異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編

22.誰もが逆鱗と急所を持っている

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 レッドが何故この行為を「俺のため」と言うのか解らない。

 そもそも、どこから「俺のため」なんだ。理解出来ない。
 最初に出会った時のレッドは、あんなに話が分かる奴だったのに……今は、まるで得体の知れない人間のようで、俺は思わず全身が寒気に襲われた。
 だけど、状況は待ってはくれなくて。

「正直、あの女議員が死のうがどうでも良いんだけどね。それで脅してるつもり?」

 騎馬兵に囲まれ、正面にはまだ体力を残した敵がいる。
 そんな中でもブラックは恐れる事無く、むしろ不機嫌に言葉を返していた。
 流石は百戦錬磨の冒険者だ。少しもひるむ事が無い。

 だがレッドも負けずに不敵に笑い、少し傾いでいた体を真っ直ぐに戻した。

「ははっ……悪役の手本のような言葉だな……。ああそうだ。確かにお前ならツカサ以外の人質なんて興味はないだろうな。だが……彼女が死ねばお前も死ぬぞ」
「は?」

 どういう事だと眉間に皺を寄せるブラックに、レッドはどこか吐き気をもよおしているかのような曖昧あいまいな笑みで、言葉を吐き捨てた。

「国絡みの犯罪と言うのは実に強引でな。なげかわしい事実だが、国を動かす人間達が犯した罪と言う物は、都合のいい奴になすりつける事が出来るんだ。……もしここでお前が周囲の兵士を殺せば、その罪はお前にめでたく授与される事になるだろうな」

 なるほど……つまり、ここで取引に従わず兵士を突破して逃げても、色々と難癖をつけられて悪者にされるという事か。
 それだと、兵士達を傷付けずに逃げ切っても無駄って事だよな。

 どこの世界でも、汚い人間がトップを取ればそうなるのか。
 まったく、大人ってのはこれだから……。物語の中だけにしとけば許される汚ない事を、現実でも簡単に起こしやがるんだから始末に負えない。というか、仲間であるはずのシディさんを殺すなんて……この国の上の連中はどんだけ腐ってやがるんだ。

 ……いや、もしかすると、下位組織の【大いなる業】っていう組織が独断で動いているだけかも知れないけどさ……。

 どう解釈した物かと顔を歪めている俺に構わず、ブラックは少し不機嫌そうな声でレッドに言葉を返した。

「…………今更罪が一つ増えた所で、僕がひるむとでも?」

 ……冷たい声だ。
 久しく聞いていなかったブラックのその声音に思わず固まるが、レッドはブラックのそんな態度こそ「カタキ」に相応しいと思っているのか、臆することなく笑った。

「ああ、お前だけなら今更なことだろうな。……だが、それでいいのか?」
「……どういうことだ」
「お前がその汚い手でもみ消してきた“罪”は、憎らしい事に今更問う事も出来ない。だが、それなら“今の罪”はどうだ」

 その言葉に、ブラックの肩がひくりと動く。
 明らかに動揺したのを見て、レッドは勝機有りと見たのか畳み掛けた。

「今罪が増えれば、お前の過去が暴かれる。同時にお前は世界中の御尋ね者だ。そのままツカサを攫って逃亡しようなどと思うなよ。兵士、冒険者、国家までもがお前を敵視し、居場所を奪う。そうなれば……」

 そこまで言って、レッドは俺を見やる。
 何が言いたいのか解らず見返すと――――ブラックが、大きく舌打ちした。

「チッ……! 胸糞悪い事を考える……!」
「どうとでも言え。どのみち、お前達に逃れるという選択肢はない。ツカサを危険な目に遭わせたくなければ、大人しく捕まる事だ。……この場で俺を殺しても、お前達の罪は確定するだけ。どう足掻こうが、無駄な事だ」

 ……確かに……この場でブラックがレッドを倒しても、この計画の首謀者がレッドで無いというのなら、その行動はまるまる無駄になる。

 いま逃げればシディさんが殺されてしまうかもしれないし、ブラックだけじゃなくクロウも、俺も、いわれのない罪を背負わされる事になってしまうのだ。
 そうなれば、逃げる俺達も大変だが……その事によって俺達に関わった人々に何か弊害が起こるかも知れない。それだけは避けたかった。

 なにより……顔には出さないけど、きっと辛い思いをしているブラックにまた辛い事を背負わせてしまう。それだけは、絶対にさせたくなかった。

 ……勝算が有る訳じゃない。だけど、もう、これ以上粘るのは無意味だろう。

 俺は覚悟を決めると、深呼吸をして肺一杯に空気を吸い込んだ。

 もうこれ以上、どうすることも出来ない。
 だったら、レッドが唯一反応する俺がどうにかしなければ。
 ――――頑張れ、俺。

 ぐっと拳を握りしめて、俺は……大股歩きで二人に近付き、ブラックをかばうようにしてレッドの真正面に立ちはだかった。

「ツカサ」

 …………薄暗い視界だというのに、レッドが解り易いくらいに顔を緩める。

 さっきの下衆な取引や憎しみに染まった表情など幻想だったかのように、整った顔で微笑んでくるレッド。やっぱり、何かがおかしい。
 だけど今はその事を考えている暇はない。

 彼が俺にまで激昂しない内に、なんとかここを治めなければ。

「ツカサ君……」

 俺の後ろで情けない声を漏らしたブラックに何故か勇気づけられ、俺は限界まで肺に溜めていた息を吐き出すと、レッドを真っ直ぐに見やった。

「……解った。アンタと一緒に行く」
「ツカサ……!」
「……でも、ブラックとクロウに乱暴な事はするな。もし二人に拷問とかの酷い事をしたり、殺そうとしたら、俺も死ぬ。絶対にお前の婚約者にはならない」

 はっきりと言って、レッドを睨み付ける。
 ……正直、今の状態のレッドにこの脅しが通じるとは思わなかったのだが……拒絶を含んだ俺の強い言葉に、レッドは目に見えて動揺し始めた。

「ま、まて、死ぬなんてそんな」
「誰かを傷付けたら、お前を殺してお前の目の前で俺も死ぬ!!」

 ハッタリだ。こんな貧弱な俺に死ぬ勇気が無さそうな事ぐらい、その場の誰もが解っているだろう。だけど、言わずにはいられない。
 嘘の言葉だと自分に言い聞かせているが……今度ばかりは、本気だった。
 ブラック達を不当な罪で貶めるつもりなら、殺そうとするのなら、俺は――

「解った、約束する! その二人を酷く拘束したりはしない!! だから死ぬなんて言うなツカサ……! 頼む……死ぬなんて、言わないでくれ……っ」
「――――!?」

 俺の、強い言葉。
 相手に届くとは思っていなかった言葉だったが……レッドは、先程までの余裕が嘘のように表情を崩し、泣きそうな顔で必死に訴えて来たのだ。

 そのあまりにも豹変し過ぎた姿に固まる俺に、相手は縋るような目を向けて来た。

「頼む、ツカサ……」

 これじゃあべこべだ。本当なら、俺達がレッドに懇願しているはずなのに。
 ……やっぱり、何かがおかしい。今のレッドは普通じゃない……。

 だけど今はその事を深く考える余裕は無くて、俺は相手が縋って来る事を利用しなければと雑念を振り切り、なるべく優しい声でレッドに応えた。

「解った。もうこんな事は言わない。だから……レッドも約束してくれるよな?」
「ああ……。約束する……」

 レッドが、俺の手を握ってくる。
 背後のブラックがその行為に大きく反応したようだったが、今は後ろを振り向く事も出来ず、俺はレッドの震える手を握り返した。

 ……本当に、震えてる……。
 どうしてこんな事になったのかはよく解らないけど……でも……今の相手を哀れと思って気を緩める事は出来ない。
 約束させたなら……それを、きちんと行使して貰わなくては。

「ツカサ……」
「大丈夫だから。…………ブラックとクロウを痛めつけないって、約束してくれるのなら……俺は、大人しく付いて行くよ」

 そう言うと……レッドは不安そうな顔をやっと緩めて、俺に微笑んだ。
 全てが解決したと言わんばかりに……。




 ――――その後の展開は、まあありきたりな物だ。

 俺達は拘束され、ブラックとクロウはそれぞれ謎の器具を首に嵌められた。
 黒い、表面が滑らかな首輪。それが【契約の枷】と似たような物で、ブラック達がちからや曜気を使おうとすると爆発する仕組みになっていると教えられた。
 逃げても、おかしな行動をしても爆発する、と。

 それは明らかに俺達に対しての脅しだったが、あらがう気は無かった。
 何故なら、俺達の状況は完全に“積んでいた”からだ。

 これ以上は……ブラック達の身の安全を保障して貰う以外には、今の俺達にはどうする事も出来ない。人質が首都に存在し、俺達にはどうしようもない所で事が動いてしまっている以上、この場では捕まる事しか出来なかったのだ。

 だけど、希望は捨てちゃいない。
 三人別々の幌馬車ほろばしゃに押し込まれて輸送されている間も、俺はずっとこの現状を打破する案を考えていた。……いや、きっと、ブラック達もそうだろう。

 ブラックも、クロウも、ただ捕まっているだけじゃないんだ。
 だから、俺は希望を捨てようとは思わなかった。

「…………そう言えば、ツカサはプレインの首都を見た事が無かったな」

 何故か俺に執着しているレッドは、俺を捕えてからと言うもの上機嫌で、よく話しかけてくる。本当は口も利きたくなかったけど、ここで相手の機嫌を損ねるのは悪手だとよく理解していたので、俺は小さく頷いた。

 ……まあ、ここでダダをこねて無視したって、レッドが怒るだけだし……何より、俺達の周りには兵士達がぎゅうぎゅうに座ってるんだからな……。
 こんな状況で逆らえる奴がいたらそいつが勇者だわ……。

「きっと驚くぞ。なにしろ、プレインは技術大国だからな。他の国とは全く違う風景が広がっている。まあ、まず……都市とは思えないかも知れないな」
「都市とは思えない……?」

 それはどういう事だろう。
 思わずレッドを見上げると、相手は嬉しそうに笑って俺の肩を抱いた。

「夜明けには首都に着く。その時に解るはずだ。……今は、眠っておけ」
「…………うん」

 素直に頷くと、レッドは俺を強引に引き寄せて、頭を肩に乗せさせる。
 どう考えても……おかしい……。諸々色んな意味で……。

 …………希望は捨てちゃいない。首都に行けば、きっと打開策はある。
 そうは思うけど……この様子のおかしいレッドと一人で相対するのは、何故か途轍とてつもなく恐ろしい事のように思えて……俺は、目をつぶる事すら出来なかった。

















※次から新しい章です。だいぶ核心部分に触れる章です。
 ちょっと辛いなあと思われる描写が多くなりますがお許しください…
 ツカサが強姦されて精神崩壊とかそういう最大級に辛い展開はないので
 ご安心いただければと思います(´・ω・`)
 
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