異世界日帰り漫遊記

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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編

4.相手の思惑に乗らないように

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 ――――もしかしたら、今回の拉致監禁が一番キツいかもしれない。

 内装だけは豪華な部屋のベッドに倒れ込みながら、俺は深い溜息を吐いた。

 嫌になる事実だが、もう何度もさらわれている俺の経験からすると、今回は今までの比じゃないくらいに苦痛だ。
 今回はブラック達の事もまだ全然解っていない状態だし、しかも俺はどこだか解らない施設の部屋に監禁されている。逃げようと思っても、ドアの向こうには更に鉄扉が有るので、そこには扉番とびらばんの兵士が常駐していて逃げられない。

 部屋には当然窓は無いが――あっても恐らく逃げられなかっただろう。
 今の俺は、逃げる気力すら失っているのだから。

「あぁ゛……。この状態で逃げるのは、流石に無理……」

 本当に憎たらしい事だが、ギアルギンは「捕まった人間」というものの扱いを良く知っている。さっき俺の心を折ろうとして、衆人環視の中で裸にしようとしたのも、間違いなくその一環だったのだろう。
 まったく、あくどい知識って言うのは本当に度し難い。
 だが、悔しい事に……あの部屋に入って以降、俺はボロ負けだった。

 さすがは、俺を屈服させるための“身体テスト”だ。
 俺が嫌な事ばっかり的確にさせようとしてきやがる。

 思い出す度に気分が落ち込み泣きたくなるが、今日はその事を恥じて「頑張れ俺」と自分を鼓舞する事すら出来そうになかった。

 ……だって。
 だってさ、あの機械を見せられたあと、お、俺が何をさせられたかって言うと……もう、ああ、あぁあああもうぅううう……!

「うううぅううう~~~~!!」

 我慢出来なくなって枕に顔を埋めて思いっきり叫ぶが、ついさっき解放された状態ではその程度で落ち着けるはずもない。
 もう部屋中の備品を色々壊して回りたいくらいだったが、根がチンケな小物なのでそんな事も出来ず、俺はベッドの上で枕に頭突きをかましてボスボスしたり足をばたつかせて衝動を分散させたり、もう必死の思いで冷静になるために暴れまくった。
 ホコリが立ちまくるなんて知るかい! ホコリで人は死にゃせんわ!

「はぁっ、はぁ、はぁ…………」

 疲れた……。
 でも少しだけ衝動と折り合いを付けられたような感じになって、俺は今度こそ疲れ切ってしまってそのまま柔らかいベッドに体を沈めた。
 ああ……畜生……毎回部屋だけは豪華なのは助かるけど……。

「でもあれ、本当に身体テストだったんだろうか……」

 俺がさせられた事は……正直あまり思い出したくないけど、次の通りだ。
 まず、あの機会を見た後俺は個室に連れて行かれて、あのこっぱずかしい服のままで、運動をさせられた。……うん、運動。あの服のまま、下に何も穿かないままで、運動……。兵士達に見られながら、開脚したりランニングさせられたりした。
 普通ならなんでそれが心を折るんだと思われるだろうが、その「運動」が、絶妙に俺を辱めて来るんだよな……。

 まあ俺の運動能力が低いのもそうだけど、ランニングは途中で走る形が崩れて服がまくれるし、開脚すれば兵士達に間近で凝視されるし……。それが命令だって知ってても、恥ずかしい部分を見られるのは気持ちが良い物ではない。
 体に触れて来ないから余計に視線が痛くて、もう運動で熱が上がってるんだか恥ずかしくてユデダコになってるんだか分からなくて本当に辛かった。

 そんな状態で必死に耐えていた俺だったが、ギアルギンは手を緩めなかった。今度は羞恥と疲労では無く、直接的な苦痛を与えてきたのだ。
 それはと言うと……俺を壁に貼り付けての暴行だった。

 わりかし強く殴られたり、平手で打たれてその痕を何故か観察されたのだ。
 その後、どれも日常での切り傷や擦り傷と言った類の「軽く痛いけど死なない」的な傷を遠慮なく数か所に付けられて、俺は散々ギアルギンに弄ばれた。
 相手が楽しそうな顔をしていたのは、鬱憤うっぷんを晴らしていたからだろう。

 辛かったけど、それはまあ……恥ずかしさに比べれば全然耐えられたし、剣で足をぶっ刺されたりガチの暴行を受けた身からすると、アレよかは全然ましな苦痛だったから、なんとか耐えられたけど。

 ……でも、傷を付けられている最中は自分が「実験用のネズミ」になったような気がして、この時は傷つけられる事への恐怖では無く、自分が人間としての尊厳を奪われたような気がする恐怖を覚えてしまった。

 その後にわざとらしく俺を四つん這いにさせて散々罵倒してくれたのは、逆に俺の正気を取り戻させてくれたから、ダメージにはなってないんだけどね。
 けれどもやっぱり、人から罵倒されるのは疲れるし、精神に悪い。

 そんなこんなで精根尽き果て、俺は今こんな状態になってる訳だが……。

「結局、身体テストってなんだったんだろう……」

 そう。それが、一番のナゾだった。
 俺を辱める事が目的だったとしても、運動や暴行に関しては何かを計測しているような感じだったし、実験動物みたいだったとは言え、俺はそのまま放置された訳でもない。こんな高待遇な部屋を与えられて、休む事が出来ているんだ。
 ただ心を折るだけなら、この後俺は間違いなく牢屋行きだっただろう。
 そんな事になってないんだから……アレは意味が有った事なんだよな?

 傷跡も、きちんと手当されているし……少なくとも、俺をズタボロに出来ない理由が有るんだろうな。

 良く解らないが、手当てされた後も「明日剥がすから絶対に取るな風呂にも入るな」と言われたし。汗臭いまま部屋に戻ってきたわけじゃないし、服も血や汗が染みていたから新しいのを貰ったので、不快ではないんだけどさ。
 こうなると、俺を何に利用したいのか解らなくなってくる。

 まあ下半身すっぽんぽんだから、高待遇でもツライんだけどね。

「はぁ…………アドニスはやっぱ優しかったんだなあ……」

 監禁して実験、となるとまず真っ先にアドニスが思い浮かんだが、アイツの行動は今思えば生温く優しすぎる対応だったなあ……。
 俺を傷付けもしなかったし、協力すればそれだけ自由をくれた。俺が嫌がる行動もしたけど、俺に「○○の計測です」とか一々説明してくれたりしたし……なにより、アドニスは実験よりも優先すべきものがあると思ってくれていた。

 だから、オーデルでの監禁はほとんど辛い事なんてなかったんだ。
 …………やっぱり、ギアルギンの酷さがヤバいなあ……。いや、普通はこっちの方が正しいのかも知れないけど。

「……でも、負ける訳にはいかないよな……逃げるにしろブラック達を探すにしろ、なんとか動かなきゃ……。外に出るのは無理だから、せめて部屋の中だけでも……」

 よっこらせ、と体を起こして、ゆっくりとベッドから降りる。
 ラスターの無駄に豪華な屋敷には劣るが、ここも結構酷い。最低限ながらも高価な物だと分かる調度品が部屋に置かれている。
 とはいえ、壁は無機質な鉄壁なので、絵画があっても和めないんだけどね。

「天井も鉄、壁も鉄……たぶん絨毯をひっぺがしても鉄だろうな。ここはあの機械がある部屋の近くだし、工場に無理矢理作った客室って所なんだろう」

 窓が無いのもそのせいだろうな。ここ地下の地下みたいだし。
 相変わらずこの場所がどこに位置するのかが分からないから、今の所は何とも言いようがないんだけど……。まあ、それはおいおいだな。
 あのオーデルの機械と似たような装置も気になるし、出来れば何かの手がかりでも見つかればいいんだけど……。

 しかし、そうは思えど、部屋の中には目ぼしい物が何もない。
 むう……せめて脱いだ服の中に入っている【リオート・リング】があればな。
 あの中には色々詰め込んでるし、俺の気でしか冷蔵冷凍庫が開けないようになっている訳だから、何かを隠しておくのに最適なんだけどな……。

 でも、見た目はただの「ちょっと高そうな金の腕輪」だから、ギアルギンに調べられた後で処分されたりしてなければいいが……レッドに頼んでみたら、服ぐらいは何とか確保してくれるのかな……。

 色々と考えつつ、ドアのすぐそばに有った小部屋に入ると、そこにはトイレと洗面所があった。これはちょっと嬉しい。牢屋だとトイレも丸出しだからな……現代人の俺にはちょっとキツい……。

 にしても、この施設も、ラッタディアみたいに蛇口から水が出るんだなぁ。いや、もしかするとラッタディアにあったのはプレインで作られた物だったのかも。

「うーん……他にも何か発見が無いかな」

 意外と抜け道とかが見つかるかもしれない……と思って部屋をくまなく探してみたのだが、結局そんな物は見つからなかった。ま、まあそんな事もあるよね。
 「脱出口がなにもない」と言う事を確認できただけ良かったじゃないか、とポジティブに思おうとするけど……やっぱ徒労感がハンパない……。

 明日もヒドイんだろうし、それならもう寝ちゃった方が良いかなあと思っていると、ドアの向こうでゴゴゴゴと鉄扉が動く音がした。
 どうやら誰か来たらしい。

 「あんな事ぐらいでしょげるもんか、俺は元気だぞ」と相手を嘲笑ってやろうかと思ったが……それだと、火に油を注ぎそうだから止めておこう。
 衰弱しきっている事を見せつけて、相手を油断させるのが最善手か。

 扉が開き切る前に慌ててベッドに戻り、ドアに背を向ける。
 と、ややあってドアがガチャリと開けられた。当然、外からカギが掛かるタイプの部屋なので、俺にプライバシーはない。
 さて誰が来たんだろうかと思っていると。

「……ツカサ、大丈夫か…………?」

 心底申し訳なさそうな、若い青年の声。
 これは……間違いなくレッドの声だ。しかし、すぐに振り返る訳にはいかない。
 たっぷり時間をかけて沈黙すると、俺はレッドに背を向けたままで「なに?」と、短い言葉を返した。本当はもっと喋れるけど、気取られる訳にはいかない。

 頭が良いレッドも、普通じゃない今の状態では俺の寝込み具合を嘘だと見破る事が出来なかったようで、たどたどしい足取りでベッドに近付いて来て、とても申し訳なさそうに俺の背中をさすった。

「すまなかった、ツカサ……。あんな屈辱的な事、本当ならやめさせたかったんだが……俺にも約束が有って、どうする事も出来なかったんだ」

 弱々しい声音に思わず「ほんと?」と訊き返そうとしてしまうが、今ここで相手に侮られると厄介だ。人が落ちこむ姿は見たくないんだけど、これは仕方ない。
 我慢だ我慢と沈黙を貫いていると、レッドは俺を慰めるためか優しく背中を擦り、ぽつりぽつりと独り言のように喋りはじめた。

「俺は、あの男にいくつか協力して貰った事柄がある。その恩が有って、現状は強い意見をする事が出来ないんだ。……このプレイン共和国では、契約が絶対だからな……。それに、今回はお前をアランベールに連れて帰る代わりに、アイツがこの工場でお前に何をしても口出しをしない契約を結ばされた。だから……ツカサがどんなに辱められていても、俺には救う事が出来ない……すまない……」

 ああ、やっぱりおかしい部分は治ってないわけだ……。
 だけど、少しレッドとギアルギンの関係が解ったな。レッドはギアルギンに恩が有って、そのうえ俺の奪取を手伝って貰った。だから従順だったんだな。
 とすると……レッド自身は、この拉致計画に乗り気じゃないってことか。まあ拉致自体は否定してないようですけどね。そういうとこだぞレッド。
 俺の為とのたまう理由は有るんだろうけど、今はまだ見えてこないな。

 ……ここは、ちょっと警戒を緩めるか。
 俺は背を向けたまま、わざと元気が無さげな声を出して問いかけた。

「これが……俺の為ってことなの……?」
「ちっ、違うッ! 聞いてくれツカサ、お前の“黒曜の使者”の能力は、非常に危険でお前自身を滅ぼすかも知れない恐ろしい力なんだ……! だから、ギアルギンはその能力をお前から抜き出して、お前を救うと……そう聞いたから、俺は……」

 …………待て。
 何でお前が俺のチート能力の名前を知ってるんだ。
 それに、抜き出すってなんだ。どういう事なんだ、それは……!

「……レッド」

 堪え切れなくて上体だけを起こし、俺はレッドを見やる。
 相手はどこかの誰かさんみたいな眉を歪めた情けない顔をしていたが……その誰かを思い出して胸が痛くなる前に、俺はその思考を振り切って、相手の深い海のような綺麗な青い瞳を見つめた。

「あ……。つ、ツカサ……」
「ちゃんと、どういう事か話して。……話してくれるよな?」

 念を押すように言うと、レッドはただ頷く。
 その様子には、俺が初めて出会った時の好青年然としたレッドの面影など、欠片も見えてこなかった。











※次はちょっと動くよ
 
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