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プレイン共和国、絶えた希望の妄執編
19.巨岩内部空間―報告―
しおりを挟む遺跡の中と言えども、夜は来るようだ。
どんな仕組みかは知らないが、隙間なく石を積まれたはずの遺跡は昼間よりも薄らと暗くなり、時間の経過を教えてくれている。
遺跡の中、というと昼も夜も関係ないイメージが有ったのだが、どうやらこの遺跡は人の体内時計をあまり狂わせないように造られているらしい。
それも何かの意味が有るんだろうか……と思っていたら、壁の中に仕込まれているらしい明かりが、ぽうっと光を灯し始めた。
この謎の照明はラッタディアの地下水道遺跡でも見たが……やっぱりこの遺跡も【空白の国】の一部なんだろうか。まあ、フォキス村に入るための扉がオーパーツだったんだから、当然と言えば当然か。
それにしても、外の変化を感じられる遺跡なんて不思議だなあ……なんて事を思いながら、俺が今日入手した赤目蜥蜴の肉を直火でぐるぐる焼いていると、ブラック達が足早に戻ってきた。
「おっ、結構良い匂いがしてるね」
「トカゲ肉はうまいぞ」
でかい肉をじっくりロースト……なんてことは、生肉が丸ごと手に入った時にしか出来ない事だが、確かにトカゲの肉は良い匂いがする。
だらだらと涎を垂らしながらこんがり焼けた肉を凝視するクロウに苦笑しつつ、俺はナイフで肉を削ぎ落して皿に盛った。
丁度いい具合にミディアムレアとなったトカゲ肉は、見た目だけでもかなり美味しそうだ。それぞれに分けて、パンとともに三人に差し出すと、すぐに二又フォークを刺してがっつき始めた。
空腹は最高のスパイスともいうが、みんな腹が減ってたんだろうか。まあいいかと思って俺も自分用によそっておいた肉を食べると、口の中に肉の味がガツンと広がって思わず悶絶した。
「んん……!」
食感は鳥肉と豚肉の中間ぽいけど、脂はさっぱりしていて意外とクドくない。肉を削ぎ落した時には結構な量になったと思ったが、これならペロリと食べてしまいそうだな……もっと肉を手に入れておけば良かった……。
「む~……やっぱりトカゲ肉は酒が欲しいなぁ……」
「生に近いところが良い。ムグ」
久しぶりだなあ、遺跡や洞窟の定番はやっぱりコレだよなあ、とかなんとか言いながらトカゲ肉を頬張るオッサン達に、ダンジョンにもやっぱり定番の味があるのかと思いつつ、俺はすっかり空になった皿を部屋の隅で洗った。
勿論、水の曜術の【アクア】で。……こんな使い方して良いのかとは思うが、折角の無尽蔵マジックポイントなんだから、ちょっとは良い思いしたい……。
厳密に言うと無尽蔵ではないけどね。細けえことはいいんだよ。
「そんな事に曜術を使うのか……いや、まあ、後は仮眠するだけだが……」
ああ案の定用心棒ことブラウンさんが驚いている。
すんません俺使い捨ての木の器でもやっぱ洗いたいんです……。
変なとこ見られちゃうのはちょっと恥ずかしいなと思ったが、まあ、あれだ。相手が良く喋ってくれるようになったし結果オーライだ。
とにかく、食事を終えて一息ついたら次は報告会だな。
明日はどうするのかきちんと話し合っておかないと。
と言う訳でブラック達に成果を聞いてみると、二人はあのスクリーン地図を参考にして、何がどこにあるかを説明してくれた。
まず、この遺跡は三階層プラス最下層というマップになっているが、この最下層は三層から切り離されているようで、侵入口が見当たらない……けど、それはひとまず置いておくとして。ブラック達が探索したのは、俺達がいる第三層――最上階の三分の二だ。残りはモンスターがいるので一旦捜索を断念した部分だな。
……で、このモンスターを駆除し終わった所に何が有ったかを聞くと、意外な返答ばかりが帰って来た。
「ここと、ここ……それとここは、入口が解らないように巧妙に隠されてたよ。で、その中に何が有ったかって言うと……大砲らしき大型の武器だった」
「えっ……」
「発破用の薬などは劣化していたが、近くに弾丸の保管庫も有ったぞ。それに、特殊な形の遠見眼鏡のような物も有った。もしかしたら、ここは外敵を退けるための監視塔か何かだったのかも知れんな」
「監視塔……」
確かに、そう言われればそうだな。
特殊な形の遠見眼鏡……おそらく望遠鏡だろう……望遠鏡と、遠距離にいる外敵を攻撃するための砲台とくれば……そりゃもう砦しかないだろう。
だとすれば、わざわざあんな面倒臭い扉にしていたのにも納得が行くな。
砦にとって一番のダメージなのは、内に侵入されて乗っ取られる事だ。そうなると軍備を全て把握される可能性があるし、何より拠点にされると攻め難い。
だから、見た目には巨岩に見せておいて、あんな移動し辛い長い階段を作って少しでも敵の戦意を削ごうとしていたのだろう。
そうなると、最上階の緑の楽園は何だかおかしい感じがするが……あの豊かな森は、もしかしたら勇者たちが何か細工をしたのかも知れない。
でもないと、ここだけ不自然に森になってる訳がないもんな。だいたいこの周辺、大地の気が少ないし、水も無い荒野に森が生まれる訳がないんだから。
だけど……ここがもし本当に監視塔や砦だったとしたら、どうして勇者は【楽園】なんて言ったんだろう。遺跡の中にはモンスターが湧いて出てる訳だし、ここは言うなれば戦争遺構みたいなもんなんだから、大よそ楽園という言葉とは程遠い場所だと思うんだけど……。まさか、岩の上に緑のオアシスを作ったから気軽に【楽園】って口走ったって訳じゃないよな……?
むう……どっちにしろ、まだ情報が少ないな。
「モンスターが上に這い上がってくる原因みたいなのは見つからなかった?」
ブラックに問いかけると、相手は首を振った。
「ないね。今日の連戦からすると、モンスターが飽和状態なのは確かだと思うけど、あの地図投影装置以外は変な物なんてなかったし、罠も存在しなかった」
「恐らく、重要な部屋にのみ罠が仕掛けられていて、その他は隠蔽するだけと言う風に決めているのではないか? 罠を仕掛ける金が無かったのか、それとも武器などは重要な物ではなかったのかは解らんが」
クロウったら、結構細かく見てるんだな。獣人って争う事が常の種族だから、こういう感じの遺跡には結構造詣が深いのかな。
意外な一面だな……いや元々クロウは武闘派インテリだけどさ。
「えーっと……罠解除師としての見解はどう?」
思わずブラウンさんと口走りそうになったが、ぐっと堪えると出来るだけ解り易く相手に話を振る。
……何故かは知らないけど、ブラウンさんは俺以外に名前を呼んでほしくないらしい。特に、ブラックには絶対に知られたくないようで、二人が帰って来る前にそこの所を何度も念押しされていた。
なんでかはよく解らないけど……あれかな。二人とも色の名前だし、頭文字がブで被ってるし嫌とかそう言う感じなのだろうか。
良く解らんが、とりあえず嫌がる事はやめておこう。
そんなこんなで上手いこと名前を回避した俺に、ブラウンさんは軽く頷いた。
「あの装置の罠は、高度な技術を持っていても解除は難しいはずだ。それに、もし、装置の内部に最初から罠を張るための構造が存在するとしたら……この塔自体が、誰かに向けての罠なのかもしれない」
「それは……どういうことだ?」
訝しげに顔を歪めて問いかけるブラックに、ブラウンさんは続けた。
「地図を見る為にあの装置に手を触れる者は、血気盛んな者か、物を調べる事を生業としている者だ。そんな奴が罠で殺されてしまえば士気にも関わるし、何よりうまく“頭脳”を殺す事が出来れば、パーティーは混乱する。己の理解出来ない罠で殺されたとなれば、あの装置を恐れてもう手が出せないし、迂闊に他の物を触る訳にもいかなくなる。罠を解除する役の者も精神的に負担を追うはずだ。そこに、あのモンスター達が押し寄せるように手配すれば……」
そう言って、包帯が巻かれた掌に軽く拳を当てるブラウンさんに、ブラックは険しい顔をして「なるほど」と呟いた。
「バカな集団なら、それだけで全滅だ。……しかし、そこまでモンスター達を操る事が出来るんだろうか?」
「そればかりは俺にも解らん。だが、モンスター達にも習性がある。それを知る事が出来れば、あるいは」
ブラウンさんがそう言葉を切ると、クロウはフムと息を漏らして腕を組んだ。
「命令を呑ませる事は出来ずとも、誘導ぐらいは可能……か」
「もっとも、【空白の国】の技術は計り知れん。もしかしたら、本当にモンスターを思うように操る事が出来たのかもしれん」
「そうですね……モンスターを作る装置だってあるかもしれないし……」
俺の言葉を最後に、会話が途切れる。
ぱちんと爆ぜる焚き火の音だけがしばらく聞こえていたが、ブラックが不意に溜息を吐くと、俺の方にずんずんと近付いて来た。
「と、に、か、く……今日は疲れたからもう寝よう!」
そう言いながら、ブラックは俺に抱き付い……っておい!
「何してんだお前ぇええええ!」
ふざけんな、と必死にブラックを引き剥がそうとするが、相手は抱き着いたままで少しも動こうとしない。それどころか俺を抱いたままごろんと横になりやがった。
おい、俺は抱き枕じゃねーぞ!!
「僕は戦闘したり調査したり大活躍だったんだから、ツカサ君を抱き枕にして寝ても全然いいよね~? と言う訳でお前らどっちか見張りヨロシク」
「ヨロシク、じゃねーよ!! こう言うのはちゃんと順番を決めて……っ」
つーか、寝袋なしでごろ寝すんなっ!
お前の髪モジャモジャしてっからホコリとか砂とか巻き込みやすいんだぞ、明日の泣くのはお前なんだからなもう!
……じゃなくて!
「あ、い、いい。今日の番は俺がやろう。その男の言う通り、俺は戦闘には参加して居なかったからな……。そこの獣人殿も休むといい」
「ム、そうか。ならばオレもツカサを抱き枕に……」
「ワーッ! 人前で抱き着くなー!!」
何でお前ら人の目を気にしないんだよー!!
いい加減にしてくれと暴れるが、怪力なおっさんの腕から逃れるなんて芸当が俺に出来るはずも無く……。
ブラウンさんに生暖かい目で見られながら、俺はおっさんのにおいしかしない暑苦しい肉布団に包まれて、むさ苦しい一夜を明かしたのだった。
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