異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編

10.愛しきもののために

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「つかさく……っ、ツカサ君、ツカサ君……ツカサくん……っ」
「んっ……も、わかっ、解った、から……っ」

 俺だって嬉しいけど、でも、今はそんな場合じゃなくて……っ!

「わかるよ……ツカサ君……っ、見えなくても、ツカサ君だって……っ」
「っ、ぁ…………え……?」

 キスをされ続ける間にそう言われて、俺はその言葉の違和感に顔を歪める。
 見えなくてもって、確かブラックは夜でも周囲を認識できる人間だったはず。ここはライトもいてるんだから、俺の姿なんて簡単に認識できるはずだ。
 なのに、どうして見えないなんて……。

 改めて、しっかりとブラックを見て――――俺は、思わず大声を出してしまいそうになった口を抑えた。

「……ッ!! ぶ、ブラック、お前、その目どうしたんだよ……!」

 俺と同じく、黒い金属の首輪を付けられたブラック。数日殺風景な牢屋の中に居たせいか無精髭は立派に育っており、顔の下半分を所々覆っている。
 それ自体は、おかしくない。だけど……ブラックの目を覆うような、その……黒い金属の帯だけが、異様だった。

 まさか、目に何かされたのか。
 思わず青ざめる俺に気付いたのか、ブラックはやっとキスをやめて殊更明るい声でアハハと笑ってみせた。

「いや~、なんかコレ、僕のを封じる奴みたいでさあ。この目隠しも、外そうとしたら爆発しちゃう奴みたいだから外せなくて。まあ、気配で大体わかるから良いんだけどね」

 アレって……もしかして【紫月しげつのグリモア】だけが使える【幻術】か?
 なるほど、対象を視認できなければ【幻術】は使えないだろうと思って、レッドがやらせたんだな。それは仕方ない。でも、爆発する仕掛けなんて……。
 そんなの酷い、馬鹿げてる。

 やっぱり同情なんてするんじゃなかった。
 アイツなんて敵だ、こんな危ない物ブラックにつけて、放置して……!!

「ツカサ君……」

 俺の様子が変わったのが判るのか、ブラックは大きなてのひらで熱い頬を優しく撫でて慰めようとする。格子から唯一出せるのが手だけだからか、いつも以上に俺の顔を触って、安心させようとしてくれていた。

 ……服は……インナーとズボンだけで、明らかに「装備を全部取られた」って感じだけど……でも、やつれてる様子も無くてよかった……。

「ツカサ、安心しろ。死なせると不都合があると思ったのか、食事も寝具も驚くほど充分に与えられている。特に不自由はない」
「その声っ、クロウ!?」

 となりの牢屋に居たのか!

 ブラックに「ちょっと待ってて」と言い離れると、クロウの方の牢屋にすぐ駆け寄った。と、その途端にまたもや檻の中から延びて来た手に引き寄せられギュッと格子こうしに押し付けられてしまった。

「ツカサ……っ、会いたかった……」

 クロウは抱き締めているつもりなのだが、やはりこちらも格子が邪魔して体を合わせる事が出来ない。だがクロウは構わず檻の隙間から鼻先を突きだして舌を伸ばし、俺の首筋をべろべろと何度も舐めて来た。

「っあ……! ちょっ、いま、ダメ……っ」
「おい何やってんだ駄熊!」
「ちょっ、み、みなさん静かに……!」

 クロウの所業が判らないブラックは苛立って大声を出しそうになるが、そこをラトテップさんが慌てて抑えてくれる。
 ほっ、よ、良かった……俺まだ動けないもんで……っ。

「あの、とにかく今から説明しますので聞いて下さい」

 俺達の好きにさせていたららちが明かないと思ったのか、ラトテップさんは簡潔かつ解りやすく、俺に話した事をブラック達にも説明してくれた。

 俺の説明だと数時間かかりそうだったし、説明してくれて良かったわ……。

「……なるほどね。まあ大体、そっちの事情も呑み込めたよ」

 ブラックの声に、クロウも頷いて……何だか含みのある眼差しでラトテップさんをじっと見やった。

「ラトテップとやら、お前の罪は大体察しが付くが、何故それがあのレッドとか言う男に繋がる? 罪滅ぼしにしても解せんのだが」

 なんだろう。クロウはもしかして、ラトテップさんが気にしているとやらの見当が付いているみたいだけど……。獣人だけに解る何かが有るんだろうか。
 不思議がっていると、ラトテップさんは少し俯いて拳を握りしめた。

「……今は、お教えできませんが……確かに、繋がりはあるかと……」
「…………そうか」
「ですので、私は、レッド様を明確な罪人にする訳には行きません。そして、貴方達をここで人で無い物にさせる訳には行かないのです。だから、ツカサさんとお二人を助けにここへ……」
「別に、敵に助けて貰わなくても良かったんだけどね」
「こらブラック! す、すみませんラトテップさん……」

 俺はラトテップさんに助けて貰ってここに来てるんだから、恩をあだで返すような事を言うんじゃありません!
 すぐにラトテップさんに頭を下げると、相手は気にしていないと首を振った。

「私は、そう言われるだけの事に加担しましたから。……それより、今は貴方がたの脱出計画について話しましょう。とにかく、解決すべきは首輪と目隠しですね」

 ブラックの言葉に辛そうな顔をしたラトテップさんだったが、すぐに表情をぐっと引き締めて、本来の目的を話しだした。
 そんな相手の態度に、疑い続けるのは時間の無駄だと思ったのか、ブラックも今はとりあえず話を聞こうという態度を示してくれた。

 二人としても、今は情報が欲しいんだもんな。
 今後どうなるか解らない以上、先の予測が出来るようになる為にも、周囲の動きは喉から手が出るほど欲しい訳だし。
 俺はラトテップさんに賛同するように、頷いて続けた。

「逃げるにしても、やっぱり拘束具をどうにかしないとですよね……」
「爆発する機能さえどうにか出来れば、こんな物はすぐに引き千切れるのだが」

 そういえばクロウは【隷属の首輪】を素手で壊してたっけ……。
 う、うん、クロウが居れば、物理的破壊は容易だな。

「一応僕も金の曜気で内部構造を探ろうとしたけど、複雑な術式過ぎて資料が無い事にはどこをどう切り替えたらいいか……。正直、全くのお手上げだよ」

 ブラックでも解析できないような場合が有るのか。
 驚いてしまったが、まあ、ブラックは基本的に冒険者だったから金の曜術師としての鍛錬はあんまり積んでなかったんだっけ。だったら仕方ないのか。

 でも、ラトテップさんが目を丸くしているって事は、それはそれで結構特殊なことなんだよな……。うーむ、やっぱりブラックって天然チート野郎だ……。

「術式探知……いや、噂には聞いていましたが凄まじいですね……」
「褒めても何も出ないよ。とにかく、この首輪と目隠しさえ解除できれば、後は強引に出て行くことも出来るんだけどね。……このままじゃ、可愛いツカサ君の顔が見えなくて気が狂いそうだよ」
「うっ……そ、そう言う事いうな……っ」

 今はそんな事関係ないだろうっていうに……!

「首輪の解除方法に関しては、私も今探っています。その【契約の枷】は、この工場で試作された物のはず……ならば、必ずこの場所のどこかに設計図があるはずです。ブラックさん、貴方はそれを見れば、構造が分かりますね?」
「ああ、どこがどう作用しているのかが解ればね」

 はっきりと言い切るブラックに、ラトテップさんは満足したように頷いた。

「そちらは、私がなんとか持ち出してみます。……あとの問題は……ツカサさんが、いつあの【機械】に組み込まれる段階が始まるかです」
「…………」
「こちらは私にも予測が付きません。ツカサさんが今ギアルギンに……ええと、身体能力の測定を強要されていますが、それがいつ終わるかも、その後に何が有るのかも私にはどうしても掴めなくて……ですので、いつまで余裕があるのか……」

 ……あの身体テストの事は黙っててほしいとラトテップさんに言った。
 まあ、その……俺の服装を見て色々察してるかもしれないけど、でも、あの部屋でギアルギンにさせられている事を思うと、どうしても言えなくて。
 だって、言えば絶対にブラック達は怒るから。
 無闇に感情を揺らして冷静さを失くさせるなんて、俺はやりたくない。

 ただでさえ牢屋に詰め込まれて精神が疲弊してるだろうに、これ以上、二人の心を疲れさせたくなかった。……あれは、俺が耐えれば済む事だから、いいんだ。

 それよりも、重要なのは俺がいつ【組み込む】ための行動をさせられるか。
 ギアルギンの考えている事が判らない以上、油断する訳にはいかない。

「だけど、そもそもの話……そのギアルギンって奴は、なんでその【機械】とやらを作る事に心血を注いでるんだろうか。戦争屋か何かなのか?」
「しかし、鉱物などを無償提供しているのだろう? 大陸を統一する野望があったとしても、その後に協力に見合うほどの利益が帰って来るとは思えん。この国の財産を食い潰して作っているとしても、規模が巨大すぎる」

 確かに、言われてみればそうだ。
 どっからともなく鉱石を運んできた……と言ってたけど、よく考えたら採掘も輸送にもお金がかかるよな。店で買うとしても買い占める勢いだろうし……。

「散在するほどこの【機械】を完成させたい何かが有る……とか?」
「だから、ツカサ君を組み込む事にあれほど執着しているのか……。普通、黒曜の使者を使おうと思っても、現実的じゃないと代替案を探す物だ。僕達みたいなのを連れてるツカサ君を使うなんて、危ない橋を渡るような事をするもんかね、普通……」

 さすがにブラック達にも理解出来ない問題のようだ。
 うーん……まあ、そりゃそうだよな。つーかそもそも大陸統一の戦争兵器を作る為に散財する人の気持ちなんて、絶対に分かんないだろうし。

「…………ほんと、今回は色々と情報が足りなさすぎるね」
「全てが後手後手に回っているような気さえする」

 クロウの言葉に、全員が黙り込んでしまう。

 解っているけど……どうしようもなかった。
 ブラックもクロウも迂闊に動けないし、俺も実質監禁状態で動けない。ラトテップさんに協力して貰うしかない以上、俺達には情報を集める方法が無いんだ。

「…………」

 いや、でも…………俺には、一つだけ方法が有る。

 けれど、それを使う事は……ブラックへの裏切りになるかもしれない。

 …………どうすれば、いいんだろう。
 どうしたら、誰も傷付けずに円満にここから逃げられるのかな。

 考えても、俺には何も思い付けなかった。










 
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