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プレイン共和国、絶えた希望の妄執編
6.おいしいものはどんなもの? 1
しおりを挟むシディ様に詳しく説明して貰った所によると、裏街道とはいわゆる「旧街道」……つまり、遥か昔に人が通っていた場所が道となった場所の事なのだと言う。
国境の砦から延びる大路のように計画的に作られた人工の道ではないため、山や森などの危険な場所を迂回するような回りくどい道になっていたり、舗装されておらず道が細かったりするのだが……その代わりに、裏街道は途中途中に湧水が出る場所があって、休むのに丁度いい場所が設けられているので、村が遠く離れていても安心して野宿が出来る。
もちろん俺達も、その恩恵にあずかろうとしていた。
「視界が開けていて、背後を気にしなくていい岩の窪み……よし、ここにしようか」
ブラックが、くの字にへこんでいるような大岩を見つけて言う。
周囲は大岩ばかりで、他に目ぼしい物は見つからなかった。
辺りは薄暗くなっており、空気も段々と冷えて来ている。日が落ちる前に野宿の準備をしようと言う事で、手分けして良さげな場所を探していたのだが、道の先に探しに行っていたブラックがこの大岩を見つけてくれたのだ。
裏街道からは少し離れるが、安全には変えられない。
このあたりは植物が少なく、身を隠せる場所と言えば大岩ぐらいしかない。荒野のような場所であるなら、せめてモンスターに背後を取られないようにせねば。
俺とクロウはブラックの言葉に素直に頷くと、夕飯の準備を始める事にした。
「えーっとまずは火を焚いて……あれ、なんか黒ずんだ所が有るな」
岩のくぼみの真ん前に、焦げたような地面が有る。
荷物を降ろしていたブラックは、俺の言葉に「ああ」と声を漏らした。
「前にもここで野宿した奴がいるんだろうね。もしかしたら、裏街道沿いの村人にとって、ここは常宿なのかも」
「へー……でも言われてみれば確かに、古い枯れ枝がそこかしこに……」
真新しい枝も有れば、既に朽ちかけている古い枝もある。
昔っから使われてた定番の野宿の場所なんだろうな。そう考えると、ちょっとワクワクしてしまう。他の旅人の痕跡があるのってなんかイイよな。
「だが、ここで枝や水を集めるのは大変そうだな。オレ達は予め森の中で枝を拾って来ていたから探す手間は無かったが……」
焚き火の跡を見ていると、クロウが枝を持って来て、焦げ跡の上に新たに組み上げてくれる。これの焦げ跡がまた次の人への目印になるんだよな。
そう思うと、なんかこう……ロマンだよな……!
「水も汲んできた方がいいね。地図の縮尺はあてにならないだろうし、力は温存しておいた方が良い。どこかに水場はあったかな?」
俺が【フレイム】で着火しているところに、ブラックも近寄ってくる。
周囲は草木もまばらで大岩がごろごろしている荒野地帯だが、しかし飲み水は心配無用だ。道のそばには古い木の立札があって、親切にも『湧水はこっち』と書いてあったからな。丁度良いから、ブラックに汲んで来て貰おう。
「向こうに湧水が有るらしいから、そっちお願いして良いか?」
「りょーかい。水多めの方が良い?」
俺の着火では少し勢いが足りなかったのか、ブラックが炎を足してくれる。組んだ枝の中心に赤々とした炎が膨らみ始めたのを見つつ、俺は唸った。
「うーん、そうだな……ないよりはある方が良いかも。いざとなったら使い道は幾らでもある訳だし……」
「そうだね。じゃあ、とりあえず汲めるだけ汲んで来るよ」
素直に水を汲みに行ったブラックを見送って、俺は夕食を何にしようかとバッグを探る。用意して貰った食料とかはまるごとリオート・リングに突っ込んだけど、食べるんなら常温に戻さないとな……流石に冷えたメシは嫌だ……。
とりあえずパンを出そうと思い腕輪を取り出すと、今度はクロウが窺うように俺の横から顔を覗き込んできた。
「ツカサ、オレにも何か言いつけはあるか」
「ん? 手伝って貰おうと思ってたけど……何かしたい事が有るのか?」
「獣の臭いがする。恐らく周囲に獲物がいるはずだから、狩って来たいんだが……」
狩って来たいって……さらっと言うなあ。
でも、生の肉がゲットできるんなら嬉しい。快くOKすると、クロウはフンフンと鼻を鳴らして、やる気充分と言った様子で飛び出して行ってしまった。
……あれかな。最近獣っぽい事してなかったから、ちょっと興奮してるのかな。
ああ言う所は獣人なんだなあと改めて思いつつ、俺はリングから色情教の人達に貰った食料をどさっと取り出した。
実は、大きな麻袋に入れて貰ったのをそのまま入れてたから、中身は詳しく見てないんだよな。街で食べさせて貰ったのは、白パンに何かのトロッとしたポタージュのような物だったが……アレの材料はこの中に入っているのだろうか。
日が落ちて暗くなり始めたので、焚き火のそばに布を広げて食料を分けてみる。えっと……三日分の白パンと……これはビスケット……いや、保存用に固く焼かれた乾パンかな。小袋で三つあるが……一人一週間分くらいの量かな。村に立ち寄れない時の予備食ってことだろうか。
あとは、干し肉と多少保存のきく御馴染みのタマグサ(玉葱に似た野草な)、それに水と……積んで小山に出来るぐらいに入れられた、謎の物体。
「……これ、なんだ……?」
積んでみたそれは、仄赤い部分のある黄土色だ。
形と大きさはキウイに似ているが、産毛は無くつるっとしていた。しかし、香りは果物などではなく、完全に土のにおいがする。
と言う事は、なんらかの野菜なんだろうが……こんなの見た事ないぞ。
困ったな……名前が判らなきゃ百科事典で調べようがないし、たくさん貰っても、美味しく料理出来るかどうか……。
「ツカサくーん、水汲んで来たよー。……ってどうしたの?」
「あ、ブラック……なあ、これなんだと思う?」
皮袋に水を詰めて持って来たブラックに謎の野菜を見せると、相手はキョトンとして、子供みたいに首を傾げた。
「何って……リンゴイモじゃないか」
「えっ……り、リンゴイモ……?」
何そのハイブリッド単語。
思わず面食らった俺に、ブラックは不思議そうに目を瞬かせて続けた。
「リンゴイモは名前の通り、リンゴに似た芋さ。最初は……ほら、こういう風に赤みが足りないけど、熟して来ると皮が真っ赤になってそのまま食べられるんだ。本物のリンゴほど甘さはないけど、水分が多いからって丸かじりする奴もいるね」
「はー、なるほど……。じゃあ、この程度じゃ食べたらダメなのかな」
目の前に有るイモのどれもが、ヘタが有ったように見える部分だけがほんのり赤いだけだし、そうなると無理に食べない方が良いかも。
思わずガッカリすると、ブラックは俺の隣にしゃがみ込んでリンゴイモを見た。
「うーん、まあ、甘みは無いけど食べられるよ。たぶん、今後食料が補給できない時の事を考えて持たせてくれたんだろうね。リンゴイモはこの国では主食だし……昨日食べたスープだって、コレを潰したものだったんだよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。リンゴイモはかなり腹にたまるからね。畑のパンって言われてるんだ」
またそんな畑の肉みたいな単語が出てくるぅ。
でも、甘みが無くても食べられるならちょっと試してみようかな。
主食って言うんなら、もしかしたらジャガイモみたいに食べられるかもだし。
もし本当にジャガイモみたいな食感だったら、ずっと食べたいと思っていたポテチだって作れるかもしれないからな……!!
「それよりさ、ツカサ君」
「ん? なに?」
「僕ずーっと気になってたんだけど……なんであのクソ貴族には贈り物が有って、僕には贈り物が無いのかな?」
…………は?
意味不明な事を言いながら俺の隣に座って肩を引っ付けてくる相手に、一瞬ポカンとしてしまったが……ようやく何の事か思い至って俺は「ああ」と声を出した。
贈り物って……アレか。世話になったからと思って、ラスターに黄色いハンカチをプレゼントした事についてか。
そういえば、ブラックとクロウには渡せてなかったな。二人一緒に渡そうと思ってたから、クロウへのプレゼントが思い浮かばなくて後手後手になってたんだ。
しかし、俺の事情など知らないブラックは、思い出し怒りを催してきたのか不機嫌な声で俺により一層絡んできた。
「僕には贈り物をしてくれないの……? 僕はツカサ君の大事な大事な恋人なのに、手作りのモノを一つもくれないんだそうなんだ」
「手作りって……いつも手料理作ったりしてんじゃん」
「そ、そういうんじゃなくて、僕もちゃんとした贈り物が欲しいの!!」
欲しいのって、おめえ、そんな夢見る乙女みたいな事言って。
と言うか、ブラックは何か勘違いしてないか。ラスターへの贈り物は、お中元とかお歳暮みたいなもんで、それ以外に他意はないって言うのに。
でも、ブラックにはそんな違いなんて関係ないもんなあ……。まあ、この世界にはお中元の概念が存在しなさそうだし、ブラックは今まで他人なんて気にしてなかったんだから、解らないのも無理はないか。
説明しなきゃ解って貰えないんだから、懇切丁寧に説明するしかないな。
未成年の俺が大人にこういう事を説明するってのはおかしいとは思うが……。
「あのな、ブラック。アレはあくまでも協力してくれた事へのお礼であって、アンタに贈るようなモノとは意味合いが違うんだよ。大体、そう言うやましい物だったら、お前の目の前で渡したりしないだろ?」
「う……それは、まあ……」
「それに、その……あ、アンタ達にはあげないとか、言ってないし」
ちょっとどもってしまったがハッキリと言うと、ブラックはすぐに喜……ぶかと思いきや、誰かを威嚇しているのかと問いたくなるレベルで顔を歪めて、俺の鼻先までぐっとその顔を近付けて来た。
「僕たち? たちって、なに?」
「い、いや……ブラックとクロウには後で渡そうと思ってたんだけど、クロウの方の贈り物が俺的に思い浮かばなくってさ。だから……」
贈り損ねてた、と正直に言おうとしたら、ブラックは「はぁああぁあ!?」と大声を上げて、俺の頬に無精髭の頬をじょりじょりと押し付けて来た。
ぎゃあああああ! 痛い、痛いってば!
「あだだだだだだ!!」
「恋人の僕と、あのクソ熊への贈り物が同列なの!? あのねえツカサ君僕恋人だよ! 仲間である前に、ツカサ君の唯一無二で生涯一人の運命のヒトなんだよ!? なのにどーしてあの横恋慕熊と同列にしようとしてんのさ!」
「だ、だって、クロウだけにやらないって可哀想じゃんか! 俺やなんだよそういうの。恋人じゃなくたって、自分だけプレゼント……贈り物貰えなかったら嫌だろ?」
「それは……まあ……。でもやだ! 僕はツカサ君の一番がいいんだあぁあああ」
「いだだだだだだだあああ!! わかったっ、解ったからっ、お前だけのプレゼント考えるからやめろってー!!」
お願いだからもうじょりじょりしないでえええ!
夜になって余計に髭が濃くなったせいで攻撃力が増してるんだってばあああ。
もう破れかぶれでそう叫ぶと、ブラックは俺から顔を離してぱあっと笑った。
「あはっ……ほんとだよ? 約束だからね!?」
そう言うと、ぎゅうっと抱き締められて……俺は、思わず息を呑んでしまった。
げ、現金な奴め。特別扱いしたらそれで良いのかよお前は。
……つーか、よく考えたら俺、贈り物するより凄い事コイツにしてるんだけどな。
ゴシキ温泉郷で、決死の覚悟でブラックのために体を張って、変な薬まで飲もうとしたのに……その行為すら、コイツにとっては「俺のプレゼント」には劣るらしい。まあ、あれは不発だったし、他に色々有ったから消し飛んじゃっただけかもしれないけど……。でも、えっちが最優先の変態オヤジのくせして、こういう時は子供みたいに物を欲しがるなんて……ほんと、ダメな奴だよなあ……。
だけど……――
ねだられるのは、正直……悪い気はしない。
ほんのちょっとだけど……なんか、普通の恋人みたいで。
俺からのプレゼントが欲しいと素直に言ってくれる事だけは……どうしてだか、胸がむず痒くなるような嬉しさが有って。
自分でも変だとは思うけど、嬉しそうなブラックに抱き締められると、顔が熱くなって何も言えなかった。
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追記:3.21
忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。
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