732 / 1,264
遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編
主観というものは時に厄介な物となり2
しおりを挟むマグナがそう言うのなら、俺にもう断る理由は無い。
本当ならこんな事を話すべきじゃないんだろうけど……でも、マグナはこの世界で初めての人族の友達だ。ブラックやクロウ、それにラスターみたいな俺よりも大人な仲間とは少し違う。
お互いに支え合う相棒のロクショウとも違うんだ。
俺が普通に気兼ねなく付き合える、同い年くらいの普通の友達。だから、余計に俺はマグナに嫌われたくなかったし、今言って貰った言葉を信じたかった。
どんな話でも聞いてくれるって言う、マグナの真剣な言葉を。
「…………簡単に、で……いいか?」
人が少ないとは言え、一人二人は洗い場に居る。
だから、声を潜めてマグナに近付くと、相手は少し驚いたような顔をしたが、銀の髪にかかる雫を振り払って頷いた。
それを合図に、俺はなるべくマグナが不快にならないような言葉を選んで、俺達の今までの出来事を話した。
ブラックとは、一応は恋人であること。クロウとはひょんな事から再会して、彼を救う為に「一緒に居る」という約束を交わした事。
それから何だか妙な感じにこじれた結果、クロウは獣人ならではの慣習によって俺の“二番目の雄”宣言をし、それはブラックも容認していると言うことも話した。
恐らくマグナが引っ掛かっているのは、俺が「恋人のブラックの前でクロウと凄くアレな事をしていた」という部分だろう。
恋人がいるのに何故他の奴と、という疑問は尤もだ。俺もおかしいとは思う。
だけど、あれよあれよと言う間にこうなってしまったのだから仕方がない。
クロウと約束しちゃったのは俺なんだから、責任とってちゃんとクロウのお世話をするべきだし、なんかその……俺もクロウには何故か弱くって、気を食わせろ甘えさせろと懇願されると約束の手前拒否とか出来なくって……。
それはそれで問題なのは解ってるんだけど、ブラックが「やってヨシ」と言ってる以上はまあ良いのかなって思う所も有って、こんな風になっちゃったと言うか。
――とまあ、なんだかグダグダ考えてしまったが、とりあえず現状の俺達の関係を簡単に柔らかく話してみた……んだけども……全てを聞いたマグナは怒るでもなく、頭を抑えて長~い溜息をたっぷりと吐き出した。
「……お前、なんというか…………流され過ぎじゃないのか……?」
失望するでも無い、しかし呆れがたっぷり混じったような声に、俺は仰る通りですと恐縮して体を縮こまらせて項垂れた。
ドンビキされはしなかったけど、まあ……普通そう思うよね……。
「だ……だよな……解っては、いるんだけど……」
そう言ってちょっとお湯の中に沈むと、マグナは眉間の皺を更に険しくして、俺にずいっと近付いて来る。
「いーや、お前は解ってない。いいか、お前は優柔不断でお人好しが過ぎる。獣人族ならそう言う事もあろうが、お前は人族だろう、恋人がいるんだろうが! それなのに夫を二人も持とうとは言語道断だ!! このプレインなら重罪だぞ!」
「う、うぅううおっしゃるとおりですぅう……」
あぁあ……忌憚ない意見は嬉しいけど、グサグサ刺さるぅ……。
この際もう夫とか言う単語は聞き流すとしても、優柔不断と流されやすいって所は反論出来なかった。
確かに俺ってば優柔不断だよな……本当はやらしい事をするのはブラックだけって言うべきなのに、クロウに悲しい顔をされるとつい色々してあげたくなっちまうし、ブラックが許すならって簡単に体を触らせたりするし……。
恋人がいるのに他の奴にえっちな事を許してるってのは、叱られても仕方がない事だ。そりゃ、俺だってマグナの立場なら「なんだそりゃ」って言うよ。
だけど、何ていうか、なんでかなあ……なんでこうなっちゃったのかなあ……。
やっぱ俺が優柔不断だったから、こんな爛れた関係になっちゃったのかな……。
「はあ……またオッサン二人を引き連れて来たから何だと思えば、何故か熊の方とも乳繰り合ってるし、なんだかおかしいと思っていたら……本当にお前らの貞操観念はどうなってるんだ」
「うぅ、い、いや、それは……その……ごめんなさい……」
拒否しきれなかった俺が全部悪いんです、と鼻の下までお湯に沈没してしまうと、マグナは「そうじゃない」と苛立ったように吐き捨て、頭をがしがしと掻き乱した。
「ああもう、そうやって視野を狭めて問題を全部背負い込むのもやめんか! お前は本当に悪人に都合のいい頭をしてるんだな!」
「はぇ」
「だっ……だからだな……その……ツカサは、あいつらに押し切られたんだろう? なら……その……そこはまあ、お前ひとりの責任じゃないはずだ。俺が言いたいのは、そう言う事じゃなくて……」
そこまで言って、言いよどむマグナ。
叱られている最中なのに、ほんのり頬に赤みがさしているマグナを見て、さすがはイケメンだなあと思ってしまう。お湯に浸かりながらじっと相手を見ていると、その視線に気づいたのか、マグナは何かを堪えるように口をへの字にして、俺の頭を掴んで勢いよく引き上げた。
ざっぱーと海から出て来た怪獣のように上半身をお湯から引き出されるが、妙な事に引き上げた側のマグナが俺の体を見て赤面し、そのまま俺を投げ捨ててしまった。
おい、なんだよおい。何が恥ずかしいってんだ俺の体の。
「マグナ?」
貧相過ぎて恥ずかしくなったんだったら怒るぞ、と顔を顰めると、相手は再び頭を振って、赤い顔で俺をじっと見やった。
「お、俺が言いたいのはだな……」
「うん」
「その……あ、ああいう、どんな男にも体を触らせていると誤解されるような行為を他人に見せつけていると、お、俺は、お前を……」
「マグナが俺を?」
なんか変だなと思って首を傾げると、マグナは目を見開いて一気にユデダコになりワナワナと震えだした。
「う…………うぐ……っ、も、もういい! とにかく、今後ああいう行為は他の奴には絶対に見せるなよ、出来ればあの赤い中年と色々してる所も見せるな!」
「えっ、えぇえ!? 今そういう話だったっけ!?」
「そう言う話だッ! 慎みを持て、慎みを! 関係はとやかくいわん!!」
やけ気味にそう言うと、マグナは「先に出る!」と憤ったような声を吐き捨てて、風呂を出て行ってしまった。
なんなんだ一体。
「…………まあでも……慎みはそうかも……」
要するに、マグナは今日のように人前で色々するなって言いたかったんだよな?
そりゃそうだ。あんなの俺だって居た堪れないわ。
色々考えると物凄く恥ずかしくなるが、しかし今それを悔やんでいても仕方ない。マグナだって、アレを思い出して恥ずかしくなっていたのに、友人として「慎め」と忠告してくれたんだ。そうだよな、人様に迷惑を掛けるような行為の時は、きちんと「嫌だ」「ダメだ」って言わないと……!
「よ、よし、次は言うぞ……! 流されてるだけじゃ駄目って言われたし……!」
ああ、こういう時に友達ってのは本当にありがたい。
俺が忘れかけていた事を思い出させてくれるし、なにより悪い所はちゃんと悪いって叱ってくれるんだから。
高校のダチとはまた少し違った関係だけど、これもまた友達って奴だよな!
だけど、マグナには本当に申し訳ない事をしちゃったなぁ……よし、この風呂場にあるかどうかは不明だが、コーヒー牛乳的な物が有れば奢らせて貰おう。
そう思って俺は即座にマグナの後を追ったが……残念ながら、マグナはもう出て行ったらしく脱衣所には誰も居なかった。
一応番頭さんにも聞いてみたけど、やっぱし先に戻っちゃったらしい。
あ、言い忘れてたけど、風呂屋の番頭さんも実は色情教の信徒なので、マグナの事は知ってるんだぜ。今更だけど本当この村って……まあいい。
「にしても兄ちゃん、坊ちゃんが顔真っ赤にして出て行ったけど大丈夫かね」
「えっ?」
俺も出ようかと思っていたら番頭さんに話しかけられて、思わず目を丸くする。
顔を真っ赤にって……マグナ、どうしたんだろう。
「のぼせちゃった……とか? それか、怒ってたのかな……」
「いや、そういう風じゃ無かったけどなあ。第一、坊ちゃんがあんな風に取り乱すのなんて俺は初めて見たぜ。だから、俺はてっきり兄ちゃんに誘惑でもされたのかなと思ったんだが……」
「ハァッ!? なっ、なっ、何で俺が!? アイツは友達ですけど!?」
何をバカな事を言ってるんだと素っ頓狂な声を出してしまうが、番頭さんはむしろ俺の驚きようが解せなかったみたいで、片眉を寄せて頭を傾げた。
「えぇ、そうなのかい? うーん、変だなあ……清く正しい色欲の信徒の俺が、欲情している顔を見間違えるはずはないんだが……」
「いや、欲情って……」
「ほら、だって俺、浴場の主だからさ……!」
「は?」
聞き返すと、番頭さんはバチコーンとウインクをして親指を立てた。
「浴場の主だけに、欲情に詳しい……って、ね?」
「…………」
ね? じゃねえええええええええよ。真面目に聞いて損したわ!!
でも、マグナがまだ怒ってたらどうしよう。
……どうしたらいいか、酒場の親父さんに相談してみようかな。
親父さんの方が、まだまともな色情教の信徒だし……。
→
11
お気に入りに追加
3,610
あなたにおすすめの小説
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
悪役令嬢になりたくない(そもそも違う)勘違い令嬢は王太子から逃げる事にしました~なぜか逆に囲い込まれました~
咲桜りおな
恋愛
四大公爵家の一つレナード公爵家の令嬢エミリア・レナードは日本人だった前世の記憶持ち。
記憶が戻ったのは五歳の時で、
翌日には王太子の誕生日祝いのお茶会開催が控えており
その場は王太子の婚約者や側近を見定める事が目的な集まりである事(暗黙の了解であり周知の事実)、
自分が公爵家の令嬢である事、
王子やその周りの未来の重要人物らしき人達が皆イケメン揃いである事、
何故か縦ロールの髪型を好んでいる自分の姿、
そして転生モノではよくあるなんちゃってヨーロッパ風な世界である事などを考えると……
どうやら自分は悪役令嬢として転生してしまった様な気がする。
これはマズイ!と慌てて今まで読んで来た転生モノよろしく
悪役令嬢にならない様にまずは王太子との婚約を逃れる為に対策を取って
翌日のお茶会へと挑むけれど、よりにもよってとある失態をやらかした上に
避けなければいけなかった王太子の婚約者にも決定してしまった。
そうなれば今度は婚約破棄を目指す為に悪戦苦闘を繰り広げるエミリアだが
腹黒王太子がそれを許す訳がなかった。
そしてそんな勘違い妹を心配性のお兄ちゃんも見守っていて……。
悪役令嬢になりたくないと奮闘するエミリアと
最初から逃す気のない腹黒王太子の恋のラブコメです☆
世界設定は少し緩めなので気にしない人推奨。
BL短編
水無月
BL
『笹葉と氷河』
・どこか歪で何かが欠けたふたりのお話です。一話目の出会いは陰鬱としていますが、あとはイチャイチャしているだけです。笹葉はエリートで豪邸住まいの変態で、氷河は口悪い美人です。氷河が受け。
胸糞が苦手なら、二話から読んでも大丈夫です。
『輝夜たち』
・シェアハウスで暮らしている三人が、会社にいる嫌な人と戦うお話。ざまぁを目指しましたが……、初めてなので大目に見てください。
『ケモ耳学園ネコ科クラス』
・敏感な体質のせいで毛づくろいでも変な気分になってしまうツェイ。今度の実技テストは毛づくろい。それを乗り切るために部活仲間のミョンに助けを求めるが、幼馴染でカースト上位のドロテが割って入ってきて……
猫団子三匹がぺろぺろし合うお話です。
『夏は終わりだ短編集』
・ここに完結済みの番外編を投稿していきます。
・スペシャルはコラボ回のようなもので、書いてて楽しかったです私が。とても。
・挿絵は自作です。
『その他』
・書ききれなくなってきたので、その他で纏めておきます。
※不定期更新です。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです
紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。
公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。
そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。
ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。
そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。
自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。
そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー?
口は悪いが、見た目は母親似の美少女!?
ハイスペックな少年が世界を変えていく!
異世界改革ファンタジー!
息抜きに始めた作品です。
みなさんも息抜きにどうぞ◎
肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!
4番目の許婚候補
富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。
スキルが生えてくる世界に転生したっぽい話
明和里苳
ファンタジー
物心ついた時から、自分だけが見えたウインドウ。
どうやらスキルが生える世界に生まれてきたようです。
生えるなら、生やすしかないじゃない。
クラウス、行きます。
◆ 他サイトにも掲載しています。
縦ロールをやめたら愛されました。
えんどう
恋愛
縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。
「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」
──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故?
これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。
追記:3.21
忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる