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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
12.慟哭の理由
しおりを挟む理解出来なくて硬直する俺に、ギアルギンは心底楽しそうな笑みを浮かべて言葉を畳みかける。
「貴方……自分の怪我が治る時間に対して、今まで疑問を抱かなかったんですか? 普通おかしいと思うでしょう。切り傷が一日で治りますか? 打撲や裂傷の痛みが、すぐに引くと思ってたんですか?」
「そ……れ、は……」
言われて、口ごもる。
……確かに、言われてみればそうだ。
いや、おかしい。そうだ。俺はずっと、その事に疑問を持ってたはずじゃないか。
暴行された時も、足に傷を受けた時も……俺は、いつの間にか完治していた。
そのたびに俺は「変だな」とは思っていたけど、まさかそれがこの世界では異常な事だなんて考えてなかったんだ。
だってこの世界にはデタラメな薬があって、デタラメな奴がいるんだから。
……だから、俺は……そんなものなのかなって、思って……。
でも、そうだ。俺は最初に考えていたじゃないか。
自分の回復の速さは、もしかして“黒曜の使者”の能力なんじゃないかって。
この程度の恩恵は有っても良いって。
「……っ」
ああ、なんで。なんでその事を今まで忘れてたんだろう。
その事にさえ気付いていれば、こんな事態には……いや、違う。こればかりはどうしようもなかったんだ。この回復能力は、自分で制御している物じゃない。
隠そうと思っても、俺が傷付けばこの力は勝手に発動するんだから。
ギアルギンはそれを知ってて、俺を今までなぶってたのか……っ。
「その表情、素敵ですねえ。自分のままならない事に、翻弄されて絶望するその顔……貴方のような存在が崩れる事こそが、私の悲願だ」
「悲願……?!」
「ああ、そんな事はどうでも良いんですよ。それより、貴方の自己治癒能力……既に発現していて助かりました。あの程度の傷を一日で治せるのであれば、腕を一本切り落とす事になっても安心だ」
「っ!?」
何を言い出すのかと目を剥いた俺に、ギアルギンは笑みを深める。
「ほら、そんな顔をするでしょう? だから貴方は“無知な災厄”だと言うんです。何も知らず、自分の役目にすらも気付かず、ただ神のみを脅かす存在……。世界を粉々に砕くほどの力を持ちながら、古の契約を忘れて下等な人族などに操られ絆され……本当に……お前達は……我々をなんだと思ってるんだ!!」
ギアルギンが唐突にそう叫んだ瞬間――俺は、横に吹っ飛ばされていた。
「……ッ、ぐ……!?」
何が起こったのか解らず、一瞬混乱する。床に倒れた衝撃で、自分が何かをされた事にやっと気付いたが、最早その認識に意味は無い。
じんじんと血が集まって来て徐々に痛みを覚える頬に、「殴られたのか」と無意識な予想が思い浮かんだが、ギアルギンはそれだけでは俺を許さなかった。
倒れた俺の両肩を掴み地面に押し付け、異様な程にぎらぎらと光る憎悪の籠った瞳で、俺を射抜く。その表情には、さっきまでの余裕なんて欠片も無かった。
「私達は何だ。お前らにとってのなんなんだ? 記録する道具か。体の良い人形か、それとも役立たずだと捨てた駒か? ふざけるな……ッ、我々を閉じ込め理不尽な役目を押し付けたお前らなどにはもう従うものか!! 見ていろ……お前は今からお前たち自身の造り上げた力に縛られ、永劫の苦しみを味わうんだ。決して逃れられない【機械】という檻の中で、お前の力によって全てが朽ち果てる絶望の様を見ているがいい……!!」
……なん、だ。何を言っている?
道具に、人形に、コマ。それに、俺ではなく“お前達”とは、一体。
考えようとするが、ギアルギンはそれすらも許さないとでも言うように、俺の首を片手で掴んで軽く締め上げた。
「っぐ……!!」
「苦しいか? 人の感情が残っていると苦労する物だな。……ふっ、ふはは……! 貴方が今世の“黒曜の使者”で良かったですよ、ツカサさん……! おかげで、全ての事が今は楽しい……!!」
「――――っ」
仮面の奥の目が、狂気に歪んでいる。
殺気にも似た禍々しい気配が一気にこちらへ押し寄せるような感覚がして、全身が言い知れぬ恐怖に総毛だった。
こいつは、本気だ。そして狂っている。
何故か、そう直感出来た。
……ギアルギンは、目的のためなら手段を選ばず、仲間を蹴落としてでも自分の利益を最優先する。それは、あの鉱山で見たこの男と少しも変わらなかった。だけど、いま目の前にいる男は、前よりも……異様なほどに、狂っていた。
何故、こんな事になったんだ。
どうしてここまで俺を恨む。訳の分からない事を言って、なんで俺にこんな酷い事をしようとするんだ。何故。どうして。
思わず思考停止しようとするが、理性が「だめだ」と押し留める。俺は必死に自分を奮い立たせて、目の前で俺を凝視するギアルギンを見返した。
考えろ、考えるんだ。怖さに負けてはいけない。
こんな事じゃブラック達は救えない。俺がここで負けたら、終りなんだ。
どうしてギアルギンが激昂したか考えろ。何故、コイツが俺を――――
…………そうだ。
そもそもの、話……どうしてこいつは俺が“黒曜の使者”だと知ってるんだ?
初対面の時に気付いたとでもいうのだろうか。
でも、ギアルギンは鉱山での一件の後も、ずっと俺を放っておいたはず。俺の事を捕獲するつもりだったにしては、泳がせ過ぎじゃないか?
それに、黒曜の使者の事は世界協定の人間しか知らないはずだ。
人族が混乱するのを防ぐためにも、黒曜の使者の事は公にはしないとシアンさんが言っていた。そもそもその存在は最早忘れ去られた物だったはずだ。
俺達だって、親しい人間の数人にしか話していないんだ。
どう考えても、普通の人間が知っている訳がない。
じゃあ、こいつ、一体どこで…………。
「……ギアル、ギン」
「おや、話が出来る程には冷静でしたか?」
余裕ぶった声を出していても、やはり相手には隠しきれない感情が見える。
だったら、今がチャンスなのではないかと思い、俺は問いかけた。
「どうしてお前は、俺の事……いや、黒曜の使者の事を、知ってるんだ?」
その問いに、ギアルギンが明確に硬直した。
虚を突くような質問に、思考が停止したんだ。ならば、そこを突くまでだ。
今は少しでも情報が、ブラック達を助けるための手がかりが欲しい。躊躇ってなどいられなかった。
「俺達は、本当に信用できる奴にしか教えていない。世界協定だって、お前みたいな素性の知れない奴に情報を渡す事なんてしないはず。災厄と呼ばれる存在なんだから、流布するはずがないんだ。なのに、お前はなぜ“黒曜の使者”という言葉を知っていて……俺がそれだと、検討を付ける事が出来たんだ?」
「ッ……!」
「お前、まさか……」
その次の言葉を言おうと思ったと、同時。
俺の首を掴んでいた手が、力の加減などせずに一気に首を絞めて来たのだ。
「あ゛ッ……が……ッ……!」
「お前に……ッ、お前に何が判る、何が解る何がわかるうあぁあ゛あ゛ああ゛!!」
「おいっ!! やめろギアルギン!!」
レッドの声が聞こえる。だけど、動けない。
俺を今ここで殺すと言わんばかりに、ギアルギンは絶叫しながら首をきつく締め上げて来る。片手だというのにその力は計り知れなくて、俺は何も言えずに呻き、ただ必死で足をばたつかせた。
だけど、苦しくて、頭がもうろうとして来て、目の前すら、もう。
「っ、ぐ……ぅ゛、う゛……っ」
「ギアルギン!!」
歪む視界で、派手な音を立てて何かが激しくぶつかり合う。
その度に俺の体も動いて、もう、どういう状況なのか判らず意識を手放そうとした所に――――やっと、喉の奥まで冷たい空気が入って来たのを感じた。
もう、苦しくない。息が出来る。
そう感じた瞬間、俺は思いきり咳き込んで灰が破れるくらいに何度も何度も大きく呼吸をして。もう、自分がどんな格好をしているのかすら忘れたまま、横たわって涎を漏らしながらなんどもなんどもぜえぜえと喉を鳴らしながら呼吸を繰り返した。
頭がガンガンする。喉が痛い、咳が出て来て涙が出て来て何も考えられない。
ただ蹲って頭を床に付けていた俺だったが……急に体が温かさに包まれたような気がして、その不可思議な感覚に目を瞬かせた。
だけど、そう思う間もなく、俺は温かい物……そうだ、これは……服だ。俺の太腿まで覆うくらい大きな上着を掛けて貰って、俺はそのままいきなり地面から引き剥がされた。誰かに、抱き上げられたんだ。
「う……ぁ……」
まだよく状況が呑み込めない俺をしっかりと抱き上げた奴が何かを言う。
「お前が計画を急ぐのは解る。だが、ここでツカサを弱らせたら【機械】に組み込む時に予期せぬ不都合が起こるかもしれんぞ。それに、今日のお前は妙に感情的なようだ。……一度、頭を冷やせ」
「なにを偉そうに……」
「偉そうに言える立場ではないからこそ、お前に助言しているんだ。……俺のように感情に身を任せた結果どうなったか、忘れた訳ではあるまい」
その言葉に、ギアルギンは完全に黙ったようだった。
「ツカサ、すぐに部屋で休ませてやるからな……」
……手が、頭を、撫でる。
俺をいつも撫でる手じゃない、武骨だけどまだ綺麗な手。
骨ばっていない、若々しい、俺が知っている手とは違う手だ。
「ぅ……うぅ…………」
それが、何故か悲しい。
頭が働かない。だけど、どうしても悲しくて。
欲しかった手ではない手が俺を撫でて運んでいるのが、我慢出来なくて。
泣いてる場合じゃない。泣く所なんか、見せたくない。
レッドになんか、頼りたく、ない。
心の中のどこかで小さくそんな気持ちが湧くのに、何も出来ない。
今の俺はただ泣いて、レッドの胸に縋る事しか出来なかった。
→
※次、レッドに対してなびくような表現が有るので
ご注意ください(ツカサに恋心とかはないんですが、一応)
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