異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編

3.はだかのつきあいはいいもんだ

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「しかし風呂屋って久しぶりだなあ」
「ほとんどの場合、体を拭くか水浴びか……そうじゃなかったら、おけの中で体を流すくらいだもんねえ……。ああ、ツカサ君のせいで僕までちょっと風呂とか気になって来ちゃったじゃないか。罰として混浴だったら背中流してね」
「オレも頼むツカサ」
「いや、混浴っておめえ、それどころじゃないと思うんだけど……」

 ぐだぐだ喋りながら風呂屋への道を歩く最中、妙な事を言われて俺は腕を組む。
 混浴だから背中を流せとはどういう事なのだろうか。普通、混浴と言ったら普段は見る事が出来ない若い女性の裸体を期待できる夢のような場所として、興奮を禁じ得ない所なのではなかろうか。

 そして、女子との酒池肉林を期待して入ったら、案の定お婆ちゃんやおばちゃんで埋め尽くされていて、ですよね~と思いつつも儚く散った夢に涙しながらおばちゃん達とワイワイ世間話をするものと決まっているのだが。
 それなのに、何故俺が背中を流す事を望む。

 パルティア島の浴場もゴシキ温泉郷も男女で別れてるだけだったし、俺もこの世界ではメスだのなんだのと言われているが、その時は何もなかったからなあ。
 一応純粋な性別だけでの区別だとは思うんだが……だったらなんで「混浴だったら背中を流して」なのか。

 ブラック達の言葉に不思議に思いつつ、素直に風呂屋へと向かった俺だったが。

「…………ん?」

 真正面に見えてきた風呂屋の様子が、何だかおかしい。
 ……いや、風呂屋自体は普通の……というかむしろお洒落にすら感じる外観だ。
 ログハウス風の丸太の壁に、屋根は赤く煙突が三つほど出ている。煉瓦造りの煙突でもコンクリでもなく、金属の煙突ってのが不思議な感じだが……まあ異世界だし、ちょっと変わった銭湯って感じなだけだ。外観は。

 しかし、やっぱりおかしいのだ。
 桃色の暖簾のれんから出て来るのは男の子や女の人で、もう一方の青い暖簾から出て来るのもやっぱり男と女の人なんだもんよ。
 あれって……どう考えても、混浴ってことだよな?

 でも、混浴だとするとどうして出入り口が二つあるんだろうか。
 もしかして、別々のお湯があるのかな。効能が違うから分かれてるとか?

 だとしたらそれは捨て置けないな……今日と明日で二度風呂に入らねば。

 どんな効能があるんだろうとワクワクしながら近寄ると、ブラックが心底悔しそうに口をへの字に歪めた。

「あーやっぱり分かれてる……ちぇー」
「さすがプレイン、聞いたとおりの性区別の徹底具合だな」
「は?」

 せいくべつ?
 ナニソレ、初めて聞く単語なんだけど。

 二つの入口の間でどういう事だと立ち止まると、ブラックは俺が理解していない事にようやく気付いたのか、ああと声を漏らしてぽんと手を叩いた。

「そっか、今までは普通に男女の区別だけの風呂にしか入って無かったね」
「ん? そうだったのか。だからツカサはあんなに混浴に抵抗がなかったのだな」
「……いやあの、ごめん。二人の言ってる事が全っ然解らないんだけど……頼むから説明してくれる……?」

 必死で説明を求める俺に、ブラックはテヘペロと言わんばかりに舌を出してイラッとくるようなウインクをかますと、やっと俺に解るように話し始めた。

「前も説明したけど、ツカサ君がこの世界では女性……まあ、この表現は慣れないみたいだから、乱暴な言い方だけど『メス』って言うね。で、メス側……ツカサ君は、一般的には“組み敷かれる側”だと認識される体つきをしてるよね?」
「同意を求められても困るが、お前らにはそう見えるというのは渋々認める」

 そう。悔しいが、俺はまだそう言う立場でしかない。
 今はまさに文字通りの「雌伏の時」だ。ムキムキになれば俺だっていつかはオス側に回って、襲われる心配も無くなるだろう。そしてメスの女性に襲われる回数の方が多くなるだろう。やったぜ男性フェロモン。……じゃなくて。

 まあ、俺が犯されやすいってのは認める。否定したらまたお仕置きされるし。

 本当に渋々頷く俺に、ブラックは満足げに首を動かして続けた。

「よろしい。で、僕達の世界には、その“メスとオス”を“生殖的な区別”として考え、男女の区分とはまた別に人を分ける場合が有るんだ。望まぬセックスや不貞行為を避けるためにね」

 ははーん……解りたくないけど解って来たぞ……。

「つまり、この暖簾はオス用とメス用って事なんだな?」
「そう言う事。普通は男女までしか分けないんだけど……プレインは獣人族が普通に闊歩かっぽしてる国だからね。このクソ熊を見てれば分かる通り、獣人族は僕達人族よりも欲望に素直で手が早い。気に入ればすぐ孕ませようとする」
「うむ」

 クロウ、そこ認めちゃうんだ……。
 いやまあ、クロウも我慢できずに素股とかして来る時が有るからなあ。それでも、獣人族からすればクロウは理性が強いなんだろう。さっきの酒場の親父さんの話からすると、ウサギ族とか完全にプレイボーイみたいな扱いみたいだし……。
 ブチギレた状態のクロウみたいなのが何人もいると考えれば、そりゃまあメス属性の人達を守るために区別しなきゃいけないよね……。肌を曝す場所なんて、獣人にとっては格好の餌場だろうし。

 納得する俺に、ブラックは指を立てて言葉を続けた。

「人族だけならこんな事しなくて済むんだけど、多種族国家じゃそう言ってもいられないからね。だから、お互いに厄介事を避ける為に生殖的な区別も必要になってしまったんだろう。……僕としては、ツカサ君とお風呂に入れないのが物凄く嫌だから、ラブラブを邪魔しやがった獣人族は全員死ねと思うけどね」
「おいお前クロウの前でよくそんなことを」
「大丈夫だツカサ、俺も可及的速やかにブラックが死ねばいいのにと思っている」

 最近仲が良かったのにまた仲が悪く……いや、仲が良くなったからこそ、殺したい気持ちを隠さなくなってきたのか……?
 どっちにしろ殺伐とし過ぎなんですけどやめてください。

「と、とにかく、分かれてるんなら仕方ないな! えーっと、一時間ほどしたら出て来よっか。お前ら髪ちゃんと洗ってこいよ?」
「えー。自分じゃ洗う気しないよう」
「オレもツカサに頭を洗って貰いたい……」
「だーもー子供か!! 今度洗ってやるから今日は自分で洗え!」

 俺は先に入るからなと背中を向けるが、意外な事に彼らは引き留めて来なかった。それどころか、不満げな声ながらも「またね」と見送って来たのだ。
 不思議に思ったが、桃色の暖簾をくぐるとその意味が解った。
 俺が入った「メス」の方には……見事なまでに男性フェロモン皆無のふんわりした空間が広がっていたのだから。

「う、うぉお……」

 思わずうなってしまうがそれも仕方ない。
 休憩スペースと自分の衣服を入れる木製の古いロッカーがある脱衣所には、可憐で美しい女性や少女、そして……筋肉のないすらりとした体の美少年や、妙に女性的な雰囲気のある細い美青年がたむろしている。
 中には体を鍛えている男や女性もいたけど、それでも彼らには「雄」と思えるようなオーラが欠片も見受けられなかった。

 まさに、フェミニンな空間。紛う事無き花園だ。
 そう言えばメス側の銭湯の壁紙は花模様だし、全体的にパステルカラーだわ。
 この空間に男女とも違和感を感じてないってことは……やっぱ全員が「受け」って事なんだろうな……。ああ……なんかすげえ違和感だわ……。

 つーかここに俺が入っていいのかなあ……俺一応メス認定されてるけど、体が貧弱なだけで普通に女が大好きだし、しっかり興奮もするんだけどな……。
 ……まあ、この花園空間でおっ勃てたら完全に総スカンだから、そうならないように努力はしますけども……。

 番頭さんにお金を払って、銭湯では定番のタオルと桶を安価で借りると、俺は適当なロッカーの前で服を脱いで腰にタオルを巻いた。
 女性……は股間抑制の為に極力見ないようにしてるので解らないが、メス男子達はどうやら俺と同じように腰に布を巻いているようだ。例外は無いみたいだが、もしかするとメスであっても「挿れる物」を持っているが故に、メスの女性に配慮しているのかも知れない。

「なるほど……俺の世界では普通に恥ずかしいからだったけど、この世界では他の人へのマナーって事になるんだな。こう言う所は助かるなあ、この世界……」

 メスの女性ってもうなんかややこしいが、まあ己の粗末な物なんて絶対に見せられないので、股間を隠すのがマナーの世界で良かった。日本じゃ逆だもんなあ。
 少し安心したら気が楽になったぞ。こうなったら女体を楽しむのは諦めて、今日は純粋にお湯を楽しむ事だけに集中しよう。

 桶を持って、そこかしこで休憩している女性達のあられもない姿は見ないようにしつつ、俺は銭湯と脱衣所を区切るスリガラスの引き戸へと近付い……。

「えっ、スリガラスの引き戸!? え、ええ、こんな所にもあるんだ……」

 いや、窓があるんだからスリガラスの引き戸だってあるだろうけど……でも、村の風呂屋にまでそんな物が有るなんてちょっと驚きって言うか……。ま、まあ、こんな贅沢はティーヴァ村だけかもしれないし、一々驚いてたらいけないよな。
 気を取り直して、俺は浴場へと足を踏み入れた。

「おお……タイル張りの床に洗い場……まるきり昔の銭湯だな」

 でも、この世界にはお風呂の壁画文化がなかったらしく、どこにも絵は無い。
 銭湯には富士山の絵が欲しかったなあと少し残念に思ったが、お湯に浸かれるだけでもありがたいから文句は言いっこなしだな。

 とりあえず体を洗おうと思い、適当な洗い場の椅子に座る。
 この銭湯の洗い場は蛇口が無く、鏡の前の台の内部を通るお湯を管から放出し続けている。お湯を流しっぱなしとはこれまた贅沢だが、このお湯のお蔭で広い洗い場は冷たくなる事も無く、タイルも温かかった。

「床が温かいってのはいいな……っと、お。なんか書いてあるな」

 曇った鏡の隣には、なにやら注意書きらしき文字が書いてある。
 備え付けのちびた石鹸で泡を立てながら見てみると、その文字の羅列は「お風呂の入り方」から始まって、最終的にはこの銭湯の仕組みまでを簡潔に説明する、いわゆる案内板のようなものだった。
 どうやら旅人に風呂のマナーを教える為のものみたいだな。

 で、その案内板のお蔭で……ここが、とんでもない施設である事が解った。

 なんとこの銭湯、使うお湯の全てが或る【曜具】によって沸かされ、自動的に供給されているというのである。
 詳しい仕組みまでは書いてなかったが、この銭湯の【曜具】は、とある高名な金の曜術師がこの村の為に作ってくれたモノらしく、説明文の後半はその曜術師への感謝の言葉がつづられていた。

「へ~……奇特な奴もいたもんだなあ。こんな凄い機械を作るとか……」

 …………でも、お湯を作る曜具か……。
 なんかそれ、どっかで聞いた事有るような気がするんだけど……どこだったっけ。
 どっかで見たような気がするんだけどな~。

「う~ん……? なんだっけ……」

 考え始めるとモヤモヤしてしまい、なんだかスッキリしない。
 こういう時は風呂に入ってしまおうと思って体を流すと、俺は浴槽へと向かった。
 さっぱりすれば思い出すかもしれないしな!

 そう思って、湯に入ろうとお湯がたっぷりたまった浴槽に手を掛けると、湯煙の向こう側に先客がいるのが目に入った。何気なく見てしまったが、彼女、いや、彼か……湯けむりの先に白い髪の色と、滑らかな肌があるのを認識したせいか、思わずどきり胸が高鳴ってしまう。

 やっぱ綺麗な人は男でも目の毒だよな……。

 変な事にならないように、ちょっと避けて浸かるか思いつつ、ちゃぷんと浴槽に足を入れると……その音に気付いた相手が振り返った。

 反射的に、その相手と目が合う。
 と、同時。

「あ…………」

 俺は、目の前にいた相手の正体に、言葉を失った。










 
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