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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
42.好きな人なら馬子にも衣装
しおりを挟むいや待て、この世界では男もこういう服を着るのが普通なんだ。
決めつけイクナイ。俺の世界とは事情が違うんだ、落ち着け俺。
しかし……この服……何でこの服……。
「ではそろそろ参りましょうか」
「えっ」
「大丈夫ですよ、先にブラックさん達を迎えに行きますからね」
「え、ええ……」
俺何回くらい「えっ」て言ってるんだろうか。
そんな事を考える暇すらも与えられず、俺はメイドさん達に上手い事エスコートされて部屋を出てしまう。こんな男なんだか女なんだか解らない服装で外に出るのはかなり恥ずかしかったが、だからといって嫌だと言う訳にもいかない。
リタリアさんが俺の為に特別に作ってくれた服らしいし、拒否って彼女を悲しませたくないしな。俺は女の子が悲しむ顔を見るのは嫌だ。
なので、今は恥を耐え忍んで歩くしか無く……。
うう、でもやっぱり恥ずかしい。
さっきは調子に乗っちゃったけど、やっぱこんな服を着てたらブラックもクロウも噴き出すんじゃないのかなあ。
……ど、どうしよう……ゲッて顔されたら……。
ブラックの前で変にめかしこむのなんてジャハナムの劇場以来だし、あれはまだ女装してたからなんとか形になってたワケで、男を前面に出しつつのヒラヒラした服装ってのはどうなんだろう……背ぇ低い方が意外とこう言うの似合うのかな。
だったら俺もまだ見れる格好になってるのかもしれないけど……わからん、ああもうわからんんん……。
「ここです! ちょっとお待ちくださいね」
ヒッ。よ、呼ぶの!?
硬直した俺に構わず、リタリアさんはウキウキで豪勢な両扉の片方を叩く。
すると、ややあって扉が内側に開いた。
「ああ、お嬢様お待ちしておりました! お二方の準備も整うところです」
「ありがとう。さ、ブラックさん達もこちらに。ツカサさんが御待ちですよ」
部屋に入らず呼びかけるリタリアさんに、部屋の奥から声が飛んでくる。
「えっ、ツカサ君!? つかさくーん!」
「ぶ、ブラック様まだ御髪がっ、お、お待ちください!」
「オレも行くぞ」
「はい、楽しんでいらしてくださいね」
なんか大人な声と子供みたいな大人の声が聞こえるぞ。
相変わらずブラックはこういうの苦手なんだなあと思って、扉の方を見ていると――そこには、思っても見ない姿のブラックが、いて。
「っ…………!」
煩くない程度に縁々に施された金の刺繍が目を引く黒のダブルスーツ。だが、スーツには軍服のように肩章が縫い付けてあって、そこから大綬(典礼用の軍服によくある肩から下がった帯みたいな奴)が伸びていたり、飾緒が付けられていたりして、パーティー用のスーツに軍服要素を加えたような服装になっていた。
もちろん、着る人間が上背も有って肩幅も有れば、似合わないかどうかは解らんものの、とりあえず……格好、よくて。
しかも、ブラックの髪は少し整えられており、纏める途中だったのか、右の前髪だけ垂らしたような髪型になっていて、い、いつもと違ってて、なんか……
「ああぁあ! つっ、つかさくっ……!? あっ、あぁ……! まっ、まって、まっ……あっ、あぁああ……」
ブラックが顔を真っ赤にして驚いてる。
でも、声が出なくて。俺も真っ赤になってるんだろうなと自覚してしまうくらい顔が熱いんだけど、恥ずかしくて、何か言って誤魔化したいんだけど、ぎこちなく息を吸う事しか出来なかった。
なんか、な、なんでだろ、なんも考えられない……。
「まあ……! ブラックさんよくお似合いです!! やっぱり私の目に狂いはありませんでしたね……ふ、ふふふ」
リタリアさんなんで笑って……まあ、そりゃ目の前のブラックを見たら、そう笑ったりするの……かな……。
あっ、そうだな、に、似合う、よな、ブラック。似合うん、だけど、あの……ど、どうしたら良いんだろう。何を喋ったらいいんだ。わ、解らんんん。
動けずにただただ硬直していると、そんな所に、クロウまでがやって来て。
「なんだブラック、ツカサの衣装はどんな……っ、ゥ……!」
「~~~~ッ」
あっ……あ……う、うわ、ずるい、そんなのずるいってば……っ!!
声が出なくても咄嗟にそう思ってしまい、俺は思わず眩暈を覚えた。
ブラックを見ただけでももう頭が混乱してるのに、クロウまで礼装になると本当にもう、どうしたら良いのか解らなくなって卒倒しそうだった。
だって、だってさ、ブラックの格好を見ているだけでも精一杯なのに、クロウまで、か、かっこいいって……!!
「うふ、そちらもとてもよくお似合いです! 耳を立てていても良かったのですが、貴族の中には獣人を疎む者もおりますのでお許しください」
「構わない。髪の中に伏せていても、充分周囲の声は聞こえるからな」
そう言いながら己の頭を触るクロウは、いつものボサボサポニテではない。髪をオールバックにして、ブラックより年下なのにかなりダンディになっている。
前髪がほんの少し、ぴょんと額に降りているのがまた渋くて格好いい。
後ろに流して縛った髪も、今は落ち着いていて薄く紫を含んだ青に輝いていた。
耳を髪色に合わせて目立たなくしたピンで押さえているのも、より一層、人間の中年っぽさを醸し出していて、俺は心臓が痛くなりそうで……。
う、うぅ……ずるい……ブラックが伊達男系なら、クロウはダンディ系だ……。
服装は飾りの位置が反対なだったり装飾の色が違うだけではあったけど、それでも同じ服を着ていてこれだけ違うなんて、卑怯だよ。なんで似合うの!
なんか二人とも目を見開いて変な顔で俺を見てるけど、それでも格好良さが全然帳消しにならないのずるい! なんなんだよお前らもうなんだよ殴るぞ!!
「つ、ツカサく……は……はぁあ……! か、可愛……っ、は、はぁっ、は……」
「ウグ……う、ウゥウ゛……つ、ツカサ……それは反則だ……ッ」
……あ、なんか興奮してるっぽい顔に……。
目を血走らせてるオッサン達……の、鼻から何か…………
「うわー鼻血!! うわっ、り、リタリアさんなんか懐紙か何かない!?」
「きゃぁあ!」
「だ、旦那様方興奮し過ぎでございます!!」
やっと硬直が解けて驚く俺と、マジでヒいているリタリアさんの叫び声に、周囲のメイドさんが即座にブラック達の鼻に布を押し当てる。
ブラック達はその布を貰って鼻を抑えているものの、俺から目を離さなかった。
こうなって来ると、先程の衝撃はちょっと薄らいできて。
俺は、二人が変な方向に興奮しているのだとやっと呑み込めて暗澹たる気持ちになった。
「せ、清楚な服、う、ううっ、可愛いっ、さっ、最高だよツカサ君……ッ」
「ツカサ、今すぐ嫁になってくれ……」
「おいコラ何ドサクサにまぎれてんだ髪引っこ抜くぞクソ熊!!」
……ああハイハイ……やっぱり中身は一緒ですね……。
ドキドキして損し……いやドキドキしてないから。してないから!!
顔も赤くなってないし惚れ直したりとかしてないしそう言うの違うから!!
「もう、御二方とも、じゃれあいはそこまでにして下さい! もう時間も無いので行きますよっ! ラスター様は陛下の護衛として共に登場なさるので、私達は先に会場の方へ行かねば!」
「は、はい」
リタリアさんも堪忍袋の緒が切れたのか、ブラック達の様子を怒って強い口調で主張する。それには流石のオッサン二人も臆したようで、素直に頷いた。
もちろん俺に異論はない。つーかこの雰囲気で居るのもうヤダ。
早く終わらせて一刻も早く帰りたい……このままだと心臓を酷使しまくって死にそうだし……。
もうなんか熱いしブラックとクロウの方を見ていられなくて、二人から顔を背けながら暫く歩いて行くと、両側に兵士を配置した恐ろしくでっかい扉が前方に見え始めた。
大理石のような石材で柱や天井を造っているこの場所は、冷静になって観察してみるとかなり厳かで仰々しい。他の金持ちの館とは明らかに違う一種の威圧感すら感じる廊下に、あの三階建のビルかよレベルの大きな扉と来たら、そりゃにわかに緊張せざるを得ない訳で。
思わず胸を抑えて息を呑む俺に、リタリアさんはニッコリと微笑んだ。
「大丈夫、緊張なさらないで。扉の前に居る管理者は、到着した招待客の顔を全て記憶してますから、心配いりませんわ」
ほぉ……プロの受付って奴なのかな。
さすがは王様の宴を守る門番だ。というか、そのくらい凄い人じゃないと、王の御前で仕事は出来ないって事なんだろうな……人の顔とか全然覚えらんない俺には絶対無理だわ。大変そうだし。出来るだけ楽して儲かる仕事がしたい。女の子のおっぱい揉んでお金貰いたい。
そんな不埒な事を考えている隙に、リタリアさんはもう管理者の人と話を付けたのか、会場への大扉を開いてしまっていた。
慌てて近寄り、中へ入ると。
「うわ……っ」
ドーム側の天井には絵画が描かれ、それを特大のシャンデリアが照らしている。
その下に広がる磨き上げられた石の床は天井の光を緩く反射していて、よく見れば大理石のようだと思っていた柱も薄らと反射……いや、あれ発光してんな。
何だかよく解らないが、この会場を支える柱には照明が埋め込まれているのか、シャンデリアだけでは足りない光量を補っているようだった。
そんな明るい会場にはテーブルが並び、真ん中には踊る為のスペースが開けられている。典型的なお伽話の中のパーティー会場ではあったが、扉から真正面に存在する数段高いステージの上にある豪奢な椅子は、ここがただのパーティー会場ではない事を暗に示していた。
そして……遅れて入場してきた俺達を一斉に見つめて来る、お貴族様達の力強い視線も……。あ、ああ。見んといて下さい、着替えたくなるからやめてぇえ。
「ツカサ君……」
「う」
ブラックが視線に怯えたように俺の背後に一歩下がり、彼らからは見えないように俺のベストの背中を軽く摘まんでくる。
お、お前な、そういう可愛い事はオッサンはしちゃいけないんだってば!
ちょっとキュンとしちゃったじゃないかバカ、俺の馬鹿!!
「もしや……ツカサさん……!?」
「うぇっ?」
「ああ、やっぱり! ファンラウンド領の噂でもしやと思っていたら、まさか本当に貴方だったとは……再びお会いできて嬉しゅうございます!」
声が聞こえたと思ったら、初老ロマンスグレーで大きな丸眼鏡をかけたダンディなオジサンがツカツカと早足近寄ってきて、俺の両手をがっしと掴んでくる。
一瞬誰だか判らなかったが、この押しの強さとグレーではなく銀色の髪を見て、俺は彼が誰だかを思い出しておずおずと相手を見上げた。
「あ、あの……ローレンさん……ですよね……?」
そう。彼はこの国の貴族を取り締まる監査取締役、とても怖い役職についている紳士、ローレン・ブライトさん……だったはず。
すると、彼は実に嬉しそうに微笑んでコクコクと頷いた。
あの、ちょっと、手ぇ離して。
「覚えていて下さったとは恐悦至極……! ああ、礼服とてもお似合いです。なにやらリタリアお嬢様が見立てなさったとか……貴方の女神の如き可憐さと純粋さを良く引き立てている。どこぞの御令嬢よりもお美しい……っと、これはご内密に」
「あ、あはは……」
歯が浮く。めっちゃ歯が浮くからやめて下さいローレンさん。
っていうか背後霊がさっきから肉ごと俺の服を抓って来て痛いんですけど。俺は何もしてないんですけどぉ!!
ちくしょうめ……ローレンさんには悪いけど、ここは早々に話を切って……と、話を切り替えようとしたところに――――俺達の事を聞きつけたお貴族様達が、バーゲンに群がるおばちゃん達の如く俺達を一気に囲んで喋りかけて来た。
「まあっ、あのトランクルを立て直した冒険者の方々!?」
「冒険者と聞いていたのに、まさかこんなに麗しい方々とは……」
「あの“扇焼き”はとても美味しゅうございましたのよ、あれはどう作るのかしら、是非とも私たちの領地にも遊びに……」
「お可愛らしい……御令嬢、お名前を聞かせて頂いても?」
「まあまあ! お美しい殿方に可愛らしい御坊ちゃま」
「貴方がたの計画は見事ですな、特にあの子供とともにあそべる遊技場や骨休めの施設などは他に類を見ない……」
「とにかく人気で宿が取れないとのことで、私どもにも是非ともトランクルの」
ああもう解らん何喋ってるか解らん!!
何十人にも一気に話しかけられたって解らないんだってばっ、つーか貴族のパーティーなのに何でみんなそんな取り囲むの!
普通こういうのって、一人の話が終わるまで他の人って遠慮するんじゃないの!
ただでさえ慣れない服を着てて恥ずかしいし、ブラックとクロウは喋らないし、リタリアさんも捌ききれずに困ってるしどうしたら良いんだああああ。
称賛となにやらよこしまな誘いを掛けられているのを感じつつも、どうする事も出来ずに混乱していると――――ステージの方から声が響いた。
「静粛に!! 国王陛下の御前であるぞ!!」
野太いおじさんの声が聞こえて、俺達に群がっていた貴族の人達が一斉に散る。ローレンさんも、名残惜しそうに微笑んで俺の傍から離れて行った。
何が始まるのかなと思っていると、リタリアさんが俺の手を引いて、俺達を適当なテーブルの前へと誘導してくれる。やっと一息ついた所で……カツンと床を叩くような音が響いた。
すると、急に柱の照明が薄明かりになって、ステージの方が明るくなる。
そういえば、国王陛下の御前って言ってたし、と言う事は……。
「…………」
未だに俺の背後で無言を貫いているオッサン達にちょっと違和感を覚えつつも、ステージの方を見ていると……舞台袖から、ゆっくりと何者かが歩いてきた。
「みなさん、一度頭を下げてください」
リタリアさんに耳打ちされて、俺はまずオッサン達の頑なに動かない頭を強引に下げさせてから、自分も思いっきり腰を曲げて床を見た。
その間にも、カツンカツンと床を叩くように歩く音がする。
足音は数度続いた後、微かに椅子に座るような音が聞こえた。
「皆、忙しい中よく参加してくれた。面を上げよ」
威厳のある声に、思わず体が動く。
言われるがままに顔を上げて見やった先には……声に似合わぬほどに若い王が、安閑と椅子に座っていた。
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