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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編
40.○○ストーリーは突然に
しおりを挟む馬車の第一便が到着してからと言うもの、トランクルの発展は目覚ましかった。
新聞には『王の森が復活』と書かれ、シャトル馬車のお蔭で国内外の人々が訪れやすくなった事でファンラウンド領の財政は一気に潤い、近隣の街もつられたように自分の街で「いつの間にか昔からある事にされていた名物」を売り始めた。
いわゆる後追いと言う奴だけど、これはセルザさんの領地――ファンラウンド領が元気になる良い事象だった。
そう、一つの観光地が爆発的な人気となれば、周辺の都市などが潤う追加効果が表れる事も少なくはない。自分の足で旅をして旅費を浮かせる旅人であれば、中継地点――つまり「宿」となる村や街には絶対に立ち寄らざるを得なくなる。そのため、必然的に多少は周辺の村も恩恵を受ける事となるのだ。
なので、芋づる式に末端の地にまで金が落ちて街道沿いは潤い、領主もその辺りに対する税を少し上げやすくなる。結果黒字ってわけだ。
関所の通行料と言う手もあるけど、サービスエリアよろしく近隣の村々を休憩所として活用した方が、相手も気持ちよく金を落としやすかろう。
まあ、この方法は交通機関が発達した俺の世界じゃ通用し辛いんだけど、徒歩が一般的な移動手段であるこの世界ならまだ大丈夫なはずだ。
江戸時代だって、それで宿場町が栄えてたわけだしね。
ゴシキ温泉郷の場合は地理的には人里から離れた所なので、こういう方法は通用しないんだけど……それでもあそこは国内一の人気観光地で「定番の旅行先」になってるんだから、本当凄いよな。
つくづくゴシキは強い。
しかし、安心してばかりは居られない。
今のところはこれで大丈夫だと思うけど、この満員御礼の調子がいつまで続くか解らないし、人が集まればそれだけ犯罪も多くなる。
牧歌的な暮らしをして来た人々も少なくはないから、防犯面も心配だ。
まあ、セルザさんや、燃えているトランクルの人達なら大丈夫だろうけど。
それに……トランクルには、もう一つ「この村限定」のお土産もあるしな。
「しあわ~せの黄色いハンカチよ~っと……」
変な節のついた歌を口ずさみながら、俺は流し台に置いた桶に、真四角の布を所々縛って落とし込む。
桶には麦茶のような濃い色の液体が満たされており、木板で蓋をして重石を乗せ半日放置しておけば、布に鮮やかな黄色い色が染み込む。いわゆる草木染めというものだが、これも俺が苦心したものだ。
……そう、このハンカチが、この村の限定商品なのである。
だが侮るなかれ、この染物は金の卵なんだからな。
この鮮やかな黄色が、トランクルの危機を後世まで救うカギになるのだ。
カレンドレスは水中では眩いばかりの黄金色だが、空気中に出すと途端にその色はよく見かける黄色にまでくすんでしまう。染物でも、それは同様だった。
だから、なんとかその鮮やかな黄色を保つためにと、ハクバンで染めるだけではなく、俺はその色が上手く出せるように料理と並行して開発し続けていたのだ。
幸い、その解決方法は簡単で、これも入手しやすい物が手助けしてくれた。
それはもちろん……クラッパーフロッグの唾液である。
ブラックが彼らの唾液に悩まされた事から解るように、この液体はかなりの粘性と付着力を誇る。そのため、強化剤も液体が乾く前に木材に染み込ませる事が可能だったし、シンジュの樹も充分に効能が発揮できたってな訳で……だとすれば、染物にも応用できるんじゃないかと思ったのだ。
結果として、それは大当たりだった。なんと、クラッパーフロッグの唾液は花弁の色を染み込ませるだけではなく、それを定着させる役割も担ったのである。
染める時間の調整がかなり面倒ではあったが、これはかなりの成果だった。
この世界では、染物の材料は全て自然物からなる。もちろん合成着色料などまだ存在してないわけで、仮に存在していてもかなり高価になるだろう。
しかも染料自体、庶民がガバガバ使える値段でも無いし、布屋さんでも鮮やかな布は当然高価だ。そのため庶民の普段着はわりと浅めの色だったり、くすんだ色になっている訳で……鮮やかな色の布なんて、貴族しか持つ事が出来ないのだ。
そんな中で、土産物として黄色いハンカチがそこそこのお値段で出れば、異彩を放たない訳がない。しかもコレは洗っても色落ちしにくいのだ。
庶民でも頑張れば手を出せない事も無い、真っ黄色のハンカチ。
もちろん、これも幅広い層から大人気だった。
……まあ、俺の世界からすれば「真っ黄色のハンカチって……」と思う人も多いだろうが、時代が違えば原色バリバリの色塗りをされた門ですら、下品じゃなくて極彩色な訳だし、この辺りは現代と認識が違うから仕方ないわな。
昔は「庶民には扱えない色」だったからこそって色が沢山有った訳だしね。
ブラックから言わせると、ここまで鮮やかな黄色を出せる染料は珍しいらしくて、価値は計り知れないだろうとの事だったが……まあ、そこらへんはセルザさんと村人達が協力して新たな販路を開いて行くだろう。
何でもかんでも俺達が指示してたら、村の人達の為にならないしね。
……で、そんな風に村人達が作ってるのに、何で俺がまた一人でハンカチを染めているのかと言うと。
「お貴族様に渡すんなら、さすがに市販のモノと一緒って訳にはいかないしな……でも、俺の世界のと同じ方法でちゃんと模様が付くんだろうか」
そう。俺は今、ラスターにあげるハンカチを作っているのだ。
……別に好意がどうのこうのと言う話ではない。これは単純な「お礼」だ。
本当は、ラスターだけじゃなくて、いつも俺を手伝ってくれるマーサ爺ちゃんやリオルにもプレゼントしようとしたんだが、彼らとしては「働く事がお礼でご飯」らしいので、提案しても二人はいらないとしか言わなかった。
なので、ラスターだけへの贈り物になってしまったのだが……ま、ちゃんと説明すれば大丈夫だろう。
てな事を楽観的に考えて、手を洗っている……途中で、俺は有る事に気付いた。
そう言えば……ブラックにはあの消臭デオドラント(試作品)をあげる予定だが、クロウには何も用意してない。と言うか食物以外何かをあげた記憶が無いぞ。
仲間だって言うんなら、こう言う所はきちんとすべきだよな……。
でも、クロウが喜ぶ物ってなんだろう。食べ物って言うのは解ってるけど、そうでなくて、何か形に残って喜ばれるものを渡したいんだが。
クロウだけ何もないってのも何か嫌だし、何かないもんかね。
「うーん……クロウは拳闘士だから、なんかそんな感じの……いや、嗅覚が弱点だから、そう言う所をカバーするモノ……? それもなんかなぁ」
鼻を保護しちゃったら嗅覚が上手く働かないかもしれないし、かといって香りのある物とかはクロウの邪魔になるかも知れないし……うーむ……。
「……肩たたき券……は駄目だよな……。うーん、やっぱし武器とかそういうもんが良いのかなあ……靴とか……?」
クロウはかなり足を踏み込むし、どんな場面でもしっかり地面に吸い付いて足を保護するって靴をプレゼントしたら、喜んで貰えるかもしれない。
でもそんな靴存在するんだろうか……ファンタジー世界なら可能なのかね。
しかしそうなると、ほとんどタダで作ったようなモンのデオドラントやハンカチとの差が生まれるような気もするし、出来ればそう言うのはやめたいんだが……
「なに悩んでるのツカサ君」
「ピギャッ」
背後からいきなり声を掛けられて、変な声が出る。
何事かと思って振り返ると、そこには眉を寄せて口をちょっと尖らせるブラックが立っていた……っておおお前、だからいきなり話しかけるんじゃねえって言ってんだろうが! なんなんだよもう!
思わず距離を取ろうとしたが、その前に背後から抱き着かれてしまう。
こうなってしまうともう逃げられない訳で……。
「ん~……ツカサ君、僕に言う事なーい?」
「は、はぁっ!?」
振り向こうとするが、それを見越したようにブラックは笑い、俺の顎を節くれだった指で捕えて固定する。そうして、唇の柔い感触と、ヒゲのチクチクしたむず痒い痛みが耳に押し付けられた。
「っ、や……っ」
「やだなぁ、しらばっくれて……。慣れるために、僕に言ってくれるって約束したよね? ツカサ君は『僕の恋人です』ってさぁ……」
低くて渋い、腹の奥に響くような声。耳の中がこそばゆくて、生暖かいブラックの吐息が背筋をゾクゾクさせて、俺は思わず足を擦り合わせた。
ああ、もう、これくらいでなんで。
そうは思うけど……ブラックに顎を捕らわれて、もう片方の手のひらでゆっくりと下腹部を擦られると、触られていない性感帯が疼くみたいで堪らなかった。
あれから……ブラックにやっと自分から「好きだ」って言った日から、俺は何だか体が妙な事になってしまっていて、ブラックにこんな風に意図的にえっちな触り方をされると、前以上に反応してしまっており……。
ま、まさか、アレで何かが吹っ切れて自分が目覚めちゃった……とか絶対に思いたくないが、だけど、体がまた俺の意思を無視して先に進んじゃってるんだよ。
……俺が追いつこうと思ってたのに、また二馬身くらい引き離したの!
おかげで俺はまた自分の体に付いていけてなくて大混乱だよ!
なんでこう上手く行かないんだかなあもう!!
――じゃなくて、やばいって、この状況やばいってば!
「ブラッ、ク……! 昼間っから、発情すんなってば……っ」
「ツカサ君が恥ずかしがるからいけないんじゃない。前みたいに口籠っちゃうようなら、体に聞いちゃおっかな~」
ああもうばかっ、何言ってんだよこのスケベオヤジ!!
「解った、解ったからここではやめろってば!!」
「ん? じゃあ言ってくれるのかな?」
「う……うぅ……」
「ほーら、言ってみて? ツカサ君は僕のえっちで可愛い恋人ですってさ……」
だああ何余計な単語足してんだよ!!
チクショウ、このっ、俺が下手に出た途端に調子に乗ってきやがって。
この前まで不安がってびいびい泣いてたってのに、何なんだよこのオッサンは!
でもやらなきゃどうしようもないし、く、悔しいけど……あの後……出来るだけ言うようにするからって俺も言っちゃったし……不覚だ……じゃなくて、自分から決めた事なんだから、言わなくちゃいけない訳で……。
う、うぅう……仕方、ない……。
一旦離せとブラックに働きかけて、くるりと体を反転させた俺は、ぶ、ブラックの顔を、見上げながら……――――
「お……俺は……」
「うん、うんっ」
「俺、は……ブラックの……」
「僕のー?」
「こ……こ、こぃ……恋、び…………」
「おいお前ら! 大変だぞ!!」
…………び……び、びいぃいいい!?
ああああラスタぁああああ!!
「うわーーーーー!!」
「チッ、良い所だったのに……」
良い所じゃないでしょ離せっ、離せバカブラック!
突然のラスターの来襲に驚き反射的にブラックから離れようとするが、ブラックは俺をがっしりと捕まえて離してくれない。
こっちが顔が熱くなるくらい赤面してるってのに、ブラックは不機嫌さを隠しもしない顔で、ラスターを睨んでいた……いやお願いだから放してよぉ!
「なんだお前ら……おい、台所で発情するなよ中年! お前の精液の悪臭なんぞ、おぞましくて嗅ぎたくもないからな。あとツカサの仕事を増やすな」
「はぁ? 殺されたいのかなこの居候は?」
「それよりお前ら見ろ、これを」
また無視かラスター。強いなおい。
あまりにも冷静な相手に正気が戻り、俺はブラックに抱かれたまま、ラスターが目の前に差し出した綺麗なグリーティングカードのような物をみやる。
と、そこには思っても見ない事が描かれていた。
「え……。え? 祝宴……の、招待状……?」
「ああそうだ、しかも差出人を見ろ……」
そう言われて、ブラックと俺は同時にカードの下部に綺麗な線の羅列で綴られている文面を見やった。
「ええと…………」
「ルガール・プリヴィ=エレジエ…………って、ちょっと待て。これって……」
ブラックが、妙にぎこちない声を出す。
この名前の人を知っているんだろうかと思って顔を見ようとすると……ラスターが深刻そうに頷いた。
「ああ、そうだ。差出人は……この国の、国王陛下だ」
「えっ」
国王って……この国の王様……?
このライクネス王国の王様のパーティーに、俺達が招待……って……
「ええええええええええ!?」
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