも、俺は凄く嬉しかった。
「美味しい……!」
レッドにそう言って、それから俺は……ようやく自分が笑っていた事に気付いた。
ヤバい。もしかして元気になったと思われただろうか。
内心息が止まったが――――
相手は、俺に向けた顔を赤くして……本当に嬉しそうに笑った。
「ツカサ……やっと、笑顔を見せてくれたな……」
そう言って、レッドは俺を抱き締めた。
「レッド……」
「お前がずっと笑顔を向けてくれないのが不安だった……もしやお前は、俺のことを嫌ってるんじゃないか、本当は、俺の事を何とも思ってなんじゃないかと……だが、杞憂だったんだな……ああ、よかった……!」
やっぱり、多少は疑われてたのか。
でも、残念だけど俺はレッドが心配していた事を確かに考えていた。
俺は、ブラックとクロウを酷い目に遭わせているレッドの事は嫌いだし、本当なら顔も見たくない。絆されたくないし、出来れば二度と会いたくも無かった。
良い奴かも知れないけど、心の底から悪人って奴じゃないけど、だからこそ、もうこれ以上は憎みたくなくて……この事が終わったら、永遠にお別れしたかったんだ。
でもやっぱり、そんな事を思っていたら相手にバレちまうんだな。
人の感情なんて解らないって言うけど、悪意だけは不思議と伝わってしまう。
誰かが自分に良い思いを抱いていても、その感情を一ミリも感じられない事の方が多いのに、人間って奴は悪意だけには敏感に反応してしまうんだ。
だからレッドも……無意識に俺の拒絶を感じて、不安だったのかも知れない。
初対面の時と違って全く笑わない俺に、違和感を覚えてたってのもあるのかな。
…………やっぱ俺、人を騙すのすら下手なんだな。
どうせ騙すなら、相手が不安を覚えないほど気持ちよく騙せればよかったのに。
自分の不甲斐なさに悔しくなりながらも、ただレッドに抱き締められていると――やっと安心したらしいレッドは、変な事を俺に言って来た。
「ツカサ……俺の事を嫌っていないのなら……お前を、描かせてくれないか」
「え……?」
かく? かくってどういう意味?
よく解らなくて目を瞬かせると、相手は慌てて説明しだした。
「あ、あの、すぐ終わる。何と言うか、その……俺は、ツカサの笑顔をずっと残せるようにしておきたいんだ。俺に向けられた、その可愛い笑顔を……お前と離れる夜の間も、ずっと見ていられるように……」
「ぁ……ぅ…………」
それは、ちょっと…………俺的には、怖い……。
でも、ここで断ったらまたレッドに疑われかねないし、俺が全面的に信用してるって思わせないといけないし……だったら、仕方ない……のか……。
「ダメか……?」
「あっ、い、いや、その……俺、描くとか描かれるとか、そういうのやった事なくて、ちょっとどう言ったら良いのか解らなくて……」
「ああ、心配しなくていい。ツカサは、さっきみたいに楽しそうに花を愛でていれば良いんだ。その姿を、俺が炎で白板に焼き付ける」
「えっ……炎で描くのか!?」
思わず驚くと、レッドは嬉しそうに頷いた。
炎で絵を描くって、どんなだ。えっ、もしかして、焦げ跡の濃淡とかを使って凄い絵を描いちゃうのかな? なにそれ、すごい。普通に見てみたい。でも題材俺だし、でもそんなの滅多に見られないし、見てみたいし、う、ううう……。
…………し、仕方ないよな?
だって、断れないんだもん。断れないなら、そりゃ、その、自分が題材でも……。
「描かせて、くれるか?」
そう言われて、俺は結局素直に頷いてしまった。
まあ……レッドを安心させるためだもんな……。
だから、仕方ない。なんか「じゃあ服を着替えよう」って言われて、神殿で働いているっぽい人に服を持って来て貰ったり、その服がやっぱりちょっと上着が大きくて下が半ズボンだったりしても仕方ない。頷いた以上、仕方ないのだ。
なので、庭園でこんな変な格好しても……って、やっぱ変だよね。
レッドの奴、もしかして萌え袖と半ズボンが好きなのかな……。ブラックとクロウよりかはマシな性癖だけど、でも俺にコレをやらせるってのは中々辛い物が……。
ま、まあいい。俺は庭園を楽しめばいいんだ。
と言う訳で、自分の服装や、白板をイーゼルに立てかけて俺を見つめるレッドの姿は極力気にしないようにして、俺は庭の植物を観察する事に集中した。
しかしまあ、本当に多種多様な植物がある庭だ。
大地の気が常に降り注いでいるからここまで植物が育つんだろうけど、でも、この草花は多分この国の物じゃないんだよな……。だって、フォキス村の周囲の植物と、この庭園の植物は、全く違うんだもん。
きっとこの植物たちも、どこかから連れて来られたんだろう。
そう思うとなんだか切なくなってしまったが、これではレッドが不満がるだろう。
しかし、一度落ち込んだ気分を浮上させるのは難しい。
どうしたらいいだろうかと思っていると――
「あ……」
草花の合間に、この国でも生えている“カエルバ”という野草があった。
カエルバには小さな白い花が咲いていて、とても可愛らしい。
大地の気が有ればカエルバもこんな花が咲くのだと知って、俺は何故だか少しだけ心が温かくなった。
……この草で、鎮静丸を作ろうとしてたんだよな俺。
これを集めるためにブラックもクロウも手伝ってくれて、その時にクロウったら、コレが食べられるって勘違いしてたくさん集めてたっけ。
ほんと、うまいものの事には早とちりで……。
「……あの薬だけでも、リオート・リングに突っ込んどきゃよかったなぁ」
あの薬を飲めば、俺だってもう少し冷静になれたかも知れないのに。
そんな事を考えながら、俺は変わり映えのしない青空の下、ここにはいない二人を思いながら植物を愛で続けた。
――そうして、何時間経っただろうか。
不意にレッドが俺に話しかけて来た。
「ツカサ、お疲れ様。ある程度は完成したから今日はもう戻って夕食にしよう。そろそろ日が暮れるころだ」
「え……もうそんな時間?」
空はまだ青いが、これから橙色に変わるのだろうか。
不思議に思って空を見上げていると、レッドはくすくすと笑った。
「俺は道具を片付けて来るから、そこに居てくれ」
「うん、解った」
こうなったらもう余計な事は住まいと思い、素直に頷く。
そんな俺の態度にレッドは疑う素振りなど見せず、庭園から出て行った。
しかし……一体どんな絵を描いたんだろうな。見たくないけど見てみたい。
炎でどんなふうに絵を描いてたんだろう……。
「っていうか、物凄く絵がヘタとかだったらどうしよう……。笑っちゃヤバいよな……噴き出さないように頑張れるかな……」
物凄く失礼な事を考えてしまうが、今の俺には重要だ。
でも背後の御付の兵士達が笑っていないんだから、変な絵じゃないよな……とか思っていると、その御付の兵士達が俺の方に近付いてきた。
何だろうかと思ってじっとその様子を見ていると、二人は俺の前までやって来て。
「あの……?」
どうかしたのか、と、問いかけようとすると――
唐突に兵士の一人が背後に回り、俺を羽交い絞めにした。
「!?」
「おっと、動くなよ」
なに。なんだコレ。なんで俺を拘束したの。
そりゃ俺は確かに立派な不審者だけど対応が遅すぎるし、何で今捕まえたのか意味が解らない。レッドがいないからか。レッドに配慮して?
何が何だか分からなくて戸惑う俺に、兵士達はニヤリと笑う。
そうして、背後の兵士がいきなり……俺の首筋に舌を這わせてきた。
「っ!? ぃっ……や、だ……なにっ……!?」
「何、じゃねえよ。毎日毎日いやらしい服で挑発してきやがって……」
「俺達の事忘れたのか? 身体テストの時あれだけ見つめてやったのに……」
見つめて、って……じゃあ、この二人って恥ずかしい事をして来た奴ら……?
だったら……二人が今羽交い絞めにした理由は。まさか。
「や……やだっ、離せ……!」
思わず青ざめて逃れようとするが、しかし相手との力の差は明らかだ。
どんなに抵抗しても、背後から首筋を舐める男の腕からは逃れられない。今目の前にいる相手に服を捲られても、抵抗できなかった。
「ははっ、あの服じゃ胸まで見えなかったが……ずいぶん綺麗な桃色だな。これで男どもと遊んでるなんて信じらんねえなあ」
「何言って……」
「とぼけんなよ。お前、あのオッサンどもに変われて毎日ご奉仕してたんだろぉ? それが遊んでなくて何になるんだよ」
どんな飛躍理論だよ。セックスしまくってたら遊び人って短絡的すぎない!?
っていうか、やばい。このままじゃ絶対変な事になる……!
う、ううう、畜生、怒っても駄目なら泣き落とししかないか?
滅茶苦茶嫌だけど背に腹は代えられない。とにかくチャレンジだ。
「お願いだから、離して……!」
必死にそう言ってみるが、どんな言葉で返そうが兵士達はニヤニヤ笑って、よりいっそう俺に近付いて来て。俺を捕えている兵士は、首筋にちゅうちゅうと吸い付き離れてくれなかった。
気持ち悪い。早く、離れたいのに……っ。
「あ? その程度でもう涙目かよ。メスガキのくせして令嬢みてえだな」
「そこが良いんじゃねえか……ははっ……お前すげえやわらけぇな……御付なんてかったるい役を引き受けた買いが有ったぜ……」
「おい、おめえだけ楽しむなよ……チッ、そこ行け」
俺の真正面に居た兵士が、どこかを指さす。
羽交い絞めにされたまま俺が移動させられた場所は……レッドが入って行った場所からは死角になる柱の裏側だった。
そんな所に連れ込まれて、何をされるのか。
無駄な知識のせいで解らないでもないだけに、震えが止まらなかった。
→
※引き続き注意(寸止めですが)
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