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プレイン共和国、絶えた希望の妄執編
15.巨岩内部空間―潜入―
しおりを挟む「ツカサ君、ゆっくり降りて来るんだよ」
「お、おう」
ブラック、クロウ、それに用心棒の人は、もう既に穴の中に降りてしまっている。
俺は日が燦々と差し込む森の中で暗い穴の奥を見つめながら、ゆっくりとロープを握って穴への潜入を始めた。
「ひぃ……き、木登りとは訳が違うな……やっぱ……」
ロープはとても不安定で、とても頼りない。しかも、自分の体を支えるのはロープを握る手や足だけで、かなり体力と精神力を使う。レンジャー体験など初めての俺にとっては、かなりの重労働だった。
しかし、それでも自分一人で降りなければ始まらない訳で、俺は遥か下で明かりを付けて待っているブラック達を目指して慎重にロープをずり落ちて行った。
「うう……降りる、じゃないのが辛い……」
でも運動音痴の俺が出来る事と言ったら、これで精一杯なんだもんなあ。
己の不甲斐なさに悲しくなるが、ラトテップさんから用心棒の人を預かった以上、俺も弱音を吐かずに頑張らねば。
そんなこんなで長く不安定な縄をしっかり掴んで降り切り、俺はようやくブラック達の所へと辿り着いた訳だが……その喜びよりも先に驚くべき光景を見てしまって、ぽかんと大口を開けたまま動けなくなってしまった。
「ブラック、こ、ここって…………」
俺の言葉に、ブラックは頷く。その顔には、緩い笑みに加えて焦ったような表情も薄らと浮かんでいた。
……さもありなん。
穴の中で待っていた光景は――――四角い岩を組み上げて作られた、遺跡の通路のような空間だったのだから。
「すご……」
「どうやら“遺跡”だったみたいだね。しかも……結構しっかりとした……」
己の掌の上で【フレイム】を放って小さな炎を灯し続けているブラックは、その炎をぽんと上へとトスして浮き上がらせる。
自由になった炎は周囲を飛び回り内部の様子を俺達に教えてくれたが、やはりこの場所は古い遺跡の通路のようで、黄土色の煉瓦を上下左右にきっちりと積んだ通路がずっと奥まで続いていた。
ここが大岩の内部って事は間違いないと思うけど……どうしてこんな通路が。
でも、よくよく考えてみれば遺跡が有ってもおかしくない……のかな。フォキス村の入口である扉は未知の技術を使って造られた物だし、アレがただの「岩の上の森に続く階段」とは思えない。
と言う事は…………元々この巨岩は何かの遺跡だったんだろうか?
もしその考えが正しいのだとしたら、異世界の勇者が言った【楽園】という言葉には、村人達が考えている以上の意味が有るのかもしれない。
「……もしかして、勇者サマが言ってた【楽園】って……モンスターが襲って来ない安住の地ってだけの意味じゃなかったのかな」
俺の言葉に、ブラックも難しい顔をして顎に手を当てた。
「その可能性は高いだろうね。この村で言われている【勇者】ってのは、僕達が知ってる【勇者】とは違うものだし……ツカサ君と同じ同郷ってんなら、この巨岩の真の正体を知ってたのかも」
「…………」
用心棒の人がいるから『異世界』って言葉は使わないけど、ブラックが言っているのは要するに「俺と同じ特殊な能力を持っていたから、ここを【楽園】と呼ぶだけの理由を探せたのではないか」と言うような事だ。
確かに、それなら納得が行く。
よくよく考えたら、巨岩の上に豊かな森が有るってだけで【楽園】と名付けるのもおかしな話だもんな。そもそも、あの扉について一言も言及がないのも変だし。
だけど、仮にその【楽園】の真の意味がこの遺跡の中に有ったとしても、村人達には関係ないよなあ。つーかモンスター湧いてるし。楽園違うし。
「楽園の中身がドロドロって、ほんとやだなあそう言う展開……」
「ハハ、まあ……今回は遺跡に潜るだけだし、滅多な事は起きないと思うけどね」
おいおい、それフラグって言うんだぞ。やめてくれよブラック。
内心気が気ではない俺を余所に、クロウが鼻を動かしながら一歩踏み出した。
「……長い間放置されている空間のようだな。所々劣化しているし、空気が悪い。奥に進むほど汚れていそうだ。……お前達には少し辛いかもしれん」
「え……なんで?」
空気が悪いとかそう言う事なのかな。
クロウの横に並んで同じように鼻を動かしてみるけど、別段カビ臭さはないし……まあ空気は悪いだろうけど、そこまでの事なんだろうか。
思わず首を傾げると、クロウは詳しく説明してくれた。エヘ、すんません。
「空気の流動が無い淀んだ空間は、曜気が極端に少なくなる。従って、吸える空気も少なくなるから息が詰まる。残るのは“魔”だけで、その“魔”は人を蝕むからな。それが人族にとっては辛いんだ」
「クロウは平気なのか?」
「獣人は魔族と近い存在だからな。多少は平気だ」
そう言えば、魔族は空気中の“魔”を取り込んでうんぬんかんぬんと言う話をマーサ爺ちゃんから聞いた気がするな。
“魔”ってのが未だによく解らないんだけど、この世界で言う所の腐食させる系の元素っぽいから、人体にとっては悪影響なんだろうな。いまいちこの世界の科学を理解出来てないので、その予想が正しいかどうかは解らんのだが。
「まあとにかく進んでみようか。こうなると発生源があるのか怪しい所だけど、もしそう言う設備が見つかったら壊さなきゃ行けないからね」
「そうだな……」
ブラックの言う事も尤もだ。
悩んでいても仕方ないし、ここは先に進むべきだな。
――――と言う訳で、俺達は遺跡を調査するために探索を開始したのだが……これがまた、結構大変だった。
何が大変って、モンスターがまあでるわでるわ。
ここはモンスターハウスなんじゃないのと思うほどに、コウモリやトカゲやネズミがわんさか出て来るのである。
最初は極力戦闘を避けてやりすごしていた俺達だったが、さすがにそう言う訳にも行かない場面も多くなってきて、気付けば三連戦くらいが普通になっていた。
曲がり角で鉢合わせをしちゃーネズミをバッサリ行って、不意に歩きゃー天井からコウモリが落ちて来るんで毒牙に掛からないように牽制しながら倒して……なんて具合に、もうほんとに息つく暇もない。
上下左右から現れるモンスター達に翻弄されて、俺はもう正直クタクタだった。
旅の途中で戦闘になる事なんて滅多になかったから、実際なまってたんだよな。
だからまあ、後方支援も上手くいかなくて……。
いやだってさ、ブラックとクロウに支援するって言っても、素早く動いて敵を瞬殺する二人に俺が出来る事はたかが知れてるし……それに、ヘタしたら邪魔にしかならない場合もあるんだもなあ。
今ここで気の付加術の“ラピッド(脚力を強化する術)”を掛けようと思っても、ラトテップさんの用心棒が傍にいる状態では掛けられないし……。
だって、プレイン共和国は大地の気がほとんど存在しない場所なんだぞ。そんな所で気の付加術を使うなんてとんでもない。
もしここに用心棒さんがいなければ、俺も【ラピッド】を使えたんだけどな……やっぱし、ラトテップさんには断った方が良かったかな。でも、用心棒さんは用心棒さんで、道の先を調べてくれたり罠が無いか確認してくれたりするので、俺よりも役立ってる人だからなあ……はあ、本当に俺ってば役立たずだな……。
付加術を使っての肉体強化は駄目だし、この場所では積極的に木や水の術を使う事は出来ない。勿論、黒曜の使者の力は論外だ。
それに、せっかく作って貰った“術式機械弓”も、この遺跡の中で試し打ちするには危険だし……ってなわけで、俺は特に何もできず、ブラック達の後ろで回復薬と毒消しを握って右往左往しているしかなかった。
う、うう、情けない……。情けないけど、でも、戦闘に参加できないゴクツブシだって緊張しっぱなしでクタクタになるんだよ。
いつブラック達が毒に侵されるか分かんないのも怖いしさあ……ああもう、俺にもっと素早さと運動神経があったらば!!
「はぁー……。これじゃ探索もちっとも進まないね……」
「苦ではないが、こうも道を塞がれると面倒でならん。いくらか分かれ道も無視してしまったし……一旦戻って別の道を進むか? 通路によってはモンスターが少ないかもしれん」
それぞれ、剣と拳についた血を振り落としながら、前衛を張っていたブラック達が話し合っている。今回はマップも何もないので、経験値が高い二人に全てを任せているのだが……戦闘もしてもらってるのになんだか申し訳ないな。
もしここに水路が有れば、俺も【アクア・レクス】を使ってマッピングくらいは出来たんだろうが……ああ、ほんと「地図スキル」がある人が羨ましい。
「俺もなにか出来たならなあ……」
不意にそう呟くと、一番後ろを警戒してくれていた用心棒の人が、俺の肩をポンと叩いて来た。なんだろうかと相手を見上げると、用心棒の人は無言でふるふると頭を振り、続いて俺に頷いた。
……もしかして、励ましてくれてるんだろうか?
「あ、ありがとうございます……?」
一応お礼を言ってみると、相手はこっくりと頷いて肩から手を離した。
……やっぱし、心配してくれた……のかな?
「ツカサ君、一旦戻って別の道に行こうか。ちょっと……この先は、体力が回復してから進まないと、心配な事になりそうだからね」
そう言いながら、ブラックが戻ってくる。
どこか確信めいた意識を含むその言葉に、俺はブラックが【索敵】を使ったんだとはっきり解った。そうでもないと、素直に引き返そうなんて思わないだろう。
多分、【索敵】でこの通路の先にはもっとモンスターが居るって解ったから、体力を考えて一旦進むのをやめたんだろう。
それをぼかして伝えて来たのは、今は用心棒の人がいるからだろうな。
うーん、やっぱり俺達の事情を知らない人と組むのはやりにくい所もあるなあ。
「そろそろ休む所も探した方が良いかも。今のところは通路があるばっかで、休める部屋とかはなかったけど……別の通路にはあるのかな」
「さてね……探してみない事には解らないけど……」
そうだよな、部屋の有無まではブラックにも解らないよな。
しかしそれは俺も同じだ。俺に出来る事と言ったら、疲れてるみんなに美味い料理を食わせてやる事だけだ。……よし、俺も休めそうな所を頑張って探そう。そして、疲れてるブラック達に、元気が出るような料理を作ってやるんだ。
そうと決まればクヨクヨしては居られない。
別の通路に休める部屋が無いか、しっかり探索しないとな。
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