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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編
6.可能性というもの
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「……白金の書って、聞き覚えある?」
ランプの明かりが無ければ何も見えないほどに暗い、遺跡の通路。
そんな場所を歩きながら、俺は隣でランタンを掲げているブラックに問う。
俺としては交代したいんだけど、ブラックは頑なにランタンを渡してくれないので、結局俺は手ぶらで歩く羽目になっている。何のつもりなんだかよく解らないが、中年なんだから無理しないでほしい。いや俺より体力あるけどさ、ブラックは。
これじゃ男らしくないなあと思いながらも、そのみじめな気持ちを振り払って問うと、相手は少し考えて首を振った。
「聞き覚えがないね。……とは言え、心当たりがない訳じゃないけど……」
「それ、どういうこと?」
「……もうちょっと、遠くに行こうか。あの熊どもに聞かれたら、余計な事まで話さなきゃ行けなくなるからね」
「う……うん……」
……食事が終わった後、ブラックに「ちょっと探索してみよう」と言われたので、付いて来たがるクロウを押し留めて二人で遺跡の探索に出かけて、数分。
マグナの部屋からだいぶ離れた頃になって会話し始めた相手に、俺は何故ブラックが二人きりで探索しようと言ったのかを理解した。
そっか、俺が今さっきの質問をしてくるだろう事を予想して、あの二人から距離を取ったんだな。でも……。
「クロウにも、話しておいた方がいいんじゃないか……?」
そう言うと、ブラックは首を振った。
「話す気は無いよ。あいつはパーティーの一員だけど、僕達の関係は知らない。元々僕がツカサ君を殺そうとしていた事も、僕と同じ“グリモア”が七人現れたらツカサ君が送還される可能性がある事も、あの熊には関係が無いだろ。それに、こんな事を話したら余計にややこしい事になるし、秘密が漏れる可能性も高くなる。仲間だろうが、グリモアと関係ない以上話すべきじゃないと思うよ、僕は」
「……うん…………」
そう、だよな……。
この世界の頂点に立つ七つの能力を秘めた魔導書、それがグリモアだ。
そして、そのグリモアは禁忌の力とされて封印されていた。ブラックはその中でも月の曜術師だけが開く事の出来る【紫月の書】という魔導書を読み、【紫月】のグリモアという称号を持っている。でも、ブラックはその事があまり嬉しくないみたいで、グリモアの事に関してはあまり話してくれていなかった。
……俺も、正直な話あんまり聞きたくない。
ブラックが嫌がっているからってのも有るけど、なんか……その話に深く触れたら昔のブラックの話まで聞かなきゃ行けなくなるような気がして、気が重かったんだ。
……話してくれるのなら、聞きたいとは思う。だって俺、ブラックの恋人だもん。聞いて欲しい事があるなら、俺も一緒に抱えてやりたいって思う。
だけど、ブラックは大人だ。大人には、大人の考え方がある。
俺がごねて「説明しろ」とワガママを言っても、お互い気分が悪くなるだけだ。
だから、俺はブラックが話してくれるまで待つつもりで……――だけど、何で急にグリモアの事を言い出したんだろう。
もしかして、その【白金の書】って……。
「なあ、ブラック……もしかして、白金の書って……」
「シッ……。ああ、ツカサ君見て。開けた大通りが見えて来たよ」
「え?」
そう言われて、目の前を見て見る。するとそこには……アーケードのように天井が扇型に広くなった通りが横に走っているのが見えた。
どうやら、俺達の居た場所は従業員通路のような部分だったらしい。
通りに出てみると、そこは地下鉄に併設されているショッピングエリアのように左右に店らしき部屋がぎっしりと並んでおり、遠くの方には広場のような開けた場所が見えた。水琅石のランプでもよく見えないけど……とにかく、広い事だけは確かだ。
「うわ……凄いな……」
「地下市場、と言った所だろうね。この通りは丁度村の真下にあるみたいだから、ティーヴァ遺跡は地下一階と地上の二層構造になってたんだろう」
「はぇえ……なんか、そういうのって【アトスロシコン】を思い出すな」
「あそこもだいぶ変わった構造だったけど……もしかしたらこういう遺跡から着想を得て、あんな特徴的な街にしたのかも知れないね」
「むう……」
そうか……構造一つとっても、後世の人間に影響を与える事が有るのか。
だから、勇者もこの国も遺跡を徹底的に壊して回ったんだろうな。そうでもしないと、誰かに「不都合な何か」を思いつかれてしまうかもしれないんだから。
「どこか適当な所……声が反響しない所がいいね。もう少し奥に行って、適当な店の廃墟にでも入ろうか」
「う、うん」
そうだな、今もちょっと声が軽く響いてるし……。
なにより【白金の書】についてのブラックの見解が早く聞きたい。
俺達は通りを少し歩くと、広場のすぐ近くにあった比較的壁が残っている廃店舗に入った。
どうやらここは鍛冶屋だったらしく、壁には槍や剣を固定する金属の輪が残っていて、そこかしこに道具らしきものが散らばっている。もう数百年も経っているからか金属は錆びてボロボロだったが、年代から考えると凄い保存具合だよな。
「ふむ……ここは炉が在るから火が焚けるね」
「あ、じゃあ固形燃料使う? 結構予備あるから」
大目に持っておいた方が良いと思ってラトテップさんからも買っといたから、遠慮は無用だぞ。ウェストバッグから取り出して渡すと、ブラックは礼を言ってから炉に燃料を放り込んで火をつけた。
ちなみに、この固形燃料は固形油脂を藁で包んだもので、燃料となる物が無くてもコレ一つだけで一晩程度は火を保ち続ける事が出来る。
とはいえ蝋燭のような炎なので野営には向いてないし、結構高価なモノだからこの燃料だけって訳にもいかないんだけどね。
しかし、この炉は火を放った瞬間に内部の火を増幅させて、赤々とした大きな炎を放ち始める。どうやら、かまどの曜具のように少しの炎を増加させて長時間保つ機能があるらしい。やっぱ細かい所までファンタジーなんだよなあ。便利。
「明るくなるとだいぶ違うね」
「うん。明るくなると……怖いってより……ちょっとさびしいな」
いたる所に散らばった過去の残骸は、放置された日からずっとそこに置かれたままなんだろう。誰も居ない、日も差さない場所で動けもせずに朽ちて行くだけなんて、なんだかとても切ない感じがした。
この店も、道具達も、もっと言えばこの遺跡だって人のために作られた物で、本来だったらずっと大事にされていたはずの場所だったのに。
「……僕、ツカサ君のそういう事を考えるとこ、好きだよ」
「むっ……そ、そう言うのはまあ、置いといて……。それで、白金の書って?」
「ううんイケズぅ」
「いーから! 早く話せ!!」
壁に凭れかかって炉の前のブラックを睨むと、相手はふざけた表情を少し真剣な物へと整えて、じっと俺を見た。
「…………僕が知ってるのは、【白鏐の書】と呼ばれる……グリモアだ」
真剣な声に、やっぱりという言葉が心の中に浮かぶ。
白金と白鏐……言葉は違えど、色の名前が付いた書物と言えば、俺の頭の中では魔導書にしか結びつかなかった。
だけど、白鏐ってどの属性だろう。あの話の流れだとマグナが使える属性って事になるけど……だとしたら、金の属性なのかな。
「その、ハクリョウって……金の属性なのか?」
俺の質問に、ブラックは軽く頷いた。
「ツカサ君、覚えてるかな。アナン・レウコン・ダバーブっていう名前」
「あ……うん……。ブラックの昔の仲間だっけ……」
そう言うと、何故か胸の奥の方がつきんと痛む。
あんまり聞きたくない名前だと無意識に思ってしまっているんだろうか。やだな、そう言うの……なんか嫉妬してるみたいじゃん。そんな訳無いのに。
「その、アナンっていう奴が……【白鏐の書】のグリモアだったんだ」
「え……」
思わず言葉を失うと、ブラックは炎の光に揺れる菫色の瞳で俺を見やった。
何の表情も浮かんでいない、ただ、冷静で真剣な表情で。
「…………魔導書は、使役者が死ねば自動的に“返還”される。再び本の姿に戻って、新たな使役者を待ち続けるんだ。……もしその“白金の書”が、僕の知ってる【白鏐の書】なら……金の属性を極めているあの小僧に読ませようとしていたのも説明が付く。認めたくないけど、アイツの能力はそれほどの物だからね」
そ、っか……アナンという人は、数年前にどこかの【空白の国】で死んでしまったとされている。彼が先代の【白鏐の書】のグリモアだったと言うのなら、その魔導書は間違いなく“返還”されているはず。
なら、ブラックの予想は当たっているかも知れない。でも解せない事がある。
「でもさ、それならなんで名前が違うんだ? あの【大いなる業】って奴らが本当に魔導書の所在を知ってるなら、名前を間違えるワケないんじゃないのかな。それに、兵器を造る為に読ませるって……どういうことなんだろう……」
「そこなんだよな……。そいつらが本当に【白鏐の書】を手に入れているとすれば、兵器にどう作用するのか……。そもそも、あの魔導書は地中に埋まったあらゆる鉱物全てを探知、操作できる能力なだけで、曜具そのものを操れる訳じゃない。仮にそれが可能であっても、その兵器の全ての金属を把握して動かす知識が必要になる。……そんな事、不可能だよ」
……んん?
今のブラックの説明と、マグナの力量を考えたら、兵器を動かすことぐらいは出来そうなんだけど……そうでもないのかな。
よく解らなくて、俺はブラックに再度問いかけた。
「マグナが【神童】だとしても?」
「……巨大な兵器ってのは、基本的に分担作業で作られるからね。設計者以外は何がドコに作用して、どう繋がるのかって事は解らないんだよ。兵器の致命的な弱点は、知る者が少ないに越した事はないから。それに……金の曜術師は、今そこに存在する金属を加工する事は出来るけど、自分が作った物じゃない曜具の内部構造を外から把握する事は出来ないんだ。例え、白鏐のグリモアであってもね」
そういう物なのか……。
だとすると、本当に良く解らないな。
兵器をマグナに造らせたいだけなら、白鏐の書が無くたっていいはずだ。マグナの金の曜術師としての力量は恐ろしいほどの域にある。このプレイン共和国がマグナを無理に連れ戻そうとしたことから考えても、彼以上の曜術師はこの国にいないに違いない。マグナが失踪しただけで、戦争しそうなほど焦ってたんだもんな。
そこまで求められている人材だとしたら、むしろ【白鏐の書】なんて有っても無くても同じだろうし……ブラックの言う事から考えると、兵器開発に必要な能力だとは到底思えない。むしろ、兵器の為の材料集めに使うべき能力だろ。
マグナの言っていた事から察すると、兵器はもう造られてるみたいだし……。
本当に、どういうことなのか。
「やっぱり、グリモアじゃないのかな……」
俺のその言葉に、ブラックは眉間に皺を寄せて目を伏せた。
「……ない、とは言い切れないけど…………でも、今は別の存在である可能性の方が大きいね。あいつが言ってた“遺跡に眠る情報”というのも気になるし……もしかしたら、その【白金の書】というのは……古代兵器の設計図なのかもしれない」
「そっか、そう言う事なら納得行くかも。遺跡に情報があるってのも、何か変だしな。でも……どうしてマグナに無理矢理【白金の書】を読ませなかったんだろう? その設計図を持ってて、もう開発を始めていたとしたら……脅迫なりなんなりして、無理やり読ませたらそれで終わりだよな」
【大いなる業】が魔導書を所持しているとしたら、こっちに来いなんて通告をワザワザ寄越して、能動的に来させようなんて思うはずがない。
この国の中枢に近い存在なら、強制的に連行する事だって出来たはずだ。
なのに、わざわざマグナに「目的」を話したのは、どういう意図なのか。
ブラックもそこが気になってるみたいで、顎に手を当てて視線を彷徨わせた。
「そこは、まだ何とも言えない。……だけど……読ませる訳には行かないんだ」
「え……?」
聞き返した俺に、ブラックはしばし沈黙した後……ゆっくりと、俺に向き直った。
「これ以上グリモアが増えるのは……僕達にとって、危険だ」
「…………」
「もしその可能性があるなら……僕達は……阻止しなければいけない」
…………そうだ。
そう、だった。忘れていた。
俺は、グリモアが七人揃ってしまったら……送還される可能性がある。
可能性だけだけど、それでも見逃せない恐ろしい未来。
自ら拒否した事すら忘れていた「ありえない可能性」……。
もし、マグナが【白鏐の書】を読んでしまったら……確実に、可能性は近付く。
だけど……ブラックはその事を知らないはずなのに、どうして。
「…………僕は、嫌だ。ツカサ君を失う可能性なんて、一つでも作りたくない。……だから……今度の依頼は、受けるよ。たとえ生意気なガキの依頼でも。ツカサ君が、嫌だって言ってもね」
「…………」
俺は、その真剣な言葉に、何も言い返せなかった。
→
※鏐は「りゅう」でしか出て来ませんが、ここでの読み方は「りょう」です。
次はブラック視点。
うおお投票ありがとうございます…!ここでしかお礼を言えませんが
「投票したよ~」と言って下さった方感謝しております!!!( ;∀;)
拙作ではありますが、これからも頑張ってまいりますので
これからも楽しんで頂けたら嬉しいです…!!
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追記:3.21
忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。
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